学位論文要旨



No 120430
著者(漢字) 水谷,清人
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,キヨヒト
標題(和) WASPファミリー結合タンパク質FBP11の機能解析
標題(洋)
報告番号 120430
報告番号 甲20430
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1129号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

 WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)ファミリータンパク質はアクチン細胞骨格系を制御している。これまで、Wiskott-Aldrich症候群の原因遺伝子産物であるWASPをはじめ、普遍的に発現しているN-WASP、またWASPやN-WASPのC末部と相同性の高いWAVE(WAVE1、2、3)が報告されており、いずれのタンパク質もC末部のVerprolin相同領域(V)、Coffilin相同領域(C)、酸性領域(acidic-region、A)でArp2/3複合体を活性化しアクチン重合活性化に関与している。WASP、N-WASPによるアクチン重合活性化は、分子内相互作用によって制御されている。定常状態ではC末部のVCA領域と中心部に存在するGBD/CRIB領域が分子内相互作用によって結合しており、VCA領域におけるアクチン重合が生じない。細胞外から刺激が入ると、活性化された低分子量Gタンパク質であるCdc42がGBD/CRIB領域に結合する。その結果、分子内相互作用が阻害され、曝露されたVCA領域にアクチン、Arp2/3複合体が結合し非常に速いアクチン重合を引き起こす。また、Cdc42のみならず、ホスファチジルイノシトール4,5二リン酸(PI(4,5)P2)、SH3ドメインを持つAsh/Grb2、WISH、Nck、WIPファミリー分子であるWIP、WICH、CR16といった様々な分子が細胞膜近傍でN-WASPと相互作用し、N-WASPの活性化を制御している。

 WASPファミリー結合タンパク質を探すため、WAVE3のプロリンに富んだ領域をbaitとして酵母two-hybid法を行ったところFBP11が得られた。FBP11はforminと結合するタンパク質として同定されたWWドメインを2つ持つタンパク質であり、酵母ホモローグと考えられているPrp40はmRNA前駆体のスプラインシングに必須の因子であることが明らかとなっていた。また、ヒトホモローグのHYPAはhuntingtinのN末と結合する分子として同定されていた。

 WWドメインはSH3ドメイン同様、プロリンに富んだ領域と結合することが知られており、N-WASP、WAVEsいずれもそのような配列を保持していることから、まず各タンパク質との結合能を比較した。大腸菌から精製したGST-WWを用いてin vitroにおける結合を比較した結果、全てのWASPファミリータンパク質と結合することが明らかとなった。また、豚脳細胞抽出液を用いてWWドメインに結合するタンパク質を探索した結果、主たる結合タンパク質として同定されたものはN-WASPであった。

 次に抗FBP11抗体を作製し、ウェスタンブロッティング法によりFBP11タンパク質の発現を各種細胞株の細胞抽出液を用いて調べた結果、COS7細胞、HeLa細胞、NIH3T3細胞、HEK293細胞、N1E-115細胞、PC12細胞のいずれにおいても140kDa付近にバンドが検出された。この抗体を用いてCOS7細胞で蛍光抗体免疫染色を行ったところ、内在性のFBP11は核内でドット状に局在し、核スペックル(nuclear-speckle)様に分布していた。核スペックルはmRNA前駆体のスプライシングを行う「場」としてスプライシングに関連する分子が集合し、スプライソソーム(spliceosome)を形成していると考えられており、このようなFBP11の局在はFBP11の酵母ホモローグであるPrp40がスプライシングに関与しており、FBP11が同様に哺乳動物細胞においてもスプライシングに関与する可能性を示唆している。

 同様に、Mycタグを付加したFBP11を一過的に発現させたところ、内在性のFBP11で観察された核スペックルに局在した。しかしながら、WWドメインに変異を導入したFBP11-WWmtやWWドメインを欠損させたFBP11-ΔWWを発現させた場合には核内に局在するものの核スペックル様の局在は示さなかった。これらの結果は、FBP11が核内で正常に核スペックル様の局在をとるためにはWWドメインが必須であることを示している。また、C末部の塩基性領域を欠失させた変異体を細胞に発現させたところ、変異体FBP11は細胞全体に局在しておりFBP11の核内移行にはこの領域が必須であることが分かった。

 FBP11のWWドメインがWASPファミリータンパク質と結合することから、細胞内においてもそのような相互作用が観察されるか、GFP、GFP-N-WASP、GFP-WAVE1とMyc-FBP11を細胞内に共発現させてその局在を観察した。Myc-FBP11はいずれの場合も核スペックルに局在したが、GFP-N-WASPのみがMyc-FBP11と共局在した。このことから、N-WASPとFBP11が細胞内においても機能的に相互作用し、なんらかの役割を果たしている可能性が示唆された。

 N-WASPを過剰発現している細胞はEGF刺激依存的に糸状仮足(マイクロスパイク)を形成することが知られている。FBP11がN-WASPの局在を制御し、細胞質中のN-WASP量を調節しているならば、FBP11の発現によりマイクロスパイク形成を抑制すると考えられる。そこで、COS7細胞にFBP11とN-WASPを共発現させてEGF刺激した時のマイクロスパイク形成を観察した。N-WASPを発現している細胞の80%では刺激依存的なマイクロスパイク形成が観察されたのに対し、野生型のFBP11を共発現している細胞ではマイクロスパイク形成が24%まで抑制されていた。また、核内におけるN-WASPの量も増加していた。逆に、N-WASPと結合できないFBP11の変異体(WWmt)を共発現させた場合はそのような抑制作用は認められなかった。

 本研究において私は、FBP11がN-WASP結合タンパク質であり、核内において共局在することを明らかにした。また、FBP11を発現させることでN-WASP依存的なマイクロスパイク形成が有意に抑制されることを示した。これらの結果は、FBP11が核内においてN-WASPのアダプターとして機能し、細胞質中のN-WASP量を制御していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 アクチン線維の重合は、細胞の移動、細胞の極性化、細胞の分裂、そして細胞の形態変化といった細胞内における様々な機能において重要な役割を果たしている。近年、アクチン線維の重合を制御する分子としてWASPファミリー分子が同定され、これまでにWASP、N-WASP、WAVE1、-2、-3の5種類のタンパク質が報告されている。これらのタンパク質はC末部に存在するVerprolin相同領域(V)、Cofilin相同領域(C)、酸性領域(A)から構成されるVCA領域でArp2/3複合体と相互作用し、Arp2/3複合体を活性化することで非常に速いアクチン重合を引き起こす。近年、WASPファミリータンパク質のアクチン重合活性化を制御する分子として、SH3ドメインを持つアダプタータンパク質が報告されている。本論文の研究では、酵母two-hybrid法によりWASPファミリー結合タンパク質としてFBP11を同定し、FBP11が核内でN-WASPのアダプターとして機能し、細胞質中のN-WASP量を制御する分子であることを明らかにしている。

 まず、WASPファミリー結合タンパク質を探索する目的で、ヒトWAVE3のプロリンに富んだ領域に結合する分子を'bait'として酵母two-hybrid法を行っている。得られたクローンに含まれる遺伝子配列を解読したところ、FBP11タンパク質のWWドメインがコードされていた。WASPファミリータンパク質には、WWドメインと結合しうるプロリンに富んだ配列が存在しており、FBP11のWWドメインとN-WASP、WAVEとの結合を確認している。各WASPファミリータンパク質を一過的に発現させた細胞溶解液を用いた結合実験では、特異性・結合強度に差異は認められなかった。しかし、豚脳抽出液を用いてFBP11のWWドメインに特異的に結合するタンパク質を同定したところ、主要な結合タンパク質はN-WASPであった。したがって、細胞内ではN-WASPがFBP11のWWドメインに対する主要な結合タンパク質であると結論づけている。

 次に、FBP11を特異的に認識する抗体を作製し、内在性のFBP11の細胞内局在について調べている。抗FBP11抗体を用いた蛍光抗体免疫染色では、内在性のFBP11が核内に存在し、核スペックルに局在することを明らかにしている。核スペックルは多数のスプライシング因子やスプラインシングに関与するsnRNAsを含み、遺伝子の転写活性に応じて形態変化を示す核内構造体である。これらの結果はFBP11がスプライシングに関与しているという知見と一致しており、FBP11の酵母ホモローグPrp40がスプラインシングに必須の因子であるという報告とも一致している。

 また、FBP11に関する様々な変異体を作製し、それら変異体の細胞内局在がどのように変化するかという実験を行っている。FBP11には2つのWWドメインがある。このWWドメイン内に変異を導入した変異体(WWmt)やWWドメインを欠失させた変異体(ΔWW)を細胞に発現させた場合、これらの変異タンパク質は核内に局在する。しかし、野生型を発現させた場合に観察される核スペックルへの局在は認められず、核内に拡散して存在していた。また、C末の塩基性領域を欠損させた変異体は核内への局在が認められない。以上のことから、FBP11の核内局在にはC末部の塩基性領域が必須であり、核内で核スペックルに局在するためにはWWドメインが必須であることを示している。

 最後に、FBP11とWASPファミリータンパク質の細胞内における関連を論じている。野生型のFBP11とGFP、GFP-N-WASP、GFP-WAVE1を共発現させた場合、FBP11は核スペックルに局在しておりWASPファミリータンパク質の影響を受けない。しかし、FBP11の発現によってN-WASPは核内へと移行し、FBP11と核スペックルで共局在することを明らかにしている。WAVEではそのような核内移行は認められず、共局在も認められない。このことから、核内でFBP11がN-WASPと複合体を形成し何らかの作用を引き起こしていると推測している。N-WASPを一過的に発現させたCOS7細胞ではEGF刺激に応じてN-WASP依存的なマイクロスパイク形成が引き起こされることが知られており、核内でFBP11がN-WASPと結合し安定化しているならば、細胞質中で引き起こされるN-WASP依存的なアクチン細胞骨格再構成は抑制されるはずであると仮定し、その効果を検証している。N-WASPを単独で発現させた場合はEGF刺激により発現細胞の80%がマイクロスパイク形成を生じているのに対し、FBP11を発現させるとその割合は24%にまで低下し、N-WASPが核内に存在する比率も大きくなっている。また、N-WASPと結合できない変異体ではマイクロスパイク形成率が79%となっており、N-WASPの核内、細胞質の存在比率に変化は無かった。したがって、FBP11はN-WASPの局在を制御し、核内で安定な複合体を形成することで細胞質中のN-WASP量を減少させ、N-WASPによるアクチン細胞骨格の再構成を抑制していることを明らかにしている。

 本論文の研究で、FBP11がN-WASP結合タンパク質であり、核内において共局在することを明らかにしている。また、FBP11を発現させることでN-WASP依存的なマイクロスパイク形成が有意に抑制されることを示している。これらの結果はFBP11が核内においてN-WASPのアダプターとして機能し、細胞質中のN-WASP量を制御することを示唆している。これまでN-WASPが核内に局在することは知られていたが、核内におけるN-WASP結合分子を同定したのは本研究が初めてである。よって、本論文の成果は、N-WASPの既知の制御機構とは異なった機構でN-WASPの活性を制御していることを示したという点で独創的であり、核内におけるN-WASPの機能解明への手がかりが得られたと考えられることから、博士(薬学)の学位授与に価すると判定した。

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