No | 120433 | |
著者(漢字) | 山口,憲孝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマグチ,ノリタカ | |
標題(和) | 先天性無脳回症原因遺伝子Lis1/PAF-AH(I)コンプレックスの機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120433 | |
報告番号 | 甲20433 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1132号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 脳のしわができない先天性疾患であるミラー・ディーカー症の原因遺伝子として同定されたLis1 という分子は、細胞質ダイニンや中心体の制御因子として重要な働きをしており、細胞分裂や細胞移動などの現象に深く関与することが明らかになっている。一方、当研究室において、リン脂質性メディエーターの血小板活性化因子(PAF)を分解する、細胞内I型PAFアセチルハイドロラーゼPAF-AH(I)という酵素をウシ脳から同定したところ、本酵素は、α1,α2という互いによく似た触媒サブユニットがダイマーを形成し、そこに Lis1 が結合した複合体であることが判明した。すなわち、Lis1はダイニンや中心体と結合していると同時に、細胞質においてPAF-AH(I)という酵素に結合して存在していることが明らかになった(Fig.1)。Lis1 はヘテロ欠損でも脳神経系の発達異常を招くこと、細胞に5倍程度過剰発現させただけでも中心体の分散化を引き起こすことなどから、細胞内においてLis1量は厳密に制御される必要があると考えられる。一方、PAF-AH(I)の触媒サブユニットの過剰発現によっても同様のフェノタイプが見られるが、それが Lis1 を介したものかは不明であった。このような背景のもとに、私は、本研究において、PAF-AH(I)触媒サブユニットと Lis1 との結合の意義を解明するために以下の解析を行った。 【方法と結果】 1. PAF-AH(I)触媒サブユニットにおける Lis1 結合部位の同定 まず私は、PAF-AH(I)触媒サブユニット(α1,α2)上におけるLis1結合部位の同定を試みた。α1,α2は、お互いに60%程度の相同性を有しているが、他の蛋白質との相同性は全くなく、また既知のドメイン構造も全く持たない非常にユニークな蛋白質である。Drosophilaに約 40%の相同性をもつホモログが1つだけ存在しているが、Drosophilaホモログは Lis1 と結合しないことが知られている。そこで私は、マウスα1,α2 と Drosophila ホモログとのキメラ触媒サブユニットを作製し、Lis1 との結合を解析することによりLis1 結合部位の同定を試みた。CHO細胞にLis1とmycタグキメラ蛋白質を共発現し、抗myc抗体にて免疫沈降することによりLis1が共沈するかどうかによって判定した。 既に、α1,α 2共に Lis1 と結合できること、およびα1/α1ホモダイマーの結晶構造が明らかになっていることから、私は、1)α1,α2 で共通の配列であり、2) Drosophila ホモログとは異なること、3)立体構造上表面に現れること、という指標をもとに、Fig. 2の枠に囲った領域のマウスα2/Drosophilaホモログキメラを作製した。(C末端領域は deletion mutant でも結合できることが分かっていた)その結果、予想外にも、相同性の高い N 末端側領域(15-40 番目のアミノ酸)をDrosophila ホモログに置き換えたキメラのみが Lis1 と結合できず、残りのキメラはすべて Lis1 と結合することが判明した。さらに、この領域を2つに分けて、Lis1結合部位を29-40番目に絞り込むことができ、続いて、この領域を1アミノ酸ずつ Drosophila ホモログの配列に入れ替えた結果、驚くべきことに、マウスα2の39番目のGluただ一つを Drosophila の Asp に変換しただけで Lis1 と全く結合しなくなることが明らかとなった(Fig.3)。α1でも39番目の Glu は保存されており、同様にAspに入れ替えるとLis1結合能が完全に消失した。 E39D 変異蛋白質は、野生型と同様にダイマーを形成し PAF-AH 活性も示したことから、この変異体の立体構造は大きく崩れていないことが予想された。 2. PAF-AH(I)触媒サブユニットの過剰発現による細胞の異常とLis1との関連 当研究室では、α2を CHO 細胞に過剰発現すると中心体の分散化、多型核化、微小管の形成異常等のフェノタイプが現れることを見出している。しかし、これが Lis1 を介したものかどうかは不明であった。私は、 Lis1 と結合できないα2変異体(E39D)を利用することにより、この疑問を検証した。その結果、α2(E39D)の過剰発現細胞では多核化などの異常が全く起こらなかった(Fig.4)。このことから、α2の過剰発現による細胞の異常にはLis1との結合が重要であることが明らかになった。 3. PAF-AH(I)触媒サブユニットの過剰発現による Lis1 の局在変化 次に、α2の過剰発現が Lis1 の細胞内局在に与える影響を検討した。Lis1のN末端側をEGFPにて標識した Lis1 を恒常的に発現する CHO 細胞を作製し、それにα2を一過的に過剰発現させることにより Lis1 の局在を評価した。その結果、間期の細胞において Lis1 は中心体に局在しているが、野生型(WT)α2を過剰発現すると中心体への局在が消失することが判明した。一方、Lis1 と結合できないα2(E39D)を過剰発現しても Lis1 の局在にほとんど変化は認められなかった(Fig.5)。また、いずれの場合でもLis1の蛋白質レベルに変化はなかった。 さらに、α2による Lis1 の局在変化について、セルフリーの系を用いて解析した。まず、マウス脳をホモジナイズし、100,000xg遠心後に不溶性画分を得た。中心体構成成分および Lis1 はこの不溶性画分に回収される。この不溶性画分にα2のリコンビナント蛋白質(WT、E39D)を加え、インキュベーション後、再び100,000xgにて遠心し、可溶性画分(Fig.6:S)と不溶性画分(Fig.6:P)に分画し、各画分における Lis1 を解析した。その結果、α2(WT)リコンビナント蛋白質を添加するとLis1の可溶性画分への移動が有意に増加するが、α2(E39D)リコンビナント蛋白質の添加では、Lis1の分配にほとんど変化は認められなかった。また、この時に、 Lis1 と結合する中心体構成成分の一つである NUDEL の分配を調べると、リコンビナント蛋白質の添加と関係なく、大部分が不溶性画分に存在したままであった(Fig.6)。このことから、α2 リコンビナント蛋白質の添加により、中心体構成成分のうち Lis1 のみが可溶性画分へ移動していることが示唆された。 4. PAF-AH(I)触媒サブユニットのリン酸化 マウス脳の可溶性画分を2次元電気泳動すると、2つのα2 のスポットが検出された。これらのスポットのうち、等電点の低い方はアルカリホスファターゼ処理により消失したことから、脳内においてα2 の一部はリン酸化されていることが示唆された。実際、培養細胞にα2を強制発現し、培地に32Pリン酸を加えると、α2 へのリン酸の取り込みが確認された。次に、α2のホスホアミノ酸分析を行った結果、Ser がリン酸化を受けることが判明したので、α2 に存在する Ser についてそれぞれを Ala に置き換えた変異体を作製した結果、N 末端 Met に続く2番目の Ser がリン酸化部位であることが明らかとなった(Fig.7)。 2番目の Ser のリン酸化は、既知のキナーゼモチーフとも合致せず非常にユニークである。このSerは高等動物には保存されているが、Drosophilaホモログには保存されていない。 【まとめと考察】 本研究において、PAF-AH(I)触媒サブユニットと Lis1 との結合には触媒サブユニットの39番目の Glu が非常に重要であることが初めて明らかになった。Glu39は、立体構造上では活性中心の背面側に存在することから、Lis1 は活性中心の裏側に結合していると考えられる(Fig.8)。さらに、過剰量の触媒サブユニットが細胞質に存在すると、中心体に存在する Lis1 量が減少して中心体の異常を招くことが示唆された。このことは、PAF-AH(I)が中心体の Lis1 量を調節する機能をもつことを示しているのではないかと考えている。 また、触媒サブユニットの2番目のSerがリン酸化されることも初めて明らかとなった。立体構造上、Ser2 は Glu39 とは反対側に位置し、PAF-AHの活性中心を形成するholeに近い部位に存在する(Fig.8)。従って、触媒サブユニットのリン酸化は、基質の認識や触媒活性の制御に関与するのではないかと考えている。 本酵素の基質は未だ明らかになっていないが、1つの可能性として、基質や触媒活性が触媒サブユニットと Lis1 との結合の制御に関与しているのではないだろうか。今後は、触媒サブユニットのリン酸化に注目し、本酵素の基質や触媒活性の意義についてさらなる解析を続けていく。 Fig.1 PAF-AH(I)とLis1 Fig.2 マウスα1,α2およびDrosophilaホモログの配列 (枠内:マウスα2/Drosophilaホモログキメラ作製の候補) Fig.3 免疫沈降法によるマウス/Drosophilaキメラ触媒サブユニットとLis1の結合の解析 Fig.4 CHO細胞におけるα2の過剰発現 Fig.5 α2過剰発現によるLis1の細胞内局在変化 Fig.6 α2リコンビナント蛋白質による不溶性Lis1の可溶性画分への移動 Fig.7 α2におけるリン酸化部位の同定 Fig.8 まとめ | |
審査要旨 | 脳のしわができない先天性疾患であるミラー・ディーカー症の原因遺伝子として同定されたLis1という分子は、細胞質ダイニンや中心体の制御因子として重要な働きをしており、細胞分裂や細胞移動などの現象に深く関与することが明らかになっている。一方、当研究室において、リン脂質性メディエーターの血小板活性化因子(PAF)を分解する細胞内I型PAFアセチルハイドロラーゼPAF-AH(I)という酵素をウシ脳から同定したところ、本酵素は、α1,α2という互いによく似た触媒サブユニットがダイマーを形成し、そこにLis1が結合した複合体であることが判明した。すなわち、Lis1はダイニンや中心体と結合していると同時に、細胞質においてPAF-AH(I)という酵素に結合して存在していることが明らかになった。Lis1はヘテロ欠損でも脳神経系の発達異常を招くこと、細胞に5倍程度過剰発現させただけでも中心体の分散化を引き起こすことなどから、細胞内においてLis1量は厳密に制御される必要があると考えられる。一方、PAF-AH(I)の触媒サブユニットの過剰発現によっても同様のフェノタイプが見られるが、それがLis1を介したものかは不明であった。このような背景のもとに、山口憲孝は、本研究において、PAF-AH(I)触媒サブユニットとLis1との結合の意義を解明するために以下の解析を行った。 まず山口憲孝は、PAF-AH(I)触媒サブユニット(α1,α2)上におけるLis1結合部位の同定を試みた。α1,α2は、お互いに60%程度の相同性を有しているが、他の蛋白質との相同性は全くなく、また既知のドメイン構造も全く持たない非常にユニークな蛋白質である。Drosophilaに約40%の相同性をもつホモログが1つだけ存在しているが、DrosophilaホモログはLis1と結合しないことが知られている。そこで山口憲孝は、マウスα1,α2とDrosophilaホモログとのキメラ触媒サブユニットを作製し、Lis1との結合を解析することによりLis1結合部位の同定を試みた。CHO細胞にList1とmycタグキメラ蛋白質を共発現し、抗myc抗体にて免疫沈降することによりList1が共沈するかどうかによってい制定した。 既に、α1,α2共にLis1と結合できること、およびα1/α1ホモダイマーの結晶構造が明らかになっていることから、山口憲孝は、1)α1,α2で共通の配列であり、2)Drosophilaホモログとは異なること、3)立体構造上表面に現れること、という指標をもとに、5つの領域においてマウスα2/Drosophilaホモログキメラを作製した。その結果、驚いたことに、相同性の高いN末端側領域(15-40番目のアミノ酸)をDrosophilaホモログに置き換えたキメラのみがLis1と結合できず、残りのキメラはすべてLis1と結合することが判明した。さらに、この領域を2つに分けて、Lis1結合部位を29-40番目に絞り込むことができ、続いて、この領域を1アミノ酸ずつDrosophilaホモログの配列に入れ替えた結果、驚くべきことに、マウスα2の39番目のGluただ一つをDrosophilaのAspに変換しただけでLis1と全く結合しなくなることが明らかとなった。α1でも39番目のGluは保存されており、同様にAspに入れ替えるとLis1結合能が完全に消失した。 E39D変異蛋白質は、野生型と同様にダイマーを形成しPAF-AH活性も示したことから、この変異体の立体構造は大きく崩れていないことが予想された。 ところで、当研究室では、α2をCHO細胞に過剰発現すると中心体の分散化、多型核化、微小管の形成異常等のフェノタイプが現れることを見出している。しかし、これがLis1を介したものかどうかは不明であった。山口憲孝は、Lis1と結合できないα2変異体(E39D)を利用することにより、この疑問を検証した。その結果、α2(E39D)の過剰発現細胞では多核化などの異常が全く起こらなかった。このことから、α2の過剰発現による細胞の異常にはLis1との結合が重要であることが明らかになった。 次に、α2の過剰発現がLis1の細胞内局在に与える影響を検討した。Lis1のN未端側をEGFPにて標識したLis1を恒常的に発現するCHO細胞を作製し、それにα2を一過的に過剰発現させることによりLis1の局在を評価した。その結果、間期の細胞においてLis1は中心体に局在しているが、野生型α2(WT)を過剰発現すると中心体への局在が消失することが判明した。一方、Lis1と結合できないα2(E39D)を過剰発現してもLis1の局在にほとんど変化は認められなかった。 また、いずれかの場合でもLis1の蛋白質レベルに変化はなかった。 さらに、α2によるLis1の局在変化について、セルフリーの系を用いて解析した。まず、マウス脳をホモジナイズし、100,000Xg遠心後に不溶性画分を得た。中心体構成成分およびLis1はこの不溶性画分に回収される。この不溶性画分にα2のリコンビナント蛋白質(WT、E39D)を加え、インキュベーション後、再び100,000Xgにて遠心し、可溶性画分と不溶性画分に分画し、各画分におけるLis1を解析した。その結果、α2(WT)リコンビナント蛋白質を添加するとLis1の可溶性画分への移動が有意に増加するが、α2(E39D)リコンビナント蛋白質の添加では、Lis1の分配にほとんど変化は認められなかった。また、この時に、Lis1と結合する中心体構成成分の一つであるNUDELの分配を調べると、リコンビナント蛋白質の添加と関係なく、大部分が不溶性画分に存在したままであった。このことから、α2リコンビナント蛋白質の添加により、中心体構成成分のうちLis1のみが可溶性画分へ移動していることが示唆された。 ところで、マウス脳の可溶性画分を2次元電気泳動すると、2つのα2のスポットが検出された。これらのスポットのうち、等電点の低い方はアルカリホスファターゼ処理により消失したことから、脳内においてα2の一部はリン酸化されていることが示唆された。実際、培養細胞にα2を強制発現し、培地に32Pリン酸を加えると、α2へのリン酸の取り込みが確認された。次に、α2のホスホアミノ酸分析を行った結果、Serがリン酸化を受けることが判明したので、α2に存在するSerについてそれぞれをAlaに置き換えた変異体を作製した結果、N末端Metに続く2番目のSerがリン酸化部位であることが明らかとなった。2番目のSerのリン酸化は、既知のキナーゼモチーフとも合致せず非常にユニークである。このSerは高等動物には保存されているが、Drosophilaホモログには保存されていない。 山口憲孝の研究を以下にまとめる。本研究において、PAF-AH(I)触媒サブユニットとLis1との結合には触媒サブユニットの39番目のGluが非常に重要であることが初めて明らかになった。Glu39は、立体構造上では活性中心の背面側に存在することから、Lis1は活性中心の裏側に結合していると考えられる。さらに、過剰量の触媒サブユニットが細胞質に存在すると、中心体に存在するLis1量が減少して中心体の異常を招くことが示唆された。このことから、PAF-AH(I)が中心体のLis1量を調節する機能をもつのではないかと考えられた。 また、触媒サブユニットの2番目のSerがリン酸化されることも初めて明らかとなった。立体構造上、Ser2はGlu39とは反対側に位置し、PAF-AHの活性中心を形成するholeに近い部位に存在する。従って、触媒サブユニットのリン酸化は、基質の認識や触媒活性の制御に関与する可能性があることがわかった。 以上の結果、山口憲孝には博士(薬学)の学位を授与できると認められる。 | |
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