学位論文要旨



No 120434
著者(漢字) 石岡,利康
著者(英字)
著者(カナ) イシオカ,トシヤス
標題(和) アポトーシス抑制分子FLIPによるユビキチン-プロテアソーム系制御機能の解析
標題(洋)
報告番号 120434
報告番号 甲20434
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1133号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

 アポトーシスは核の凝集、断片化と、細胞の泡沫化を特徴とする細胞死の様式であり、その異常は、癌、神経変性疾患、自己免疫疾患等の原因の一つとなる重要な現象である。アポトーシスにおいては、DNAの損傷やDeath Receptorへのリガンド等の刺激により、Caspaseと総称されるシステインプロテアーゼの活性化を通じて、DNAの断片化や細胞の泡沫化といったアポトーシスに特徴的な変化が見られる。このアポトーシスのシグナル伝達カスケードの様々な点に制御因子が存在していることが知られているが、FLIPもそうしたアポトーシス制御因子の一つである。

 FLIPLは、Capase-8とホモロジーを有する分子量約55,000のタンパクである。しかし、FLIPLはCaspaseの活性中心に保存されているシステイン残基がチロシンに置き換わっているためにプロテアーゼ活性を持たない。このため、Fas刺激によるアポトーシスの際に、Caspase-8と競合してDISC(death-induced signaling complex)に取り込まれ、アポトーシスを抑制することが知られている。

 しかし、FLIPのノックアウトマウスは、Caspase-8や、同じくDeath Receptorによるアポトーシスカスケードの上流分子であるFADDのノックアウトマウスと同様に、心筋の発育不全のために胎生致死であり、発生には支障の無いFas Receptorのノックアウトマウスとは表現型が異なる。これらの知見から、FLIPにはFasシグナル抑制以外の機能があると考えられてきた。実際に近年、FLIPLの過剰発現によりNF-κBなどの、細胞の増殖・分化に関わるシグナルが増強されることが多く報告されている。

 本研究では、FLIPLによるβcateninのubiquitin化阻害とWntシグナリング活性化、およびその機構の解明を目的として研究を行い、FLIPLがβcateninのみではなく様々な分子のユビキチン-プロテアソーム系による分解を抑制することを明らかにし、その分子機構の解析を行った。

【実験・結果】

FLIPLによるβ-cateninユビキチン化阻害の解析

 これまでに当研究室において、Yeast内でFLIPがS100A10と結合すること、293T細胞においてFLIPの共発現によりS100A10が蓄積することが明らかとなっていた。そこで、FLIPの高発現が同様にβcateninの蓄積をするのではないかと予測し、解析をおこなった結果、FLIPLによりβcateninが蓄積することが明らかになった(Fig.1-1)。通常、細胞質に存在するβcateninはGSK-3βによりリン酸化され、続いてubiquitin化を受けプロテアソームで分解される。そこで私はFLIPLによるβcatenin蓄積の作用点について、GSK-3βを共発現させてβcateninの分解を亢進させた系で検討した。その結果、FLIPLはβcateninのリン酸化を阻害せず、それ以降の分解過程を阻害していることが分かった(Fig.1-2)。そこで次に、βcateninのubiquitin化について検討したところ、FLIPLとの共発現によりβcateninのuiquitin化が顕著に阻害されていることが明らかとなった(Fig.1-3)。この時、FLIPLの一過性発現、恒常性発現細胞(stable clone 1およびstable clone 6)共に、βcateninの分解が阻害され(Fig.1-4A、1-4B)、また、FLIPLの恒常性発現細胞ではβcatenin発現時に、親細胞に比べ、Tcf/Lef依存的転写活性の増強が見られた(Fig.1-5)。(論文本文中、第1章)

FLIPLによる様々な分子のユビキチン化阻害

 βcatenin以外のタンパク質に対するFLIPLの活性を調べるために、293T細胞に様々なタンパク質とFLIPLを共発現させ、タンパク量の蓄積を調べた。その結果、SCF複合体(E3ligase)でユビキチン化されるβcatenin以外にも、RING fingerドメインを持ち自己ユビキチン化活性を持つXIAP、VBC複合体(E3ligase)でユビキチン化されるHIF1αなどでもタンパク量の蓄積が見られた(Fig.2-1)。またこの時、FLIPによりHIFシグナルの活性化も観察された。

 次に、これらの分子のubiquitin化について検討したところ、FLIPLは、βcateninと同様に、XIAPの自己ubiquitin化なども阻害することが分かった(Fig.2-2)。

 これらのことなどから、FLIPLによるubiquitin化阻害はβcateninに特異的なものではなく、細胞内の多くのタンパク質のubiquitin化を阻害することが分かった。

(論文本文中、第二章)

FLIPLによるユビキチン化阻害の解析

 FLIPLによるユビキチン化阻害機構を明らかにするために、その局在について検討した。FLIPLの一過性発現、GFP標識したFLIPLの恒常性発現細胞のどちらにおいても、FLIPLは、細胞質の一部に集積する傾向が見られた(Fig.3-1)。

 次に、ubiquitinの局在を調べるために、GFPタグubiquitinの恒常性発現細胞にFLIPLを一過性発現させたところ、ubiquitinとFLIPLの共局在が観察された(Fig.3-1)。また、FLIPLを一過性発現させた細胞を、Multi-ubiquitin抗体で免疫染色したところ、細胞質でのubiquitin化タンパクが顕著に減少し、FLIPLと多くのubiqutiin化タンパクが共局在した(Fig.3-2)。

 また、HAタグubiquitinを発現させた細胞を0.1% Triton X-100を含むバッファーで可溶化して分画したところ、FLIPLを共発現した細胞では、FLIPLおよびubiquitin化タンパクの大部分は、TritonX不溶性画分に認められた(Fig.3-3)。

 これらのことから、FLIPLの集積する場所でのubiquitin化の亢進により、ubiquitin化に必要な何らかの因子を奪うなどして、細胞質などのほかの場所でのubiquitin化が抑えられるという機構が推測された。

(論文本文中、第三章)

内在性FLIPLの機能

 内在性FLIPLの機能を調べるために、FLIPLの発現量が多い癌細胞を用いて検討した。前途したFLIPLの局在について、FLIPL発現量の多い卵巣癌細胞株OVCAR5と肺癌細胞株A549について検討した。細胞を、「核、細胞質、その他の不溶性画分」に分画してWestern BlottingによりFLIPの発現量を調べたところ、A549細胞でのみFLIPLの大部分以上が不溶性画分に存在することが分かった(Fig.4-1)。

 そこで、A549細胞に、FLIPに対するshort hairpin RNA(shRNA)を発現するpSilencerベクターを導入してFLIPの発現量を低下させ、その際のWnt-3aに対する応答をTCF結合配列のレポーターアッセイで調べたところ、FLIPをノックダウンした細胞ではWnt-3aに対する応答性が低下した(Fig.4-2)。

 また、FLIPによりβcateninの蓄積と同様に、HIF1αの蓄積、およびそのシグナルの活性化も観察されているため、ノックダウンを用いることで内在性FLIPLのHIFシグナルに及ぼす影響を調べた。先ほどと同じpSilencerベクターをA549細胞に導入してFLIPの発現量を低下させ、その際のHIF活性をHIF応答配列のレポーターアッセイで調べたところ、FLIPをノックダウンした細胞ではHIF活性が低下した(Fig.4-3)。

 これらの結果から、FLIPLが不溶性画分に存在するA549細胞では、内在性FLIPLがユビキチン-プロテアソーム系を抑制することで、βcateninおよびHIFのシグナルを増強していることが示唆された。(論文本文中、第一章、第二章)

【まとめ】

本研究では、FLIPが、従来のアポトーシス制御分子、NF-κB活性化分子としての働き以外に、ユビキチン-プロテアソーム系の阻害活性を持つことを明らかにした。FLIPはubiquitin化を阻害することで、細胞質中のβcateninやHIF1αを蓄積させ、Wntシグナル、HIF1αシグナルの増強を引き起こす。FLIPはメラノーマ等多くの癌で過剰発現している例が報告されているが、Fasシグナリングの阻害によるアポトーシス抑制だけでなく、A549細胞で見られたように、ユビキチン-プロテアソーム系の阻害によるタンパクの安定化を通して、βcateninやHIF等のシグナル系を増強することで、増殖・血管新生の促進など、癌細胞の悪性化に積極的に関与している可能性が考えられる。

Fig.1-1 FLIPLによる内在性β-cateninの蓄積

Fig.1-2 FLIPLによるリン酸化依存的β-catenin分解の阻害

Fig.1-3 FLIPLによるβ-cateninのユビキチン化阻害

Fig.1-4 FLIPLによるβ-cateninの分解阻害

 A. FLIPLとβ-catenin共発現時のβ-catenin量の経時変化

 B. Aのβ-catenin量のグラフ

Fig.1-5 FLIPL恒常性発現細胞でのTcf/Lef依存的転写活性の増強

Fig.2-1 FLIPLとの共発現によるXIAP、HIF1αの発現量増加

Fig.2-2 FLIPLとの共発現によるXIAPの自己ユビキチン化の阻害

Fig.3-1 FLIPLとuiquitinの共局在

Fig.3-2 FLIPL発現時のMutli-ubiquitn抗体による免疫染色

Fig.3-3 FLIPL発現時のubiquitinの局在

Fig.4-1 内在性FLIPの局在

Fig.4-2 内在性FLIPをノックダウンした際のWnt応答性の減少

Fig.4-3 内在性FLIPをノックダウンした際のHIF活性の減少

審査要旨 要旨を表示する

 アポトーシスは核の凝集、断片化と、細胞の泡沫化を特徴とする細胞死の様式で、その異常は、癌、神経変性疾患、自己免疫疾患等の原因の一つとなる重要な現象である。このアポトーシスのシグナル伝達カスケードの様々な点に制御因子が存在していることが知られているが、その制御因子の一つとして近年、注目を浴びている分子の一つにFLIPがある。

 FLIPLは、Capase-8とホモロジーを有するタンパクであるが、FLIPLはCaspaseの活性中心に保存されているシステイン残基がチロシンに置き換わっているためにプロテアーゼ活性を持たない。このため、Fas刺激によるアポトーシスの際に、Caspase-8と競合してDISC(death-induced signaling complex)に取り込まれ、アポトーシスを抑制することが知られている。FLIPのノックアウトマウスは、Caspase-8やFADDのノックアウトマウスと同様に、心筋の発育不全のために胎生致死であり、発生には支障の無いFasReceptorのノックアウトマウスとは表現型が異なる。これらの知見から、FLIPにはFasシグナル抑制以外の機能があると考えられてきたが、実際に近年、FLIPLの過剰発現によりNF-κBなどの、細胞の増殖・分化に関わるシグナルが増強されることが多く報告されている。

 FLIPは、多くの癌細胞でも発現上昇が知られており、従来はFasシグナルの阻害によるアポトーシス抑制機能により癌細胞の悪性化に寄与していると考えられていたが、近年の、NF-κBをはじめとする生のシグナル伝達にも関与するという複数の報告から、アポトーシス抑制以外のFLIPの機能解明に関心が持たれてきた。

 本研究では、FLIPLのアポトーシス抑制以外の機能、特に癌細胞における機能について、検討を行った結果、以下のような成果を得た。

1. FLIPLによるβ-cateninのユビキチン化阻害、およびそのシグナル活性化

 FLIPLの一過性発現によりβ-cateninが蓄積すること、またFLIPLの恒常性発現細胞株においてβ-cateninの発現量が増すことを明らかにした。この時、FLIPLの一過性発現、恒常性発現のどちらにおいても、TCF結合配列を用いたレポーターアッセイでTcf/Lef依存的転写活性の増強が見られ、実際にFLIPLの発現上昇がβ-cateninの蓄積を介して下流のシグナルを増強することが確認された。その機構に関しては、FLIPLによりβ-cateninの分解が阻害されること、その分解阻害はGSK-3βによるリン酸化状態によらず、FLIPLがβ-cateninのユビキチン化を直接阻害しているということを明らかにした。また、A549細胞でFLIPのノックダウンを行い、その際にWnt-3aに対する応答が低下すること(TCF/β-cateninシグナルが低下すること)を、TCF結合配列のレポーターアッセイを行うことにより明らかにした。これらの結果から、A549細胞では、内在性FLIPLがユビキチン-プロテアソーム系を抑制することで、そのターゲットの一つとしてβ-cateninシグナルを増強していることが示された。

2. FLIPLによる様々なタンパクのユビキチン化阻害、およびそのシグナル活性化

 FLIPによるユビキチン-プロテアソーム阻害機能に関して、β-catenin以外のタンパク質に対しても検討を行った結果、SCF複合体でユビキチン化されるβ-catenin以外にも、RING fingerドメインを持ち自己ユビキチン化活性を持つXIAP、VBC複合体でユビキチン化されるHIF-1αなどでもタンパク量の蓄積が見られた。またこの時、HIF-1結合配列を用いたレポーターアッセイでHIF-1α依存的転写活性の増強が見られ、実際にFLIPLの発現上昇がβ-cateninのみならず、HIFのシグナルも増強することを確認した。この時、FLIPLによって増加したユビキチンプロテアソーム系基質も、β-cateninと同様にユビキチン化が阻害されていることも明らかにした。これらのことから、FLIPLは細胞内の多くのタンパク質のubiquitin化を阻害し、ユビキチン-プロテアソーム系の活性を制御し得ることが示された。

 また、A549細胞でFLIPのノックダウンを行い、実際にHIFのシグナルが低下することを、HIF-1結合配列のレポーターアッセイを行うことにより明らかにした。これらの結果からは、A549細胞では、内在性FLIPLがユビキチン-プロテアソーム系を抑制することで、そのターゲットの一つとしてHIFシグナルを増強していることが示された。

3. FLIPLによるユビキチン化阻害機構の解明

 FLIPLの一過性発現、恒常性発現細胞のどちらにおいても、FLIPLは、細胞質の一部に集積する傾向があることを見出した。また、腎癌細胞株ACHN、卵巣癌細胞株OVCAR5、肺癌細胞株A549といったFLIPL量の多い癌細胞の中でも、A549細胞では、一過性発現時と同様に、内在性のFLIPLも核や細胞質以外の不溶性画分に存在することを確認した。このとき、GFPタグubiquitinと免疫染色を用いることで、一過性発現させたFLIPLとubiquitinが共局在することが観察された。また、Multi-ubiquitin抗体を用いた免疫染色では、FLIPLの一過性発現により細胞質でのubiquitin化タンパクが顕著に減少し、FLIPLとubiquitin化タンパクが共局在することも観察された。このことは、タグ付きubiquitinを発現させた細胞を分画した際にも、FLIPLを共発現した細胞では、FLIPLおよびubiquitin化タンパクの大部分がTriton Xに不溶性の画分に認められるという実験結果によっても支持された。これらのことから、FLIPLの大量発現、あるいは他の何らかの因子により(A549細胞のように)FLIPLが集積した場合、FLIPLの集積する場所でのubiquitin化の亢進により、ubiquitin化に必要な、ubiquitinや他の何らかの因子が奪われることで、細胞質や核でのubiquitin化が抑えられるという新たな機構が示唆された。

 以上、本研究において石岡利康は、FLIPLがユビキチン化を阻害し、β-cateninやHIF-1αを蓄積させ、Wntシグナル、HIFシグナルといった癌細胞の増殖・悪性化に重要なシグナル系を増強していることを明らかにした。この成果は、細胞癌化のメカニズムを理解する上で重要な知見であり、また新しい癌の治療薬開発に有用な示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク