学位論文要旨



No 120435
著者(漢字) 大森,聡子
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,サトコ
標題(和) 水輸送組織特異的に発現する細胞内塩素イオンチャネル関連蛋白質parchorinの機能解析
標題(洋)
報告番号 120435
報告番号 甲20435
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1134号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

 生体は脳脊髄液・消化液・尿など様々な臓器で大量の水輸送を行っており、水輸送は個体の生命活動維持にとって非常に重要な機能でである。水輸送機構は細胞内外の電解質のバランスにより以下のように調整されていると考えられている(Fig.0-1)。細胞が何らかの水輸送刺激を受けるとポンプやイオンチャネルが活性化し、ナトリウム・カリウム・クロライドイオン等が細胞外に放出される。放出されたイオンは細胞膜を挟んで細胞内外に局所的な浸透圧差を形成し、この差によって水が細胞外へ輸送される。

 イオン交換に関与する蛋白質には数多くのポンプやチャネルがあり、陰イオン交換に関与するチャネルでは、気道上皮や汗腺等で水分泌が著しく低下する嚢胞性線維症の原因遺伝子であり、気管支、汗腺、膵臓に多く発現しているCFTR(Cystic Fibrosis TransmembraneConductance Regulater)や電位依存性塩素イオンチャネル(CLC)ファミリー内で、脳、肺に発現が多く見られるCLC2や心臓に多く見られるCLC3があげられる。しかしCFTR及びCLC2・3が水輸送組織全てに発現しているとはいいがたく、例えば、CLC2は脳脊髄液を産生する脈絡叢上皮細胞において、クロライドイオンを制御する主なチャネルと考えられていたが、ノックアウトマウスにおける解析より、脈絡叢上皮細胞でのクロライドイオン制御に主要な貢献をしているのはCLC2はではないことが判明するなど、これらのチャネルが水分泌活動普遍的に機能しているとは考えにくく、未知の陰イオンチャネルの存在が想定されている。

 当研究室でウサギよりクローニングされ、胃酸分泌を行う壁細胞(parietal cell)と脳脊髄液を産生する脈絡叢(choroids plexus)に多く発現していることからparchorinと名づけられた蛋白質は、6つのサブタイプから成り、C末端に高い相同性を持つchlorideintracellular channel(CLIC)ファミリーの一員である。6つのサブタイプとも水溶性蛋白質であるが、parchorin以外は核に局在するCLIC1をはじめとして、細胞小器官や細胞膜に強く局在している。また人工脂質二重膜へ組み込んだCLIC1が陰イオンチャネルの機能を示すことが報告されている。チャネル機能が確認されているのはCLIC1のみであるが、parchorinを含む他のサブタイプもCLIC1との相同性の高さにより、イオンチャネルの性質を示すことが予想されている。

 parchorinはウサギでは顎下腺・乳腺など外分泌腺の導管や、腎臓ヘンレ係蹄の太い上行脚と遠位曲尿細管、内耳等水を輸送する組織に特異的に発現し、水輸送活性の変化により発現量が変化する。また、他のサブタイプが膜に強く局在するのに対して、親水性の長いN末端を持つparchorinは細胞質に多く局在し、刺激により細胞質から形質膜へ移動する。陰イオンチャネルと推定されている、CLICファミリー内でもparchorinは水輸送組織特異的に発現していること、また発現量が水輸送活性変化の影響を受けていることにより、parchorinは水輸送の調整において重要な役割を担っていることも期待されるが、活性化のメカニズムや膜移行をはじめとした詳細な生理的機構は未だ明らかになっていない。

 私はparchorinの機能解析を通じて水輸送機構の解明をすることを目的に、ノックアウトマウス作製に必要なマウスparchorinのクローニング及び、活性化メカニズムの解明へ向けてparchorin結合蛋白質の探索及び、parchorin結合蛋白質のparchorinへの影響を検討した。

[方法と結果]

1 マウスparchorinのクローニング

 parchorinの機能解析にはマウスparchorinのクローニングが有効と考え、ウサギparchorinに相似な部分をmousegenomeから検索した後primerを設定し、マウス脈絡叢由来RNAを鋳型にRT-PCR及び3'RACE、5'RACEを行い、マウスparchorinをクローニングした(Fig.1)。CLIC相同領域におけるウサギとマウスの相同性は93%であった。しかし、N末端側(361aa)での相同性は36%であり、全長におけるウサギとマウスの相同性は56%であった。この配列を元に共同研究としてノックアウトマウスを作成し、表現型の解析中である。

 また、クローニングした配列を元に抗体を作成し、蛋白質の発現を調べたところ、ウサギparchorinでの分布と同様に、マウスparchorinは脈絡叢及び胃粘膜に高発現していることがわかった(Fig.2)。

 また、GFP-マウスparchorinが、ウサギparchorinと同様にATP刺激や細胞外液Cl-除去刺激により細胞質から形質膜へ移動することも確認した。

2 parchorinの結合蛋白質の探索

 parchorinの細胞質から形質膜への移行に何らかの分子が関与しているのではないかと考え、parchorinの結合蛋白質を酵母two hybrid法により探索した。ParchorinのN末端をbaitとし、マウス全脳のcDNAライブラリーから探索を行った。その結果、陽性クローンとして同定された31個のクローンからsynteninの全長を含むcDNAが同定された。

 Synteninは、細胞膜上での蛋白質複合体の構成蛋白質のひとつとして、また小胞輸送に関与していることが知られている33kDaの大きさの蛋白質で、C末端側にPDZドメインを2つ持つ蛋白質であり、核と細胞膜に多く局在している。またparchorinとの共免疫沈降法によりparchorinのCLIC相同領域を除くN末端とsynteninのPDZドメインを含むC末端が結合することを確認した。これにより、synteninはCLICファミリー普遍的ではなく、parchorin特異的な機能制御に関与していることが予測される。

3 synteninのparchorinに対する作用

 parchorinへのsynteninの関与を検討するために、RNAi法を用いてsynteninをknock downした。マウスsynteninに対するshRNAをpENTER/U6ベクターに組み込み、pAD/BLOCK-iT-DESTベクターとin vitroで組み換え反応を行い、マウスsyntenin shRNAアデノウイルスベクターを作成した。

 Parchorinが高発現している脈絡叢の初代培養系に、作成したアデノウイルスを感染させたところ内因性synteninのmRNAが減少した(Fig.3)。そこで、synteninノックダウン時の培養脈絡叢を抗parchorin抗体を用いて免疫染色を行ったところ、parchorinの細胞内局在が、細胞質及び形質膜(synteninノックダウン前)から細胞質(synteninノックダウン時)へと変化した(Fig.4)。これより、synteninはparchorinと結合し、parchorinを形質膜上に留める働きをしていることが示唆された。

 ここで、parchorinと結合するsynteninのC末端に存在するPDZドメインはPIP2と結合し、形質膜上でのPIP2濃度が下がると、形質膜上のsynteninが細胞質へ移動することも知られている。そこで、PIP2と結合するneomycinを用いて形質膜上のPIP2濃度を下げた時のparchorinの動きを調べたところ、neomycin投与後、MDCK細胞に発現させたGFP-parchorinの形質膜上の局在が減少した(Fig.5)。以上より、synteninを介したparchorinの形質膜への局在にがPIP2関与していることが示唆された。

[まとめ]

本研究において私は

・マウスparchorinのクローニングを行い、ノックアウトマウス作製に寄与した。

・parchorin結合蛋白質としてsynteninを同定し、synteninがparchorinの細胞内局在に関与していることを示した

・parchorinの形質膜への局在にPIP2が関与していることを示唆した。

以上より、刺激によりparchorinは形質膜へ移行し、形質膜上でparchorinのN末端とsynteninのC末端が結合することによりparchorinを形質膜へ留める働きをしている。形質膜に局在したparchorinはそこで塩素イオンの放出活性を高めている働きをしていると推測される。

 Synteninとparchorinの膜移行の関連であるが、HEK293A細胞にsynteninは発現しているものの、発現させたparchorinは膜移行を示さないことより、synteninはparchorinの膜への局在の必要条件ではあるが、膜移行の十分条件ではないと推測される。Parchorinの膜移行メカニズムをはじめ、synteninの水輸送機構への関与は更なる解析が期待される。

Fig.0-1

Mechanism of water movement

Fig.1 クローニングしたマウスparchorin(上段)とウサギparchorin(下段)のアミノ酸配列の比較

部分は抗体作成時における抗原部位

部分はCLIC相同領域

Fig.2 マウスにおけるparchorinの組織分布

Fig.3 マウス培養脈絡叢にRNAi法によりsynteninノックダウンを行った際のmRNA量の変化

Fig.4 マウス培養脈絡叢にRNAi法によりsynteninノックダウンを行った際の内因性parchorinの細胞内局在の変化

Fig.5 MDCK細胞に発現させたGFP-parchorinのneomycin処置時の細胞内局在変化

審査要旨 要旨を表示する

 生体は脳脊髄液・消化液・尿など様々な臓器で大量の水輸送を行っており、水輸送は個体の生命活動維持にとって非常に重要な機能である。水輸送機構にはイオン交換に関与する数多くのポンプやチャネルが重要な役割を示している。陰イオン交換に関与するチャネルでは、気道上皮や汗腺等で水分泌が著しく低下する嚢胞性線維症の原因遺伝子であるCFTR(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator)や電位依存性塩素イオンチャネル(CLC)ファミリーのCLC2・CLC3があげられる。しかしCFTR及びCLC2・3が水輸送組織全てに発現しているとはいいがたく、これらのチャネルが水分泌活動普遍的に機能しているとは考えにくい為、未知の陰イオンチャネルの存在が想定されている。

 当研究室でウサギよりクローニングされたparchorinは、6つのサブタイプから成り、C末端に高い相同性を持つchloride intracellular channel(CLIC)ファミリーの一員である。parchorinは水を輸送する組織に特異的に発現し、水輸送活性の変化により発現量が変化する。また、他のサブタイプが膜に強く局在するのに対して、親水性の長いN末端を持つparchorinは細胞質に多く局在し、刺激により細胞質から形質膜へ移動する。陰イオンチャネルと推定されている、CLICファミリー内でもparchorinは水輸送組織特異的に発現していること、また発現量が水輸送活性変化の影響を受けていることにより、parchorinは水輸送の調整において重要な役割を担っていることも期待されるが、活性化のメカニズムや膜移行をはじめとした詳細な生理的機構は未だ明らかになっていない。

 本論文では、parchorinの機能解析を通じて水輸送機構の解明をすることを目的に、ノックアウトマウス作製に必要なマウスparchorinのクローニング及び、活性化メカニズムの解明へ向けてparchorin結合蛋白質の探索及び、parchorin結合蛋白質のparchorinへの影響を検討したものである。

[第一章]

 第一章では、parchorinのクローニングを行い、組織分布及び機能について検討している。

 マウスparchorinのクローニングは、ウサギparchorinに相似な部分をmouse genomeから検索した後primerを設定し、マウス脈絡叢由来RNAを鋳型にRT-PCR及び3'RACE、5'RACEを用いて行っている。ウサギparchorinとマウスparchorinの相同性はC末端側のCLIC相同領域では93%と高いものの、parchorin特異的配列であるN末端側では36%と低く、またウサギ配列では特徴的であった「GGSVDA」の15回繰り返し配列及びリン酸化部位はマウス配列では保存されていなかった。また、マウスparchorin配列をもとに抗体を作製し、ウエスタンブロット法により、ウサギparchorinと同様に胃粘膜及び脈絡叢に高発現していることを示している。更にMDCK細胞に一過性にGFP-mouse-parchorinを発現させ、刺激により細胞質から形質膜へと移行することを明らかにしている。

[第二章]

 第二章では、parchorinと結合する分子としてsynteninを同定し、parchorinとの関連を検討している。

 Parchorinの活性化機構及び細胞質から形質膜への移行機構は明らかになっておらず、移行メカニズムには、1. Parchorinは単独で細胞質に存在しており、刺激により形質膜へと移行する。2. Parchorinには結合蛋白質が存在しており、刺激により結合または乖離をすることによって形質膜へ移行する。ことが考えられる。しかし細胞種によっては刺激によるparchrorinの移行が見られないことから、parchorin以外の何らかの分子による関与が推測されていた。現在までに報告されているparchorinとの結合蛋白質にはドーパミンD2受容体があるが、parchorinの機能への関与は不明なままであり、更なる分子の存在が期待されていた。

 本論文では、parchorin結合蛋白質の探索法として酵母two-hybrid法を用い、parchorinの特異的配列であるN末端と結合する蛋白質をマウス全脳由来のcDNAライブラリーから探索し、synteninの全長cDNAを含む14種の陽性クローンが同定されている。本論文では、PDZドメインを介して他の蛋白質と結合する、膜上の蛋白質複合体の構成蛋白質の一つであることが報告されているsynteninと、parchorinとの関与を解析している。

 HEK293細胞に一過性にFlag-synteninとGFP-parchorinを発現させ、抗Flag抗体を用いた免疫沈降法により、parchorinのN末端側(CLIC相同領域以外)とPDZドメインを含むsynteninのC末端側が結合することを明らかにしている。このことより、parchorinのN末端にヘアピンカーブ様の構造が存在し、synteninのC末端側のPDZドメインと結合している可能性及び、parchorin特異的配列であるN末端側とsynteninが結合することにより、CLICファミリー普遍的ではなくてparchorin特異的な機能制御にsynteninが関与していることが期待される。

 続いて、synteninのsh RNAを発現させるアデノウイルスを作製し、RNAi法により初代培養脈絡叢の内因性synteninをknockdownすることにより、parchorinの局在が変化することを明らかにしている。初代培養脈絡叢での内因性parchorinは核を除く細胞質及び形質膜へ局在しているが、syntenin knockdown時には形質膜への局在が減弱していることより、synteninはparchorinを形質膜へ留めることに関与している可能性を示している。

 更に、細胞外にneomycinを投与することにより形質膜上のPIP2濃度を低下させた場合にparchorinが形質膜から細胞質へと移行することを明らかにしている。このことは、synteninのPDZドメインに結合することが報告されているPIP2がparchorinの細胞内局在に関与する可能性を示している。

 以上、本論文は水輸送に関わる陰イオン輸送体に関する研究として、マウスparchorinのクローニングを行い、ノックアウトマウス作製に寄与し、かつ結合蛋白質としてsynteninを同定し、parchorinの局在にsynteninが関与することを示している。

 クロライドチャネルは生体内のイオン調整に深く関与しており、水輸送に関わる陰イオン輸送体に関する研究は生命現象の更なる理解を深めると共に、創薬ターゲットとしても非常に興味深い。Parchorinが属するCLICファミリーはクローニングされて日が浅く、最近になってクロライドチャネルであると判明したために病態に関連する解析はなされておらず、これからの展開に興味が持たれている。本論文は生命薬学の分野に貢献するところ大であり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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