学位論文要旨



No 120436
著者(漢字) 田邊,思帆里
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,シホリ
標題(和) RGS-RhoGEFのGα12/13による制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 120436
報告番号 甲20436
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1135号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 様々な7回膜貫通型薬物受容体刺激の情報は、三量体Gタンパク質を介して細胞内へ伝えられ、シグナル伝達ネットワークを介して生理応答を引き起こす。三量体Gタンパク質の一種であるGα12/13は低分子量Gタンパク質であるRhoを活性化する。Rhoは、細胞骨格系の再構築、遺伝子発現に関与し、細胞周期促進、神経突起制御などの細胞応答をひきおこす。また、RhoはRhoGEF(Guanine nucleotide exchange factor for Rho)タンパク質のDH/PHドメインによって活性化される。一方、三量体Gタンパク質αサブユニットに対するGAPs(guanosine triphosphatase-activating proteins)としてRGS(regulator of G protein signaling)タンパク質が同定されている。RGSドメインを持ったヒトRGS-RhoGEFタンパク質として、p115RhoGEF、LARGおよびPDZ-RhoGEFという三種のタンパク質がこれまでに同定されている(Fig.1)。これらのRGS-RhoGEFはRGSドメインを介してGα12/13タンパク質と直接相互作用し、DH/PHドメインを介してRhoを活性化することによって、G12/13タンパク質共役型受容体刺激のシグナルを、MAPKカスケード等を通じて細胞内生理応答へ導くと考えられている。これまでPDZ-RhoGEFは細胞を用いた解析においてそのGα12/13タンパク質による活性化が示唆されてきたが、in vitroにおける直接的な活性化は観察されていなかった。そこで本研究においては、PDZ-RhoGEFをはじめとする、RGS-RhoGEFファミリーのG12/13による活性制御機構を分子レベルで明らかにすることを目的として解析を行った。

【方法と結果】

1.Sf9細胞を用いたタンパク質精製

RGS-RhoGEFの活性測定には、in vitroの再構成系を用いた。Sf9 baculovirus発現系を用いてrecombinantタンパク質を精製しアッセイに用いた。野生型RhoとGST-RhoGDIを共発現し、glutathioneカラムを用いて精製する従来の方法においては、得られるタンパク質が2LのSf9 cultureから約100μgと低収量であり、また、RhoGDIと結合する他の低分子量Gタンパク質を共精製する可能性が考えられた。そこでこれらの問題点を改善するため、N末端にHis6-tagを付加したRhoA(His6-RhoA)のbaculovirusを作製し、Ni-NTAカラムを用いて精製することを試みた。His6-RhoAのvirusを感染させたSf9細胞のペレットは溶解後超遠心し、その上清をNi-NTAカラムに添加した。カラムを洗浄後、Imidazoleを用いて溶出した。

この方法により1LのSf9 cultureから5mgという高収量のRhoを得ることが可能となった(Fig.2)。また、Gα13タンパク質も同様にSf9細胞から精製した。Sf9cultureに、Gα13,Gβ1,His6-Gγ2のbaculovirusを共感染させ、回収後、Ni-NTAカラム及びhydroxyapatiteカラムを用いて精製した。LARG、p115RhoGEFのrecombinantタンパク質はそれぞれのbaculovirusを感染させたSf9細胞からNi-NTAカラムを用いて精製した。

2.GTP-γS binding測定によるRhoGEFアッセイ

RGS-RhoGEFはRGSドメインを介して活性化型Gα12/13タンパク質と相互作用し、DH/PHドメインを介してRhoタンパク質を活性化する。Rhoの活性化は、不活性化状態のGDP結合型から活性化型のGTP結合型へ変換されることによりおこる。

本研究においては、RhoGEFの活性化をRhoに対するGTPγS結合により定量する方法を新規則に開発した。従来の、RhoからのGDP解離を定量する方法においては、Rhoに[3H]-GDPをloadするステップが必要であったが、GTPγS結合を直接定量することで、アッセイをよりシンプルなものに改良した。また、得られるシグナルの感度が上昇した。この新たなアッセイ系を用いてGα13タンパク質が精製p115RhoGEF及びLARGを活性化することが明らかとなった(Fig.3)。

3.免疫沈降したPDZ-RhoGEFのGα13による活性化

Fig.3に示すように、p115RhoGEFおよびLARGのGα13による活性化はin vitro再構成実験において観察されたが、一方で、PDZ-RhoGEFに関しては同様のin vitro再構成系を用いた限りでは活性化が見られなかった。

そこで次に、PDZ-RhoGEFの活性化に対しては昆虫細胞内では誘導されない何らかの細胞内修飾が必要である可能性を想定し、RhoGEFをヒトHEK293細胞に発現させた後、免疫沈降してその活性を測定することを試みた。免疫沈降したPDZ-RhoGEFを用いてRhoGEFアッセイを行ったところ、Gα13によりPDZ-RhoGEFが活性化されることが初めて明らかとなった(Fig.4)。このことより、Gα13によるPDZ-RhoGEFの活性化にとっては何らかの細胞内修飾又は細胞内因子の必要性が考えられた。

4.RhoGEFに対するリン酸化

以前の報告により、Src tyrosine kinaseがGα12-Rho経路に関与していることや、Gα12によるLARGの活性化がTec tyrosine kinaseによるリン酸化依存的であることが示唆されている。そこでGα12/13によるRhoGEF活性化の機構を明らかにするため、G12/13、RhoGEF、Rho経路に対するSrcの関与を調べることにし、まずこれらのRGS-RhoGEFのチロシンリン酸化を検討した。各RhoGEFとSrcをHEK293細胞にco-transfectionし、免疫沈降した。PDZ-RhoGEFとLARGがSrc依存的にチロシンリン酸化され、p115RhoGEFは同じ条件下でチロシンリン酸化されないことを見出した(Fig.5)。さらに、PDZ-RhoGEFのN末端とC末端を欠損した変異体(PDZ-RhoGEFのRGS/DH/PHドメイン)は全長PDZ-RhoGEFとは異なりチロシンリン酸化されないことを見出した。

このことより、PDZ-RhoGEFのSrcによるチロシンリン酸化はN末端又はC末端でおこっていると考えられる。又、SRE luiferase assayを用いてRhoの活性を測定した。Gα13とPDZ-RhoGEFを共発現させることによって上昇した活性は、Srcによって抑制されることが明らかとなった。一方、LARGの活性化はSrcによって増強される傾向が観察されたことより、各々のRhoGEFがリン酸化により細胞内で異なった制御を受けている可能性が考えられた。

5.Gα13K204Aのp115RhoGEF活性への影響

RGSドメインはそれぞれGαサブユニットに対するGAP活性を有しているが、それらはGαi/o、及びGqサブファミリーに対するものが多い。RGS4のRGSドメインがGαi1のswitch I regionと相互作用していることが知られている。特にGαiの182番目のthreonineが、RGS4のRGSドメイン内のいくつかのアミノ酸残基との相互作用にとって重要であると考えられている。このthreonineはGαs及びGα12/13以外のGαサブユニットに保存されており、G12/13のαサブユニットにおいては204番目のlysineがこれに相当する。Gα13のlysineをalanineに変換した変異体を用いて解析を行った。

Gα13(30nM)及びGα13K204A(30nM)をrecombinantのp115RhoGEF及びRhoAと混合し、30℃にて10分間incubateしてRhoGEFアッセイを行った。RhoAに対するGTPγS bindingを測定したところ、p115RhoGEFの活性はGα13によって活性化されたが、Gα13K204Aによっては活性化されなかった(Fig.6)。よって、Gα13の204番目のlysineはp115RhoGEFの活性化に対して重要な役割を担っているものと考えられる。

【まとめ】

以上のことより、Gα13が、精製及び免疫沈降したp115RhoGEF、LARGを活性化することがGTPγSの結合を測定する新たなアッセイ法により確認された。また、HEK293細胞より免疫沈降したPDZ-RhoGEFがGα13により活性化されることが新たに明らかとなった。さらに、PDZ-RhoGEFがSrc tyrosine kinaseによりリン酸化されることを見出し、その活性がリン酸化によって制御されている可能性を見出した。Rho GTPase活性化機構は各々のRhoGEFにより異なり、G12/13経路がRhoGEFのリン酸化によりさらに制御されている可能性が考えられる。

References

Tanabe S, Kreutz B, Suzuki N, and Kozasa T (2004) Methods Enzymol. 380, 285-294

Nakamura S, Kreutz B, Tanabe S, Suzuki N, and Kozasa T (2004) Mol Pharmacol. 66,

1029-1034

Fig. 1 ヒトRGS-RhoGEFファミリーのドメイン構造とアミノ酸数

ヒトRGS-RhoGEFとしてp115RhoGEF,LARG,PDZ-RhoGEFが同定されている。

Fig. 2 Sf9 baculovirus発現系を用いたHis6-RhoAの精製

Sf9 cultureにHis6-RhoA baculovirusを感染させ回収し、Ni-Ntaカラムを用いて精製したものをSDS-PAGE後Coomassie Brilliant Blue染色した。

Fig. 3 Gα13によるp115RhoGEF及びLARGの活性化

A. Gα13はrecombinant p115RhoGEFを濃度依存的に活性化した。Recombinant Gα13はp115RhoGEF,RhoAと共に30℃でincubationし,その活性を測定した。B. Gα13はrecombinant LARGを時間依存的に活性化した。Recombinant Gα13(30nM)はLARG、RhoAと共に30℃でincubationを行った。

Fig 4. Gα13によるPDZ-RhoGEFの活性化

HEK293細胞に発現させ、抗myc抗体を用いて免疫沈降したPDZ-RhoGEFはGα13により活性化された。

Fig. 5 Src tyrosine kinaseによるRGS-RhoGEFのリン酸化

A. Src tyrosine kinaseはPDZ-RhoGEF及びLARGをリン酸化した。PDZ-RhoGEF及びLARGをSrcとHEK293細胞に共発現させ、RhoGEFを免疫沈降後、抗リン酸化チロシン抗体にてWestern blottingを行った。B. Src tyrosine kinaseはp115RhoGEFをリン酸化しなかった。

Fig. 6 Gα13k204Aによるp115RhoGEF活性への影響

Gα13がp115RhoGEFを活性化したのに対し、Gα13k204Aはp115RhoGEFを活性化しなかった。

審査要旨 要旨を表示する

 生体内の細胞は、様々な薬物受容体刺激を細胞膜上の受容体で受容し、細胞内でシグナルを伝達させることにより生理応答を引き起こすことが知られている。従ってその周辺分子の機能解析を行うことは非常に重要であると考えられている。三量体Gタンパク質共役型7回膜貫通型受容体刺激、細胞増殖刺激は細胞内でそれぞれ特異的なDblファミリーGEF(Guanine nucleotide exchange factor)を活性化するものである。活性化されたGEFはRhoGTPase等の低分子量Gタンパク質をGDP結合型からGTP結合型へ変換することによって活性化し、細胞骨格構築やDNA合成、神経突起調節に代表される細胞応答を惹起する。本論文においては、特に7回膜貫通型薬物受容体刺激から三量体Gタンパク質を介して伝達されるシグナル伝達経路に着目し、その分子機能解析を行っている。GEFとして同定されている合計約100種の分子の内、RGS(regulator of G protein signaling)ドメインを有する分子は、ヒトにおいてはp115RhoGEF,LARG,PDZ-RhoGEFの3種が同定されているのみであり、本論文においては、その3種の分子をRGS-RhoGEFファミリーと総称している。これまでPDZ-RhoGEFは細胞を用いた解析においてそのGα12/13タンパク質による活性化が示唆されてきたが、in vitroにおける直接的な活性化は観察されていなかった。そこで本論文においては、PDZ-RhoGEFをはじめとする、RGS-RhoGEFファミリーのG12/13による活性制御機構を分子レベルで明らかにすることを目的として解析を行っている。

 本論文において、RGS-RhoGEFの活性測定には、in vitroの再構成系を用いている。Sf9昆虫細胞を用いてタンパク質を精製しアッセイに使用している。従来のRho精製方法においては、得られるタンパク質が2LのSf9培養液から約100μgと低収量であった。そこで本論文においてはこの問題点を改善するため、アミノ末端にタグを付加したRhoのバキュロウィルスを作製し、精製することを試みている。この方法により1LのSf9 cultureから5mgという高収量のRhoを得ることが可能となっている。

 まず第一節においては、RhoGEFの活性化をRhoに対するGTPγS結合により定量する方法を新規に開発している。従来の、RhoからのGDP解離を定量する方法においては、Rhoに[3H]-GDPをロードするステップが必要であったが、これを、GTPγS結合を直接定量することで、アッセイをより簡便で容易なものに改良している。加えて、本アッセイ法を用いることにより得られるシグナルの感度が上昇している。本論文においては、新規GTPγS結合アッセイ法を用いてGα13タンパク質が精製p115RhoGEF及びLARGを活性化することが明らかとなっている。

 一方で、PDZ-RhoGEFに関しては同様のin vitro再構成系を用いた限りでは活性化が見られていない。そこで、続いて第二節においては、PDZ-RhoGEFの活性化に対して昆虫細胞内では誘導されない何らかの細胞内修飾が必要である可能性を想定し、RhoGEFをヒトHEK293細胞に発現させた後、免疫沈降してその活性を測定することを試みている。免疫沈降したPDZ-RhoGEFを用いてRhoGEFアッセイを行った結果より、Gα13によりPDZ-RhoGEFが活性化されることが初めて明らかとなっている。これらの知見から、Gα13によるPDZ-RhoGEFの活性化にとっては何らかの細胞内修飾又は細胞内因子の必要性が考えられている。

 第三節においては、細胞内修飾の一つの可能性として、G12/13経路に対するSrcの関与を調べることにし、まずこれらのRGS-RhoGEFのチロシンリン酸化を検討している。HEK293細胞を用いた実験結果より、PDZ-RhoGEFとLARGがSrc依存的にチロシンリン酸化され、p115RhoGEFは同じ条件下でチロシンリン酸化されないことが見出されている。また、Gα12/13によるRhoGEF活性化の詳細な機構を明らかにするため、Rhoの活性を測定している。本論文における検討結果より、Gα13とPDZ-RhoGEFを共発現させることによって上昇した活性は、Srcによって抑制されることが明らかとなっている。

 以上のように、本論文において、新規GTPγS結合アッセイにより、Gα13が、精製及び免疫沈降したp115RhoGEF、LARGを活性化することが明らかとなっている。また、免疫沈降したPDZ-RhoGEFがGα13により活性化されることが新たに明らかとなっている。さらに、PDZ-RhoGEFがSrc tyrosine kinaseによりリン酸化されることを見出し、その活性がリン酸化によって制御されている可能性を見出している。以上本論文は、各々のRGS-RhoGEFが細胞内で特異的な制御を受けており、G12/13経路がRhoGEFのリン酸化によりさらに制御されている可能性を示すものである。本論文により提示された結果は、今後各分子を特異的にターゲットとした創薬・治療を目指す上で非常に重要な概念となり、生命薬学の分野に多大な貢献をもたらすものと期待でき、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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