学位論文要旨



No 120437
著者(漢字) 谷口,小百合
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,サユリ
標題(和) タウの線維化とその阻害機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 120437
報告番号 甲20437
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1136号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 講師 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

 アルツハイマー病(AD)の病理学的特徴の一つである神経原線維変化は、高度にリン酸化された微小管結合タンパク質タウが難溶性の線維構造を形成して細胞内に蓄積したものであり、神経細胞死との密接な関係が注目されている。タウは神経細胞に発現する代表的な微小管結合タンパク質であり、ヒト成人脳では選択的スプライシングにより45〜55kDaの6種類のアイソフォームが発現する。タウのC末端側には微小管結合ドメインとして機能するリピート配列が存在し、3リピート(3R)タウ、4リピート(4R)タウの2種類がある。タウの蓄積はAD以外の神経変性疾患でも生じておりタウオパチーと総称されているが、その1つである家族性前頭側頭葉型痴呆症(FTDP-17)においてタウ遺伝子の変異が発見されたことから、タウの機能もしくは発現の異常がタウの蓄積と神経細胞変性の原因となることが判明した。線維化し蓄積したタウそのもの、もしくは線維化の前段階で生じるオリゴマーが神経細胞毒性を発揮し、変性を導くものと想定されているが、タウの線維形成機構には不明の点が多く、オリゴマーの存在も実証されていない。またAD以外のタウオパチー患者脳に蓄積したタウの詳細な解析は行われていない。本研究では、様々なタウオパチー患者剖検脳に蓄積したタウの生化学的解析を行うとともに、リコンビナントタウの線維形成過程をin vitroで解析する実験系を構築し、タウの線維化、蓄積の分子機構を検討した。また、in vitroのタウの線維形成モデルを用いて、タウの線維化を阻害する低分子化合物の探索とその阻害機構の解析を行った。

[方法・結果]

1.タウオパチー脳に蓄積するタウ線維、及びin vitroで作製したタウ線維のトリプシン耐性領域(コア)の解析

 AD脳に蓄積するタウ線維をプロテアーゼで処理すると、特定の構造を持たない部分は分解されるが、分子同士が密に結合している線維の中心領域(コア)は分解されずに残る。コアを解析することにより、タウのどの領域がどのように結合して線維を形成しているかなど、線維の構造を推定することができる。3Rタウと4Rタウの両者が蓄積するAD、3Rタウが蓄積するピック病(PiD)、4Rタウが蓄積する皮質基底核変性症(CBD)及び進行性核上性麻痺(PSP)、そして変異の種類によって様々であるがイントロン変異がある場合は4Rタウが蓄積するFTDP-17の剖検脳から抽出したタウをトリプシン消化後、イムノブロット解析した。その結果、疾患ごとに異なる特徴的なコアのバンドパターンが検出された。これらの分解抵抗性フラグメントを質量分析、アミノ酸配列解析で解析した結果、タウの微小管結合領域が疾患ごとに異なる長さ・組み合わせをとって、線維のコアを構成していることが明らかになった。またCBD、PSPそしてイントロン変異のあるFTDP-17では同じ4Rタウが選択的に蓄積するが、トリプシン耐性コア領域は異なっていた。この結果は、異なる種類のタウオパチーの間でタウ蓄積の様態に生化学的な相違をはじめて示した点で重要と考えられる。また、PiDとPSPのコアは1ないし2種類同定され、これらの線維は捻れのない管状の微細形態をとっていた。一方、AD、CBD、FTDP-17のコアは3または5種類同定された。これらの線維は、いずれも捻れた細管状の形態をとっていた。さらに、5種類のコアが同定されたFTDP-17では捻れの周期が300nmと他のものより長いことから、コアの様々なパターンと、タウ線維の微細形態のバリエーションには関連が想定された。

 次に蓄積タウのコア領域の違いがタウのアイソフォームの違いに起因する可能性を考え、リコンビナント3Rタウ、4Rタウ、及び両者の混合物(3+4R)をin vitroで線維化させ、同様にトリプシン耐性コアの解析を行ったところ、線維化したタウのアイソフォームの種類に応じて異なるコア領域が同定された。コア領域の配列から、タウタンパク質のリピート配列が交互に結合して線維構造をとるものと推定されたが、アイソフォームの種類によって結合様式が異なることが示唆された。

2.In vitroにおけるタウの線維形成機構の解析

 タウの線維形成過程を理解するためにin vitroのタウの線維形成モデルを用いて、線維化タウの定量法を確立し、線維形成速度に影響を与える因子、及びオリゴマータウについて検討を行った。線維化タウは、βシート構造に特異的に結合する蛍光プローブであるチオフラビンSを用いた蛍光測定、及びタウ線維が界面活性剤であるサルコシルに不溶性である性質を応用して、サルコシル不溶性タウを回収し、SDS-PAGE解析することにより定量した。タウの線維形成速度に影響を与える因子としては、タウの変異、リン酸化、ジスルフィド結合について解析した。検討に用いた全てのFTDP-17患者に存在する変異型タウ(K257T、P301L、V337M、G389R)は、野生型タウと比べてタウの線維化を促進し、その中でも特にP301L変異は効果が強かった。また、タウの高度のリン酸化は線維化を促進したが、ジスルフィド結合はタウの線維形成に影響を与えなかった。タウのオリゴマー形成は、ゲル濾過とSDS-PAGEにより解析した。タウを線維化した後、超遠心(113,000×g,20分)により線維を除去した上清をゲル濾過により分画すると、大部分のタウは多量体化しており、カラムから排除されるボイド容量に回収された。SDS-PAGE解析でも高分子量領域にSDS耐性のオリゴマーが検出された。オリゴマー形成はタウの線維形成過程の早期から検出され、線維の増加に伴って減少した。電顕的にオリゴマーは特定の形態を示さなかったが、線維化したタウと同様のトリプシン抵抗性を示した。以上の結果から、タウはin vitroの線維形成過程において、プロテアーゼ耐性を獲得した可溶性のオリゴマーを経て線維形成に至ることが示唆された。

3.タウの線維化阻害剤の探索とその阻害機構

 βアミロイドなどの線維形成タンパク質の凝集過程は、神経変性の予防・治療薬の創薬標的として重要と考えられている。そこでin vitroのタウ線維形成モデルを用いてタウの線維化を阻害する低分子化合物の探索を試みた。βアミロイドの線維形成阻害作用が報告されている物質を含む9系統49種類の化合物を、20μMの濃度でリコンビナントタウに添加し、線維化の抑制を電子顕微鏡により検討した。その結果、exifoneをはじめとするポリフェノール類、hemin chlorideを始めとするポルフィリン類、そしてmethylene blueを始めとするフェノチアジン類のいくつかの化合物がタウの線維化抑制作用を示した(Fig.1A)。サルコシル不溶性タウの定量結果は電顕で観察した線維形成量とよく一致し(Fig.1B)、高い線維形成阻害能(IC50値:数μM)を示した。また、タウの線維化抑制効果とβアミロイド凝集阻害能の間には高い相関が認められ、両タンパク質の凝集抑制機構には共通性が存在することも考えられた。

線維化阻害が生じた試料をSDS-PAGEで解析すると、化合物の濃度に依存して沈殿に回収されるタウが減少したが、同時に上清の可溶性画分にも高分子量域にSDS抵抗性のオリゴマータウが増加した。さらに、阻害効果を示すポルフィリンやポリフェノール類の化合物は、単量体のタウよりも、オリゴマーや線維化タウにより強く結合した。以上の結果から、線維形成阻害能を有する化合物は、オリゴマータウあるいはタウ線維に結合して安定な複合体を形成し、タウの線維化ならびにタウ線維の伸長を阻害することが示唆された(Fig.1C)。また、これらの化合物はタウの正常機能である微小管結合能と微小管重合促進能には影響を与えなかった。

[まとめ]

 タウタンパク質の線維形成、蓄積機構に関する研究から、私は次の点を明らかにした。(1)トリプシン耐性を示すタウ線維コアの構造は疾患によって異なり、そのパターンはタウ線維の微細形態と関係がある。コアの違いの要因の一つは線維を構成するアイソフォームにある。(2)タウの変異及び高度のリン酸化はタウの線維形成を促進するが、タウ分子間のジスルフィド結合は線維形成速度に影響を与えない。線維形成過程で生じるオリゴマータウは特定の形態を示さないが、タウ線維に類似したプロテアーゼ耐性を獲得している。(3)ポリフェノール、ポルフィリン及びフェノチアジン骨格を持ついくつかの化合物はβアミロイドとタウの線維化を阻害し、その阻害機構にはオリゴマータウの安定化が関与している。βアミロイドとタウの線維形成阻害作用を合わせ持つ化合物は、老人斑と神経原線維変化の形成を同時に抑制することが期待され、ADの予防や治療に有用と考えられる。今後、in vitro系で見出した化合物の有用性について、培養細胞及びモデル動物を用いたin vivoレベルでの検討を進めたい。

Fig.1 各種薬剤のタウの線維化に対する阻害効果と阻害機構

A:各種薬剤添加3日後のネガティブ電顕像

B:サルコシル不溶性タウの定量

C:タウの線維化阻害機構のモデル図

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)の病理学的特徴の一つである神経原線維変化は、高度にリン酸化された微小管結合タンパク質タウが難溶性の線維構造を形成して細胞内に蓄積したものであり、神経細胞死との密接な関係が注目されている。タウは神経細胞に発現する代表的な微小管結合タンパク質であり、ヒト成人脳では選択的スプライシングにより45〜55kDaの6種類のアイソフォームが発現する。タウのC末端側には微小管結合ドメインとして機能するリピート配列が存在し、3リピート(3R)タウ、4リピート(4R)タウの2種類がある。タウの蓄積はAD以外の神経変性疾患でも生じておりタウオパチーと総称されているが、その1つである家族性前頭側頭葉型痴呆症(FTDP-17)においてタウ遺伝子の変異が発見されたことから、タウの機能もしくは発現の異常がタウの蓄積と神経細胞変性の原因となることが判明した。線維化し蓄積したタウそのもの、もしくは線維化の前段階で生じるオリゴマーが神経細胞毒性を発揮し、変性を導くものと想定されているが、タウの線維形成機構には不明の点が多く、オリゴマーの存在も実証されていない。またAD以外のタウオパチー患者脳に蓄積したタウの詳細な解析は行われていない。本研究において、申請者は様々なタウオパチー患者剖検脳に蓄積したタウの生化学的解析を行うとともに、リコンビナントタウの線維形成過程をin vitroで解析する実験系を構築し、タウの線維化、蓄積の分子機構を検討した。また、in vitroのタウの線維形成モデルを用いて、タウの線維化を阻害する低分子化合物の探索とその阻害機構の解析を行った。

1.タウオパチー脳に蓄積するタウ線維、及びin vitroで作製したタウ線維のトリプシン耐性領域(コア)の解析

 AD脳に蓄積するタウ線維をプロテアーゼで処理すると、特定の構造を持たない部分は分解されるが、分子同士が密に結合している線維の中心領域(コア)は分解されずに残る。コアを解析することにより、タウのどの領域がどのように結合して線維を形成しているかなど、線維の構造を推定することができる。3Rタウと4Rタウの両者が蓄積するAD、3Rタウが蓄積するピック病(PiD)、4Rタウが蓄積する皮質基底核変性症(CBD)及び進行性核上性麻痺(PSP)、そして変異の種類によって様々であるがイントロン変異がある場合は4Rタウが蓄積するFTDP-17の剖検脳から抽出したタウをトリプシン消化後、イムノブロット解析した。その結果、疾患ごとに異なる特徴的なコアのバンドパターンが検出された。これらの分解抵抗性フラグメントを質量分析、アミノ酸配列解析で解析した結果、タウの微小管結合領域が疾患ごとに異なる長さ・組み合わせをとって、線維のコアを構成していることを明らかにした。またCBD、PSPそしてイントロン変異のあるFTDP-17では同じ4Rタウが選択的に蓄積するが、トリプシン耐性コア領域は異なっていた。この結果は、異なる種類のタウオパチーの間でタウ蓄積の様態に生化学的な相違をはじめて示した点で重要と考えられる。また、PiDとPSPのコアは1ないし2種類同定され、これらの線維は捻れのない管状の微細形態をとっていた。一方、AD、CBD、FTDP-17のコアは3または5種類同定された。これらの線維は、いずれも捻れた細管状の形態をとっていた。さらに、5種類のコアが同定されたFTDP-17では捻れの周期が300nmと他のものより長いことから、コアの様々なパターンと、タウ線維の微細形態のバリエーションには関連が想定された。

 次に蓄積タウのコア領域の違いがタウのアイソフォームの違いに起因する可能性を考え、リコンビナント3Rタウ、4Rタウ、及び両者の混合物(3+4R)をin vitroで線維化させ、同様にトリプシン耐性コアの解析を行うと、線維化したタウのアイソフォームの種類に応じて異なるコア領域が同定された。コア領域の配列から、タウタンパク質のリピート配列が交互に結合して線維構造をとるものと推定されたが、アイソフォームの種類によって結合様式が異なることが示唆された。

2.In vitroにおけるタウ線維形成機構の解析

 タウの線維形成過程を理解するためにin vitroのタウの線維形成モデルを用いて、線維化タウの定量法を確立し、線維形成速度に影響を与える因子、及びオリゴマータウについて検討を行った。線維化タウは、βシート構造に特異的に結合する蛍光プローブであるチオフラビンSを用いた蛍光測定、及びタウ線維が界面活性剤であるサルコシルに不溶性である性質を応用して、サルコシル不溶性タウを回収し、SDS-PAGE解析することにより定量した。タウの線維形成速度に影響を与える因子としては、タウの変異、リン酸化、ジスルフィド結合について解析した。検討に用いた全てのFTDP-17患者に存在する変異型タウ(K257T、P301L、V337M、G389R)は、野生型タウと比べてタウの線維化を促進し、その中でも特にP301L変異は効果が強かった。また、タウの高度のリン酸化は線維化を促進したが、ジスルフィド結合はタウの線維形成に影響を与えなかった。タウのオリゴマー形成は、ゲル濾過とSDS-PAGEにより解析した。タウを線維化した後、超遠心(113,000×g,20分)により線維を除去した上清をゲル濾過により分画すると、大部分のタウは多量体化しており、カラムから排除されるボイド容量に回収された。SDS-PAGE解析でも高分子量領域にSDS耐性のオリゴマーが検出された。オリゴマー形成はタウの線維形成過程の早期から検出され、線維の増加に伴って減少した。電顕的にオリゴマーは特定の形態を示さなかったが、線維化したタウと同様のトリプシン抵抗性を示した。以上の結果から、タウはin vitroの線維形成過程において、プロテアーゼ耐性を獲得した可溶性のオリゴマーを経て線維形成に至ることが示唆された。

3.タウの線維化阻害剤の探索とその阻害機構

 βアミロイドなどの線維形成タンパク質の凝集過程は、神経変性の予防・治療薬の創薬標的として重要と考えられている。そこでin vitroのタウ線維形成モデルを用いてタウの線維化を阻害する低分子化合物の探索を試みた。βアミロイドの線維形成阻害作用が報告されている物質を含む9系統49種類の化合物を、20μMの濃度でリコンビナントタウに添加し、線維化の抑制を電子顕微鏡により検討した。その結果、exifoneをはじめとするポリフェノール類、hemin chlorideを始めとするポルフィリン類、そしてmethylene blueを始めとするフェノチアジン類のいくつかの化合物がタウの線維化抑制作用を示した。サルコシル不溶性タウの定量結果は電顕で観察した線維形成量とよく一致し、高い線維形成阻害能(IC50値:数 μM)を示した。また、タウの線維化抑制効果とβアミロイド凝集阻害能の間には高い相関が認められ、両タンパク質の凝集抑制機構には共通性が存在することも考えられた。

 線維化阻害が生じた試料をSDS-PAGEで解析すると、化合物の濃度に依存して沈殿に回収されるタウが減少したが、同時に上清の可溶性画分にも高分子量域にSDS抵抗性のオリゴマータウが増加した。さらに、阻害効果を示すポルフィリンやポリフェノール類の化合物は、単量体のタウよりも、オリゴマーや線維化タウにより強く結合した。以上の結果から、線維形成阻害能を有する化合物は、オリゴマータウあるいはタウ線維に結合して安定な複合体を形成し、タウの線維化ならびにタウ線維の伸長を阻害することが示唆された。また、これらの化合物はタウの正常機能である微小管結合能と微小管重合促進能には影響を与えなかった。

 以上のごとくタウタンパク質の線維形成、蓄積機構に関する研究から、申請者は次の点を明らかにした。(1)トリプシン耐性を示すタウ線維コアの構造は疾患によって異なり、そのパターンはタウ線維の微細形態と関係がある。コアの違いの要因の一つは線維を構成するアイソフォームにある。(2)タウの変異及び高度のリン酸化はタウの線維形成を促進するが、タウ分子間のジスルフィド結合は線維形成速度に影響を与えない。線維形成過程で生じるオリゴマータウは特定の形態を示さないが、タウ線維に類似したプロテアーゼ耐性を獲得している。(3)ポリフェノール、ポルフィリン及びフェノチアジン骨格を持ついくつかの化合物はβアミロイドとタウの線維化を阻害し、その阻害機構にはオリゴマータウの安定化が関与している。以上の結果はアルツハイマー病を含むタウ蛋白質蓄積症の病態解明と治療法開発に貢献するところが大きく、博士(薬学)の学位にふさわしいものと判定した。

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