学位論文要旨



No 120439
著者(漢字) 名黒,功
著者(英字)
著者(カナ) ナグロ,イサオ
標題(和) 電位依存性L型Ca2+チャネルCav1.2を介したCa2+シグナル制御機構の研究 : 相互作用蛋白を介したCa2+チャネル制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 120439
報告番号 甲20439
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1138号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 電位依存性L型Ca2+チャネルは筋細胞、神経細胞など興奮性細胞の細胞膜に存在し、膜の脱分極により開口し細胞外からのCa2+流入を担う分子である(Fig.1)。L型Ca2+チャネルはα1、β、α2/δなど複数のサブユニットからなる。L型Ca2+チャネルを形成するα1サブユニットは、現在までにCav1.1からCav1.4まで4種類の遺伝子が同定されており、このチャネルファミリーは高血圧治療薬としても知られるCa2+拮抗薬により阻害されるという共通の特徴をもつ。L型Ca2+チャネルは脳、網膜、心臓、血管、膵臓、骨格筋など様々な組織に発現し、このチャネルを介して流入したCa2+は部位に応じて筋収縮、小胞分泌、遺伝子発現のように多岐に渡る生理機能を担っている。最近、ヒトにおいて先天性の発達異常、不整脈、免疫不全、低血糖、自閉症を併発する疾患であるTimothy syndromeの原因がCav1.2の遺伝子変異である事が同定されるなど、L型Ca2+チャネルの生理機能における多機能性、重要性はこれまでに多くの研究により示されてきた。

 しかしながら、同じL型Ca2+チャネルがどのようにして組織特異的な生理応答につながるCa2+シグナルを担えるのかについて、その分子機構はほとんど明らかになっていない。また、脳や心臓ではCav1.2とCav1.3など複数種のL型Ca2+チャネルが発現しているが、それらの使い分けがどのようになされているかについて未だ十分な理解がなされていない。このような特異的なCa2+シグナルの使い分けの背景には、組織またはチャネル特異的な分子複合体の存在が予想される。その解明は組織特異的なCa2+シグナル制御機構の理解につながり、L型Ca2+チャネルの関与する病態治療の新たなターゲットになりうると考えられる。そこで本研究では、L型Ca2+チャネルCav1.2に相互作用する分子を同定しその機能を解析することにより、多様な生理機能に関与するCav1.2が担うCa2+シグナルの使い分けの制御機構を解明することを目的として実験を行った。

【結果】

1.Cav1.2結合分子(PCTP-L)の同定

 L型Ca2+チャネルCav1.2に結合する分子を酵母two-hybrid法により探索した。baitとしてL型Ca2+チャネルファミリー内で相同性の低いCav1.2の細胞内II-IIIloopおよびC末端領域を用い、マウス胎生11目のcDNAライブラリーから結合分子の探索を行った。その結果、C末端領域をbaitとして用いたスクリーニングからphosphatidylcholine transfer protein-like protein(PCTP-L)の全長を含むcDNAが陽性クローンとして同定された(Fig.2)。PCTP-Lは脂質結合モチーフとしてSTARTドメインを持つ分子群STARTファミリーに属し、脂質の輸送を担う分子phosphatidylcholine transfer protein(PCTP)に相同性の高い分子として報告されていたが、機能は未知の分子であった。そこでまず、PCTP-Lが哺乳類細胞において細胞膜上のCav1.2チャネルと相互作用するかについてBHK6細胞を用い、培養細胞発現系で検討した。Ca2+チャネルのβ1a'α2/δサブユニットを安定発現しているBHK6細胞にPCTP-Lを一過性に発現させ細胞内局在を観察したところ、細胞膜近傍および細胞質の一部に局在が確認された。BHK6細胞においてCav1.2と共に発現させると、細胞膜上に存在するCav1.2とPCTP-Lが共存していた。共免疫沈降法によりBHK6細胞におけるPCTP-LとCav1.2の結合を検討した結果、Cav1.2はPCTP-Lと共に免疫沈降されることが明らかになり、細胞内での相互作用が示唆された。

2.Cav1.2チャネルに対するPCTP-Lの影響

 次にPCTP-LがCav1.2と相互作用することで、Ca2+チャネルの機能に与える影響を検討する目的で、ホールセルパッチクランプ法による電気生理学的解析を行った。BHK6細胞に発現させたCav1.2のCa2+チャネル電流を測定した結果、PCTP-Lの共発現によりCa2+チャネルの電位依存性不活性化の指標であるsteady-state inactivation(SSIN)curveが約7mV脱分極側にシフトした(Fig.3A)。これはCa2+チャネルが不活性化し難くなっていることを示しており、チャネル開口時のCa2+流入が増加する方向に働く。一方、チャネル活性化電位の指標である電流-電圧曲線(I-V curve)はPCTP-Lの共発現に影響を受けなかった。これらのことからPCTP-LはCav1.2Ca2+チャネルの不活性化機構に特異的に影響を与え、チャネルの不活性化を抑制することが明らかになった。

3.PCTP-Lは脊椎動物のL型Ca2+チャネルCav1.2を特異的に制御する

 Two-hybrid screeningに用いたCav1.2のC末端領域(CT all)はL型Ca2+チャネルファミリーにおいて相同性の高い領域と低い領域が存在する。PCTP-LによるCa2+チャネルの制御がCav1.2特異的なものであるかどうか調べる目的でPCTP-L結合部位の同定をyeast two-hybrid法により行った。その結果、PCTP-LはCav1.2の1705番目から1770番目のアミノ酸を含む配列に主に結合することが明らかになった(Fig.2)。この領域は脊椎動物のCav1.2には良く保存されていたが、その他のL型Ca2+チャネルには保存されていなかった。このことはPRCP-Lによる制御がL型Ca2+チャネルのうちCav1.2に特異的であることを示唆している。この仮説を検証するために、Cav1.2のカルボキシル末端をCav1.3のカルボキシル末端と置換したキメラチャネル(CTD)を作製した(Fig.3A)。CTDをPCTP-Lと共にBHK6細胞に発現させると、Cav1.2と同様にPCTP-Lと共に共免疫沈降された。このことは、Cav1.2とPCTP-Lの相互作用はCav1.2のカルボキシル末端以外にも存在することを示唆している。PCTP-LはCTDとも相互作用できたが、電気生理学的解析により不活性化曲線を測定すると、CTDの不活性化はPCTP-Lの存在に影響を受けなかった(Fig.3)。このことから、PCTP-LがCa2+チャネルの不活性化を抑制するためには、Cav1.2のカルボキシル末端が必要であることが明らかになった。従って、PCPT-LによるCa2+チャネル不活性化の抑制はL型カルシウムチャネルのうちCav1.2に特異的であると考えられる。Cav1.2のカルボキシル末端の相互作用配列はセンチュウ、ハエ、ホヤなど無脊椎動物のもつL型カルシウムチャネルホモログには存在しなかったため、L型カルシウムチャネルとPRTP-Lの相互作用は脊椎動物のみがもつチャネル制御メカニズムであると考えられた。

4.PCTP-LとCav1.2の相互作用の生理的意義

 PCTP-LによるCav1.2の制御が生体内のどの組織においてなされているか検討するため、Nothren blot法とWestern blot法を用いて、それぞれmRNA発現と蛋白発現について組織分布を検討した。その結果、PCTP-Lは心臓、脳、肝臓、腎臓、精巣で発現していることが確かめられた(Fig.4)。

特に心臓ではPCTP-Lの発現は心房特異的であり、心室には認められなかった。Cav1.2も心臓に発現していることから、以下では心臓におけるCav1.2とPCPT-Lの相互作用の意義について解析した。

 幼若心筋のモデルとして胎生10.5日のマウスから単離した心筋細胞および、心筋に分化誘導したマウスのES細胞においてPCTP-Lの発現を細胞免疫染色法により解析したところ、内在性のPCTP-Lが細胞膜領域に観察された。このことから、PCTP-Lは発達の初期の段階から心筋細胞に発現していることが明らかになった。

 ラット新生仔心房筋細胞を単離し、Cav1.2、とPCTP-Lの発現を観察したところ、両者は心房筋細胞の細胞膜領域で共存していた(Fig.5A)。さらに、成熟ラットの心房においてCav1.2抗体で免疫沈降を行うと、PCTP-Lが共免疫沈降されてきた(Fig.5B)。これらの結果からCav1.2とPCTP-Lの相互作用は心房筋細胞に存在することが示された。心房筋細胞でCav1.2はPCTP-Lの制御を受け、心房筋特異的な役割を担う可能性が考えられる。また、心房筋細胞にはCav1.2とCav1.3が発現しているが、先の結果から心房筋細胞においてPCTP-LはCav1.2を特異的に制御していると考えられる。心房筋でのPCTP-Lの役割を解析するため、PCTP-Lに対するRNAiを行った。アデノウイルスによりshRNAiを発現させたところ、心房筋細胞における内在性のPCTP-Lは約75%程度まで減少した。蛋白の減少の程度は少なかったが、PCTP-LのRNAiを行った心房筋細胞で自発的興奮によるCa2+トランジェントを測定すると、コントロールのものに比べて約1.8倍にCa2+トランジェントの頻度が上昇していた。これはPCTP-Lが減少した結果、Cav1.2の不活性化が促進され早く再分極した結果、次の活動電位が早く起こせるようになったためと考察される。PCTP-Lをノックダウンした心房筋細胞で実際にCav1.2の不活性化がどの程度早くなっているか詳しい解析が今後必要であるが、この結果から、PCTP-Lは心房筋細胞においてCav1.2を制御して興奮性の調節を行っている可能性が示唆された。心房筋の興奮性は、不整脈などの病態を理解する上で重要な機能であり、今後Cav1.2とPCTP-Lの相互作用が、心房細動などの病態で変化しているかについては興味ある問題である。

【まとめ】

 本研究において、私はL型Ca2+チャネルCav1.2のC末端領域に結合し、チャネルの不活性化を抑制する分子としてPCTP-Lを同定した。また、PCTP-LはL型Ca2+チャネルのうちCav1.2のC末端の特異的な配列を介して相互作用することでCa2+チャネルの機能を制御している可能性を見出した(Fig.6)。このことからPCTP-Lは脊椎動物のL型Ca2+チャネルをファミリーにおいてCav1.2を特異的に制御しているものと考えられる。

 また、PCTP-Lは心臓において心房特異的に発現し、Cav1.2と相互作用していることを明らかにし、その相互作用は興奮性の制御に関与する可能性を示した。このことから心房筋細胞におけるPCTP-LとCav1.2の相互作用は心房細動などの病態に関与する可能性がある。

 以上の結果は、多様な生理機能を担うCav1.2が担うCa2+シグナルの制御機構についてPCTP-Lという相互作用分子との関係から解析した全く新しいものである。今後、心房筋細胞をはじめCav1.2とPCTP-Lが相互作用している組織において、この相互作用の生理的意義、および病態への関与について解析することで、Cav1.2を介するCa2+シグナルの制御について新たな知見が得られるものと期待される。

Fig.1 電位依存性L型Ca2+チャネルの模式図

Fig.2 Cav1.2のC末端におけるPCTP-Lの結合部位酵母two-hybrid法による結合領域の同定

Fig.3 PCTP-Lによるca2+チャネルの不活性化の変化

Cav1.2では不活性化の抑制が観察されたが、CTDでは不活性化曲線に変化は無かった。B,棒グラフは-30mVの相対電流値

Fig.4 成体ラット、マウスにおけるCav1.2及びPCTP-L蛋白の発現分布(Western blotting)

Fig.5 心房におけるCav1.2とPCTP-Lの共局在

A,ラット新生仔心房筋におけるCav1.2とPCTP-Lの局在。

B,ラット心房におけるCav1.2とPCTP-Lの共免疫沈降

Fig.6 PCTP-LによるCav1.2の不活性化抑制のモデル

L型Ca2+チャネルの不活性化は細胞内ループとカルボキシル末端が協調して起こる。PCTP-LはCav1.2のカルボキシル末端に相互作用することでこの不活性化メカニズムを抑制していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 電位依存性L 型Ca2+チャネルは遺伝子としてCav1.1 からCav1.4 まで4 種類のサブタイプを含むCa2+チャネルの総称であり、筋細胞、神経細胞など興奮性細胞の細胞膜に存在し、膜の脱分極により開口し細胞外からのCa2+流入を担う分子である。L 型Ca2+チャネルは脳、網膜、心臓、血管、膵臓、骨格筋など様々な組織に発現し、このチャネルを介して流入したCa2+は部位に応じて筋収縮、小胞分泌、遺伝子発現のように多岐に渡る生理機能を担っている。最近、ヒトにおいて先天性の発達異常、不整脈、免疫不全、低血糖、自閉症を併発する疾患であるTimothy syndrome の原因がCaV1.2 の遺伝子変異であることが同定されるなど、L 型Ca2+チャネルの生理機能における多機能性、重要性はこれまでに多くの研究により示されてきた。しかしながら、同じL 型Ca2+チャネルが各組織においてどのように制御され、組織特異的な生理応答につながるCa2+シグナルを担えるのかについて、その分子機構はほとんど明らかになっていない。本研究はこのL 型Ca2+チャネルの一つCav1.2 に結合する分子の探索を行い、その相互作用のサブタイプ特異性や組織特異性を含めた解析から生理的意義を考察し、L 型Ca2+チャネルの使い分けのメカニズムを解明することを目的として行った研究である。

1. CaV1.2 結合分子 (PCTP-L) の同定

 第1 章では、L 型Ca2+チャネルCav1.2 に結合する分子を酵母 two-hybrid 法により探索している。baitとしてL 型Ca2+チャネルファミリー内で相同性の低いCav1.2 の細胞内II-III loop およびC 末端領域を用い、C 末端領域をbait として用いたスクリーニングからphosphatidylcholine transfer protein-like protein (PCTP-L) の全長を含むcDNA を陽性クローンとして同定した。PCTP-L は脂質結合モチーフとしてSTART ドメインを持つ分子群START ファミリーに属し、脂質の輸送を担う分子phosphatidylcholine transfer protein (PCTP) に相同性の高い分子として報告されていたが、機能未知の分子であった。そこでまず、PCTP-L が哺乳類細胞において細胞膜上のCav1.2 チャネルと相互作用するかについてBHK 6 細胞を用い検討している。その結果、BHK6 細胞においてCav1.2 と共にPCTP-L を発現させると細胞膜上に存在するCaV1.2 と PCTP-L が共存しており、CaV1.2 はPCTP-L と共に免疫沈降されることが明らかになった。

2. CaV1.2 チャネルに対するPCTP-L の影響

第2 章からはPCTP-L とCav1.2 の相互作用に焦点を当て、まず、その相互作用がCav1.2により構成されるCa2+チャネルの機能に与える影響を検討している。ホールセルパッチクランプ法による電気生理学的解析を行い、BHK6 細胞に発現させたCav1.2 のCa2+チャネル電流を測定した結果、PCTP-L の共発現によりCa2+チャネルの電位依存性不活性化の指標であるsteady-state inactivation (SSIN) curve が約7 mV 脱分極側にシフトすることが明らかになった。これはCa2+チャネルが不活性化し難くなっていることを示しており、チャネル開口時のCa2+流入が増加する方向に働く。このことからPCTP-L はCav1.2 Ca2+チャネルの不活性化機構に影響を与え、チャネルの不活性化を抑制することが明らかになった。

3. PCTP-L は脊椎動物のL 型Ca2+チャネルCav1.2 を特異的に制御する

 次にPCTP-L とCav1.2 の相互作用部位の同定を行い、その相互作用部位のアミノ酸配列からPCTP-LによるCa2+チャネル制御のサブタイプ特異性について検討している。Cav1.2 のPCTP-L との結合部位の同定をyeast two-hybrid 法により行い、PCTP-L はCav1.2 の1705 番目から1770 番目のアミノ酸を含む配列に主に結合することが明らかになった。この領域は脊椎動物のCav1.2 には良く保存されていたが、その他のL 型Ca2+チャネルには保存されていなかった。このことはPCTP-L による制御がL 型Ca2+チャネルのうちCav1.2 に特異的であることを示唆している。この仮説を検証するために、Cav1.2 のカルボキシル末端をCaV1.3 のカルボキシル末端と置換したキメラチャネル(CTD)を作製した。電気生理学的解析により不活性化曲線を測定すると、CTD の不活性化はPCTP-L の存在に影響を受けなかったことから、PCTP-L がCa2+チャネルの不活性化を抑制するためには、Cav1.2 のカルボキシル末端が必要であることが明らかになった。従って、PCPT-L によるCa2+チャネル不活性化の抑制はL 型カルシウムチャネルのうちCav1.2 に特異的であると考えられる。また、Cav1.2 のカルボキシル末端の相互作用配列はセンチュウ、ハエ、ホヤなど無脊椎動物のもつL 型カルシウムチャネルホモログには存在しなかったため、L 型カルシウムチャネルとPCTP-L の相互作用は脊椎動物のみがもつチャネル制御メカニズムであると考えられる。

4. PCTP-L とCav1.2 の相互作用の生理的意義

 PCTP-L によるCav1.2 の制御が生体内のどの組織においてなされているか検討するため、Nothren blot 法とWestern blot 法を用いて、それぞれmRNA 発現と蛋白発現について組織分布を検討したところ、PCTP-L は心臓、脳、肝臓、腎臓、精巣で発現していることが確かめられた。特に心臓ではPCTP-L の発現は心房特異的であり、心室には認められなかった。Cav1.2 も心臓に発現していることから、以下では心臓におけるCav1.2 とPCPT-L の相互作用の意義について解析している。

 ラット新生仔心房筋細胞を単離し、Cav1.2 とPCTP-L の発現を観察したところ、両者は心房筋細胞の細胞膜領域で共存していた。さらに、成熟ラットの心房においてCaV1.2 抗体で免疫沈降を行うと、PCTP-Lが共免疫沈降されてきた。これらの結果からCav1.2 とPCTP-L の相互作用は心房筋細胞に存在することが示された。心房筋細胞でCav1.2 はPCTP-L の制御を受け、心房筋特異的な役割を担う可能性が考えられる。また、心房筋細胞にはCav1.2 とCaV1.3 が発現しているが、先の結果から心房筋細胞においてPCTP-L はCav1.2 を特異的に制御していると考えられる。心房筋でのPCTP-L の役割を解析するためPCTP-L に対するRNAi を行い、心房筋細胞で自発的興奮によるCa2+トランジェントを測定すると、コントロールのものに比べてCa2+トランジェントの頻度が上昇していた。これはPCTP-L が減少した結果、Cav1.2 の不活性化が促進され早く再分極した結果、次の活動電位が早く起こせるようになったためと考察される。PCTP-L をノックダウンした心房筋細胞で実際にCav1.2 の不活性化がどの程度早くなっているか詳しい解析が今後必要であるが、この結果から、PCTP-L は心房筋細胞においてCav1.2 を制御して興奮性の調節を行っている可能性が示唆された。心房筋の興奮性は、不整脈などの病態を理解する上で重要な要素であり、Cav1.2 とPCTP-L の相互作用が心房細動などの病態で変化しているかについては今後解析すべき問題である。

 本研究ではL 型Ca2+チャネルCav1.2 のC 末端領域に結合し、チャネルの不活性化を抑制する分子として新たにPCTP-L を同定している。PCTP-L はL 型Ca2+チャネルのうちCav1.2 のC 末端の特異的な配列を介して相互作用することでCa2+チャネルの不活性化を抑制していることが示唆された。このことからPCTP-L は脊椎動物のL 型Ca2+チャネルをファミリーにおいてCav1.2 を特異的に制御しているものと考えられる。また、PCTP-L は心臓において心房特異的に発現し、Cav1.2 と相互作用していることを明らかにし、その相互作用は心房筋細胞の興奮性の制御に関与する可能性を示した。このことから心房筋細胞におけるPCTP-L とCav1.2 の相互作用は心拍数の制御、および心房細動などの病態に関与することが考えられる。

 以上の結果は、Cav1.2 が担うCa2+シグナルの制御機構についてPCTP-L という相互作用分子との関係から解析した全く新しいものである。今後、心房をはじめCav1.2 とPCTP-L が相互作用している組織において、この相互作用の生理的意義、および病態への関与について解析が進むことで、Cav1.2 を介するCa2+シグナルの制御について新たな知見が得られるものと大いに期待される。本研究は多様な生理機能や病態に関与するL 型Ca2+チャネルを介するCa2+シグナルの制御機構に新たな知見を与えるものであり、その理解におおいに貢献するものとして、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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