学位論文要旨



No 120440
著者(漢字) 長谷川,真絹
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,マキ
標題(和) 腎近位尿細管刷子縁膜を介した有機アニオン輸送機構の解析
標題(洋)
報告番号 120440
報告番号 甲20440
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1139号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 講師 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 腎臓は電解質や水の排泄を調節し、体液の恒常性を維持するとともに、異物解毒を司る重要な臓器であり、水溶性の老廃物・異物及びその代謝物の多くは腎臓から尿中へと排泄される。腎臓から尿中への薬物の排泄過程は糸球体ろ過とそれに続く尿細管分泌、さらに尿細管を介した再吸収過程より構成されている。近位尿細管は血管側には側底膜、管腔側には刷子縁膜構造を有する極性をもつ上皮細胞より構成されている。側底膜、刷子縁膜上には種々の水溶性有機アニオン・カチオンを基質とするトランスポーターが発現し、受動拡散による細胞膜透過性の低い水溶性化合物のベクトル輸送を行っている。

 腎側底膜上には有機アニオントランスポーターOAT1およびOAT3が発現している。私は修士課程の時にOAT1, OAT3の遺伝子発現系とラット腎切片を用いた速度論的解析により、腎取り込みにおけるOAT1とOAT3の寄与率は遺伝子発現系から予測可能であることを明らかにした。

 尿細管におけるベクトル輸送には血管側の取り込みトランスポーターだけでなく、管腔側の排出トランスポーターが必須である。腎刷子縁膜ベシクルを用いた解析により尿中への有機アニオンの排泄にはanion exchangerと膜電位依存性のトランスポーターが関与することが示唆されている。さらに近年、腎刷子縁膜には一次性能動輸送担体も発現していることが明らかにされてきた (Fig. 1)。これらのトランスポーターはいずれも広範な基質認識性を示すことが報告されているが、腎刷子縁膜を介した輸送の分子メカニズムについては明らかにされていない。

 本研究では有機アニオンの尿細管分泌メカニズムを明らかにすることを最終目標として種々の検討を行った。はじめに有機アニオンの尿細管分泌のin vitro評価系を構築し、刷子縁膜を介した輸送メカニズムを解明することを目的として極性を有するブタ腎臓近位尿細管由来LLC-PK1細胞を用いた解析を行った。次に有機アニオントランスポーターを介して尿細管分泌を受け、尿細管腔より薬効を示すことが知られている利尿薬について、Mrp4ノックアウトマウスを用いたin vivoでの薬物動態の比較を行った。

[本論]

1. LLC-PK1細胞を介した有機アニオンのベクトル輸送の評価

 LLC-PK1細胞 はブタ近位尿細管由来の極性細胞であり、多孔性フィルター上に単層培養することで物質の方向性輸送を評価することができる。LLC単独では有機アニオンの方向性のある輸送は観察されないが、血管側の有機アニオントランスポーターのOrganic Anion Transporter 1 (rOat1)およびrOat3を安定発現させることで、代表的な基質(rOat1; p-aminohippurate (PAH),rOat3; dehydroepiandrosterone sulfate (DHEAS))のbasalからapical方向への輸送の増加が観察された。また、OATの典型的な基質や内因性有機アニオンおよび尿細管分泌を受けることが知られているアニオン系薬物について同様に経細胞輸送を評価すると多くの化合物においてbasalからapical方向へのベクトル輸送が観察された。

 LLC-PK1細胞に発現する内因性の排出トランスポーターの発現をRT-PCRにより評価したところ、multidrug resistance associated protein 2 (MRP2),MRP4およびbreast cancer resistance protein (BCRP)、膜電位依存性のトランスポーターであるuric acid transporter/channel (UAT)、voltage-driven organic anion transporter 1 (OATv1)が発現していた。Western blottingにより、タンパク質レベルでのMRP2,MRP4および OATv1の発現が確認された。

 rOat1-LLCにおけるPAH輸送はNa+イオンをK+イオンに置換したことにより低下し、細胞内蓄積量は増加した。apical側膜を介した輸送クリアランスはK+置換により約1/4に低下した。他の有機アニオンについてもK+置換の効果は観察されたが、その程度は化合物により異なっていたことから、LLC-PK1細胞における輸送には膜電位依存性のトランスポーターの他に輸送駆動力の異なるトランスポーターも寄与していることが示唆された。さらに膜電位依存性トランスポーターの候補のひとつであるUATに関して阻害剤とsiRNAの効果を検討した。どちらの検討においてもPAHの輸送には影響がなく、UATの寄与は小さいことが示唆された。もうひとつの候補トランスポーターであるOATv1が寄与しているかについては今後の検討課題である。MRP4遺伝子についてMRP4に対するsiRNAを恒常的に発現する安定発現系を作製し、PAHの輸送を検討したところ、PAHのbasalからapicalへの輸送が約2/3に低下したことからPAHの輸送には一部MRP4が寄与していると推察された。

2. 利尿薬の尿細管分泌および薬理作用におけるmultidrug resistance associated protein 4 (Mrp4)の関与

 ループ利尿薬、チアジド系利尿薬は有機アニオントランスポーターを介して尿細管分泌を受けた後、尿細管腔から薬効を示す。LLC-PK1細胞を用いた経細胞輸送実験の結果より、ループ利尿薬のbumetanide,furosemide、チアジド系利尿薬のtrichlormethiazide,hydrochlorothiazideの刷子縁膜を介した輸送には膜電位依存性のトランスポーターの他に膜電位非依存性のトランスポーターも寄与していることが示唆された。本研究では利尿薬の尿細管分泌についてMRP4ノックアウトマウスを用いた解析を行った。

 腎近位尿細管での発現が報告されているMRP2,MRP4,BCRPについて、アデノウィルスを用いた発現細胞膜ベシクルへの典型的な基質の取り込みに対する種々利尿薬の阻害効果を検討した。その結果、ループ利尿薬 (bumetanide,furosemide,ethacrynic anid),チアジド系利尿薬 (trichlormethiazide,hydrochlorothiazide),炭酸脱水酵素阻害薬のacetazolamideは、MRP2への基質の取り込みに対して 促進効果を示した。MRP4への基質の取り込みに対しては全ての利尿薬が阻害効果を示した。ループ利尿薬のIC50値は10~100 μMであったのに対し、チアジド系利尿薬や炭酸脱水酵素阻害薬のIC50値は500 μM以上であった。BCRPに対してもMRP4と同程度の阻害効果が観察されたがhydrochlorothiazideでは阻害効果は見られなかった。

 臨床で繁用されているfurosemide,hydrochlorothiazideをWTマウス (BL6/129)とMrp4ノックアウトマウス (BL6/129)に定速静注し、定常状態条件下での血漿中、尿中薬物濃度を測定し薬物動態パラメーターを算出した。furosemideにおいてはWTマウスとKOマウスの間に有意な差は認められなかった。hydrochlorothiazideでは尿中排泄速度が約60%に低下し、腎クリアランスも約60%に低下した。さらに、利尿薬の薬効の指標となる累積尿量を測定したところ、furosemideでは累積尿量がKOマウスにおいて有意に低下し、hydrochlorothiazideについてもKOマウスで低下する傾向が観察された。以上の結果よりhydrochlorothiazideの尿細管分泌と薬効発現には一部MRP4が寄与していることが示唆された。また、furosemideの薬効発現にも一部MRP4が関与していることが推察された。

[結論]

 本研究よりブタ近位尿細管由来LLC-PK1細胞には内因性apical側トランスポーターが複数発現しており、血管側の取り込みトランスポーターOAT1,OAT3を発現させることで尿細管分泌をうける有機アニオンの経細胞輸送を評価できることが示唆された。また、LLC-PK1細胞を介した有機アニオンの輸送には膜電位依存性のトランスポーターが一部寄与しており、MRP4など他の輸送駆動力によるトランスポーターと協調的にapical側の輸送を担っていることが示唆された。in vivo実験より、利尿薬の尿細管分泌と薬効発現にMRP4が一部寄与していることが示唆された。OAT発現LLC-PK1細胞は尿細管のin vitroモデルとして有用であり、医薬品のスクリーニングや薬物間相互作用の予測、人工透析にも応用できると考えている。また、本研究はMRP4が有機アニオンの尿細管分泌に関与することを示した初めての例である。今後、OATv1ノックアウトマウスの作製などにより、腎刷子縁膜を介した有機アニオン輸送における膜電位依存性のトランスポーターの分子メカニズムを解明できるのではないかと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 腎臓は電解質や水の排泄を調節し、体液の恒常性を維持するとともに、異物解毒を司る重要な臓器であり、水溶性の老廃物・異物及びその代謝物の多くは腎臓から尿中へと排泄される。腎臓から尿中への薬物の排泄過程は糸球体ろ過とそれに続く尿細管分泌、さらに尿細管を介した再吸収過程より構成されている。近位尿細管は血管側には側底膜、管腔側には刷子縁膜構造を有する極性をもつ上皮細胞より構成されている。側底膜、刷子縁膜上には種々の水溶性有機アニオン・カチオンを基質とするトランスポーターが発現し、受動拡散による細胞膜透過性の低い水溶性化合物のベクトル輸送を行っている。

 腎側底膜上には有機アニオントランスポーターOAT1およびOAT3が発現している。申請者は修士課程においてOAT1, OAT3の遺伝子発現系とラット腎切片を用いた速度論的解析により、腎取り込みにおけるOAT1とOAT3の寄与率は遺伝子発現系から予測可能であることを明らかにした。

 尿細管におけるベクトル輸送には血管側の取り込みトランスポーターだけでなく、管腔側の排出トランスポーターが必須である。腎刷子縁膜ベシクルを用いた解析により尿中への有機アニオンの排泄には交換輸送系と膜電位依存性のトランスポーターが関与することが示唆されている。さらに近年、腎刷子縁膜には一次性能動輸送担体も発現していることが明らかにされてきた。これらのトランスポーターはいずれも広範な基質認識性を示すことが報告されているが、腎刷子縁膜を介した輸送の分子メカニズムについては明らかにされていない。

 本研究では有機アニオンの尿細管分泌メカニズムを明らかにすることを最終目標として種々の検討を行った。はじめに有機アニオンの尿細管分泌のin vitro評価系を構築し、刷子縁膜を介した輸送メカニズムを解明することを目的として極性を有するブタ腎臓近位尿細管由来LLC-PK1細胞を用いた解析を行った。次に有機アニオントランスポーターを介して尿細管分泌を受け、尿細管腔より薬効を示すことが知られている利尿薬について、Mrp4ノックアウトマウスを用いたin vivoでの薬物動態の比較を行った。

(1) LLC-PK1細胞を介した有機アニオンのベクトル輸送の評価

 LLC-PK1細胞 はブタ近位尿細管由来の極性細胞であり、多孔性フィルター上に単層培養することで物質の方向性輸送を評価することができる。LLC単独では有機アニオンの方向性のある輸送は観察されないが、血管側の有機アニオントランスポーターのOrganic Anion Transporter 1 (rOat1)およびrOat3を安定発現させることで、代表的な基質(rOat1; p-aminohippurate (PAH),rOat3; dehydroepiandrosterone sulfate (DHEAS))のbasalからapical方向への輸送の増加が観察された。また、OATの典型的な基質や内因性有機アニオンおよび尿細管分泌を受けることが知られているアニオン系薬物について同様に経細胞輸送を評価すると多くの化合物においてbasalからapical方向へのベクトル輸送が観察された。

 LLC-PK1細胞に発現する内因性の排出トランスポーターの発現をRT-PCRにより評価したところ、multidrug resistance associated protein 2 (MRP2),MRP4およびbreast cancer resistance protein (BCRP)、膜電位依存性のトランスポーターであるuric acid transporter/channel (UAT)、voltage-driven organic anion transporter 1 (OATv1)が発現していた。Western blottingにより、タンパク質レベルでのMRP2,MRP4および OATv1の発現が確認された。

 rOat1-LLCにおけるPAH輸送はNa+イオンをK+イオンに置換したことにより低下し、細胞内蓄積量は増加した。apical側膜を介した輸送クリアランスはK+置換により約1/4に低下した。他の有機アニオンについてもK+置換の効果は観察されたが、その程度は化合物により異なっていたことから、LLC-PK1細胞における輸送には膜電位依存性のトランスポーターの他に輸送駆動力の異なるトランスポーターも寄与していることが示唆された。さらに膜電位依存性トランスポーターの候補のひとつであるUATに関して阻害剤とsiRNAの効果を検討した。どちらの検討においてもPAHの輸送には影響がなく、UATの寄与は小さいことが示唆された。もう一方の候補トランスポーターであるOATv1が寄与しているかについては今後の検討課題である。MRP4遺伝子についてMRP4に対するsiRNAを恒常的に発現する安定発現系を作製し、PAHの輸送を検討したところ、PAHのbasalからapicalへの輸送が約2/3に低下したことからPAHの輸送には一部MRP4が寄与していると推察された。

(2) 利尿薬の尿細管分泌および薬理作用におけるmultidrug resistance associated protein 4 (Mrp4)の関与

 ループ利尿薬、チアジド系利尿薬は有機アニオントランスポーターを介して尿細管分泌を受けた後、尿細管腔から薬効を示す。LLC-PK1細胞を用いた経細胞輸送実験の結果より、ループ利尿薬のbumetanide,furosemide、チアジド系利尿薬のtrichlormethiazide,hydrochlorothiazideの刷子縁膜を介した輸送には膜電位依存性のトランスポーターの他に膜電位非依存性のトランスポーターも寄与していることが示唆された。本研究では利尿薬の尿細管分泌についてMRP4ノックアウトマウスを用いた解析を行った。

 腎近位尿細管での発現が報告されているMRP2,MRP4,BCRPについて、アデノウィルスを用いた発現細胞膜ベシクルへの典型的な基質の取り込みに対する種々利尿薬の阻害効果を検討した。その結果、ループ利尿薬 (bumetanide,furosemide,ethacrynic anid),チアジド系利尿薬 (trichlormethiazide,hydrochlorothiazide),炭酸脱水酵素阻害薬のacetazolamideは、MRP2への基質の取り込みに対して 促進効果を示した。MRP4への基質の取り込みに対しては全ての利尿薬が阻害効果を示した。ループ利尿薬のIC50値は10~100 μMであったのに対し、チアジド系利尿薬や炭酸脱水酵素阻害薬のIC50値は500 μM以上であった。BCRPに対してもMRP4と同程度の阻害効果が観察されたがhydrochlorothiazideでは阻害効果は見られなかった。

 臨床で繁用されているfurosemide,hydrochlorothiazideをWTマウス (BL6/129)とMrp4ノックアウトマウス (BL6/129)に定速静注し、定常状態条件下での血漿中、尿中薬物濃度を測定し薬物動態パラメーターを算出した。furosemideにおいてはWTマウスとKOマウスの間に有意な差は認められなかった。hydrochlorothiazideでは尿中排泄速度が約60%に低下し、腎クリアランスも約60%に低下した。さらに、利尿薬の薬効の指標となる累積尿量を測定したところ、furosemideでは累積尿量がKOマウスにおいて有意に低下し、hydrochlorothiazideについてもKOマウスで低下する傾向が観察された。以上の結果よりhydrochlorothiazideの尿細管分泌と薬効発現には一部MRP4が寄与していることが示唆された。また、furosemideの薬効発現にも一部MRP4が関与していることが推察された。

 以上、本研究結果よりブタ近位尿細管由来LLC-PK1細胞には内因性apical側トランスポーターが複数発現しており、血管側の取り込みトランスポーターOAT1,OAT3を発現させることで尿細管分泌をうける有機アニオンの経細胞輸送を評価できることが示唆された。また、LLC-PK1細胞を介した有機アニオンの輸送には膜電位依存性のトランスポーターが一部寄与しており、MRP4など他の輸送駆動力によるトランスポーターと協調的にapical側の輸送を担っていることが示唆された。in vivo実験より、利尿薬の尿細管分泌と薬効発現にMRP4が一部寄与していることが示唆された。OAT発現LLC-PK1細胞は尿細管のin vitroモデルとして有用であり、医薬品のスクリーニングや薬物間相互作用の予測、人工透析にも応用できると考えている。また、本研究はMRP4が有機アニオンの尿細管分泌に関与することを示した初めての例である。今後、OATv1ノックアウトマウスの作製などにより、腎刷子縁膜を介した有機アニオン輸送における膜電位依存性のトランスポーターの分子メカニズムを解明できるのではないかと考えられる。

 本研究は腎臓における有機アニオン輸送研究に対する端緒を開く研究であると考えられ、博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

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