学位論文要旨



No 120443
著者(漢字) 松川,純
著者(英字)
著者(カナ) マツカワ,ジュン
標題(和) MDCK細胞における低分子量Gタンパク質ARF6によるβ-cateninユビキチン化の制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 120443
報告番号 甲20443
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1142号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
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[背景]

ARF6 はRas family に属する低分子量G タンパク質の一つであり、主に上皮細胞の細胞内輸送を順行性あるいは逆行性に促進する (Fig. 1) 。順行性輸送の例をあげると、胃液を産生する組織である胃底腺において、ARF6 は胃酸分泌細胞である壁細胞に特異的に存在しており、生理的な胃酸分泌刺激であるhistamine により活性化することで、プロトンポンプであるH+, K+-ATPaseのapical membrane への移行を制御している(1) 。

一方、多くの上皮細胞においてARF6 はendocytosis された受容体や細胞表面分子を含むendosome にも局在しており、clathrin 非依存的なendocytosis を促進する (逆行性輸送)。例えば、イヌ腎臓上皮細胞であるMDCK 細胞を、HGF (Hepatocyte growth factor) で刺激すると、刺激依存的にARF6 が活性化し、E-cadherin 等の細胞接着分子をendocytosis させることで細胞遊走性が高まる。この現象は細胞分散とよばれ、上皮ガンの転移・浸潤モデルとして一般的に用いられている。

このようにARF6 は一つの分子で順行性・逆行性の細胞内輸送両方を調節するが、これまでの研究はARF6 の過剰発現系での分泌現象をモニターするといった現象論的側面からその機能を調べたものが多く、直接のエフェクター分子の探索のような詳細な分子メカニズムの解析はほとんど行われていない。

 そこで本研究ではARF6 による細胞内輸送メカニズムをさらに詳細に解明するため、two-hybrid screening によりARF6 の新規エフェクター分子を探索した。その結果、CUL1 というE3 ubiquitin ligase の構成タンパクがARF6 と結合することを見いだした。CUL1 が構成分子として含まれるSCF (Skp1-Cullin-F box protein)型 E3 ligase のtarget は、主なものではβ-catenin やIκBαなどがある。

 一方、MDCK において、β-catenin はE-cadherin の裏打ちタンパクとして細胞間接着を強化している、HGF 刺激においてはE-cadherin と同様にユビキチン化を受けて分解されることはわかっているが、そのユビキチン化がどのように制御されるのかはいまだに明らかではない。

 そこで本研究では、ARF6 がCUL1 と複合体形成をするという前提に基づき、ARF6 がCUL1 を介したβ-catenin のユビキチン化を促進することで、細胞分散の初期の段階から積極的に細胞接着分子の分解を制御する可能性を考え、以下の実験を行った。

[方法と結果]

(1) MDCK 細胞におけるARF6 の局在

 C 末端にHA-tag をつけたWT ARF6 各ならびにARF6 mutant (Q67L, N122I) をMDCK 細胞に一過性に発現させ、免疫細胞染色を行ったところ、WT は細胞全体に一様に発現し、GTPase 活性がない構成的活性化体mutant であるQ67L は細胞膜上に強く集積していた。GTP 結合能を持たない不活性型mutant であるN122I はearly endosome と思われる小胞上に局在していた。

 続けてWT ARF6 を一過性に発現させたMDCK 細胞を HGF (25 ng/ml)で刺激すると膜移行が観察された (Fig. 2) 。さらに内在性のARF6 をHGF 刺激前後でβ-catenin と共染色すると、未刺激では核以外の細胞質に一様に存在していたが、刺激後数時間で膜移行し、plasma membrane 上でARF6 とβ-catenin HGF が共存している様子が観察された。活性型mutant であるQ67L の挙動と、HGF 刺激時の内因性ARF6 の挙動から、HGF により活性化したARF6 は膜移行し、β-catenin と共局在することが示唆された。

(2) MDCK 細胞におけるCUL1 の局在

 MDCK 内在性のCUL1 を染色したところ、細胞を低密度に培養した条件ではCUL1 は主に核に存在していた。この状態でHGF 刺激を加えても特に局在の変化は観察されなかった(data not shown)。一方で、細胞間接着が起こるような高密度培養をおこなうと細胞全体に一様に存在するようになった。この高密度培養条件でさらにHGF 刺激を加えると、核に存在するCUL1 がサイトゾルに放出される様子が観察された (Fig 4-a) 。そこでMDCK 細胞をHGF 刺激後にsubcellular fractionation を行いwestern blotting を行ったところ、やはり核画分のCUL1 が減少し、cytosolic なCUL1 は増加していた。 (Fig 4-b)。さらにCUL1 の細胞内局在はCUL1 の720 番目のlysine にNedd8 というubiquitin like な分子が結合することで変化するという報告があるので、この残基をarginine に変化させたCUL1 (K720R)を一過性に発現させたところ、CUL1 WT に比べてこのmutant は核に強く局在していた(data not shown)。以上のことから、CUL1 は接着結合の形成が見られるような高密度培養条件下では、その局在が核のみから細胞全体へと変化するともに、さらにHGF 刺激によりNedd8 修飾を受けてサイトゾルに放出され、E3 ligase としてのターゲット分子のユビキチン化を促進するもの考えられた。

(3)ARF6-CUL1 complex 形成とβ-catenin のubiquitin 化

内在性のARF6 をARF6 monoclonal antibody でHGF 刺激後に免疫沈降したところ、ARF6 と共免疫沈降する内在性CUL1 の量はHGF 刺激後に時間依存的に増加していた (Fig. 5 の一番上のパネル)。そこでMDCK 細胞にARF6 各mutant とFlag-ubiquitin を共発現させ、HGF 刺激後にβ-catenin を免疫沈降し、Flag monoclonal 抗体をもちいたイムノブロットにより検出する方法でubiquitin 化されたβ-catenin を可視化した (Fig. 6) 。Flag-ubiquitin のみを発現させたコントロール群では極弱いユビキチン化が観察されただけだったが、WT 発現下はそれが増強され、さらに活性化型mutant であるQ67L を発現させた場合には非常に強いユビキチン化が観察された。

(4)HGF 刺激によるARF6 活性化メカニズムFlag only WT Q67L

 HGF によるARF6 の活性化メカニズムを探るために、GTP 型(活性化型)ARF6 と特異的に結合する分子(metallothionein-2)をGST fusion protein として作成し、pulldown 法によりARF6 activation assay を行ったところ、ARF6 はHGF 刺激後に時間依存的に活性化した(Fig. 7)。さらにその活性化はphosphatidylinositol 3-kinase (PI-3K) inhibitor であるLY294002 およびWortmannin (500nM) によって抑制された。ARF6 はそれ自体ではGTPが非常に低いので、full activation には必ず(guanine nucleotide exchange factor) を必要とする。

よってMDCK 細胞におけるARF6 の活性化にはPI-3K 依存的なGEF (ARNO など)が必要であると考えられる。さらにLY294002 およびWortmannin はHGF 依存的なβ-catenin のユビキチン化も抑制した(data not shown)。PI-3K は従来、細胞分散を抑制することは知られていたが、この実験からPI-3K の機能はARNO などのGEF を介したARF6 の活性化と、それに伴うβ-catenin のユビキチン化の促進を担うことが示唆された。

[まとめ] 本研究は、低分子量G タンパク質であるARF6 が、SCF 型E3 ligase の構成分子の一つであるCUL1 とHGF 刺激依存的なcomplex を形成することでβ-catenin のubiquitin 化を促進するという初めての報告である。さらにCUL1 に関しては細胞密度がCUL1 自体の細胞内局在を変化させ、かつHGF 刺激でCUL1 が核から細胞質へ放出されることも見

出した。

 従来、MDCK cell scattering におけるARF6 の役割は、E-cadherin 等の細胞間接着分子のendocytosis ( 逆行性輸送)に特化していると考えられていたが、本研究によってARF6 がCUL1 と複合体を形成することでβ-catenin のubiquitin 化を促進し、より積極的に接着分子の分解に関与することが示された。

 E-cadherin やβ-catenin といった細胞間接着分子の脱落は実際の上皮ガンの転移においてごく一般的に観察される現象である。さらに最近、ヒトの乳がん細胞のcell line はその転移・浸潤能が高いほどARF6 が高発現しているという報告がなされた。本研究の成果は、ARF6 が接着分子の分解を調節することで、ガン細胞の転移・浸潤能獲得に密接に関係することを示唆しており、ガンの転移現象の新規分子メカニズムの解明に大きく貢献するのみならず、転移抑制を目的とした抗がん剤開発のターゲット分子としてのARF6 の可能性をも示唆するものである。

[参考文献](1) Matsukawa J, Nakayama K, Nagao T, Ichijo H, Urushidani T., J Biol Chem.278,36470-5, 2003.

Fig. 1. ARF6 はRas family に属する低分子量(約20 kDa)のG protein であり、主にexocytosis やendocytosis 等の細胞内輸送を担うタンパクである

Fig. 2. MDCK 細胞に一過性に発現させたARF6各変異体の細胞内局在

Fig. 3. MDCK 細胞の内因性ARF6はHGF 刺激によって膜移行し、adherence junction に局在するβ-catenin と共局在する

Fig. 4. MDCK 細胞をHGF 刺激した際のCUL1 の細胞内局在の変化

Fig. 5. 内在性のARF6 とCUL1 はHGF刺激依存的にcomplex を形成する

Fig. 6. ARF6 WT およびQ67L の過剰発現はHGF 依存的なβ-catenin のユビキチン化を亢進させる

Fig. 7. MDCK 細胞においてARF6 はHGF刺激依存的に活性化し、その活性化はPI-3K 依存的である

審査要旨 要旨を表示する

 ARF6 はRas family に属する低分子量G タンパク質の一つであり、主に上皮細胞の細胞内輸送を順行性あるいは逆行性に促進する。順行性輸送の例としては、ARF6 はMIN6 細胞におけるinsulin 分泌、chromaffin 細胞からのnoradrenalin 分泌、胃壁細胞における胃酸分泌といった種々のexocytosis において、細胞内小胞を細胞質からplasma membrane に輸送する制御因子として機能する。

  一方、多くの上皮細胞においてARF6 はendocytosis された受容体や細胞表面分子を含むendosome にも局在しており、clathrin 非依存的なendocytosis を促進する (逆行性輸送)。例えば、イヌ腎臓上皮細胞であるMDCK 細胞を、HGF (Hepatocyte growth factor) で刺激すると、刺激依存的にARF6 が活性化し、E-cadherin 等の細胞接着分子をendocytosis させることで細胞遊走性が高まる。この現象は細胞分散とよばれ、上皮ガンの転移・浸潤モデルとして一般的に用いられている。

 このようにARF6 は一つの分子で順行性・逆行性の細胞内輸送両方を調節するが、これまでの研究はARF6 の過剰発現系での分泌現象をモニターするといった現象論的側面からその機能を調べたものが多く、直接のエフェクター分子の探索のような詳細な分子メカニズムの解析はほとんど行われていない。

 そこで本研究ではARF6 による細胞内輸送メカニズムをさらに詳細に解明するため、two-hybrid screening によりARF6 の新規エフェクター分子を探索した。その結果、CUL1 というE3 ubiquitin ligase の構成タンパクがARF6 と結合することを見いだした。CUL1 が構成分子として含まれるSCF (Skp1-Cullin-F box protein) 型 E3 ligase のtarget は、主なものではβ-catenin やIκBαなどがある。

  一方、MDCK において、β-catenin はE-cadherin の裏打ちタンパクとして細胞間接着を強化している、HGF 刺激においてはE-cadherin と同様にユビキチン化を受けて分解されることはわかっているが、ユビキチン化がどのように制御されるのかはいまだに明らかではない。

  そこで本研究では、ARF6 がCUL1 と複合体形成をするという前提に基づき、ARF6 がCUL1 を介したβ-catenin のユビキチン化を促進することで、細胞分散の初期の段階から積極的に細胞接着分子の分解を制御する可能性を考え、以下の実験を行った。

(1)MDCK 細胞におけるARF6 の局在

 MDCK 細胞において内在性のARF6 をHGF 刺激前後に免疫染色すると、未刺激では核以外の細胞質全体に存在していたが、刺激後数時間で膜移行している様子が観察された。膜移行したARF6 はplasma membrane 上でβ-catenin とよく共染色された。一方野生型ARF6 とARF6 活性型mutant であるQ67L をそれぞれMDCK の細胞に一過性に発現させて免疫染色したところ、野生型は内在性ARF6 と同様細胞質全体に局在していたのに対し、Q67L はplasma membrane 上に強く集積していた。これらのことからHGF 刺激によってΑRF6 は活性化して膜移行し、β-catenin と共局在することが示された。

(2)MDCK 細胞におけるCUL1 の局在

 MDCK 内在性のCUL1 を染色したところ、細胞を低密度に培養した条件ではCUL1 は主に核に存在していた。この状態でHGF 刺激を加えても特に局在の変化は観察されなかった。一方で、細胞間接着が起こるような高密度培養をおこなうと細胞全体にdiffuse に存在するようになった。この高密度培養条件でさらにHGF 刺激を加えると、核に存在するCUL1 が細胞質に放出される様子が観察された。そこでMDCK 細胞をHGF 刺激後にsubcellular fractionation を行いwestern blotting を行ったところ、やはり核画分のCUL1 が減少し、cytosolic なCUL1 は増加していた。さらにCUL1 の細胞内局在はCUL1 の720 番目のlysine にNedd8 というubiquitin like な分子が結合することで変化するという報告があるので、この残基をarginine に変化させたCUL1 (K720R) を一過性に発現させたところ、CUL1 WT に比べてこのmutant は核に強く局在していた。以上のことから、CUL1 は接着結合の形成が見られるような高密度培養条件下では、その局在が核のみから細胞全体へと変化するとともに、HGF 刺激によりNedd8 修飾を受けて積極的に細胞質に放出され、E3 ligase としてターゲット分子のユビキチン化を促進するもの考えられた。

(3)ARF6-CUL1 complex 形成とβ-catenin のユビキチン化

 内在性のARF6 をARF6 monoclonal antibody でHGF 刺激後に免疫沈降したところ、共免疫沈降する内在性CUL1 の量はHGF 刺激後に時間依存的に増加していたことから、ARF6 およびCUL1 はHGF 刺激依存的に複合体形成を行うことが示唆された。続けてMDCK 細胞にARF6 各mutant とFlag-ubiquitin を共発現させ、HGF 刺激後にβ-catenin を免疫沈降し、Flag monoclonal 抗体をもちいたイムノブロットにより検出する方法で、ユビキチン化されたβ-catenin を可視化したところ、Flag-ubiquitin のみを発現させたコントロール群では、HGF 刺激依存的にごく弱いユビキチン化が観察されただけだったが、ARF6 WT 過剰発現下はそれが増強され、さらに活性化型mutant であるQ67L を過剰発現させた場合には非常に強いユビキチン化が観察された。

(4)HGF 刺激によるARF6 活性化メカニズム

 HGF によるARF6 の活性化メカニズムを探るために、GTP 型(活性化型)ARF6 と特異的に結合する分子(metallothionein-2) をGST fusion protein として作成し、pulldown 法によりARF6 activation assay を行ったところ、ARF6 はHGF 刺激後に時間依存的に活性化した。さらにその活性化はphosphatidylinositol 3-kinase (PI-3K) inhibitor であるLY294002 およびWortmannin (500nM) によって抑制された。ARF6 はそれ自体ではGTPase 活性が非常に低いので、full activation には必ずGEF (guanine nucleotide exchange factor) を必要とする。よってMDCK 細胞におけるARF6 の活性化にはPI-3K 依存的なARNO(ADP-ribosylation factor nucleotide-binding site opener) などのGEF が必要であると考えられる。実際、ARNO をMDCK 細胞に過剰発現させた場合には、HGF 刺激依存的なβ-catenin のユビキチン化が亢進していた。さらにLY294002 およびWortmannin 存在下ではβ-catenin のユビキチン化が抑制されていた。PI-3K は従来、細胞分散を抑制することは知られていたが、この実験からPI-3K の機能はARNO などのGEF を介したARF6 の活性化と、それに伴うβ-catenin のユビキチン化の促進を担うことが示唆された。

 本研究は、低分子量G タンパク質であるARF6 が、SCF 型E3 ligase の構成分子の一つであるCUL1 とHGF 刺激依存的なcomplex を形成することでβ-catenin のユビキチン化を促進するという初めての報告である。さらにCUL1 に関しては細胞密度がCUL1 自体の細胞内局在を変化させ、かつHGF 刺激でCUL1 が核から細胞質へ放出されることも見出した。

 従来、MDCK cell scattering におけるARF6 の役割は、E-cadherin 等の細胞間接着分子のendocytosis ( 逆行性輸送)に特化していると考えられていたが、本研究によってARF6 がCUL1 と複合体を形成することでβ-catenin のユビキチン化を促進し、より積極的に接着分子の分解に関与することが示された。

 E-cadherin やβ-catenin といった細胞間接着分子の脱落は実際の上皮ガンの転移においてごく一般的に観察される現象である。さらに最近、ヒトの乳がん細胞のcell line はその転移・浸潤能が高いほどARF6 が高発現しているという報告がなされた。本研究の成果は、ARF6 が接着分子の分解を調節することで、ガン細胞の転移・浸潤能獲得に密接に関係することを示唆しており、ガンの転移現象の新規分子メカニズムの解明に大きく貢献するのみならず、転移抑制を目的とした抗がん剤開発のターゲット分子としてのARF6 の可能性をも示唆するものである。以上のことから本研究は博士(薬学)の学位に十分値するものと判断した。

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