学位論文要旨



No 120462
著者(漢字) 徐,沅鉀
著者(英字)
著者(カナ) ソ,ウォンカ
標題(和) 分子動力学法による酸化物および塩化物系状態図の計算
標題(洋)
報告番号 120462
報告番号 甲20462
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第82号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 石本,英彦
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨 要旨を表示する

 コンピュータ技術の急速な進歩とともにコンピュータシミュレーション方法は材料工学及び化学工学などの様々な学問分野で広く使われている。本研究ではそのようなコンピュータシミュレーションのうち、計算対象セル内の粒子のシミュレーション時間による位置と速度データを用いて、粒子間相互作用と運動方程式によって物質の動的性質を含む構造や熱力学的性質を計算する分子動力学法を用いて、実験で測定が難しい高温での酸化物及びハロゲン化物系の融体構造や熱力学的性質を計算した。さらに、計算した構造や熱力学的性質をもとに系の状態図を予測した。

 第1章ではコンピュータシミュレーション法による物質の物理化学的性質の計算可能性について検討し、本研究で用いた分子動力学法と他のシミュレーション法と比較検討した。また、これまでに分子動力学法で適用された酸化物及びハロゲン化物に関する既往のポテンシャルモデル、及び様々なポテンシャルモデルによって計算された酸化物及びハロゲン化物系の構造解析、輸送現象論的性質及び熱力学的性質について検討した。酸化物及びハロゲン化物系でこれまでに提案されたポテンシャルモデルによる融体構造や輸送現象論的性質の計算結果から、分子動力学計算による酸化物及びハロゲン化物系の構造解析が妥当であることを示した。さらに、分子動力学計算による熱力学的性質の計算は、純物質の固相での比熱、熱膨張係数及び等温圧縮率などは測定結果をよく再現していることを明らかにした。しかし、分子動力学法は計算対象系での混合のエンタル皆のような融体での熱力学的腰については検討すべき課題が多いことを明確にし、これらの既往の分子動力学法による計算結果をもとに本研究を行う背景、目的について述べた。

 第2章では分子動力学計算の特徴について検討し、本研究で用いたポテンシャルエネルギーの計算、運動方程式の数値解析、温度及び圧力の制御などの分子動力学の計算方法について記述した。

 第3章では最近、溶銑予備処理での高精錬能を確保する目的で適用可能性が認められる高塩基度及び低融点の酸化バリウムを含むフラックスの熱力学的性質及び状態図を、分子動力学法を用いて検討した。1400〜3000Kの温度で組成の関数として計算したCaO-CaF2、BaO-CaO及びBaO-CaF2系の混合のエンタルピー変化は大きな温度依存性はなく、全ての組成で負の値を示した。特にBaO-CaF2系の混合のエンタルピー変化は、CaO-CaF2及びBaO-CaO系の計算結果より大きな発熱挙動を示した。この計算結果より、BaO-CaF2系状態図のBaO飽和領域での液相線温度はCaF2の添加によって急激に減少した。このことによりCaO-CaF2系にBaOを添加するとCaO-CaF2系融体液相線温度が急激に減少するという報告をよく説明することができた。また、BaO-caF2系の各温度で組成の関数として計算したエンタルピー相互作用パラメータは各温度で50mol% BaOで最小値を示し、これらの計算結果からBaO-CaF2系のエンタルピー相互作用パラメータは組成の依存性が強く、融体は50mol% BaOで安定化することを示した。これよりBaO-CaF2系においてBaO-CaF2のような中間化合物の生成可能性を見出した。また、本研究で計算した熱力学的パラメータをもとに計算したCaO-CaF2、BaO-CaO及びBaO-CaF2系の状態図は既往の測定結果及びCALPHAD法で得られた結果とよく一致した。

 第4章では分子動力学法を用いて1400〜3000Kでの高温でのシリケート系であるCaO-SiO2及びFeO-SiO2系の構造、物性及び物理化学的性質を計算し、計算により得た融体での構造及び熱力学的パラメータをもとに状態図を計算した。特にCAO-SiO2及びFeO-siO2系のSiO2飽和領域での二液相分離現象について検討した。本研究で決定したポテンシャルモデルをもとに計算したCaO、FeO、Ca2SiO4、CaSiO3及びFe2SiO4の熱力学的及び構造的性質は既往の測定結果とよく一致し、CaO-SiO2及びFeO-SiO2系融体の二体相関関数及び酸素種の割合などの、融体の構造的性質も分子動力学法でよく評価することができた。CaO-SiO2及びFeO-SiO2系融体の各イオンの自己拡散係数も既往の測定結果とよく一致した。CaO-SiO2系の混合のエンタルピー変化はFeO-Sio2系の混合のエンタルピー変化より大きく発熱となり、計算結果は既存の熱力学モデルによって報告された結果と良く一致した。CaO-SiO2及びFeO-SiO2系の混合のGibbsエネルギー変化は、本研究で得た熱力学的性質、及び酸素種の割合などの融体の構造パラメータを用いて計算した。CaO-SiO2及びFeO-SiO2系の混合のGibbsエネルギー変化は、SiO2飽和領域では大きな正の偏碕を示し、この結果よりCaO-SiO2及びFeO-SiO2系のSiO2飽和領域で二液相共存領域が存在することを示した。また、混合のGibbsエネルギー変化の計算結果から、CaO-SiO2及びFeO-SiO2系の状態図を予測した。CaO-SiO2及びFeO-SiO2系の状態図は約50mol% CaO及び50mol% FeOの領域までは測定結果とよく一致し、SiO2飽和領域で二液相共存領域が存在することを評価した。

 第5章では実験による測定の困難さ及び有害性などにより測定が難しい低融点、高蒸気圧の金属ハロゲン化物系の効率的、経済的なリサイクルプロセス開発のため必要となる、重金属元素塩化物及び酸塩化物系の生成挙動及び反応機構を予測するため、鉄、鉛及び亜鉛の塩化物の熱力学的性質、融体の構造的性質などについて分子動力学法を用いて検討し、塩化物二元系の状態図の予測を行った。

 本研究で計算したFeCl2、PbCl2及びZnCl2の熱力学的性質及び融体の構造的性質などはこれまでに報告された結果とよく一致した。ZnCl2融体での主なイオン錯合体は四面体ネットワーク構造であり、温度上昇により四面体ネットワーク構造が分解し、3配位のネットワーク構造が増加することがわかった。また、ZnCl2の計算結果のようにFeCl2融体でもFeCl4}及びFeCl42-及びFeCl3-のようなイオン錯合体が存在する可能性を示した。PbCl2融体の場合、Pb及びClイオン間は特別なイオン錯合体の存在の可能性はなく、Pb及びClイオンで存在し、各イオンはランダムに配置することを示した。これらの計算結果は今までに測定された各塩化物の構造的性質とよく一致した。また、計算したFeCl2、PbCl2及びZnCl2融体での各イオンの自己拡散係数の計算結果も各塩化物の構造的性質をよく反映し、計算した各塩化物の自己拡散係数は既往の測定結果とよく一致した。PbCl2-ZnCl2及びFeCl2-PbCl2系融体でZnCl2及びFeCl2のネットワーク構造の重合度を調べるため各塩化物二元系の塩素種の割合を計算し、PbCl2-ZnCl2及びFeCl2-PbCl2系融体中、PbCl2はネットワークモディファイアーの役割を担うことを明確にした。分子動力学法で計算したPbCl2-ZnCl2、FeCl2-PbCl2及びFeCl2-ZnCl2系の混合のエンタルピー変化は正の値を示し、組成の関数としては非対称の傾向を示すことがわかった。この計算結果はこれまでに測定された二価金属塩化物二元系融体の混合のエンタルピー変化と同様な傾向である。分子動力学法で計算した塩化物二元系の構造及熱力学的パラメータをもとに計算したPbClrZnCl2及びFeCl2-PbCl2系の状態図も測定結果とわずかな差はあるが、全般的な固液間の相平衡はよく一致した。FeCl2-ZnC12系の状態図では、測定結果は共晶点が明確でなく、ZnCl2濃度の増加によって液相線温度がZnCl2の融点まで下がると報告されているが、本研究で計算した状態図は、測定された状態図より液相線温度が低くなり、500K、約15mol% FeCl2が共晶点となった。

 第6章では第3章から第5章で得た計算結果をもとに各酸化物及びハロゲン化物系の分子動力学法による融体構造、輸送現象論的性質及び熱力学的性質の計算について検討した。複雑なイオン間相互作用をもつ酸化物及びハロゲン化物系の構造及び熱力学的性質などのより正確な計算、これらのデータをもとに計算する状態図のより正確な予測のために今後の改善方法として、(1)SiO2及びシリケート系などの複雑なイオン間ネットワークを持つ系の場合、三体間ポテンシャル及び多体間ポテンシャル項を適用することによる長距離原子間のポテンシャルエネルギーの計算、(2)角度依存性項を含むポテンシャルモデルの導入による、イオン間角度変化を含むポテンシャルエネルギーの計算、(3)ポテンシャルモデルのパラメータをab initio計算方法など非経験的方法により決めることの3点を指摘し、多元系でも厳密かつ汎用的に用いることができるポテンシャルパラメータの適用と効率的な分子動力学計算法の開発を提案した。

 第7章では本論文を統括して述べた。

 以上のように、本論文では最適化したボテンシャルモデルをもとに実験的に測定が難しい高温での酸化物及び低融点、高蒸気圧の塩化物系の熱力学的及び構造的性質などの評価に分子動力学計算が有用であることを明らかにした。また、これらの計算結果をもとに状態図の予測も可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、実験で測定が難しい高温での酸化物系融体及びハロゲン化物系融体の構造や熱力学的性質の分子動力学法による計算法を提案し、計算した構造や熱力学的性質をもとに系の状態図の予測を行った研究であり、7章からなる。

 第1章は序論であり、コンピュータシミュレーション法による物質の物理化学的性質の計算可能性について検討し、本研究で用いた分子動力学法と他のシミュレーション法と比較検討し、分子動力学法による本研究を行う背景、目的について述べている。

 第2章では分子動力学計算の特徴について検討し、本研究で用いたポテンシャルエネルギーの計算、運動方程式の数値解析、温度及び圧力の制御などの分子動力学法の計算方法について述べている。

 第3章では、鉄鋼製錬における高塩基度の酸化バリウムを含むフラックスの熱力学的性質及び状態図を、分子動力学法を用いて計算し、分子動力学法の状態図計算への適用可能性について検討している。1400〜3000Kで組成の関数としてCaO-CaF2、BaO-CaO及びBaO-CaF2系の混合のエンタルピー変化を計算し、計算したBaO-CaF2系状態図からBaO飽和領域での液相線温度はCaF2の添加によって急激に減少することを明らかにした。また、BaO-CaF2系の計算結果から融体は50mol% BaOで安定化することを示し、BaO-CaF2系においてBaO-CaF2のような中間化合物の生成可能性を見出している。計算により得た熱力学的パラメータをもとにCaO-CaF2、BaO-CaO及びBaO-CaF2系の状態図を計算して得ている。

 第4章では分子動力学法を用いて1400〜3000KでのCaO-SiO2及びFeO-SiO2系の構造、物性及び物理化学的性質を計算し、得られた計算状態図についての検討結果について述べている。CaO-SiO2及びFeO-SiO2系融体の二体相関関数及び融体の構造的性質を分子動力学法で評価し、既往の測定結果とよく一致した計算結果を得ている。また、CaO-SiO2及びFeO-SiO2系の混合のGibbsエネルギー変化から、CaO-SiO2及びFeO-SiO2系のSiO2飽和領域で二液相共存領域が存在することを計算で明らかにした。これらより熱力学的性質から計算したCaO-SiO2及びFeO-SiO2系状態図についての検討結果を述べている。

 第5章では実験的に測定が難しい低融点、高蒸気圧の金属ハロゲン化物系融体の反応挙動・機構を予測するために必要となる、鉄、鉛及び亜鉛の塩化物の熱力学的性質、融体の構造的性質などについて分子動力学法を用いて検討した結果について述べている。ZnCl2及びFeCl2融体ではZnCl42-及びFeCl42-のようなイオン錯合体が存在する可能性を示すが、PbCl2融体では、Pb及びClイオン間はイオン錯合体形成の可能性はなく、Pb及びClイオンはランダムに配置することを示している。また、塩化物融体中ZnCl2及びFeCl2のネットワーク構造を調べるため、各塩化物二元系の塩素種の割合を計算し、PbCl2-ZnCl2及びFeCl2-PbCl2系融体中でPbCl2はネットワークモディファイアーの役割を担うことを明確にした。分子動力学法で計算した塩化物二元系の構造及び熱力学的パラメータをもとに、実験的に測定の難しいPbCl2-ZnCl2系、FeCl2-PbCl2系、およびFeCl2-ZnCl2系の計算状態図を得ている。

 第6章では第3章から第5章で得た計算結果をもとに、各酸化物及びハロゲン化物系の分子動力学法による融体構造、輸送現象論的性質及び熱力学的性質の計算について検討した結果について述べている。複雑なイオン間相互作用をもつ場合の正確な状態図予測のために、(1)三体間ポテンシャル及び多体間ポテンシャル項を適用することによるポテンシャルエネルギーの計算、(2)角度依存性項を含むポテンシャルエネルギーの計算、(3)ポテンシャルモデルのパラメータの非経験的方法による決定の3点を指摘し、多元系で適用できる分子動力学計算法の開発を提案している。

 第7章では本論文の統括である。

 以上のように、本論文では最適化したポテンシャルモデルをもとに実験的に測定が難しい高温での酸化物系融体、及び低融点、高蒸気圧の塩化物系融体の熱力学的及び構造的性質の分子動力学計算による評価法を提案し、状態図の推定に分子動力学計算が有用であることを明らかにし、計算状態図に関する重要な知見を得ており、本研究の成果はマテリアルプロセス工学への寄与が大きい。

 なお、本論文第3章は月橋文孝、周棟宏、第4章は、月橋文孝、第5章は月橋文孝、松浦宏行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位の学位請求論文として合格と認められ、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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