学位論文要旨



No 120464
著者(漢字) 西川,敦
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,アツシ
標題(和) 分子線エピタキシー法による希薄窒化物系混晶半導体薄膜および量子ドットの作製の研究
標題(洋) A study on molecular beam epitaxy and characterization of dilute nitride alloy films and quantum dots
報告番号 120464
報告番号 甲20464
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第84号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 吉澤,英樹
 東京大学 助教授 岡本,博
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

背景

 GaAs等のIII-V族化合物半導体に窒素を添加する窒化物系混晶半導体は、バンドギャップの組成依存性が大きく下に凸となる「巨大バンドギャップ効果」が理論的に予測され、その起源を解明することは基礎物理の観点から非常に興味深い。また、バンドギャップエンジニアリングの観点からも、その性質を生かした長波長レーザーへの応用が期待されている。しかし、窒化物系混晶半導体は強い非混和性を有することから、作製は容易ではなく、高い非平衡度を有する分子線エピタキシー(MBE)法による結晶成長が必須である。さらに、高窒素濃度(>3%)かつ良好な結晶性の実現には、結晶成長条件に対する注意深い考察が必要である。

目的

 GaAsに窒素を添加するGaAsN混晶薄膜の研究では、高窒素濃度領域におけるバンドギャップボウイング効果の詳細を明らかにするため、高窒素濃度かつ良好な結晶性を有する結晶を作製できるMBE成長条件を考察する。また、得られた試料について、フォトリフレクタンス(PR)法による光学特性評価を行い、基礎物性を明らかにする。InGaAs量子ドットに窒素を添加したInGaAsN量子ドットの研究では、長波長レーザーとして応用が期待される1.3および1.55μmに発光波長を有する試料の作製を目的する。従来の報告例は、窒素添加による発光波長の長波長化により発光強度の低下が見られるが、窒素添加によるドットサイズ、密度への影響を考察し、MBE成長条件を最適化することで、長波長かつ強い発光強度を有する試料の作製を試みる。

実験結果

 GaAsN混晶薄膜についてMBE成長における成長条件の最適化および光学特性評価を行った。AsFluxをわずかにGa供給過剰となる条件にしたときに、反射高エネルギー電子線回折(RHEED)によって観察されるGaAsN混晶薄膜の表面再構成(3×3)パターンが成長終了時まで持続して見られた。表面再構成が成長終了時まで見られた試料は表面が原子層オーダーで平坦であり、X線回折プロファイルには層の干渉効果によるフリンジが観測され、結晶品質も良好であることが分かった。これらの結果から、GaAs成長とは異なり反応性に富むプラズマ窒素を含むGaAsN混晶薄膜成長ではIII族過剰条件により成長表面において窒素ボンドを覆うことが良好な結晶性を実現するために必要であると結論づけた。

 導き出した最適As/GaFlux比をもちい、成長温度を下げることで、図1に示すように、窒素濃度4.5%までの良好な結晶性をもつGaAsN混晶薄膜の作製に成功した。得られた試料について、室温PR測定を行った。測定により同定したバンドギャップエネルギーと窒素濃度の関係を図2に示す。ボウイングパラメーターは窒素濃度1%以下では22eVと、理論的に予測された値と同様に大きな値を取ることが分かった。しかし、1%を越える辺りからバンドギャップの窒素濃度依存性が二次曲線から離れる。この窒素濃度1%前後において、X線回折測定により見積もられたGaAsN薄膜内の歪みに大きな変化は見られず、この二次曲線からのずれは外因性ではなく、本質的にGaAsN混晶のバンドギャップが有する窒素濃度依存性であることを示した。

 GaAsN混晶薄膜のバンド端形成に関して提唱されているモデル(バンド反交差モデルと不純物バンドモデル)を得られた実験結果を元に検証し、不純物バンドモデルのほうがより実験結果を説明するモデルとなっていることを確かめた。

 InGaAs量子ドットに窒素を添加するInGaAsN量子ドットにより、発光波長の長波長化を試みた。まず、窒素添加による発光強度の低減を抑えるため、量子ドットサイズ、密度への窒素添加の影響を調べた。窒素をInGaAs量子ドットに添加すると、ドットサイズが増大し、ドット密度が減少する。その原因は、窒素添加によるGaAs基板とエピ層の歪みの減少とwetting layerと呼ばれる二次元層内における組成不均一にあることを示した。この考察から高密度かつドットサイズ分布のばらつきの少ない成長条件を導き出し、図3に示すように、InGaAsN量子ドットからの発光がInGaAs量子ドットからの発光とほぼ同程度の強度および半値幅となることを示した。

 次に、窒素添加による光学特性への影響を調べるために、InGaAs量子ドットとInGaAsN量子ドットのフォトルミネッセンス(PL)の励起強度依存性を調べた。強励起領域は、マイクロPL測定系、弱励起領域は通常のPL測定系をもちいた。窒素の有無に関わらず、強励起領域では、スペクトルは高エネルギー側に肩を持つ。これは、量子ドットの状態密度がデルタ関数的であることを反映して、高い次数のエネルギー準位からの発光を示す。弱励起領域では、InGaAsN量子ドットからの発光は低エネルギー側に尾をひいており、励起強度を増加するに従って、発光波長のブルーシフトが見られた。一方、InGaAs量子ドットからの発光は、励起強度に関わらず、発光波長はほぼ一定であり、半値幅が単調増加するのみであった。この現象を説明するために、基底状態よりも20meV程度エネルギーの低い局在準位の存在を仮定した。この窒素に起因する局在準位は、InGaAsN量子井戸などで一般的に見られるものである。弱励起領域では、局在準位と基底準位からの発光が見られるが、励起強度が増加するに従って、基底準位の発光が支配的になるためにブルーシフトが起こると結論づけた。以上の考察から、窒素を添加することにより、量子ドットであっても、量子井戸において見られるような窒素に起因する局在準位が基底準位の下に存在することを示した。

 PLの温度依存性を測定し、積分PL強度と温度の関係から導き出される活性化エネルギーを求めた。実験結果から、活性化エネルギーは窒素添加により減少していくことが分かった。これは、窒素を添加することによりバンドギャップが減少するため、活性化エネルギーは増大するという予測に反する結果である。これは、窒素添加により、非発光再結合中心となる点欠陥等が生じ、キャリアがその経路を介してエネルギーを失うために活性化エネルギーの減少が起こるためであると考察した。これを検証するために、サンプルのアニールを行った。その結果、アニールにより非発光再結合中心が減少することで活性化エネルギーが増大し、確かに非発光再結合中心が活性化エネルギーの減少に関係していることを示した。

 ドット密度を高密度に保つ成長条件では、ドットサイズが小さくなってしまうため、量子閉じ込め効果が強くなり、発光波長は短波長化する。図3に示したPLスペクトルは依然として、発光波長が1.2μm程度であった。そこで、発光強度を維持したまま、発光波長をさらに長波長化する試みを行った。まず、量子閉じ込め効果を低減することを狙い、ドットサイズと発光波長の関係を調べた。ドットサイズの増大により発光波長のレッドシフトが観測されたが、ドット間の結合が生じると、シフト量が飽和することが分かった。図4に示すように、ドットサイズ増大による発光波長の長波長化により、窒素濃度2%、5MLsの供給量のときに1.3μm発光を実現した。

 次にGaAsバリア層の代わりにドット層上部および上下部にGaAsN混晶薄膜をバリア層として挿入した。GaAsNバリア層は、窒素添加によりバリアポテンシャルをGaAsバリア層より小さくできるため、量子閉じ込め効果の低減が期待できる。ここで、GaAsN バリア層の層厚は3nm、窒素濃度は2.6%とした。図5に示すように、GaAsNバリア層を挿入することで、発光波長の長波長化が見られることを実験的に確かめた。上下部にGaAsNバリア層を挿入したときに、室温で1.47μmと作製した試料の中で最も長波長化した発光を得た。また、発光強度の面でも、InGaAsドットの発光強度の約10分の1程度と、以前に報告されていた1000分の1程度という強度低下に対して、大きく改善していることを示した。

 さらに、発光強度を向上させるために、試料のアニールを行った。図6に示すように、アニール温度が高いほど、時間が長いほど、発光強度の向上が見られるが、発光波長のブルーシフトも同時に見られる。しかし、600℃、10秒というアニール条件では、発光強度の向上のみが見られた。これは低温で短時間アニールすることで、ブルーシフトの原因となるGaおよびInの相互拡散が抑えられたためと考えられる。この条件を他の試料についても適用することにより、ブルーシフトなしに発光強度を向上させることができた。

結論

 本研究は窒素を添加した混晶薄膜および量子ドットについて、MBE成長特性および光学特性を明らかにした研究である。

 GaAsに窒素を添加したGaAsN混晶薄膜では、As fluxの最適条件を求め、窒素濃度4.5%までの試料を作製することに成功した。また、得られた試料のバンドギャップを評価することにより、巨大バンドギャップボウイング効果に起因するバンドギャップの窒素濃度依存性について知見を得た。

 InGaAs量子ドットに窒素を添加するInGaAsN量子ドットでは、窒素添加による量子ドットのサイズ、密度への影響を調べ、窒素を添加しても発光強度が低下することなく発光波長を長波長化できる条件を研究した。PLの励起強度依存性、温度依存性について測定し、InGaAsN量子ドット光学特性について知見を得た。また、量子ドット層の供給量、GaAsN混晶薄膜をバリア層に用いることにより、室温で1.3μm発光を実現し、最長発光波長1.47μmまでInGaAsN量子ドットからの発光を実現した。発光強度を改善するために、アニールを行い、GaおよびInの相互拡散を抑えることで、ブルーシフトなしに発光強度のみを改善できる条件を明らかにした。

図1 X線回折プロファイル

図2 バンドギャップの窒素濃度依存性

図3 InGaAsN量子ドットのPLスペクトル

図4 InGaAsN量子ドットの室温PLスペクトル

図5 InGaAsN量子ドットのPLスペクトル

(a) GaAs バリア, (b) 上部のみGaAsNバリア, (c) 上下部GaAsN バリア

図6 PL スペクトルのアニール温度、時間依存性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、成分として窒素を含むことを特徴とするGaAsN混晶薄膜およびInGaAsN混晶量子ドットに関して、分子線エピタキシー(MBE)法における結晶成長上の特性およびバンドギャップの特徴的な性質に基づく光学特性を、詳細な実験と考察により明らかにしたことを述べたものである。本文は英文で記され、全8章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的および本論文の構成が述べられている。GaAsに代表されるIII-V化合物半導体に窒素を添加した型の混晶半導体では、"巨大バンドギャップボウイング"という特徴的な性質が理論的に予想されており、この性質の詳細を明らかにすることが基礎物理および応用上の観点から意義を有する。一方、この型の混晶半導体は、強い非混和性のために作製は一般に容易ではなく、窒素の高濃度域において良質な結晶を得る方法を確立することに同様の意義がある。このような背景に立って、GaAsN混晶薄膜およびInGaAsN混晶量子ドットの作製を試み、これらの基礎物性を明らかにすることを本研究の目的としている。

 第2章は「MBE Growth and Characterization Techniques (MBE成長と評価技法)」と題し、本研究で用いた分子線エピタキシー(MBE)装置および試料の評価方法の詳細について述べている。MBE装置ではRFプラズマにより原料窒素を供給している。結晶評価技術としては、MBE成長中の反射高エネルギー電子線回折(RHEED)、X線回折(XRD)、原子間力顕微鏡(AFM)などの構造的評価手法、フォトルミネッセンス(PL)およびフォトリフレクタンス(PR)による光学的評価手法を用いている。

 第3章は「MBE Growth of GaAs1-xNx Alloy Films Grown on GaAs (001) Substrate (GaAs(001)基板上GaAs1-xNx混晶薄膜のMBE成長)」と題し、高窒素濃度で良質のGaAsN混晶薄膜を得るためのMBE成長の最適化条件を明らかにしたことが述べられている。As分子線強度をGa分子線強度に対し基板上でわずかにGa過多条件とすることにより表面平坦性に優れた成膜が可能なことを示し、窒素濃度4.5%までの高品質膜の形成に成功している。

 第4章は「Optical Properties of GaAs1-xNx Alloy Films Grown on GaAs (001) Substrate (GaAs(001)基板上GaAs1-xNx混晶薄膜の光学的性質)」と題し、本研究で得たGaAsN混晶薄膜のPR 分光法による光学的評価結果について述べている。窒素濃度4.5%の薄膜ではバンドギャップは0.93eVまで縮小し、これは光ファイバ通信の波長1.3μm に適合する。またボウイングパラメタは、窒素濃度1%付近までは22eVであり、それより高窒素濃度域では、2次関数的挙動から外れることが見出された。これらの振る舞いは、不純物バンドモデルにより説明しうることを指摘している。

 第5章は「MBE Growth and Properties of In0.7Ga0.3As1-xNx Quantum Dots Grown on GaAs (001) Substrate (GaAs(001)基板上In0.7Ga0.3As1-xNx量子ドットのMBE 成長と物性)」と題し、自己形成InGaAsN量子ドットのMBE成長における窒素の添加効果について述べている。ドット密度は成長温度もしくは窒素濃度の増加とともに減少する。窒素濃度に依存するのは、ドット形成の下地となる層の歪が関与している。ドットサイズのばらつきは成長温度450℃で最小となり、このときフォトルミネッセンスにおける発光強度が顕著に向上することを明らかにしている。

 第6章は「Optical Properties of In0.7Ga0.3As1-xNx Quantum Dots Grown on GaAs (001) Substrate (GaAs(001)基板上In0.7Ga0.3As1-xNx量子ドットの光学的性質)」と題し、InGaAsN量子ドットのマクロおよび顕微PL分光に基づく詳細な光学的評価結果が述べられている。励起強度の増加に伴う発光波長の短波長化および長波長側の発光帯の出現が、バンド端に付随する窒素起源の局在準位によることを明らかにしている。また発光強度の温度依存性の解析から、量子ドット界面における非発光過程の寄与を明らかにしている。

 第7章は「Extension of the Emission Wavelength of In0.7Ga0.3As1-xNx Quantum Dots (In0.7Ga0.3As1-xNx 量子ドット発光の長波長化)」と題し、InGaAsN量子ドットの発光を1.55mmの光通信帯に近づける試みについて述べている。ドットのサイズを増加させる、あるいは障壁層をGaAs に代えてGaAsNとすることにより波長1.47μmの発光を観測している。また試料の適切な熱処理効果が、長波長域においても発光強度の顕著な改善をもたらすことを明らかにしている。

 第8章は本論文の総括的な結論を述べたもので、本研究により学術上意義のある新規な知見が得られたことを述べている。

 なお、本論文の第3章および第4章に述べられた内容は、尾鍋研太郎、片山竜二、白木靖寛との、また第5章、第6章および第7章に述べられた内容は、尾鍋研太郎、片山竜二、Y.G.Hong、C.W.Tu との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

 以上、本論文は、GaAsN混晶薄膜およびInGaAsN混晶量子ドットに関して、分子線エピタキシー(MBE)法における結晶成長上の特性およびバンドギャップの特徴的な性質に基づく光学特性を明らかにした点で、物質科学への寄与は非常に大きい。よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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