学位論文要旨



No 120466
著者(漢字) 齋藤,晴彦
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ハルヒコ
標題(和) 内部導体系における電子プラズマの閉じ込めと中性プラズマの流れ駆動に関する実験的研究)
標題(洋) Experimental Study on the Confinement of Electron Plasma and Formation of Flow of Neutral Plasma in an Internal Conductor Systems
報告番号 120466
報告番号 甲20466
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第86号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 比村,治彦
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

 電磁場を用いた荷電粒子群の閉じ込めは,プラズマ物理学や原子物理学における広範な分野を支える基礎学術として重要な役割を果たしている.近年,流れを持つ磁化プラズマの研究において,プラズマ流の動圧の効果により極めて高いβ値を実現し得る平衡状態(double Beltrami state)が理論的に予測され,その実験的検証を目指す基礎研究が行われている.こうした研究に必要とされる流れを駆動する方法として,dipole磁場中に閉じ込めた内部電場構造を持つプラズマのドリフト運動を利用する事が検討され,外部からの電子注入や電子損失によるプラズマの非中性化,あるいはバイアス電極を用いた内部電場形成に関する実験研究が進行中である.

 また原子物理学,粒子線源技術等の分野における学際的な研究の進展に伴い,陽電子や反陽子等を含む新しい荷電粒子の閉じ込めに関する活発な研究開発が進められている.このような特異な粒子群の挙動は,純粋なプラズマ物理学の観点から興味深いだけでなく,反物質粒子を含む各種原子等の合成やその応用を目指す上でも,その特性を明らかにする事が必要とされている.こうした多様な荷電粒子の良好な閉じ込めを実現する事を目的として,単一種類粒子に留まらず,異なる符号を持つ荷電粒子群の同時閉じ込め配位の実現を目的とした研究が進められている.

 トーラス系を用いた内部電場を持つプラズマの閉じ込め方式は,磁力線方向の静電ポテンシャルを使用しない,荷電粒子の安定な純磁場閉じ込めを実現する可能性を備えており,任意の非中性度を持つプラズマの閉じ込め配位の実現に向けた可能性が期待出来る.トーラス系における非中性プラズマ物理学の分野では,従来,純トロイダル磁場配位を用いた研究が行われてきたが,近年,トロイダル磁気面配位による非中性プラズマの閉じ込め方式が提案され,内部導体系やヘリカル系を用いた研究が開始されている.上述のような高速流を持つプラズマの平衡の探求や,あるいは各種荷電粒子の安定な閉じ込め等の応用を実現する上でも,内部電場を持つプラズマの良好な閉じ込め配位を確立し,その基本的特性を実験的に明らかにする事は極めて重要である.

 このような観点から,本論文では,内部導体型・トロイダル磁気面配位系であるProto-RT(Prototype-Ring Trap)装置において,内部自己電場を持つプラズマの研究を行った.まず,トロイダル純電子プラズを使用して,磁気面配位における非中性プラズマの閉じ込め特性を明らかにする実験研究を行った.この段階の研究は,高速流を持つプラズマの平衡状態の検証を目指す一つの段階であると共に,また様々な荷電粒子群の安定な閉じ込め実現に向けた基礎研究としても位置付けられる.その上で,これにより内部導体系の自己電場を持つプラズマの基本特性を明らかにした上で,電極及び電子入射を用いた水素プラズマのバイアス実験を行い,トロイダル磁気面配位における磁化プラズマ中の流れ駆動に関する基礎特性を明らかにする事を目指した.

研究結果

(1)トロイダル電子プラズマ

 純電子プラズマを使用した研究から,トロイダル磁気面配位においては,プラズマ内部の等ポテンシャル面と磁気面を近付ける電位制御を行う事により,閉じ込め時間が中性粒子との衝突による古典拡散時間に達する,非中性プラズマの良好な閉じ込めが得られる事が観測された.

 本研究において使用したProto-RT装置は,磁気面配位を持つ閉じ込め装置であり,真空容器内部にdipole磁場発生用の内部導体コイル,装置外部に垂直磁場コイル,中心軸内にトロイダル磁場コイルと,複数の磁場発生用コイルを備えている事が大きな特徴である.磁場配位に加えて,非中性プラズマの平衡と安定性には,自己/外部電場が重要な役割を果たす事が知られている.内部導体コイル上に設置した制御電極を用いて,トーラス電子プラズマの電位分布構造の最適化を行い,静電揺動の抑制と閉じ込めの改善実験を試みた.

 計測装置として,ポテンシャル構造の測定を目的として,複数のemissive Langmuirプローブを多段アレイ化し,従来までの研究で使用されてきたcold probeによる浮遊電位測定と比較して,より高精度での空間電位分布計測を行った.また,非接触で静電揺動の測定が可能である事からプラズマに与える擾乱の少ないwallプローブを使用し,閉じ込め時間やトラップされた電荷の評価を行った.こうして得られた電子プラズマの静電ポテンシャル(図1)によれば,電子銃からの入射後,電子は本来の軌道から拡散して,トーラス系における非中性プラズマに特徴的な,装置内部にシフトする電位分布構造を取り,内部導体を取り巻く閉じ込め領域内に広く分布している.また,内部導体上に設置した電極に負のバイアスを印加する事により,プラズマ内部の電位分布構造と磁気面構造を近付ける電位制御を行った.

 Wall probeを使用した静電揺動計測(図2)によれば,プラズマに負バイアスを与える電位制御を行った際,電子入射停止後に一部の電子プラズマが良好な閉じ込め特性を示す事が観測された.揺動の外部電磁場依存性や伝播方向は,diocotron振動モードと一致し,揺動の周波数やwall probeを用いた電荷減衰計測によれば,背景圧力5×10-7Torr,磁場強度100G程度のdipole磁場中において,5×10-8C程度の電荷が0.5秒程度の閉じ込め時間を示した.得られた電子プラズマの閉じ込め時間は,残留中性ガスとの衝突による古典的な拡散時間と同程度であり,また磁場強度や背景圧力に対する依存性も古典拡散の計算値とほぼ一致する傾向を示し,中性衝突による拡散が閉じ込めの上限を与える,良好な閉じ込め配位が実現されたものと考えられる.また,トロイダル磁場を追加する事で磁気シヤーを与える事により,電子入射中の電子プラズマの揺動が抑制される事を観測した.

(2)中性プラズマ中の流れ駆動

 13.56MHz RF(入力パワー〜200W)により生成された水素プラズマを用いて,プラズマ閉じ込め領域内部に配置したリング状の電極にDC電位を印加する事により,内部導体系におけるプラズマのバイアスに対する応答を調べた.図3に示す通り,内部導体上に設置した電極にバイアス電圧を与える事により,プラズマの発光強度に変化が観測される.こうしたバイアスに応じたプラズマの空間電位分布構造を,静電プローブを使用してポロイダル断面において二次元的に計測した.径方向のプラズマ電流により規定される電極電流が最適化されるよう電極に負電位を与える事で,内部の広い領域に径方向電場とトロイダル方向に流れ場を持つプラズマが生成された.これに対し,電極に正電位を印加した時には,電極付近に径方向電流の駆動が不可能な真空に近い領域が形成され,径方向に駆動されるプラズマ電流は低下し,結果としてプラズマ中に実効的な電場を保持する事は不可能であった.この場合,電位降下は電極近傍の低電子密度層に集中して観測される.なお,電極バイアス時の電流密度は,実験パラメータにおける中性衝突による輸送係数からの計算値と比較的良く一致している.

 ループアンテナ(誘導結合型)を使用してプラズマを生成した際,適用したポロイダル磁場配位の磁気面とよく一致する等電位面がプラズマ内部に形成された(図4).対応する径方向電場の大きさは最大で約3kVm-1であり,対応する電磁場中での中性粒子との衝突周波数や磁化される条件の考慮,及び慣性項を含めた水素イオンの軌道計算結果から,トロイダル方向にイオン音速を超えるプラズマ流速(105-106ms-1)が駆動されたものと考えられる.

 本研究を通して,内部導体系におけるプラズマ中の電場/流れ場の生成及びその際に必要とされるプラズマの径方向電流等の基礎的な特性に関して実験的理解が得られたものと考えられるが,現在の13.56MHz RF実験ではプラズマ生成法や電源容量等の制約からプラズマは低密度(電子数密度〜1015m-3)で,静電的に取り扱える範囲に留まっている.2流体効果の指標を与えるアルフベン速度は,現在駆動されたトロイダル流と比較して非常に高速(〜7×107ms-1)であり,流れがプラズマの平衡状態に与える影響の評価には至って居ない.

結論

 本論文では,トロイダル磁気面配位における電場を持つプラズマの閉じ込め特性と内部電場構造に着目して,内部導体型装置Proto-RTにおいて純電子プラズマと中性プラズマを用いた実験研究を行った.Dipole磁場の磁気面とプラズマの等電位面を一致させる電極を用いたバイアス制御を行う事により,磁気面配位において非中性プラズマの安定な閉じ込めを実現すると共に,内部導体系における中性プラズマの電場形成に関して基礎的な理解が得られたものと考えられる.

図1 Proto-RTのトロイダル電子プラズマの電位分布構造と磁気面.(a)非バイアス時と(b)バイアス時.

図2 (a)トロイダル電子プラズマの静電揺動波形と(b)wall probe 上の電荷の減衰.

図3 中性プラズマへの電極バイアスの影響.(a)負バイアス時,(b)非バイアス時,(c)正バイアス時.

図4 各種バイアス電圧を加えた際の,中性プラズマ中の径方向電位分布.

審査要旨 要旨を表示する

 プラズマ物理学や原子物理学の分野において、電磁場を用いた荷電粒子閉じ込めに関する研究が進められている。従来の概念では、プラズマとは総体として電気的に中性な電離気体を意味するものとされ、大きな内部電場をもつプラズマに関する研究は希少であった。しかし近年、高電離イオンや反物質などの荷電粒子を閉じ込める研究や、大きな内部電場によって高速の流れが生まれる現象に関する研究が盛んになり、電気的非中性のプラズマが注目されている。非中性プラズマの閉じ込めは、ペニングトラップに代表される開放磁場系装置でおこなわれてきたが、東京大学ではトーラス磁気面配位においてプラズマと閉じ込めるという独自の方法が研究されている。本論文は、このトーラス系において、外部電場を印加して積極的な電場制御をおこなった研究成果をまとめたものである。磁気面の構造とプラズマ内部の等電位面の構造との関係を精密に分析し、両者を近接させることでプラズマ閉じ込め特性が飛躍的に向上することなどが示されている。本論文は、以下のように構成されている。

 第1章は緒論にあてられ、さまざまな荷電粒子の閉じ込め方式と、その物理的な原理について概観し、これらの中でトーラス磁気面配位における非中性プラズマ閉じ込めの特徴と物理的な研究課題がまとめられている。

 第2章では、トーラス磁気面配位プラズマ閉じ込め装置であるProto-RT実験装置における閉じ込め電磁場制御やプラズマ生成方法、測定法に関する概要が述べられている。純電子プラズマ(第3章)の生成に関しては、使用した電子銃の構造や駆動用電子回路について、また中性プラズマの非中性化(第4章)に関しては、高周波発振器によるRF放電プラズマについて記述されている。計測器については、電子プラズマおよび中性プラズマ中の空間電位分布計測に使用した静電プローブと、鏡像電荷を利用した揺動測定の方法及び各測定器の使用条件などが記述されている。

 第3章では、トーラス磁気面配位を生成できるトロイダル内部導体系において、電子銃によって純電子プラズマを生成した実験結果がまとめられている。内部導体コイル上に設置した電極にバイアス電圧を与え、プラズマ中の電場を制御している。その際のプラズマ内電位構造をポロイダル断面における2次元分布として計測することにより、等電位面と磁気面の関係を分析している。さらに、静電揺動の計測からトロイダル電子プラズマの閉じ込め時間の評価が行われている。電極に負バイアスを与え、プラズマ内部の等電位面とダイポール磁場の磁気面を接近させる最適化を行うことにより、トロイダル電子プラズマの閉じ込め時間が長くなることが示されている。閉じ込められた電荷量の、磁場強度や中性ガス圧力等のパラメタに対する依存性を調べ、電子プラズマの閉じ込め時間が残留中性ガスとの衝突による古典的な拡散時間と同程度に達したと結論している。残留ガス圧力5×10-7Torr、磁場強度100G(ダイポール磁場)の条件下で、5×10-8C程度の電荷を閉じ込め、0.5秒程度の閉じ込め時間を実証している。さらに、トロイダル磁場を印加して磁気シヤーを与えることにより、電子プラズマのダイオコトロン周波数帯の静電揺動が抑制されたことが示されている。

 第4章では、電極による電場印加および電子入射によって中性プラズマ中に電場を生成する実験の結果が述べられている。高周波放電によって生成した水素プラズマに対して、内部導体上のリング状電極に負電位を印加することにより、プラズマ閉じ込め領域内部の広い範囲で径方向(磁気面を横切る方向)の電場が生成されたこと、逆に正電位を印加した場合には電極近傍のプラズマが排除され、その隙間領域に電場が集中することが記述されている。この違いはイオンの供給機構の違いとして説明されている。プラズマ中に生成された電場と磁場強度などのパラメタとの関係を分析し、イオンの運動はローレンツ力と中性衝突が支配的であること、トロイダル方向のプラズマ流速がE×Bドリフト速度で与えられること、流れに対する粘性は中性粒子衝突による古典的な粘性の領域であることが結論されている。得られた流速は2×105ms-1程度であり、イオン音速の5倍程度の超音速流が駆動されたとしている。

 第5章は、本論文のまとめにあてられている。

 以上を要するに、本論文はトーラス磁気面配位に閉じ込められた内部電場をもつプラズマの物理的特性に関して実験的に研究したものであり、外部電場によるプラズマ内電場の制御の有効性、プラズマ閉じ込め特性を決定する要因などについての詳細な分析がまとめられている。この成果は、高速流をもつプラズマの核融合への応用、宇宙・天体現象の解明、また種々の荷電粒子を閉じ込めるトラップなどに応用することができ、プラズマ理工学に資するところが大きい。

 なお、本論文の第3章及び第4章は、吉田善章、比村治彦、森川惇二、深尾正之、中島千博、若林英紀、渡邉将の各氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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