学位論文要旨



No 120468
著者(漢字) 水谷,忠均
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,タダヒト
標題(和) 細径FBGセンサの不均一ひずみ分布応答を利用した複合材料の損傷検知システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 120468
報告番号 甲20468
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第88号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 講師 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

 近年、航空宇宙分野における炭素繊維複合材料(CFRP: carbon fiber reinforced plastic)の適用が増加している。CFRPは比強度、比剛性に優れた材料である。近年の航空分野においては、ボーイング社のB7E7、エアバス社のA380、宇宙分野においても極低温(例えば液体水素)推進剤タンクなどにCFRPが積極的に適用され、実用レベルにおいてもその需要の増加が顕著である。しかしながら、現在の構造設計では、CFRPの最終強度より低い応力レベルで生じる微視的損傷(樹脂クラック、層間剥離など)を許容しておらず、複合材料の特性を十分に生かした構造設計が行われていない。複合材料は微視的損傷後も、その損傷状態を的確に把握することができれば、十分に安全な運用が可能である。ゆえに、この微視的損傷状態を定量的に評価する構造ヘルスモニタリングシステムの構築は、複合材構造部材の損傷許容設計を可能にし、航空宇宙分野のみならず、あらゆる分野の構造設計において革新的な発展をもたらすことができる。

 本論文では、光ファイバセンサによる複合材料の構造ヘルスモニタリングに関する研究を行った。光ファイバセンサについては様々なタイプのセンサが存在するが、ここではFBG(fiber Bragg grating)、その中でも外径が52μmと非常に細い細径光ファイバ上に書き込まれた細径FBGを適用した。光ファイバセンサは一般的に、小型、軽量、無誘導性などの特徴を持ち、耐環境性に優れたセンサである。細径光ファイバはこれらの特徴を持ちながら、さらに小型であるために、容易に複合材料中に埋め込むことが可能なセンサである。実際に、本論文ではこの細径FBGをCFRP積層板へ適用することを試み、損傷検知センサとして使用する技術を新規開発した。図1は、実際に細径光ファイバをCFRPクロスプライ積層板に埋め込んだ試験片の断面写真である。写真からわかるように、細径光ファイバの埋め込まれた周囲にも炭素繊維がきれいに回り込んでいる。

 このFBGがセンサ機能を持つのは、ひずみや温度変化に対してFBGが反射波長が変化する応答を利用したものである。FBGによる健全性保証センサの研究例のうち、大多数がこのブラッグ波長の変化に注目したものである。しかしながら、複合材料の微視的損傷を検出することを考える場合、ブラッグ波長のシフトのみを測定するだけでは実現は難しい。なぜならば、微視的損傷周りでは応力集中によって不均一な応力場が発生し、ブラッグ波長が不規則に変化してしまうためである。また、積層板内部の損傷状態を推定する場合、ブラッグ波長はグレーティング区間内の平均的なひずみの影響を受けるため、定量的な評価は難しい。そこで、本論文では逆に不均一な応力場によって受ける影響を活用して、材料内に発生する微視的損傷を検出する手法を提案した。

 まずは、不均一な3軸のひずみ分布に対するFBGの応答を解析する手法を提案した。本研究では、FBGの反射光解析にモード結合理論を適用した。そして、行列伝達法による近似解法を用いて、不均一なグレーティング特性を持つFBGの解析手法を示した。この近似解法はグレーティングをN 個のセグメントに離散化し、セグメント内ではモード結合定数が均一であると仮定する。この場合、セグメント内ではモード結合方程式を解析的に解くことが可能になる。これによってセグメントの伝達行列を計算し、グレーティング全体がこの伝達行列の掛け合わせによって表現されることを示した。さらに、FBGがひずみ・温度の変化に対してどのような応答を示すか詳細な検討を行った。光弾性効果によって誘起される屈折率変化、および、ひずみそのものによるFBGの変形がブラッグ波長の変化に関連することを示した。この光弾性効果およびひずみによるFBGの変形を考慮したFBG の離散的解法を示した。また,FBGに非軸対称なひずみ成分が存在するときは複屈折が誘起され、独立した2つの偏波モードが存在することを示した。本研究では各偏波の前進波と後進波の結合のみを考え、偏波間の結合は考慮せず反射光強度をそれぞれのモードの重ね合わせでの解析することを示した。以上の理論的検討から、不均一な3軸のひずみ分布に対するFBG の解析手法を構築した。

 この解析手法を適用して、積層板中に埋め込まれた細径FBGが受ける、積層板の熱残留応力の影響を評価した。一方向性積層板に埋め込んだ場合は熱残留ひずみの非軸対称成分がほぼ0であり、反射光スペクトルの形状は変化せず、波長シフトのみが起こる。一方で、クロスプライ積層板の場合は、細径FBG の非軸対称ひずみ成分が数百μεのオーダーで存在し、複屈折によるスペクトル形状の変化が無視できないことを示した。また、この複屈折の影響は光ファイバ被覆の物性値に大きく影響され、特に弾性率への依存性が高いことを示した。弾性率が高ければ複屈折効果は増幅され、低ければ減少する傾向にある。

 次に、細径FBGの不均一ひずみ分布に対する応答について数値解析を行った。3次元の有限要素解析により、トランスバースクラックを1個有するCFRPクロスプライ積層板について、熱残留応力によるひずみ分布を計算した。ひずみ分布は、トランスバースクラック周りの応力集中の影響を受けて、不均一な分布を持つことを示した。先に述べた3軸の不均一ひずみ分布を考慮したFBG の反射光解析を行った結果、反射光スペクトルの形状が変化し、特に高波長側にスペクトル幅が広がる解析結果が得られた。また、トランスバースクラックの発生位置に対するセンサの感度を解析し、位置が端部を除くグレーティング範囲内ならば十分な感度があることを示した。さらに、細径FBGの被覆の物性値が不均一ひずみ分布に対する応答に及ぼす影響を解析した。弾性率が高いほど細径FBG の反射率変化が大きいことがわかった。しかしながら、弾性率が低い場合でも細径FBGのトランスバースクラックに対する感度は十分識別可能であることを示した。

 これらの解析結果を実証するために、細径FBGを埋め込んだCFRP試験片を作製し、まずは、成形時における反射光スペクトルの変化を計測した。この実験を可能にするために細径-通常径光ファイバの融着技術を開発し、実際にこの技術を利用して実験を行った。実験を行った結果、一方向材積層板については反射光スペクトルの形状が変化せず、波長シフトのみが起こることがわかった。また、クロスプライ積層板については、成形温度からの冷却時においてスペクトル幅が広がることがわかった。これらの実験結果からクロスプライ積層板中に埋め込まれたFBGには複屈折の影響が加わることを確認できた。

 さらに、クロスプライ積層板の準静的引張試験を行い、細径FBGによるトランスバースクラック検出を試みた。初期損傷の段階において、細径FBGはトランスバースクラック発生と同時に瞬間的な応答を示した。また、荷重を除荷した状態でも損傷が検知できることを示した。損傷発生後の反射光スペクトルは先に示した解析手法によって計算された反射光スペクトルと非常によく一致した。解析結果を図2に実験結果とあわせて示す。この損傷検知手法を疑似等方積層板に適用したところ、同様の傾向が実験的に示された。以上の実験結果から、積層板中に埋め込んだ細径FBGによるトランスバースクラックの検知が可能であると判断できる。

 このトランスバースクラック検出手法を応用して、逆散乱法を利用したトランスバースクラック発生位置の同定手法を提案し、数値解析および実験を行った。ここでは、逆散乱法を離散化されたFBGの解析モデルに適用し、モード結合定数を再構築する手法を示した。そして、再構築されたモード結合定数の位相項の空間微分が不均一なひずみ分布と関係していることを示し、その分布から損傷位置を同定する手法を提案した。そして、実測した複素反射光スペクトルに対して逆散乱法を適用し、モード結合定数を再構築し、積層板中のトランスバースクラック発生位置の同定を試みた。まずは、積層板に埋め込んでいないアポダイズドFBGに対して逆散乱法を適用した結果、アポダイゼーション形状を再現することができた。しかしながら、積層板に埋め込んだ細径FBGでは複屈折による影響から、逆散乱法による損傷位置同定が困難であることがわかった。そこで複屈折の影響を考慮しない複素反射光スペクトルを数値計算によって求め、逆散乱法を適用した。その結果、図3に示すようにトランスバースクラック位置の同定が可能であることを示した。

 最後に、本研究の目的である「埋め込みFBGの不均一ひずみ分布に対する応答を利用した損傷検出技術の確立」を実構造物へ適用するための予備的な検討を行った。本研究では、再使用ロケット実験機に搭載された複合材料製の液体水素タンクに、FBGセンサによる搭載型ひずみ計測システムを構築し、離着陸実験中の運用を行った。また、この技術を発展させて、埋め込みFBGセンサによる複合材液体水素タンクのヘルスモニタリングシステム構築を試み、極低温加圧試験におけるひずみ・温度計測に成功した。

 以上、本研究では細径FBGの不均一ひずみ分布に対する応答を利用した複合材料積層板中の損傷検知手法およびその応用に関して多角的な研究を行い、埋め込み細径FBGによる損傷検知センサが構造健全性を保証する手段として非常に有望であること示した。

図 1 CFRP クロスプライ積層板中に埋め込まれた細径FBGセンサ

図2 積層板内に埋め込まれたFBGによるトランスバースクラック発生の検知

図3 逆散乱法によるクラック位置同定結果

審査要旨 要旨を表示する

 修士(科学)水谷 忠均 提出の論文は、「細径FBGセンサの不均一ひずみ分布応答を利用した複合材料の損傷検知システムに関する研究」と題し、全6章より構成される。

 複合材料構造は、近年の航空宇宙分野において非常に重要な存在である。特に軽量かつ高強度である炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、航空機の主翼や胴体などの1次構造材などに適用範囲が拡大している。その一方で、信頼性保証の面においては未だ研究課題が多い。異方性材料である単層板の組み合わせからなるCFRP積層板は、静的荷重や繰り返し荷重などが加わることによって層内に樹脂クラックが発生する。この樹脂クラックが進展すると、層間剥離、繊維破断などの破壊モードへ進展するために、樹脂クラックを非破壊で定量的に評価する手法を確立することは早急の課題と言える。

 本論文は、細径光ファイバを適用した複合材料の損傷検知システムの構築を目的としている。この細径光ファイバは、CFRP積層板の機械的特性を低下させることなく、CFRPの内部に埋め込むことが可能な極細の光ファイバである。特に、不均一ひずみ分布に対する感度が高い光ファイバブラッググレーティング(FBG)によるCFRP積層板中の樹脂クラック検出手法を提案するとともに、実験、解析両面からその有用性を実証している。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

 第2章は「不均一ひずみ分布を考慮したFBGの反射光解析」であり、FBGの損傷検出センサとしての機能を説明するために、基礎的な光学および弾性力学を組み合わせた解析手法を提案している。本論文では、モード結合理論を適用したFBGの反射光解析を基礎とし、そこに応力による光弾性効果を加えることによって、不均一なひずみ分布を考慮したFBGの反射光解析を可能にしている。さらに、非軸対称なひずみが加わった場合に発生する複屈折について考察を加え、それを考慮したFBGの反射光解析を構築している。

 第3章は「複合材料積層板中に発生するクラックの検出」であり、FBGが書き込まれた細径光ファイバによる複合材料積層板の内部に発生する樹脂クラックの検出について、第2章で提案した解析手法を適用して基礎的な検討を行っている。ここでは、(1)CFRP直交積層板内にFBGを埋め込んだ場合、反射光スペクトルが熱残留応力による影響を受け、しかもそれが非軸対称であるためにスペクトル形状が変形すること。(2)CFRP直交積層板に埋め込まれたFBGの近傍で樹脂クラックが発生した場合、応力集中によってFBGが不均一なひずみ分布となり反射光スペクトルが変形する。さらに負荷を加えない状態であっても熱残留応力によってスペクトル形状の変形が確認でき、FBGによる樹脂クラックの検出が可能であること。(3)上記の損傷検出手法が実用的なCFRP擬似等方積層板へ適用可能であること、などを実験、解析の両面から明らかにしている。

 第4章は「損傷位置同定への応用」であり、位相成分を含めた反射光スペクトルからFBGのひずみ分布を推定し、その不均一性から損傷位置を同定する手法を提案している。ここでは、逆散乱法により再現されたモード結合定数とFBGのひずみ分布を関連づけて損傷位置の同定を行い、解析的にこの手法の有効性を示している。

 第5章は「実構造物への適用」であり、第3、4章で検討した埋め込みFBGによる複合材料の損傷検出システムを、より大規模な複合材構造物へ適用するための基礎的検討を行っている。複合材料製の極低温推進剤タンクについてFBGによるひずみ計測システムを開発し、再使用ロケット実験機の飛行試験時におけるリアルタイム計測に成功している。さらに、FBGを埋め込んだ極低温推進剤タンクのひずみ・温度計測にも成功している。

 第6章は「結言」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

 以上、本論文はFBGの不均一ひずみ分布に対する応答を利用した複合材料積層板の樹脂クラック検出手法を提案し、実験、解析の両面からこれを実証している。さらに、その成果を大規模構造物へ適用する基礎的検討も行っており、本論文で得られた成果が構造ヘルスモニタリング技術の発展に与える影響は大きい。

 なお、本論文の第2章、第3章の一部は、武田展雄、岡部洋二、矢代茂樹、辻良平の各氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本論文は学位請求論文として合格であり、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

以上

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/113