学位論文要旨



No 120469
著者(漢字) 井上,豊
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ユタカ
標題(和) ヒューマノイドロボットを用いた協調型マルチエージェントシステムの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 120469
報告番号 甲20469
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第89号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 教授 金田,康正
 東京大学 教授 広瀬,啓吉
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 杉本,雅則
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,ヒューマノイドロボットの複数台の協調行動を効率的に行うためのシステムを構築し,そのシステム化によって人工知能的なマルチエージェントシステムや工学的な応用としてのヒューマノイドロボットの協調的な作業や動作を実世界で実現した.また,仮想世界で作られた知能を人間と同じような身体を持つヒューマノイドロボットに搭載し実世界で動作させることにより,身体を持たない仮想知能が実環境における身体性知能へ,どの程度適応可能であるかについて考察した.

 近年,ヒューマノイドロボットにおける研究は,多様な目的を持った問題に対して取り扱われている.これらの研究の多くは,人間が行うべき作業を人間の環境に最も適した身体的特徴を持つヒューマノイドロボットに行わせることが目的である.この人間と同様の身体的特徴を持つヒューマノイドロボットに知能的な振る舞いをさせることは,工学的にも有意義なことである.また,人間の協調行動をヒューマノイドロボットが行うことは,人工知能分野における分散知能の立場から重要な課題であると考えられる.

 しかし,ヒューマノイドロボット同士の協調に関する研究は,ほとんど行われていない.なぜなら,ヒューマノイドロボットはバランスが不安定で扱いが難しいため,2体以上で協調的な動作をさせることは困難だからである.今後のロボティクスの発展を考えた場合,人間に利用されるためのロボットではなく,ロボット自身が考え別のロボットに指示を出すようなマルチロボット環境の構築が必要であると思われる.特に,人間と同じような特徴を持つヒューマノイドロボットを用いてそのような環境を構築することは,人間と同じ環境の中に物理的な模擬社会を作ることであり,科学的に興味深い部分もある.また,工学的な応用の幅も広がると思われる.

 本論文は8章で構成され,以上のような協調支援システムとそれを用いた実験および結果について示す.

 1章では,現在のロボット研究において何を目的とし,どのようなロボットの開発が行われているかなどの背景,ヒューマノイドロボットを用いることの意義や協調作業や協調動作を行う目的について述べる.

 2章では,協調的なヒューマノイドロボットの動作についてのマルチエージェントシステムをどのように構築するかということについて検討する.また,ヒューマノイドロボットによる協調システムにどのような役割があるのか,あるいはどのような機能が要求されるのかを,ヒューマノイドロボットの特徴と制御の難しさを考慮し,エージェント工学的な視点から説明する.さらに,人工知能のエージェントとしてヒューマノイドロボットをとらえた場合に,仮想環境でのシミュレーションと同様に実環境でも実験を行う必要があるのかということについて議論し,そのようなことを考慮した際に必要となるヒューマノイドロボットにおけるマルチエージェントシステムの基本的な機能について検討する.

 3章では,ヒューマノイド協調支援システムについて説明する.ここでは,ハードウェア構造の必要性とシステム化の重要性を考慮した協調システムについて具体的に説明し,協調のための通信手段や画像認識,ロボットの制御方法などについて述べる.この協調型マルチエージェントシステムで用いられるヒューマノイドロボットは,富士通製によって研究開発用に作られた小型のヒューマノイドロボットHOAP-1である.提案するヒューマノイド協調支援システムでは,複数台のHOAP-1をエージェントと見立てており,各ロボットには視覚認識のためにCCDカメラを取り付けている.

 複数のヒューマノイドロボットでマルチエージェント環境を現実世界で構築することを考えた場合,必要な機能をシステムとして統合することが要求される.マルチエージェントシステムでは個々のロボットが自由に自律して動作することを前提として考えるが,本システムでは自由度の高い動きか可能なヒューマノイドロボットの特性を生かすために同期した動作についても考慮する.複雑な動作が可能なロボットにおいて同期した動作ができることの利点は,ロボット同士の協力的な作業やダンスなどのエンターテインメント的な振る舞いについて制御が行いやすくなるということが挙げられる.

 以上のようなことを考慮し図1のようなシステムを構築した.このシステムは大きく分類して画像認識処理,ロボット制御処理,通信処理の3つから構成される.

 4 章では,視覚認識を用いて複数のヒューマノイドロボットが協調的なダンスを踊るという実験を行っている.この実験の目的は,複数のヒューマノイドロボットを用いて協調的なダンスを行うことである.この協調的なダンスは,各ロボットに取り付けられたCCD カメラから得られる視覚情報をもとに行われる.視覚認識により得られた情報からヒューマノイドロボットの協調パターンを選択することによって,協調的なダンスを実現している.また,対話的進化計算によって精製されたロボットの動作を用いた協調ロボットダンスの実験も行う.

 ロボットへダンスを踊らせるという試みは,どのようにしてロボットにダンスを上手に踊らせるかということに焦点を当てていることが多い.しかし,この実験ではロボットに上手にダンスを踊らせるのではなく,他のロボットの状態によって自分の動きを変更するというような協調的なダンスの実現を目標とする.

 5章では,荷物を持ったヒューマノイドロボットが別のヒューマノイドロボットへ手渡すという作業について実験を行う.この作業の難しさは,荷物を受け渡す位置をどのように決定するかという所にある.ヒューマノイドロボットに取り付けられる程度の小さなカメラでの画像認識には,ある程度の誤差が生じることを考慮して使用する必要がある.ここでは,視覚から得られる情報とヒューマノイドロボットの動作によってその位置を推定するという方法を用いる.

 ヒューマノイドロボットにおいて,安定した場所に置いてある荷物を持ち上げて任意の位置へ運びその場所へ置くという作業を考えてみる.この場合,荷物を運ぶロボット以外の環境は安定しており,そのロボットの動作を安定させるような制御を行うということをだけを考えればよい.しかし,荷物の受け渡しを行う場合は,2体のロボットが協調して動作する必要がある.特に,荷物を手渡しするための位置は慎重に決定しなければならない.

 6章では,ヒューマノイドロボットによる目的位置までの荷物の協調搬送を行う.この章では,ヒューマノイドロボットにおける協調搬送での問題点を実験的に抽出する.また,複数のヒューマノイドロボットが協調して対象物を持ちながら移動する際の問題点の1である歩行時における胴体の振動による協調動作の乱れを解決する方法について検討する.この方法には,強化学習の1つであるQ学習および遺伝的アルゴリズムを利用したクラシファイアシステムの2種類を適用し,シミュレーションおよび実機での検証を行う.さらに,2体のヒューマノイドロボットによる目標位置までの協調搬送実験も行う.

 協調して搬送作業を行うという研究としては,人間と車輪型ロボットによる協調搬送システムに関する報告がある.また,複数の車輪型ロボットで協調搬送を行うという研究も多くなされている.これらの研究の多くは,人間が行うべき作業をロボットに行わせることが目的である.

 脚ロボットの協調作業を実機で実現している研究として,2台のロボットによる対象物の持ち上げ動作,2台のロボットでの箱押し作業などが挙げられる.しかし,このような脚ロボットを用いた協調作業の研究例は少ない.脚ロボットにおける協調的な作業は,歩行時に発生する胴体の振動によって,その作業を困難なものにしていると考えられる.したがって,脚ロボットよりも複雑な動作が可能であり,バランスが不安定になりやすいヒューマノイドロボットで搬送作業を行うことは難しいと思われる.

 7章では,ヒューマノイドロボットによる協調,システム化による効率性,科学的アプローチと工学的アプローチという3つの観点から考察を行う.

 第8章では,本研究の成果をまとめる.また,ロボティクスについてヒューマノイドロボットの協調に関する実験という視点から将来の展望を述べる.

 本論文で構築したヒューマノイド協調支援システムによって,協調的な操作を行うために必要な作業の量を減少することができることを示した.例えば,協調動作をヒューマノイドロボットに行わせるためのプログラムをデバッグする際には実機を用いて行う必要がある.しかし,協調支援システムではヒューマノイドロボットの制御部分が取り込まれており,その部分に関しては確実に動作することが検証されているため,テストの段階ではヒューマノイドロボットを実際に動かさなくてもデバッグすることができる.そのため,実験を行う際の故障リスクの減少にも貢献することができたと考えられる.

 このようなシステムの構築と実験により次のようなことを将来の展望として述べる.将来の知能ロボティクスは,より人間に近いレベルの知能を現実世界で実現することを目標とし,科学的なアプローチや工学的なアプローチの枠組みにとらわれない方法を考えるべきである.また,人間のような知能を実現したいのであれば,ヒューマノイドロボットのような人間と同じ身体的特徴を持つロボットを使用して実験することも重要ではないかと思われる.そのような実世界における実験を行うことによって,仮想的な知能が現実世界の知能へと変化するために何が必要であるのかを理解することにつながるのではないかと考えられる.

図1 Humanoid cooperation system.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,ヒューマノイドロボットに協調的な作業をさせることを目的とし,協調型マルチエージェントシステムの実現を試み,実機での検証を通して現実世界における有効性を示している.

 本論文は全8章から構成されている.

 第1章では,ロボットの研究における背景,ヒューマノイドロボットを用いた協調および協調動作を行う目的について述べている.

 第2章では,ヒューマノイドロボットを使用して協調的な行動を行うためのシステムにどのような役割があるのか,またどのような機能が要求されるのかを,ヒューマノイドロボットの特徴,制御の難しさおよびエージェント工学的な視点から説明している.ヒューマノイドロボットが人間の世界で存在していくためには,人間や他の動物と協調することがもっとも重要である.さらに,それ自身が人間社会で一般化するためには同型のロボット自身の協調も必要不可欠である.この章では,ヒューマノイドロボットの必要性を様々な立場から解説し,それを踏まえたシステムの役割や機能の抽出を行っている.

 第3章では,前章で抽出した機能を満たすシステムの構築を行い,その説明を具体的に行っている.ここで説明されている協調型マルチエージェントシステムで用いられるヒューマノイドロボットは,富士通製のヒューマノイドロボットHOAP-1である.HOAP-1は,研究開発用に作られた小型のヒューマノイドロボットである.小型であることの利点としては,実験のための空間や保管のための敷地が小さくてすみ,かつ動作させる際の労力も少なくてよいということが挙げられる.また,ハード自体のコストを少なく抑えることもできる.提案するヒューマノイドロボット協調型マルチエージェントシステムでは,複数台のHOAP-1をエージェントと見立てており,各ロボットには視覚認識のためにCCDカメラが取り付けられている.

 第4章では,ヒューマノイドロボットによる視覚認識に基づく協調的なダンス動作について述べられている.この実験の目的は,複数のヒューマノイドロボットを用いて協調的なダンスを行うことである.この協調的なダンスは,各ロボットに取り付けられたCCDカメラから得られる視覚情報をもとに行われている.人間がダンスを踊る場合,小さなダンス的動作を組み合わせて1つの踊りを完成させている.複数人で踊る場合も同様であるが,各人の動きは音楽を基準として合わしていることが多い.この実験では,細かなダンスを自由に組み合わせてヒューマノイドロボットの踊りを作成し,複数のロボットが同時に動く際のトリガに各ロボットから得られる視覚情報を用いている.この視覚認識によって協調的なロボットダンスの実現を試みている.

 第5章では,ヒューマノイドロボット同士による荷物の手渡しを試みている.このロボット作業は,荷物を持った1体のヒューマノイドロボットが別の場所にいるヒューマノイドロボットを探索し,そのロボットに荷物を渡すというものである.ヒューマノイドロボットが別のヒューマノイドロボットへ荷物を手渡す際には,お互いの位置を正確に認識してから手渡し動作を行わなければならない.ヒューマノイドロボットに取り付けられる程度の小さいカメラでの画像認識には,ある程度の誤差が生じることを考慮する必要がある.こうした要因で生じる認識誤差をなるべく少なくするための方法を検討し,ヒューマノイドロボットでの荷物の手渡し作業に利用することを試みている.

 第6章では,協調動作に付随する同期移動の際の難しさを調査し,それを解決するとともにヒューマノイドロボットの協調的な作業について取り扱っている.協調作業としては搬送物の協調運搬を試みている.複数のヒューマノイドロボットが協調して対象物を持ちながら移動する場合の問題点の1つは,歩行時における胴体の振動による協調動作の乱れである.そこでこの章では,動作の乱れによって発生したお互いの位置のずれを修正するために適応的学習が用いられている.これには強化学習の1つであるQ学習および遺伝的アルゴリズムを利用したクラシファイアシステムの2種類の方法が採用されている.学習のシミュレーション結果により,位置のずれを的確に修正する行動が獲得されたことが示されている.また,このシミュレーションで得たデータを使用して実機での動作検証と目標位置までの協調搬送実験が行われている.

 第7章では,ヒューマノイドロボットによる協調,システム化による効率性,科学的アプローチと工学的アプローチという3つの観点から考察が行われている.

 第8章では,本研究の成果がまとめられ,さらにヒューマノイドロボットの協調という視点からロボティクスについて将来の展望が述べられている.

 以上これを要するに,本論文は,人工知能分野におけるマルチエージェントシステムを現実世界で実現するためのヒューマノイドロボットによる協調的システムを提案および構築し,その有効性を実験的に検証したものであり,情報科学の発展に貢献するところ少なくない.

 したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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