学位論文要旨



No 120471
著者(漢字) 柏木,正浩
著者(英字)
著者(カナ) カシワギ,マサヒロ
標題(和) 光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリの広範囲化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120471
報告番号 甲20471
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第91号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 金田,康正
 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 助教授 藤島,実
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

 半導体レーザや低損失光ファイバの開発により光ファイバサンサは光ファイバ通信と共に発展してきた。中でも光ファイバの損失特性や反射特性を測定することができる光ファイバリフレクトメトリは非常に重要である。光ファイバリフレクトメトリの代表的な技術としてはOptical Time Domain Reflectometry(OTDR)がある。OTDRは対象に光パルスを入射し、散乱・反射光が戻ってくるまでの時間と強度により反射率分布を取得する。100kmを超える測定範囲を持ち既に実用化されている。しかしその空間分解能は1m程度である。もうひとつの代表的な技術としてはOptical Frequency Domain Reflectometry(OFDR)がある。OFDRでは光源の光周波数を鋸波的に変調することで、信号光と参照光の周波数差と干渉強度により反射率分布を取得する。数10kmの測定範囲が可能であるが空間分解能は測定範囲と共に劣化する。cmオーダの空間分解能であるのは測定範囲が1km程度までになる。

 これに対して保立研究室では光源の干渉特性を制御する光波コヒーレンス関数の合成法を応用したリフレクトメトリ、Optical Coherence Domain Reflectometry(OCDR)と、phase-modulating Optical Coherence Domain Reflectometry(p-OCDR)を提案している。この手法ではデルタ関数形状のピークを持つ干渉特性を合成し、そのピークの位置と干渉の強度により反射率分布を取得する。測定が高速であるという特徴から遠方監視にも応用され5km遠方において6cmという空間分解能を実現しているが、測定範囲は数10m程度である。

 これまでに研究されているリフレクトメトリでは数kmから数10kmの測定範囲とcmオーダの空間分解能という広い測定範囲と高い空間分解能を両立する手法はまだ提案されていない。このような性能を持つリフレクトメトリは光加入者系を診断する技術や広範囲の歪センサ、温度センサなどにも応用することができ非常に重要である。そこで本論文では光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリの測定範囲を拡大する手法を示した。

 まず光ファイバ遅延ループを用いた光波コヒーレンス関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリについて説明した(図1)。p-OCDRのシステムに光スイッチと光ファイバ遅延ループを加えることで遠方監視と測定範囲の拡大を可能にした。p-OCDRでは周期的なデルタ関数形状のピークを持つ光波コヒーレンス関数を用いることから、そのまま遠方監視に用いることは不可能である。そこで光スイッチにより光パルスにすることで光パルス窓を作り、ただひとつのピークを取り出し遠方監視を可能とする。ただし、測定範囲が光パルス窓により限定される。そこで参照光路に光ファイバ遅延ループを設置することで対象上に複数の光パルス窓が連続的に並べ測定範囲を拡大した。この時に光ファイバ遅延ループに光周波数シフタを設置することで各光パルス窓のビート周波数が光周波数シフタのシフト周波数分だけ異なり、それぞれのビート周波数成分を観測することで別々に光パルス窓の反射情報を取得することができる。

 基礎実験では測定範囲が1km、空間分解能11cmのシステムを構築して反射率分布を測定した。まず5km遠方の100%ミラーを対象として空間分解能の評価を行い11cmであることを確認した。次に5km遠方で約500mの光ファイバ2本をコネクタで接続して、測定範囲が1km、空間分解能11cmでその反射率分布を測定した(図2)。得られた反射率分布では2つのコネクタの反射と終端における端面反射が観測できた。

 さらにシステムの性能についての検討も行った。性能としては光加入者系での診断においても重要となる、ダイナミックレンジ、空間分解能、測定範囲、測定時間の4つである。ダイナミックレンジは主に光源のFM雑音によるノイズにより制限される。信号光路上に反射が存在する場合に、光源にFM雑音があることでその反射により測定範囲内にノイズフロアが形成されダイナミックレンジが制限されることになる。このノイズフロアが受光器後に設置したバンドパスフィルタの帯域により大きさが変化する。さらに光パルス窓や光源の可干渉度が原因で出力が減少することから、同様にダイナミックレンジは低下する。空間分解能は光波コヒーレンス関数を合成する為の光周波数変調の変調量が大きいほど向上する。矩形波的な変調を行っていることから、1ステップの変調量が大きく、また1ステップの時間長が短く、そして周期が長いほど空間分解能がよくなる。1ステップの変調量は光パルス窓の窓幅との関係により制限される。1ステップの時間長は可干渉度とダイナミックレンジの関係で制限される。周期については環境変動による位相雑音が干渉計に影響を与えることから、高速測定が必要となり制限される。

 測定範囲は光パルス窓の窓数により決まる。窓数はビート周波数の間隔と受光器の帯域により決まる。システムでは光領域で様々に変調していることから、各光パルス窓のビートスペクトラムは広がる。この広がり方の形状とスペクトラム離散的であることを利用して光周波数シフタのシフト周波数を小さく設定することが出来る。

 測定時間はある1点の反射率を測定する時間、測定点の間隔、あるひとつの光パルス窓の測定範囲、そして光パルス窓数により決まるが、これらのパラメータはその他のシステム性能に依存して決まる。

 システム性能に関する議論をもとに性能に関するシミュレーションを行い、1km以上の測定範囲、10 cm程度の空間分解能、そして-20dBのダイナミックレンジが実現できることを示した

 次にコヒーレンス長を超えた領域における光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリについて説明した(図3)。従来のOCDRではコヒーレンス長内に関する議論のみであったことから、測定範囲がコヒーレンス長により制限されていた。そこで測定範囲を拡大する為にコヒーレンス長を超えた領域についての議論を行った。光源は正弦波的な光周波数変調を行うとして、光源の線幅を考慮した光波の式から干渉計の出力となる電流のパワースペクトラムを表現する式を導出した。そしてその式をもとに光路差によるパワースペクトラムとビート周波数成分の変化についてシミュレーションした。出力電流のパワースペクトラムは光路差によりローレンツ形状から台形形状に、そして双峰形状のパワースペクトラムへと広がる。この時にビート周波数成分は光路差が増えると共に減少していき、等光路点にピークを持つような形状となった。これによりコヒーレンス長を超えた領域においてもOCDRの手法を用いて反射率分布を測定することができることを示した。ただし、ビート周波数を大きくした場合には正しい反射率分布を取得することができないこともシミュレーションにより確認した。そこでビート周波数を小さくする方法、ビート周波数を0Hzとしてその近傍の周波数を観測する手法、ビート周波数を0Hzとしてバンドパスフィルタにより直流成分を除いた低周波数成分を測定する手法を示し、シミュレーションにより正しく反射率分布を取得することができることを確認した。基礎実験では測定範囲が1km、空間分解能19cmのシステムを構築して反射率分布を測定した。まず5km遠方の100%ミラーを対象として反射率分布測定を行い、ビート周波数が大きい場合には正しい反射率分布が得られないことを実験的に確認した。次にビート周波数を小さくした場合において同様に測定を行い、反射点にのみ鋭いピークを持つ反射率分布が得られることを確認した。さらにシステムの空間分解能を評価する測定を行い、空間分解能が19cmであることを確認した。最後に5km遠方で約500mの光ファイバと光アイソレータをコネクタで接続して、測定範囲が1km、空間分解能が19cmでその反射率分布を測定した(図4)。得られた反射率分布では2つのコネクタによる反射が観測できた。

 さらに空間分解能とシステムパラメータの関係についても考察した。出力電流のパワースペクトラムを表現する式をもとに、光源の線幅や相関ピークを合成する為の光周波数変調の変調振幅と変調周波数、そして受光器後に設置したバンドパスフィルタの帯域の空間分解能への影響についてシミュレーションした。空間分解能が光源の線幅に比例し、変調振幅や変調周波数と反比例の関係にあることが示された。また、バンドパスフィルタの帯域を光源の線幅程度まで広げることで感度が向上することや、それ以上に広げた場合には空間分解能が劣化することを示した。

 最後にはOTDRやOFDR、光ファイバ遅延ループを用いた光波コヒーレンス関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリ、そしてコヒーレンス長を超えた領域における光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリについて、測定範囲、空間分解能、ダイナミックレンジ、測定時間、コストの面で比較及び検討した(表1)。それにより測定範囲と空間分解能の双方を両立できるコヒーレンス長を超えた領域における光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリが有力な技術であることを確認した。

図1: 光ファイバ遅延ループを用いた光波コヒーレンス関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリ

図4: 5km遠方におけるコネクタを対象として取得した反射率分布

図2: 5km遠方における反射率分布関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリ

図3: コヒーレンス長を超えた領域における光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリ

表1: 各種リフレクトメトリの性能比較

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリの広範囲化に関する研究」と題し6章よりなり、今後急速に導入が進む光ファイバ加入者系等の光ファイバシステムにおける故障診断技術を提供することを目的に、光ファイバに沿う反射光分布を、10cm程度の空間分解能で数kmにわたり測定することを可能にする新しい技術を提案し、その特性向上を図った研究成果について述べたものである。

 第1章は「序論」であり、光ファイバを活用したセンシング技術を概観し、本論文で研究対象とする光リフレクトメトリ(反射光分布測定技術)の各種方式について述べている。つづいて、所属研究室で発案され、本研究において新たな機能が付加される「光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリ」について、その概略を述べ、本論文の目的と構成を説明している。

 第2章は「光波コヒーレンス関数の合成法」と題し、光の干渉を定性的に概観した後に、光波を解析的に取り扱い、光波コヒーレンス関数を導出する。その後、光源のスペクトル特性と光波コヒーレンス関数との関係について説明し、光波コヒーレンス関数形状の例をあげる。さらに、光波コヒーレンス関数の合成法の具体例について述べる。すなわち、最も簡単な合成コヒーレンス関数形状である余弦関数的な形状の合成法を説明し、さらに、本研究にて活用するデルタ関数的な形状のピークを有する光波コヒーレンス関数を合成するための複数の方法についても説明する。そして、位相変調を併用することで、デルタ関数的ピークを持つ光波コヒーレンス関数を空間的にシフトすることも可能であることを示す。

 第3章は「光ファイバ遅延ループを用いた光波コヒーレンス関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリ」である。まず、矩形波的な光周波数変調によってデルタ関数的なピークを持つ光波コヒーレンス関数を合成する方法によるリフレクトメトリシステムについて述べる。その後、この手法を遠方監視用リフレクトメトリに適用するために提案した、光ファイバ遅延ループを含むシステム構成によるリフレクトメトリについて説明し、その特性を理論的に評価した結果に基づき構築した実験系による基礎実験結果を報告している。空間分解能11cmにて、従来システムでは不可能であった1kmにおよぶ広い範囲での反射光分布測定に成功している。

 第4章は「光ファイバ遅延ループを用いた光波コヒーレンス関数の合成法による遠方監視用リフレクトメトリにおけるシステム性能評価」と題し、第3章で実現したリフレクトメトリシステムの各種性能について議論している。ダイナミックレンジ、空間分解能、測定範囲、そして測定時間の各項目について、どのような要因でこれらが制限されるかについて考察し、具体的な数値により実現可能な性能をシミュレーションした。第3章での実験に対応したシステムでは、約20dBのダイナミックレンジが達成できることが示された。

 第5章「コヒーレンス長を超えた領域における光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリ」では、まず第2章において説明したデルタ関数形状のピークを持つ光波コヒーレンス関数の合成法のうち、正弦波的な変調を用いた方法をリフレクトメトリへ応用する技術について述べている。ここでは、コヒーレンス長を超えた遠方領域においても、光波コヒーレンス関数の合成法によるリフレクトメトリが可能であることを示し、具体的なシステム構成法を新たに提案した。コヒーレンス長を超えた領域からの反射光と参照光との干渉を測定することによる影響を、従来の光波コヒーレンス関数の合成法を記述する定式の中に取り込み、新システムの特性を解析的に評価した。そして、具体的なシステムパラメータを考慮しつつ、数値シミュレーションを実行した。さらに、実験系を構築して基礎実験を行い、5km遠方において19cmの空間分解能で、1kmにおよぶ範囲での反射光分布の測定に成功している。また、本手法における空間分解能ならびにダイナミックレンジについて議論するとともに、従来技術と本論文で研究した2つの新しい手法について、性能を比較・検討している。本研究により、従来技術では実現不可能であった測定範囲ならびにダイナミックレンジの拡大が図られている。

 第6章は「結論」であり、本論文で明らかになった知見をまとめている。

 以上のように、本論文は、光波コヒーレンス関数の合成法を活用した新しいリフレクトメトリシステムを2種類提案し、それぞれの特性を理論的ならびに実験的に検討して、従来技術では実現が不可能であった高い空間分解能、広いダイナミックレンジ、ならびに広い測定範囲を実現することに成功したものであって、今後急速に導入が進む光ファイバ加入者系等の光ファイバシステムのための新しい診断技術を提供するものであり、フォトニクス、特にフォトニックセンシング技術に貢献するところ大である。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/116