学位論文要旨



No 120474
著者(漢字) 橋口,知弘
著者(英字)
著者(カナ) ハシグチ,トモヒロ
標題(和) 光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 120474
報告番号 甲20474
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第94号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 金田,康正
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

 インターネット接続の常時化・広帯域化とともに,グリッドコンピューティング,ピアツーピア通信,大容量広域分散ストレージといった新しい利用形態が浸透し,通信トラヒックが爆発的に増加し続けている.同時に,光ネットワークの伝送帯域も近年のWDM技術の進展によって増大している.将来の光ネットワーク上では一本の光ファイバに数百〜数千といった膨大な数の波長を多重することが可能となり,ネットワークはこれら膨大な伝送チャネル(波長)を管理し,発生するコネクション要求に対して適切かつ高速な帯域割当を実現しなければならない.帯域割当処理の負荷を分散させるためには,各光終端ノードが自律分散的に波長情報の管理,および波長割当を行うことが望ましい.

 光バーストスイッチング(OBS)は,上記のような高速伝送,動的波長割当が可能なスイッチング手法として注目されている.OBSは要求されるハードウェアが少ないスイッチング方式であり,中継ノードにおけるバッファリングを必ずしも必要としない.近年のOBSの捉え方は,大きく2種類に大別される.ひとつは波長ルーティングネットワークにおけるパス設定を動的,かつ高速化したものである.このモデルでは,経路予約として双方向予約方式が用いられる.双方向予約方式においては,シグナリングによって伝送路の予約を行った後にデータ伝送を開始するため,伝送データがネットワーク中で失われることはない.大容量ファイル転送や高画質の動画ストリーム配信等,明確な帯域保証を要求するサービスを提供するためには,双方向予約方式に基づいたデータ伝送が望ましい.

 もうひとつは,光パケットスイッチングのパケットサイズを大きく捉えたものである.本モデルでは経路情報等を持った制御パケットと光データ(バースト)を別チャネル(波長)によって伝送する.本モデルでは,送受信ノード間にて経路の予約確認を行わない一方向予約方式が用いられる.したがって,帯域の保証がないものの,データの伝送遅延を小さくすることが可能である.

 しかし,いずれのOBSにおいても,伝送波長の決定はランダムに行われることが多く,効果的な波長選択手法が示されていない.将来の光ネットワーク上では一本の光ファイバに数百〜数千といった膨大な数の波長を多重することが可能となり,ネットワークはこれら膨大な伝送チャネル(波長)を管理し,発生するトラフィックに対して適切かつ高速な帯域割当を実現しなければならない.

 また,一方向予約方式を用いた光バーストスイッチネットワークにおいては,バースト同士の衝突によるバースト損失と損失による再送が大きな問題となるため,サービスクラス提供も重要な課題である.重要度が大きくリアルタイム性の高いアプリケーションは,高通信品質を要求する.例えばEメールやFTPといったリアルタイム性の低いアプリケーションはベストエフォート型のサービスでも構わないが,リアルタイムオーディオやビデオ会議といった遅延に敏感なアプリケーションに対してはより高品質なサービスを提供できる必要がある.従って,複数のサービスクラスを実現し,バースト毎にサービスクラスを提供することが効果的である.

 以上を背景とし,本論文では分散制御型の光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式の検討を行う.本研究の目的は,効果的な波長選択方式の利用による経路予約における競合の回避,およびサービスクラスの提供である.

 具体的に,双方向予約方式を用いた光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式として,波長優先度を用いた方式を示す.本方式は,中継ノードにおいて衝突が発生しないよう,送信ノードにおいて自律的に衝突発生の確率の低い波長を割当てるアルゴリズムである.各ノードは自身の送信履歴の統計結果から「学習」し各波長をランク付け,その順位に従って波長を割当てる.波長割当は各ノードで自律分散的に行われる.本方式を適用することによってランダムに波長を割当てる手法に比べコネクション設定の成功率改善が期待される.

 一方,サービスクラス提供方式として,一方向予約方式を用いた光バーストスイッチネットワークにおけるサービスクラス化指向の波長選択方式であるCWA手法を示す.CWA手法は,波長優先度を用いて伝送波長を決定する際,割当可能な波長数を差別化することでサービスクラスの提供を行うアルゴリズムである.CWA方式によって,光バーストのブロッキング確率,およびスループット,伝送遅延におけるサービスクラスの実現が期待される.

 また,実現へ向けた技術的課題の多い一方向予約方式の光バーストスイッチネットワークについて,テストベッドネットワークを構築し,実証実験を行った.本テストベッドは,IPネットワークとの境界部において電気信号と光バースト信号の変換を行うエッジノードと,バーストスイッチネットワーク内において光バーストの転送のみを行うコアノードから構成される.本テストベッドは任意の波長選択方式を利用可能であるなど柔軟性に優れており,今後さまざまな実運用上の実証が期待される.

 論文各章の内容を簡単にまとめると,次のようになる.

 第1章は序論であり,インターネットの普及と通信トラヒックの増加,光ネットワークへのニーズ,光バーストスイッチングの概要などについて簡単に触れ,本研究の背景と各章の目的について述べている.

 第2章では,現行のインターネットにおける問題点を挙げ,インターネットの発展形として提唱された光インターネットの概念を紹介し,光インターネットを実現する技術として期待されている光バーストスイッチングについて述べる.光バーストスイッチングは情報処理の必要な制御信号を必要に応じて電気領域で処理し,ペイロードは光領域のまま伝送することにより,電気と光の利点を生かしたネットワーク構築が可能となる.光バーストスイッチングは波長ルーティングに比べて粒度の高いデータ伝送を可能とし,要求するデバイスも光パケットスイッチングに比べて少ない.中継ノードにおける光バッファを必ずしも必要とせず,バースト的なトラフィックに対応可能なことから有望なスイッチング技術である.次に,双方向予約方式と一方向予約方式それぞれを用いた光バーストスイッチネットワークについて示す.最後に,現行の波長選択方式,および波長優先度を用いた波長選択方式であるPWAについて述べる.

 第3章では,双方向予約を用いた光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式として,波長優先度を用いた方式を示す.双方向予約における経路予約方式は,フォワード型とバックワード型に大別される.フォワード型では予約パケットがシグナリングの往路において伝送路を予約し,予約成功となった波長の中から伝送波長が1つ選択される.一方,バックワード型においてはシグナリングの往路において経路中の空き波長が調査され,宛先ノードにおいて決定された伝送波長が復路において予約される.本研究では,両方式にPWA手法を適用した波長選択方式を提案する.本方式では,ネットワーク内の送受信ノードペアごとに波長優先度を保持する.各ノードは,保持する波長優先度情報を過去の送信履歴に基づいて更新し,他のトラフィックと競合することの少ない波長を自律分散的に学習する.学習が進むにつれ,ネットワーク内での波長の棲み分けが進み,衝突を解消することが可能である.各送受信ノードペアにおいて,フォワード型方式では送信ノードが,バックワード方式では宛先ノードが,それぞれ波長優先度情報を保持する.本方式によって,経路予約の成功率向上を図る.

 第4章では,一方向予約方式を用いた光バーストスイッチネットワークにおいて,波長選択方式によってサービスクラス提供を実現するCWA手法を示す.CWA手法は,PWAにおける波長選択時の割当可能波長数を差別化することでサービスクラス提供を図る方式である.さらには,CWAの補完手法として,中継ノードにおけるバーストブロッキング確率の差別化を目的としたenforced switchingも示す.Enforced switchingでは,中継ノードにおいて優先度の高いバーストが低優先度のバーストにブロックされそうな場合,高優先度のバーストへ優先的にスイッチ資源を割当てる.CWAとenforced switchingを組み合わせることで,バーストブロッキング確率,スループット,及びバースト伝送遅延に対するサービスクラスの提供を図る.

 第5章では,実デバイスを用いて構築した光バーストスイッチネットワークテストベッドの詳細を示す.本テストベッドにおいては,一方向予約方式による光バーストスイッチングを実現している.テストベッドは電気信号からバーストを生成し,送受信,およびバースト転送を行うエッジノードと,バーストの転送のみを行うコアノードから構成される.ここで,エッジノードのコネクティビティは2,コアノードのコネクティビティは4であり,1方路当り4つの波長リンクを保持する.また,各光ノードのスイッチ切換速度は3ミリ秒である.本テストベッドによって,高速な経路予約,切換,解放を行う一方向予約方式の光バーストスイッチネットワークが実現された.最後にバースト伝送実験も行い,光スイッチによってバーストが高速に経路制御されていることを確認する.

 第6章は論文全体を総括する.光バッファ,全光波長変換など光デバイス技術がまだ実用可能な段階にない状況の中で,本論文で示した高度な光処理を伴わない波長割当方式は,光バーストスイッチネットワークに効果的な競合回避を実現し,複数のサービスクラスを提供可能とする.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式に関する研究」と題し,増え続ける通信トラヒックを滞りなく転送するために,光バーストスイッチネットワーク技術が今後重要になると予想し,膨大なリンク波長数を有する光バーストスイッチネットワークにおける,効率的な資源利用を実現するための,波長選択方式を提案し,論じている.本論文で示された手法は,光バッファ,波長変換器など高度な光デバイスを必要としない点と,波長選択方式によってバーストの衝突率低減,およびサービスクラス提供を実現する点が,従来のバースト制御手法と大きく異なっている.本論文は全6章からなり,光バーストスイッチネットワークの構成,リンク波長数が大きい場合の波長選択問題,自律分散型波長選択方式,および実デバイスによる光バーストスイッチネットワークテストベッドなどについて包括的に論じている.

 第1章は序論であり,インターネットの普及と通信トラヒックの増加,光ネットワークへのニーズ,光バーストスイッチングの概要などについて簡単に触れ,本論文の背景と各章の目的について述べている.

 第2章では,現行のインターネットにおける問題点を挙げ,インターネットの発展形として提唱された光インターネットの概念を紹介し,光インターネットを実現する技術として期待されている光バーストスイッチングについて述べている.光バーストスイッチングは情報処理の必要な制御信号を必要に応じて電気領域で処理し,ペイロードは光領域のまま伝送することにより,電気と光の利点を生かしたネットワーク構築が可能となる.次に,経路予約方式として双方向予約方式と一方向予約方式それぞれを用いた光バーストスイッチネットワークについて示している.最後に,現行の波長選択方式,および波長優先度を用いた波長選択方式であるPWAについて述べている.

 第3章では,双方向予約を用いた光バーストスイッチネットワークにおける波長選択方式として,波長優先度を用いた方式を示している.双方向予約における経路予約方式は,フォワード型とバックワード型に大別される.本論文では,両方式にPWA手法を適用した波長選択方式を提案している.本方式では,ネットワーク内の送受信ノードペアごとに波長優先度を保持する.各ノードは,保持する波長優先度情報を過去の送信履歴に基づいて学習し,ネットワーク内での波長の棲み分けが可能である.本方式によって,経路予約の成功率向上を図っている.

 第4章では,一方向予約方式を用いた光バーストスイッチネットワークにおいて,波長選択方式によってサービスクラス提供を実現するCWA手法を示している.CWA手法は,PWAにおける波長選択時の割当可能波長数を差別化することでサービスクラス提供を図る方式である.さらには,CWAの補完手法として,中継ノードにおけるバーストブロッキング確率の差別化を目的としたenforced switchingも示している.Enforced switchingでは,中継ノードにおいて優先度の高いバーストが低優先度のバーストにブロックされそうな場合,高優先度のバーストへ優先的にスイッチ資源を割当てる.CWAとenforced switchingを組み合わせることで,バーストブロッキング確率,スループット,及びバースト伝送遅延に対するサービスクラスの提供を図っている.

 第5章では,実デバイスを用いて構築した光バーストスイッチネットワークテストベッドの詳細を示している.本テストベッドにおいては,一方向予約方式による光バーストスイッチングを実現している.テストベッドは電気信号からバーストを生成し,送受信,およびバースト転送を行うエッジノードと,バーストの転送のみを行うコアノードから構成される.本テストベッドによって,高速な経路予約,切換,解放を行う一方向予約方式の光バーストスイッチネットワークが実現されている.最後にバースト伝送実験も行い,光スイッチによってバーストが高速に経路制御されていることを確認している.

 第6章は論文全体を総括しており,本論文の成果をまとめるとともに,光バーストスイッチネットワーク実現へ向けて残された課題,および今後の研究の方向性について述べている.

 以上,これを要するに,本論文は,光バーストスイッチネットワークにおいて,高度な光処理を必要とせずバーストの波長選択問題を解決する新しい方式を提案し,シミュレーションなどを介して有効性を実証したものであり,情報通信工学上寄与するところが少なくない.

 したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/117