No | 120484 | |
著者(漢字) | 中里,款 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカサト,マコト | |
標題(和) | マウス着床前初期胚におけるStat5シグナル伝達系の解析 | |
標題(洋) | Involvement of Stat5 signaling pathway in the regulation of mouse preimplantation development | |
報告番号 | 120484 | |
報告番号 | 甲20484 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第104号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 哺乳類において、受精から胚盤胞期胚までの発生段階にある胚を着床前初期胚と呼ぶ。着床前初期発生は通常の体細胞分裂と比較して非常に短い間隔で細胞分裂を繰り返し、またその過程で細胞の分化が始まるなどの特殊な様態を呈する。だが、このような発生を制御するメカニズムについてはいまだ不明な点が多い。 一般の細胞においては細胞分裂をサイトカインと総称される細胞外分泌因子が制御しており、これらのサイトカインが細胞膜表面のレセプターを経由して分裂シグナルを伝達する。このため、着床前初期胚においても同様にサイトカインのシグナル伝達が機能している可能性がある。よって本研究では、体細胞において多種のシグナル伝達経路に関与する転写因子であるStat5と、これが関与するシグナルカスケードについての解析を行った。 第一章 マウス初期胚におけるStat5発現解析 哺乳類のStat5にはStat5AとStat5Bの二種のホモログが存在することが知られている。マウスでは、Stat5AとStat5Bはアミノ酸配列で90%以上、mRNA配列で96%の相同性を有しているため、最初にこの二種の遺伝子配列が異なる領域をもとにプライマーを設計し、RT-PCRによるmRNA発現の解析を行った。その結果、Stat5AとStat5BのmRNAがともにMII期卵細胞に蓄積されており、受精後4細胞期まで減少を続けたのち増加傾向に転じて、胚盤胞期胚まで増加を続けることが明らかとなった。 次に抗Stat5A抗体及び抗Stat5B抗体を用いてイムノブロットを行ったところ、Stat5AとStat5Bのタンパク質はいずれもMII期卵細胞に蓄積されており、受精後1細胞期において減少するが、2細胞期以降再び合成されることが示された。 さらに免疫蛍光染色を行ったところ、Stat5AとStat5Bのタンパク質はいずれもMII期卵細胞では局在が検出されなかったが、1細胞期の前核形成直後から核に局在しており、以後、核への局在は胚盤胞期胚に到るまでのすべての発生段階において継続的に認められた(図1)。 これらの結果から、Stat5がマウスの初期胚において発生の開始とともに継続的に活性化した状態であること、また、Stat5が発生に関して何らかの機能を担っていることが示唆された。 第二章 着床前初期胚の各発生段階におけるStat5活性化機構の解析 マウス着床前初期胚でStat5AとStat5Bが発現し、核内に局在していることが明らかとなったが、この核局在はStat5のチロシン残基がリン酸化され、活性化状態にあることを示している。よって次にStat5を活性化するシグナル伝達機構を明らかにするため、上流でStat5のリン酸化を行うキナーゼを解析した。 体細胞においてはStat5を活性化するキナーゼとして、主にJak family kinases(Jaks)とSrc family kinases(SFKs)が知られている。よってJaksの阻害剤であるAg490、またはSFKsの阻害剤であるSU6656をそれぞれ培地に添加して各発生段階の胚を培養し、Stat5核局在への影響を調べた(図2・図3)。その結果、Ag490はStat5Aの2細胞期、桑実胚期、胚盤胞期(内部細胞塊及び栄養外胚葉)における核移行を阻害したが、Stat5Bについては1細胞期、2細胞期、胚盤胞期(内部細胞塊)において核移行を阻害しており、Stat5AとStat5Bが着床前初期胚の特定の発生段階でJakを経由した活性化機構による制御を受けていること、さらにStat5AとStat5BがJakによって異なる制御を受けていることが明らかとなった。また、SU6656は桑実胚期まではStat5の核移行に影響しないが、胚盤胞期においてはStat5Aの内部細胞塊及び栄養外胚葉における核移行を阻害し、Stat5Bについては内部細胞塊における核移行のみを阻害した。これらの結果から、マウスの着床前初期胚においては発生段階ごとにStat5の活性化に関与する上流のチロシンキナーゼが切り替わっていること、またStat5AとStat5Bが異なるシグナル伝達系による活性化制御を受けている事が示された。 阻害剤を添加した培地における初期胚の発生率を測定したところ、Ag490を添加した培地においては2細胞期から4細胞期への発生が著しく阻害された。SU6656を添加した培地では、2細胞期から4細胞期にかけての発生阻害は観察されなかった。しかし、桑実胚から胚盤胞期胚にかけての時期においては、Ag490及びSU6656がどちらも発生率を減少させることが明らかとなった。 上記の結果と総合すると、阻害剤によってStat5AおよびStat5Bの両者において核局在の減少が起こる時期と発生率が低下する時期が一致することから、マウス初期胚の発生にStat5が関与していることが示唆された。 第三章 マウス2細胞期胚におけるJak-Stat5下流遺伝子の発現解析 2細胞期胚におけるStat5A及びStat5Bの活性化がいずれもJakによって制御されている事が示されたため、次に2細胞期において実際にJak-Stat5シグナル伝達系が機能して遺伝子の発現制御を行っていることを確認するための解析を行った。 最初にAg490によりJakのキナーゼ活性を阻害した場合、初期胚のトータルな転写活性に影響があるかどうかを調べるため、媒精後6時間から媒精後29時間までAg490添加/未添加の培地で培養した初期胚を用いて、in vitroの転写活性測定を行った。その結果、Ag490の有無に関わらず総転写活性への影響は見られなかった。このことから、Jakキナーゼの活性阻害による遺伝子発現への影響はある種の限られた遺伝子に対するものであることが示唆された。 さらに、Jak-Statシグナル伝達系によってその発現が調節される遺伝子を同定するためにAg490添加/未添加で培養した2細胞期胚のmRNAから得られたcDNAをPCRによって増幅し、マウスの35000遺伝子に対するマイクロアレイを行った。この結果、Ag490によって発現量が変動する遺伝子の種類はきわめてわずかであることが確認された。 次にJak-Stat5シグナル伝達系に関係している遺伝子であるβカゼイン、TNF-β、p21の三種類のモニター遺伝子と、これに加えて対照として選択したeIF-1A遺伝子のそれぞれの転写産物に対し、逆転写及びリアルタイムPCRを用いてmRNAの半定量を行った。 その結果、これらの遺伝子はいずれもMII期卵細胞から2細胞期にかけて発現量が増加するという点では共通していたが、Ag490を添加した場合の変動に差が見られた(図4)。 Stat5を主な転写制御因子として持つと考えられているβカゼインはAg490によって発現量の増加が強く抑制され、TNF-βもこれによく似た変動を示したが、p21はAg490を添加した培地でも発現量がわずかしか減少しなかった。一方、Stat5非依存であるeIF-1Aの発現量は1から2細胞期にかけて発現量が増大するが、Ag490の添加による発現量の変化は認められなかった。 以上の結果から、マウスの2細胞期胚においてはJak-Stat5シグナル伝達系の下流遺伝子として知られる遺伝子群が発現していたが、これらの遺伝子の発現はJaksの阻害剤であるAg490によって特異的に抑制されることが示された。このことから、2細胞期胚においてStat5はJakによる制御を受けて転写因子として機能していることが強く示唆された。 またAg490の添加は遺伝子の発現を抑制すると同時に、初期胚の発生を2細胞期で停止させる。このことからAg490によって抑制される遺伝子は種類としてはわずかであるが、初期胚の発生に関与する遺伝子を含んでいることが示唆された。Jak-Stat5シグナル伝達系下流の遺伝子群は、そのような遺伝子の候補であると考えられる。 第四章 Jak-Stat5シグナル伝達系活性化に関与するサイトカインレセプターの解析 マウスの着床前初期胚において、少なくとも一部のステージにおいてはJak-Stat5シグナル伝達系が活性化して遺伝子の発現制御を行っている事が確かめられた。よって次に、MII期卵細胞から拡張胚盤胞期胚に到るまでのステージにおいて、Jak-Stat5シグナル伝達系を活性化しうる上流のサイトカインレセプターが発現していることを確かめることとした。 Jak-Statシグナル伝達系を活性化しうるサイトカインレセプター(PrlR,GHR,TNFR,IL-3R,IL-5R,GM-CSFR)に対し、RT-PCR法を用いて未受精卵から拡張胚盤胞期胚までの各発生段階におけるmRNA量を半定量した。その結果、今回調べた全てのサイトカインレセプターがマウスの着床前初期胚で発現していることを確認した。また、それぞれのmRNAの発現パターンはレセプターによって異なっていた(図5)。 PrlRは2細胞期以前に強く発現しており、この時期のStat5リン酸化に関与して初期胚の発生を制御する可能性が示された。 PrlR以外のサイトカインレセプターはすべて4細胞期以前で低い発現量を示す一方、桑実胚から拡張杯盤胞期胚にかけての発生段階のいずれかで発現が増加していた。これは細胞の分化が開始される時期と一致しており、これらのサイトカインレセプターはJak-Statシグナル伝達系を活性化して、細胞の分化制御に重要な役割を果たしているのではないかと思われる。 結論 今回の研究結果から、マウスの着床前初期胚においてはStat5AとStat5Bが継続的に発現しており、発生段階ごとに異なったキナーゼによる活性化を受けながら遺伝子の発現制御を行っていることが示された。また、キナーゼ阻害剤を用いた実験の結果は、Jak-Statシグナル伝達系がマウスの初期発生を制御していることを示唆する。さらに、Jak-Stat5シグナル伝達系の活性化をさらに上流で制御するレセプターの遺伝子はマウス初期胚において多種類が発現しており、その発現量はそれぞれ異なる発生段階で最大値を示していた。 これらの結果から、着床前初期胚においてはサイトカインレセプターの発現を発生段階ごとに切り替えており、それらの下流で継続的に活性化されたStat5が転写因子として機能することで増殖や分化に関与するというモデルを提唱する。 図1 着床前初期胚の抗Stats抗体を用いた免疫染色像 図2 Ag490およびSU6656のStat5A核局在に対する影響 図3 Ag490およびSU6656のStat5B核局在に対する影響 図4 Jak-Stat5下流遺伝子の発現 図5 Jak-Stat5シグナル伝達系を活性化するサイトカインレセプターmRNAの半定量 | |
審査要旨 | 本論文は、着床前初期胚の発生を調節するメカニズムを明らかにするために、体細胞において多種のシグナル伝達経路に関与する転写因子であるStat5とこれが関与するシグナルカスケードが、着床前初期発生にどの様に働いているかについて解析を行ったものである。全体は4章からなり、第1章ではマウス着床前初期胚におけるStat5 の発現について、第2章では各発生段階におけるStat5 の活性化機構について、第3章ではJak-Stat5下流遺伝子の発現について、そして第4章ではJak-Stat5シグナル伝達系活性化に関与するサイトカインレセプターの発現について述べられている。 第1章では、Stat5の2つのホモログであるStat5AとStat5Bの初期発生過程での発現とその細胞内局在を調べた。RT-PCRによるmRNA発現の解析を行った結果、Stat5AとStat5BのmRNAがともにMII期卵細胞に蓄積されており、受精後4細胞期まで減少を続けたのち増加傾向に転じて、胚盤胞期胚まで増加を続けることが明らかとなった。次いで免疫染色を行ったところ、Stat5AとStat5Bのタンパク質はいずれもMII 期卵細胞では局在が検出されなかったが、1細胞期の前核形成直後から核に局在しており、以後、核への局在は胚盤胞期胚に到るまでのすべての発生段階において継続的に認められた。 この核局在はStat5のチロシン残基がリン酸化され、活性化状態にあることを示している。そこで第2章では、Stat5を活性化するシグナル伝達機構を明らかにするため、上流でStat5のリン酸化を行うキナーゼを解析した。体細胞においてはStat5を活性化するキナーゼとして、主にJak family kinases(Jaks)とSrc family kinases(SFKs)が知られている。そこでJaksの阻害剤であるAg490、またはSFKsの阻害剤であるSU6656をそれぞれ培地に添加して各発生段階の胚を培養し、Stat5の核局在及びその後の発生への影響を調べた。その結果、Ag490およびSU6656は様々な発生段階でStat5AおよびStat5Bの核局在あるいは発生を阻害したが、それらの作用時期は阻害剤間およびStat間で異なっていた。これらの結果より、マウスの着床前初期胚においては発生段階ごとにStat5の活性化に関与する上流のチロシンキナーゼが切り替わっていること、またStat5AとStat5Bが異なるシグナル伝達系による活性化制御を受けていることが示された。 第2 章において、2細胞期胚におけるStat5A及びStat5Bの活性化がいずれもJakによって制御されている事が示されたため、第3章では2細胞期において実際にJak-Stat5シグナル伝達系が機能して遺伝子の発現制御を行っていることを確認するための解析を行った。まずAg490によりJakのキナーゼ活性を阻害した場合、初期胚のトータルな転写活性に影響があるかどうかを調べるため、in vitro転写活性測定およびマイクロアレイによる解析を行った。その結果、いずれもAg490による阻害効果は認められなかった。次にJak-Stat5シグナル伝達系に関係している遺伝子である三種類のモニター遺伝子の発現をリアルタイムPCRによって調べたところ、Ag490による著しい発現抑制が認められた。このことから、2細胞期胚においてStat5はJakによる制御を受けて転写因子として機能していることが強く示唆された。 最後に第4章では、Jak-Stat5シグナル伝達系を活性化する上流のサイトカインレセプターが初期発生過程で発現しているかどうかをPCR法によって確かめた。その結果、様々なレセプターがそれぞれ異なる時期に発現していることが明らかとなった。さらに一部のサイトカインによって誘導されるserine残基のリン酸化状態を調べたところ、1細胞後期から桑実胚期までのみリン酸化が検出された。 これらの結果から、着床前初期胚においてはサイトカインレセプターの発現を発生段階ごとに切り替えており、それらの下流で継続的に活性化されたStat5 が転写因子として機能することで増殖や分化に関与するというモデルが構築された。この様に本研究は着床前初期発生を調節するメカニズムの解明に大きく寄与するものであると考えられる。 なお、本論文第4章の一部は、永田昌男、青木不学との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/1328 |