学位論文要旨



No 120485
著者(漢字) 森,靖典
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヤスノリ
標題(和) キナーゼによる分泌小胞開口放出制御機構の研究
標題(洋)
報告番号 120485
報告番号 甲20485
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第105号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 助教授 久恒,辰博
 東京大学 助教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

 脱分極によるシナプスからの神経伝達物質放出は細胞外の様々な刺激によって制御されていることが明らかになっており、この制御過程がシナプス可塑性を説明する機構の一つである可能性が高いと考えられている。従って、開口放出の制御機構を研究することは神経回路の可塑性の理解にも必須であると考えられる。しかし、細胞外の刺激がどのような分子機構により開口放出機構を制御しているかについては未だ多くの部分が解明されていない。キナーゼは細胞内シグナル伝達の様々な生理現象を制御していることから、開口放出過程への制御にキナーゼによるリン酸化反応が重要な役割を果たす可能性が考えられる。そこで本研究では、開口放出制御におけるキナーゼの働きに注目しその機能を明らかにすることを目的にして研究を行った。

1.NGFによるJNKを介した分泌小胞開口放出の制御

 本研究では分泌小胞の開口放出を解析する細胞系としてPC12を用いた。PC12細胞は大型有芯小胞よりカルシウム依存的にペプチド性の伝達物質およびホルモンを放出することが知られており開口放出のモデル系として用いられている。そこでニューロペプチドYと改変型YFPの一種であるVenusの融合タンパク質 (NPY-Venus)をPC12細胞に安定的に発現させ、脱分極により開口放出を誘導して培地中に放出されるNPY-Venusの量を培地中の蛍光強度を測定することにより定量化する系を作成した。もしくはヒト成長ホルモンをPC12細胞に一過的に発現させ、脱分極により開口放出を誘導して培地中に放出されるヒト成長ホルモンの量をウェスタンブロットにより検出して定量する系も併用した。

 NGFはPC12細胞において脱分極依存的な開口放出を促進することが報告されているが、その詳細な分子機構は明らかになっていない。本研究ではNGF刺激で活性化するキナーゼの一つであるJNKが線虫において神経機能に関与することが報告されていることから、JNK経路が開口放出に関与する可能性を考え検証することにした。まず、NGFによる開口放出の促進にJNK経路が必要かを検討した。NGF刺激によりNPY-Venusの放出が促進されたが、この時培地中にJNK阻害剤SP600125をあらかじめ加えておくと開口放出が抑制された。またJNKの活性化を阻害するJBDの過剰発現によってもNGFによるNPY-Venus放出の促進が抑制された。従ってNGFによる開口放出の促進にJNK経路が必要であることが示された。次にNGF刺激を行わなくてもJNK経路を活性化すれば開口放出が促進されるかを検討した。JNKの上流のキナーゼであるMKK7の活性型を発現させたところNPY-Venusの放出量が上昇した。従ってJNK経路を活性化するだけで開口放出が促進されることが示された。

 前述の結果からJNK経路が開口放出の促進に重要な役割を果たすことが示された。次にJNKがどのような基質を制御することにより開口放出を制御するか検討した。JNKの新たな結合分子を同定するためにtwo-hybrid法によるスクリーニングを行い、その結果Synaptotagmin IV (Syt IV)をコードしているクローンが得られた。Synaptotagminは小胞膜に局在する一回膜貫通型タンパク質でカルシウム依存的な細胞膜と小胞膜の融合に関与していることから、JNKが開口放出を促進する際の基質である可能性を考え検討した。まず、JNKとSyt IVが直接結合しうることがGST-pull down 法により明らかになった。PC12細胞内でも内在性のJNKとSyt IVが結合していることを免疫共沈法により確認した。

 次に、JNKがSyt IVをリン酸化している可能性を調べたところ、リコンビナントSyt IVを活性型JNKがin vitroで効率よくリン酸化することがわかった。さらにSyt IVのリン酸化部位を同定するためにリン酸化される可能性のある配列に変異を挿入した。すると、Ser135をAlaに変異させることでJNKによるリン酸化が減少した。そこでSyt IVのリン酸化Ser135を特異的に認識する抗体を作成して検討を行ったところ、NGF刺激によりSyt IVのSer135のリン酸化は上昇し、かつJBDの発現によりその上昇が抑制された。従ってNGFの下流でJNKはSyt IVのSer135をリン酸化していることが示唆された。

 次にSyt IVのSer135がSyt IVによる開口放出の促進に重要かを検討した。その結果、PC12細胞に野生型のSyt IVを発現させた細胞ではコントロール細胞に比べて脱分極によるNPY-Venusおよびヒト成長ホルモンの放出が促進されたが、Ser135をAlaに置換したSyt IVを発現している細胞では開口放出の促進は起こっていなかった。従ってSyt IVの開口放出機能にはSer135が重要であることが示唆された。

 さらにSyt IVがNGFによる開口放出の促進に必要かどうかをRNA干渉法を用いて検討した。その結果、コントロールsiRNAを発現した細胞では脱分極によるヒト成長ホルモンの放出がNGF刺激によって上昇したが、Syt IVの発現を抑制するsiRNAを発現した細胞ではNGF刺激による開口放出の促進は起こらなかった。従ってNGFによる開口放出の促進にSyt IVが必要であることが示唆された。

 PC12細胞においてSyt IVはNGF刺激依存的に未成熟小胞から成熟小胞へと局在を変えることが報告されている。そこで一つの仮説として、NGFはJNKを介してSyt IVをリン酸化することにより未成熟小胞から成熟小胞への局在移行を制御している可能性を考えた。この仮説を検証するためにNGF刺激によるSyt IVの局在移行におけるJNKの必要性について検討した。PC12細胞にNGF刺激を行い、Syt IV抗体、成熟小胞マーカーであるRab3、ゴルジ体もしくは未成熟小胞のマーカーであるSyntaxin6で細胞染色を行い局在を観察した。その結果NGF刺激をした細胞では一部のSynaptotagmin IVがゴルジ体もしくは未成熟小胞から細胞膜近傍に局在を移行していることが確認された。この領域はRab3が局在している領域であることから、成熟小胞に移行したSyt IVであると考えられる。このときJBDを発現している細胞にNGF刺激をした場合には細胞膜近傍へのSyt IVの局在移行はほとんど見られなかった。従ってNGFによるSyt IVの細胞膜近傍への局在移行にJNKが必要であることが示された。

2. A2A-アデノシン受容体によるPKAとPI3-kinaseを介した開口放出の制御

これまでにA2A-アデノシン受容体がPC12細胞において開口放出を促進するかどうかは不明であった。そこでA2A受容体を特異的に活性化させるアゴニストであるCGS21680を用いて開口放出の制御について検討した。その結果CGS21680の量依存的に脱分極によるNPY-Venusの放出が促進された。CGS21680の刺激を時間経過を追って検討した結果、CGS21680刺激開始後10分から15分の間で特に開口放出の促進が顕著に起こっていることが判明した。一方、CGS21680刺激によりどのような細胞内シグナルが活性化するかを検討した結果、CGS21680刺激後10分から15分をピークに、これまで報告されているMAPK,CREBのリン酸化に加え、JNK,p38,AKT,ATF-2のリン酸化の亢進が見られた。さらにPKA阻害剤KT5720とPI3-キナーゼ阻害剤LY294002を共に加えることによって、有為にCGS21680の刺激による開口放出の促進が抑制されることがわかった。従ってA2A-アデノシン受容体の活性化による脱分極依存的な開口放出の促進には部分的にPKAとPI3-Kinaseの活性が必要であることが示唆された。

次にA2A-アデノシン受容体がどのような機構で開口放出の促進しているのかを検討した。CGS21680刺激後、PC12細胞内でのNPY-Venusを含む小胞の局在を時間経過を追って観察した。その結果NPY-VenusはCGS21680の刺激をしていない状態では主に細胞質に存在しているが、CGS21680刺激後10分から15分の間にNPY-Venusが細胞膜近傍により多く局在していることが明らかになった。従って、A2A受容体の活性化によりNPY-Venusを含む小胞の局在が細胞膜近傍に移行することが示された。

結論

 前半の結果から、NGFによる開口放出の促進にはJNK活性とSyt IVが必要であり、かつNGFはJNK依存的にSyt IVのSer135をリン酸化すること、またSyt IVの開口放出促進機能にはSer135が必要であること、さらにNGF刺激によるSyt IVの局在移行はJNK依存的であることが明らかになった。これらの結果からNGFはJNKを介してSyt IVをリン酸化し、リン酸化されたSyt IVは未成熟小胞から成熟小胞に局在を移行させることにより開口放出が促進されるというモデルを考えている。

 また後半の結果からA2Aアデノシン受容体の活性化による脱分極依存的な開口放出の促進にはPKAとPI3-キナーゼの経路の活性化が重要であること、およびこの時NPY-Venuを含む小胞が細胞膜近傍に局在移行していることが明らかになった。現在、PKAもしくはPI3-kinaseの経路の活性化がNPY-Venusを含む小胞を細胞膜近傍に移行させるというモデルを検証中である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、二章からなる。その内容については以下のとおりである。

 脱分極によるシナプスからの神経伝達物質放出は細胞外の様々な刺激によって制御されていることが明らかになっており、との制御過程がシナプス可塑性を説明する機構の一つである可能性が高いと考えられている。従って、開口放出の制御機構を研究することは神経回路の可塑性の理解にも必須であると考えられる。しかし、細胞外の刺激がどのような分子機構により開口放出機構を制御しているかについては未だ多くの部分が解明されていない。キナーゼは細胞内シグナル伝達の様々な生理現象を制御していることから、開口放出過程への制御にキナーゼによるリン酸化反応が重要な役割を果たす可能性が考えられる。そこで本研究では、開口放出制御におけるキナーゼの働きに注目しその機能を明らかにすることを目的にして研究を行った。

1.NGFによるJNKを介した分泌小胞開口放出の制御

 本研究では分泌小胞の開口放出を解析する細胞系としてPC12を用いた。PC12細胞は大型有芯小胞よりカルシウム依存的にペプチド性の伝達物質およびホルモンを放出することが知られており開口放出のモデル系として用いられている。そこでニューロペプチドYと改変型YFPの一種であるVenusの融合タンパク質(NPY-Venus)をPC12細胞に安定的に発現させ、脱分極により開口放出を誘導して培地中に放出されるNPY-Venusの量を培地中の蛍光強度を測定することにより定量化する系を作成した。もしくはヒト成長ホルモンをPC12細胞に一過的に発現させ、脱分極により開口放出を誘導して培地中に放出されるヒト成長ホルモンの量をウェスタンブロットにより検出して定量する系も併用した。

 NGFはPC12細胞において脱分極依存的な開口放出を促進することが報告されているが、その詳細な分子機構は明らかになっていない。本研究ではNGF刺激で活性化するキナーゼの一つであるJNKが線虫において神経機能に関与することが報告されていることから、JNK経路が開口放出に関与する可能性を考え検証することにした。まず、NGFによる開口放出の促進にJNK経路が必要かを検討した。NGF刺激によりNPY-Venusの放出が促進されたが、この時培地中にJNK阻害剤SP600125をあらかじめ加えておくと開口放出が抑制された。またJNKの活性化を阻害するJBDの過剰発現によってもNGFによるNPY-Venus放出の促進が抑制された。従ってNGFによる開口放出の促進にJNK経路が必要であることが示された。次にNGF刺激を行わなくてもJNK経路を活性化すれば開口放出が促進されるかを検討した。JNKの上流のキナーゼであるMKK7の活性型を発現させたところNPY-Venusの放出量が上昇した。従ってJNK経路を活性化するだけで開口放出が促進されることが示された。

 前述の結果からJM経路が開口放出の促進に重要な役割を果たすことが示された。次にJNKがどのような基質を制御することにより開口放出を制御するか検討した。JNKの新たな結合分子を同定するためにtwo-hybrid法によるスクリーニングを行い、その結果Synaptotagmin IV(Syt IV)をコードしているクローンが得られた。Synaptotagminは小胞膜に局在する一回膜貫通型タンパク質でカルシウム依存的な細胞膜と小胞膜の融合に関与していることから、JNKが開口放出を促進する際の基質である可能性を考え検討した。まず、JNKとSyt IVが直接結合しうることがGST-pulldown法により明らかになった。PC12細胞内でも内在性のJNKとSyt IVが結合していることを免疫共沈法により確認した。

 次に、JNKがSyt IVをリン酸化している可能性を調べたところ、リコンビナントSyt IVを活性型JNKがin vitroで効率よくリン酸化することがわかった。さらにSyt IVのリン酸化部位を同定するためにリン酸化される可能性のある配列に変異を挿入した。すると、Ser135をAlaに変異させることでJNKによるリン酸化が減少した。そこでSyt IVのリン酸化Ser135を特異的に認識する抗体を作成して検討を行ったところ、NGF刺激によりSyt IVのSer135のリン酸化は上昇し、かつJBDの発現によりその上昇が抑制された。従ってNGFの下流でJNKはSyt IVのSer135をリン酸化していることが示唆された。

 次にSyt IVのSer135がSyt IVによる開口放出の促進に重要かを検討した。その結果、PC12細胞に野生型のSyt IVを発現させた細胞ではコントロール細胞に比べて脱分極によるNPY-Venusおよびヒト成長ホルモンの放出が促進されたが、Ser135をAlaに置換したSyt IVを発現している細胞では開口放出の促進は起こっていなかった。従ってSyt IVの開口放出機能にはSer135が重要であることが示唆された。

 さらにSyt IVがNGFによる開口放出の促進に必要かどうかをRNA干渉法を用いて検討した。その結果、コントロールsiRNAを発現した細胞では脱分極によるヒト成長ホルモンの放出がNGF刺激によって上昇したが、Syt IVの発現を抑制するsiRNAを発現した細胞ではNGF刺激による開口放出の促進は起こらなかった。従ってNGFによる開口放出の促進にSyt IVが必要であることが示唆された。

 PC12細胞においてSyt IVはNGF刺激依存的に未成熟小胞から成熟小胞へと局在を変えることが報告されている。そこで一つの仮説として、NGFはJNKを介してSyt IVをリン酸化することにより未成熟小胞から成熟小胞への局在移行を制御している可能性を考えた。この仮説を検証するためにNGF刺激によるSyt IVの局在移行におけるJNKの必要性について検討した。PC12細胞にNGF刺激を行い、Syt IV抗体、成熟小胞マーカーであるRab3、ゴルジ体もしくは未成熟小胞のマーカーであるSyntaxin6で細胞染色を行い局在を観察した。その結果NGF刺激をした細胞では一部のSynaptotagmin IVがゴルジ体もしくは未成熟小胞から細胞膜近傍に局在を移行していることが確認された。この領域はRab3が局在している領域であることから、成熟小胞に移行したSyt IVであると考えられる。このときJBDを発現している細胞にNGF刺激をした場合には細胞膜近傍へのSyt IVの局在移行はほとんど見られなかった。従ってNGFによるSyt IVの細胞膜近傍への局在移行にJNKが必要であることが示された。

2.A2A-アデノシン受容体によるPKAとPI3-kinaseを介した開口放出の制御

これまでにA2A-アデノシン受容体がPd2細胞において開口放出を促進するかどうかは不明であった。そこでA2A受容体を特異的に活性化させるアゴニストであるCGS21680を用いて開口放出の制御について検討した。その結果CGS21680の量依存的に脱分極によるNPY-Venusの放出が促進された。CGS21680の刺激を時間経過を追って検討した結果、CGS21680刺激開始後10分から15分の間で特に開口放出の促進が顕著に起こっていることが判明した。一方、CGS21680刺激によりどのような細胞内シグナルが活性化するかを検討した結果、CGS21680刺激後10分から15分をピークに、これまで報告されているMAPK,CREBのリン酸化に加え、JNK,P38,AKT,ATF-2のリン酸化の亢進が見られた。さらにPKA阻害剤KT5720とPI3-キナーゼ阻害剤LY294002を共に加えることによって、有為にCGS21680の刺激による開口放出の促進が抑制されることがわかろた。従ってA2A-アデノシン受容体の活性化による脱分極依存的な開口放出の促進には部分的にPKAとPI3-Kinaseの活性が必要であることが示唆された。

次にA2A-アデノシン受容体がどのような機構で開口放出の促進しているのかを検討した。CGS21680刺激後、PC12細胞内でのNPY-Venusを含む小胞の局在を時間経過を追って観察した。その結果NPY-VenusはCGS21680の刺激をしていない状態では主に細胞質に存在しているが、CGS21680刺激後10分から15分の間にNPY-Venusが細胞膜近傍により多く局在していることが明らかになった。従って、A2A受容体の活性化によりNPY-Venusを含む小胞の局在が細胞膜近傍に移行することが示された。

結論

 前半の結果から、NGFによる開口放出の促進にはJNK活性とSyt IVが必要であり、かつNGFはJNK依存的にSyt IVのSer135をリン酸化すること、またSyt IVの開口放出促進機能にはSer135が必要であること、さらにNGF刺激によるSyt IVの局在移行はJNK依存的であることが明らかになった。これらの結果からNGFはJNKを介してSyt IVをリン酸化し、リン酸化されたSyt IVは未成熟小胞から成熟小胞に局在を移行させることにより開口放出が促進されるというモデルが考えられた。

 なお、本論文は論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/118