学位論文要旨



No 120486
著者(漢字) 鍵和田,聡
著者(英字)
著者(カナ) カギワダ,サトシ
標題(和) ジャガイモXウイルスの病徴決定因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 120486
報告番号 甲20486
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第106号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 宇垣,正志
内容要旨 要旨を表示する

 植物ウイルスは、感染した植物にモザイク、黄化、壊死、奇形、萎縮、枯死など様々な病徴を伴う病気を引き起こし、農業生産上深刻な被害をもたらす。こうした病徴は「宿主植物−ウイルス」の組み合わせにより多種多様であり、宿主植物の品種やウイルスの系統によって決まる例も多い。病徴の発現は、ウイルスの増殖に伴う宿主細胞の代謝活動の攪乱や、それに対する植物の抵抗性反応など、ウイルスと植物のせめぎ合いの結果生じるものであると考えられるが、その詳細なメカニズムについてはほとんどわかっていない。

 ジャガイモXウイルス(Potato virus X; PVX)は、ポテックスウイルス属のタイプ種であり、ジャガイモをはじめとするナス科植物を中心に広い宿主範囲を持ち、作物の収量低下など甚大な被害をもたらす。そのゲノムは全長約6.4 kbのプラス一本鎖RNAからなる。PVXゲノムにコードされる遺伝子の機能には不明な点も多く、特に病徴型決定因子に関する知見は極めて乏しい。本研究では、日本各地より蒐集したPVX の系統より病徴型の異なる系統を見出し、その詳細な分子遺伝学的解析に基づきその病徴決定因子を明らかにすることを目的とする。

1.PVX 各系統の病原型とゲノム解析

 日本各地より蒐集したPVXの5系統(OS,BH,BS,OG,TO )を種々の検定植物に対して接種したところ、系統により多様な病徴が現れた。とくにタバコ(SamsunNN)において、「輪状斑(OS)」、「モザイク(BH)」、「無病徴(BS,OG,TO)」に分類される3種の異なる特徴的な病徴型が観察された(図1)。

 これらPVX5系統のゲノムの全塩基配列を決定する目的で、それぞれの感染罹病葉よりウイルス粒子を精製し、ゲノムRNAを抽出したのち、RT-PCRによりゲノムcDNAを合成した。このPCR産物をクローニングし、ショットガンシークエンス法により全塩基配列を決定した。その結果、我が国のPVXはゲノムサイズがすべて同じで、欧州系統と一致し(6435塩基)、南米系統(6432塩基)とは異なった。5系統ともゲノムは5つのORF から構成され(図2)、5´端から順に、複製酵素(RNA-dependent RNA polymerase; RdRp)、細胞間移行タンパク質(triple gene block proteins; TGBp1-3)、外被タンパク質(coat protein; CP)がコードされ、各タンパク質には特徴的なモチーフがそれぞれ保存されていた。

 それぞれの系統間でゲノムの塩基配列を比較したところ、我が国のPVXの5系統の間では95-99%、欧州系統とは95-96%と高い相同性であったのに対し、南米系統とは77-78%と相同性は低かった。さらに、多数のPVX 系統(30 系統)について、解読されているCP 遺伝子の塩基配列に基づき系統樹を作成したところ、我が国のPVX は欧州系統のクラスターに含まれた。我が国のPVX の系統学的位置付けは本研究が初めてである。また、今回解析したPVX5系統はタバコにおいて多様な病徴型を示すにも関わらず、互いに極めて近縁であることが明らかになった。

2.病徴発現に関わる因子の解析

 PVX5系統のうち、タバコ(SamsunNN)において壊死性の輪状斑を生ずるOS(輪状斑型)と、無病徴で全身感染するBS(無病徴型)の全ゲノム配列の相同性は97%と極めて高かった。そこで、これらの病徴の違いに関わるウイルスゲノムの領域についてまず解析した。

 両系統のウイルスゲノムの全長cDNAクローンをそれぞれ35Sプロモーター下流に連結し、感染性cDNAクローンpSP-OSおよびpSP-BSを構築した。PVXの増殖用宿主であるNicotiana benthamianaに接種したところ、両系統共に感染し、それらの感染葉を接種源にタバコ(SamsunNN)に接種したところそれぞれ原病徴を再現した。そこでこれらの感染性cDNAクローンを用いて、両ウイルスの病徴型決定領域を解析する目的で、キメラウイルスの構築、および部位特異的変異導入による変異株の作製を行い、その接種試験によってそれぞれの病徴型を確認した。その結果、RdRpの1422番目のアミノ酸(RdRp1422)がアスパラギン酸の場合に「輪状斑型」を示し、グルタミン酸の場合に「無病徴型」となることが明らかになった(図3)。

 感染組織内におけるウイルス量と病徴型との関係を調べる目的でOS、BS2系統の植物体内における複製量の比較を行った。まず、タバコの接種葉の直上葉におけるウイルス蓄積量をウエスタンおよびノーザンブロット解析により比較したところ、OS感染植物で「輪状斑型」の病徴が現れる接種10および14日目では系統間に差は認められなかった。このことから、病徴発現の有無はウイルスの蓄積量の違いが原因ではないと考えられた。

 また、タバコ葉における病徴とウイルス分布との関係を調べる目的でimmuno-tissue blotによる比較解析を行った。その結果、「輪状斑型」病徴を発現するOS 感染植物と「無病徴型」のBS感染植物はともに、接種直上葉において、接種葉から茎維管束を経て移行してきたウイルスが葉脈を経て葉肉細胞に入り拡散してゆくという一致したウイルス分布パターンを示した。また、両系統のウイルス感染領域の面積比較においてもOSとBSには差がなかった。この解析から、OS感染による輪状斑の病徴の発現領域とウイルス蓄積領域を比較すると、病徴はウイルスの蓄積に2日程度遅れて生じることも明らかとなった。

 キメラウイルスおよび部位特異的変異導入株の接種試験の結果により、RdRp1422 が病徴型決定因子であることが示されたことから、病徴決定にはウイルスの複製効率が関与しているのではないかと考え、1細胞レベルにおけるOSとBSのゲノムRNAの複製量を比較した。それぞれのPVXのRNA ゲノムをタバコBY2の培養細胞から単離したプロトプラストにエレクトロポレーションにより導入した。接種9-18時間後にプロトプラストからRNAを抽出しウイルスゲノムRNAについてノーザンブロット解析を行ったところ、有意な差は認められず、両系統のゲノムRNA複製効率は同程度であると考えられた。

 以上の結果から、壊死を伴う輪状斑の形成にはRdRp1422が関与することが明らかになったが、これはウイルスの複製や移行といったウイルス自身の性質の差によるものではなく、ウイルスと宿主との相互作用が要因であることが推測され、そこにウイルス複製酵素のアミノ酸置換が関わることが示唆された。

 そこでこれに加え、タバコに「モザイク型」病徴を引き起こすBH系統を用いて感染性cDNAクローン(pSP-BH)を構築し、病原性の解析を行った。「無病徴型」感染するBSとの間で種々のキメラウイルスを構築し、病徴決定因子の解析を行った結果、やはりRdRp1422のアミノ酸がアスパラギン酸のときに「モザイク型」となり、グルタミン酸では「無病徴型」であった(図3)。以上の結果から、RdRp1422のアミノ酸は、アスパラギン酸の場合「輪状斑型」あるいは「モザイク型」の病徴を発現する「病徴発現因子」であり、グルタミン酸の場合「病徴隠蔽因子」であることが分かった。

3.病徴型の決定に関わる因子の解析

 次に、「モザイク型」および「輪状斑型」の両病徴型を決定する領域を解析する目的で、pSP-OSとpSP-BH を用いてキメラウイルスおよび部位特異的変異導入株を構築して接種試験を行

った。その結果、ゲノムの5´ 非翻訳領域(5´UTR)の番目の塩基(5´UTR58)が「A」の場合には「輪状斑型」、「G」の場合には「モザイク型」となることが明らかになった(図4)。

 病徴型とウイルス蓄積量との関係を調べるため、OSおよびBHの病徴の出ている接種直上葉についてウエスタンおよびノーザンブロット解析による比較を行ったところ、接種後10,14日目において差がないことが分かった。このことから、病徴型の決定もウイルス蓄積量によるものではないと考えられた。次いで、pSP-OSおよびpSP-BHをもとに5´UTR58を自然界のPVXには見出されていないUおよびCに替える部位特異的変異導入株を構築した。その結果、5´UTR58のU変異株はともに「輪状モザイク型」の病徴を示したことから、5´UTR58が病徴型決定因子であることが強く示唆された。しかし、5´UTR58 のC変異株はN. benthamianaでは後代ウイルスに全く変異は認められないにもかかわらず、タバコ(SamsunNN)に接種すると、5´UTR58 が必ずAに復帰変異することから、ウイルスの増殖過程において宿主依存的な強い淘汰圧が働いているものと推定された。

 一方、pSP-OS,pSP-BHおよびpSP-BSについてRdRp1422をアスパラギン酸やグルタミン酸から、自然界のPVXにはないアラニンに置換した変異株は、「輪状モザイク型」の病徴を示した。このことから、RdRp1422のアミノ酸を含む領域は5´UTR58 を含む病徴型を決定する領域に深く関与することが示唆された。

結論

 本研究では、病徴型の異なるPVX を用いて、タバコ(SamsunNN)における病徴決定因子に関する解析を行った。その結果、病徴型は5´UTR58の1塩基により決定され、病徴の発現と隠蔽にはRdRp1422の1アミノ酸が関与していることが明らかになった。病徴型の異なるOS,BH,BSにおいてウイルスの蓄積量には差が認められなかったことから、病徴の発現には5´UTR58とRdRp1422に加え、宿主との相互作用が深く関わっていることが示唆された。以上を要するに、本研究では、「タバコ−PVX」の組合せにより、病原体が宿主植物において発現する病原性を解析するための実験系を構築した。さらに、ゲノム上のごくわずかな配列の変化により、植物ウイルスの病原性は宿主植物において多様性を示すことを明らかにし、「宿主−病原体」のせめぎ合いの相互作用を理解する上で重要な基盤的知見を得ることができた。

図1 PVX-OS, -BH, -BS のタバコにおける病徴。

図2 PVXのゲノム構造。

図3 PVX の病徴発現に関与する因子。RdRp1422がAspの場合に病徴発現型となり、Glu の場合に無病徴型となる。

図4 PVXの病徴型に関与する因子。5´UTR58がAの場合に輪状斑型となりGの場合にモザイク型となる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は序論、第2章はPVX各系統の病原型とゲノム解析、第3章は病徴発現に関わる因子の解析、第4章は病徴型の決定に関わる因子の解析、および第5章は総合考察が述べられている。

 第1章においては、植物ウイルスが宿主に引き起こす病徴、病徴決定に関わるウイルス側の因子、PVXにおけるこれまでの知見、我が国に発生するPVXについて、研究の背景、特徴が詳細に述べられている。

 第2章においては、我が国に発生するPVX系統の病原性の解析とゲノム解析、系統学的解析について述べられている。日本各地よりPVX5系統(OS,BH,BS,OG,TO)を蒐集し、種々の検定植物に対して接種試験を行ったところ、系統により多様な病徴が生じた。とくにタバコ(SamsunNN)において、「輪状斑(OS)」、「モザイク(BH)」、「無病徴(BS,OG,TO)」に分類される3種の異なる特徴的な病徴型が観察されることを見出した。これらPVX5系統のゲノムの全塩基配列を決定し、相同性解析および系統学的解析を行ったところ、我が国のPVX系統は南米系統に比べ、欧州系統により近縁であることを明らかにした。本研究は我が国に発生するPVXの系統学的位置付けを初めて行うものである。

 第3章においては、病徴発現に関するウイルス側因子の解析について述べられている。PVX5系統のうち、タバコにおいて輪状斑を生ずるOSと、無病徴で全身感染するBSの病徴の違いに関わるウイルスゲノムの領域について解析した。両系統の感染性cDNAクローンを構築し、これらを用いてキメラウイルスの構築、および部位特異的変異導入による変異株の作製を行い、その接種試験によってそれぞれの病徴型を確認したところ、複製酵素の1422番目のアミノ酸(RdRp1422)がアスパラギン酸の場合に「輪状斑型」を示し、グルタミン酸の場合に「無病徴型」となることを明らかにした。これら系統について、タバコの接種葉の直上葉におけるウイルス蓄積量の比較をウエスタンおよびノーザンブロット解析によって行ったところ、有意な差は認められなかった。また、immuno-tissue blot法による比較解析を行ったところ、接種直上葉において一致したウイルス分布パターンを示し、ウイルス感染領域の面積比較においても差がなかった。さらに、タバコBY2の培養細胞から単離したプロトプラストに接種することにより1細胞レベルにおけるゲノムRNAの複製効率を比較したところ、これについても差は認められなかった。以上の結果から、輪状斑の形成にはウイルスの複製や移行といったウイルス自身の性質の差によるものではなく、ウイルスと宿主との相互作用が要因であることが推測された。これに加え、モザイク病徴を引き起こすBH系統も用いて病原性の解析を行ったところ、やはりRdRp1422のアミノ酸がアスパラギン酸のときに「モザイク型」となり、グルタミン酸では「無病徴型」であった。以上の結果から、RdRp1422のアミノ酸は、アスパラギン酸の場合、病徴を発現する「病徴発現因子」であり、グルタミン酸の場合「病徴隠蔽因子」であることを明らかにした。

 第4章においては、病徴型決定に関わるウイルス側因子の解析について述べられている。os「モザイク型」およびBH「輪状斑型」の両病徴型を決定する領域を解析したところ、ゲノムの5'非翻訳領域の58番目の塩基(5'UTR58)が「A」の場合には「輪状斑型」、「G」の場合には「モザイク型」となることを明らかにした。次いで、5'UTR58をUに替える変異導入株を構築したところ、ともに「輪状モザイク型」の病徴を示し、また、5'UTR58のC変異株はタバコに接種すると、必ずAに復帰変異することから、5'UTR58は病徴型決定因子であるとともに、ウイルスの増殖過程において宿主因子との強い相互作用を行うものと推定された。一方、RdRp1422をアラニンに置換した変異株は、「輪状モザイク型」の病徴を示した。このことから、RdRp1422のアミノ酸を含む領域は5'UTR58を含む病徴型を決定する領域に深く影響を与えることが示唆された。

 第5章においては、これらの実験結果をふまえて、PVXにおける病徴決定因子についての考察が述べられ、さらに、植物ウイルスの宿主植物に対する病徴形成に関して考察が述べられている。

 本研究では、「タバコ-PVX」の組合せにより、病原体が宿主植物において発現する病原性を解析するための実験系を構築した。さらに、ゲノム上のごくわずかな配列の変化により、植物ウイルスの病原性は宿主植物において多様性を示すことを明らかにし、「宿主-病原体」のせめぎ合いの相互作用を理解する上で重要な基盤的知見を得ている。これらの知見は、植物ウイルス学のみならず広く生命科学の発展に貢献するものである。

 なお、本論文第2章は、山次康幸、中林仁美、宇垣正志、難波成任との共同研究であるが論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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