学位論文要旨



No 120490
著者(漢字) 河野,恵子
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,ケイコ
標題(和) 出芽酵母形態形成を制御する低分子量GTPase Rho1pへの細胞周期依存的シグナルの解析
標題(洋) Cell Cycle Signal to the Small GTPase Rho1p in Yeast Morphogenesis
報告番号 120490
報告番号 甲20490
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第110号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学大学院理学系研究科 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 後藤,由季子
内容要旨 要旨を表示する

序論

 アクチン細胞骨格や細胞壁によって規定される出芽酵母の細胞形態は細胞増殖の過程で図1のように変化する。まずG1/S期の移行に伴いアクチン細胞骨格の極性形成や極性輸送が行われ、出芽が起こる。そして芽の成長が完了すると芽の根元にアクチン及びミオシンからなる収縮環が形成され、その収縮とその後の隔壁形成により新たな細胞を生じる。このように出芽酵母の形態形成は細胞周期に依存した厳密な制御を受けていると予想されるが、その分子レベルでのシグナル伝達経路は未解明な部分が多い。出芽酵母形態形成の中心因子であるRho1pは真核生物に広く保存された低分子量GTPaseであり、上流からのシグナルに応答して活性化型(GTP結合型)または不活性化型(GDP結合型)に変換され、下流へのシグナルのオン・オフを切り替える分子スイッチとして機能する。Rho1pの5つの標的タンパク質はいずれも直接的または間接的に細胞形態形成に関与しており、これらの標的タンパク質が制御する事象の中には細胞周期の時期特異的な調節を受けるものがあることが知られていたが、Rho1pそれ自体の活性化と細胞周期との関連については報告がなかった。そこで、本研究では細胞周期依存的なRho1p活性制御におけるシグナル伝達経路に着目し、出芽酵母形態形成メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。

結果と考察

1. 細胞周期におけるRho1p活性化の時期特異性

 細胞内の活性化型Rho1p量を検出するため、活性化型Rho1pと特異的に結合するPkc1pのRho1p結合部位とグルタチオン-S-トランスフェラーゼとの融合タンパク質(GST-Pkc1RBD)を使用したプルダウン法を確立した。このGST-Pkc1RBDは不活性化型Rho1pとは相互作用せず、活性化型Rho1pのみを酵母細胞破砕液からプルダウンすることが確認された。

 次に、細胞周期進行の過程における活性化型Rho1pの量的変動を検討する目的で、細胞をG1期で同調させ、その後細胞周期を再開させ時間を追ってプルダウンを行った。その結果、出芽時であるG1/S期に活性化型Rho1p量のピークが存在することがわかった(図2A)。また、細胞周期の後半部分における活性化型Rho1pの量的変動を調べるため、細胞をG2/M期に同調させ、細胞周期を再開させて同様にプルダウンを行ったところ、細胞質分裂期にピークが存在することがわかった (図2B)。さらに活性化型Rho1pを特異的に認識する抗体を使用して細胞内局在を観察した結果、活性化型Rho1pはG1/S期に出芽部位、細胞質分裂期に収縮環近傍に局在することが明らかになった。

2. G1/S期におけるRho1p活性化機構

 Rho1pの活性制御が細胞周期依存的になされることが示唆されたため、細胞周期制御因子の関与を検討した。出芽酵母の細胞周期は細胞周期を通じて一定量存在するサイクリン依存性キナーゼ(CDK)Cdc28pと、時期特異的に発現する九つのサイクリンとの複合体によって制御される。そこで、それぞれのサイクリンが活性化型Rho1p量に及ぼす影響を検討したところ、G1/S期のサイクリンをコードするCLN2の過剰発現により活性化型Rho1pが増加することがわかった (図2C左)。さらに、M期サイクリンをコードするCLB2を破壊した細胞で活性化型Rho1pが顕著に増加した (図2C右)。以上より活性化型Rho1pはG1/S期にCln2p/Cdc28p依存的に増加し、Clb2p/Cdc28p依存的に減少し、細胞質分裂期に再び増加すると考えられる。

 次にG1/S期においてCln2p/Cdc28p複合体からRho1p活性化へのシグナル伝達を仲介する因子の探索を行った。Rho1pと直接結合して活性を制御するタンパク質には、活性化因子であるGDP/GTP交換反応促進因子 (GEF)、不活性化因子であるGTPase活性促進因子(GAP)、そして不活性化型Rho1pを安定化させるGDP乖離反応抑制因子(GDI)の三種類が知られている。そこでまず活性化因子GEFの関与を検討した。Rho1pのGEFはRom1p、Rom2p、Tus1pの3つが知られている。これらの因子のうち、Tus1pがC末端側にCdc28pによるリン酸化のコンセンサス配列を有することがわかった。そこでG1/S期におけるCln2p/Cdc28p複合体からのRho1p活性化シグナルがTus1pを介して伝達される可能性を検討した。

 tus1株のG1/S期における活性化型Rho1p量をプルダウン法により調べたところ、野生株比べ顕著にピークが低下していた (図3A)。さらにCLN2過剰発現により対照の細胞では活性化型Rho1pが増加するのに対しtus1株では増加が見られなかったことから (図3B)、Cln2pによる活性化型Rho1p増加にはTus1pが必要であることが明らかになった。またTus1-GFPはCln2-HA/Cdc28pと共沈したことから(図4A)、これらは細胞内で物理的に相互作用することがわかった。さらにCdc28pによるリン酸化のコンセンサス配列を含むTus1pのN末端側200アミノ酸残基とGSTとの融合タンパク質(GST-Tus1[N200])を作製して精製し、これを基質としたin vitroのリン酸化実験を行った。その結果、GST-Tus1[N200]はCln2p/Cdc28p複合体によってリン酸化されることが示された(図4B)。以上より、G1/S期にCln2p/Cdc28p複合体が直接Tus1pをリン酸化することでRho1pが活性化されると考えられる。

3. 細胞質分裂期におけるRho1p活性化機構

 最後に、細胞質分裂期にRho1pを活性化する因子の探索を行った。これまでにRho1pが細胞質分裂期のアクチンリング形成に重要であることが示されていることから、Rho1p活性化因子の変異株はアクチンリング形成に欠損を示すことが期待された。既知の細胞質分裂期を制御する因子のうち、M期から細胞質分裂期の様々な事象を制御するポロキナーゼをコードするCDC5変異株においてアクチンリング形成に欠損が見られるという報告がなされていたため、CDC5の温度感受性変異株(cdc5-2株)及びコントロールとしてCDC15の温度感受性変異株(cdc15-2株)を用いて活性化型Rho1pの細胞内局在を検討した。これら二つの株はいずれも制限温度下においてM期後期で細胞周期を停止させるが、この時cdc15-2株では活性化型Rho1pの局在が収縮環近傍に見られた細胞が65%であったのに対し、cdc5-2株では8%にまで低下していた(図5A)。さらにプルダウン法により検討したところ、cdc15-2株に比べcdc5-2株では活性化型Rho1p量が顕著に減少していた(図5B)。以上の結果より、Cdc5pが細胞質分裂時におけるRho1p活性化を制御することが示唆された。

 さらに、rom1株、rom2株、tus1株でもM期後期におけるアクチンリング形成率を調べたところ、rom2株が重篤な欠損を示した。そこでプルダウン法で解析した結果、rom2株の細胞質分裂時における活性化型Rho1p量は野生株に比べ顕著に減少していることがわかった (図6A)。また、この時Rom2-GFPは活性化型Rho1pと同様に収縮環近傍に局在した (図6B)。以上の結果より、細胞質分裂期におけるRho1p活性化はCdc5p及びRom2pにより制御されることが明らかになった。Rom2pがCdc5pとの結合モチーフ及びCdc5pによるリン酸化のコンセンサス配列を有することから、Cdc5pと結合してリン酸化されたRom2pによりRho1pが活性化され、アクチンリング形成を導くことが考えられる。

結論

 本研究では出芽酵母細胞の形態形成に重要な低分子量GTPase Rho1pの細胞周期依存的活性制御機構に着目し、その上流のシグナル伝達経路を明らかにした。Rho1pはG1/S期のサイクリン/CDK複合体であるCln2p/Cdc28pにリン酸化されたTus1pによって活性化され、アクチン細胞骨格の極性形成や細胞壁合成を始めとする様々な事象を制御することで、芽の成長に寄与する。その後Rho1pはM期のサイクリン/CDK複合体であるClb2p/Cdc28p依存的に不活性化された後、細胞質分裂期にポロキナーゼCdc5p及びRom2pにより再び活性化され、アクチンリング形成など細胞質分裂に重要な事象を制御すると考えられる。このようにRho1pは細胞周期の各ステージにおいて特異的な活性制御を受け、細胞形態形成の主要な制御因子として機能することが明らかになった。

発表論文1. Kono, K., Matsunaga, R., Hirata, A., Suzuki, G., Abe, M. and Ohya, Y. Involvement of Actin and Polarisome in Morphological Change during Spore Germination of Saccharomyces cerevisiae. Yeast (in press)2. Sekiya, K.M., Abe,M., Saka, A., Watanabe, D., Kono, K., Minemura, M., Watanabe, T. and Ohya, Y. (2002) Dissection of Upstream Regulatory Components of the Rho1p Effector,1,3-β-glucan Synthase, in Saccharomyces cerevisiae. Genetics 162: 663-76.

図1.出芽酵母の細胞周期における形態形成

出芽酵母細胞は細胞周期進行の過程でその形態をダイナミックに変化させる。G1/S期の移行にともない出芽が起こり、芽の成長が完了するM期後期には芽の根元にアクチンリングが形成され、その収縮とその後の隔壁形成により新たな細胞を生じる。

図2. 細胞周期における活性化型Rho1pの量的変動

A.細胞がG1期で同調させ時間を追って活性化型Rho1pの量的変動を検討した。活性化型Rho1pはG1/S(30min)にピークを持つ。

B.細胞をG2/M期で同調させ時間を追って活性化型Rho1pの量的変動を検討した。活性化型Rho1pは細胞質分裂期(60min)にピークを持つ。

C.サイクリンの活性化型Rho1pに及ぼす影響を検討した。G1/S期のサイクリンをコードするCLN2を過剰発現した細胞とM期サイクリンをコードするCLB2を破壊した細胞で増加する。

図3.tus1株における活性化型Rho1p

A.細胞をG1期で同調させ時間を追って活性化型Rho1pの量的変動を検討した。野生株はG1/S期(30min)にピークを持つが、tus1株ではピークが見られない。

B.対照の細胞ではG1/S期のサイクリンをコードするCLN2を過剰発現した場合に活性化型Rho1pが増加するが、tus1株では増加しない。

図4.tus1株はCln2p/Cdc28pの基質である

A.Tus1-GFPを有する細胞でCln2-HAを発現した場合としない場合においては抗HA抗体を用いて免疫沈降を行った結果、Tus1-GFPとCln2-HA/Cdc28pは共沈した*はPho85p.

B.GST-Tus1(N200)を大腸菌から精製し酵母細胞破砕液から免疫沈降したCln2-HA/Cdc28pを使用してin vitroのリン酸化実験を行った。GST-Tus1(N200)はCln2-HA/Cdc28p依存的にリン酸化された。

図5.cdc5-2株及びcdc15-2株における活性化型Rho1p

A.cdc5-2株及びcdc15-2株を同調し、制限温度下でM期後期における活性化型Rho1pの局在を観察した。cdc15-2株では活性化型Rho1pが収縮環近傍に局在するのに対し、cdc5-2株では局在が見られない。

図6.細胞質分裂期におけるrom2株の活性化型Rho1p量とRom2-GFPの細胞内局在

A.細胞をG2/M期で同調させ時間を追って活性化型Rho1pの量的変動を検討した。野生株では細胞質分裂期(60min)にピークを持つが、rom2株ではそのピークが顕著に低下する。

B.細胞質分裂期においてRom2-GFPは活性化型Rho1pと同様に収縮環近傍に局在する。

図7.細胞周期依存的Rho1p活性制御におけるシグナル伝達経路のモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、二章からなる。その内容については以下のとおりである。

 アクチン細胞骨格や細胞壁によって規定される出芽酵母の細胞形態は細胞増殖の過程で図1のように変化する。まずG1/S期の移行に伴いアクチン細胞骨格の極性形成や極性輸送が行われ、出芽が起こる。そして芽の成長が完了すると芽の根元にアクチン及びミオシンからなる収縮環が形成され、その収縮とその後の隔壁形成により新たな細胞を生じる。このように出芽酵母の形態形成は細胞周期に依存した厳密な制御を受けていると予想されるが、その分子レベルでのシグナル伝達経路は未解明な部分が多い。出芽酵母形態形成の中心因子であるRho1pは真核生物に広く保存された低分子量GTPaseであり、上流からのシグナルに応答して活性化型(GTP結合型)または不活性化型(GDP結合型)に変換され、下流へのシグナルのオン・オフを切り替える分子スイッチとして機能する。Rho1pの5つの標的タンパク質はいずれも直接的または間接的に細胞形態形成に関与しており、これらの標的タンパク質が制御する事象の中には細胞周期の時期特異的な調節を受けるものがあることが知られていたが、Rho1pそれ自体の活性化と細胞周期との関連については報告がなかった。そこで、本研究では細胞周期依存的なRho1p活性制御におけるシグナル伝達経路に着目し、出芽酵母形態形成メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。

1.Rho1p活性化の細胞周期時期特異性ならびにG1/S期におけるRho1p活性化機構

 細胞内の活性化型Rho1p量を検出するため、活性化型Rho1pと特異的に結合するPkc1PのRho1p結合部位とグルタチオンーS-トランスフェラーゼとの融合タンパク質(GST-Pkc1RBD)を使用したプルダウン法を確立した。このGST-Pkc1RBDは不活性化型Rho1pとは相互作用せず、活性化型Rho1pのみを酵母細胞破砕液からプルダウンすることが確認された。

 次に、細胞周期進行の過程における活性化型Rho1pの量的変動を検討する目的で、細胞をG1期で同調させ、その後細胞周期を再開させ時間を追ってプルダウンを行った。その結果、出芽時であるG1/S期に活性化型Rho1p量のピークが存在することがわかった。また、細胞周期の後半部分における活性化型Rho1pの量的変動を調べるため、細胞をG2/M期に同調させ、細胞周期を再開させて同様にプルダウンを行ったところ、細胞質分裂期にピークが存在することがわかった。さらに活性化型Rho1pを特異的に認識する抗体を使用して細胞内局在を観察した結果、活性化型Rho1pはG1/S期に出芽部位、細胞質分裂期に収縮環近傍に局在することが明らかになった。

 Rho1pの活性制御が細胞周期依存的になされることが示唆されたため、細胞周期制御因子の関与を検討した。出芽酵母の細胞周期は細胞周期を通じて一定量存在するサイクリン依存性キナーゼ(CDK)Cdc28pと、時期特異的に発現する九つのサイクリンとの複合体によって制御される。そこで、それぞれのサイクリンが活性化型Rho1p量に及ぼす影響を検討したところ、G1/S期のサイクリンをコードするCLN2の過剰発現により活性化型Rho1pが増加することがわかった。さらに、M期サイクリンをコードするCLB2を破壊した細胞で活性化型Rho1pが顕著に増加した。以上より活性化型Rho1pはG1/S期にCln2p/Cdc28p依存的に増加し、Clb2p/Cdc28p依存的に減少し、細胞質分裂期に再び増加すると考えられる。

 次にG1/S期においてCln2p/Cdc28p複合体からRho1p活性化へのシグナル伝達を仲介する因子の探索を行った。Rho1pと直接結合して活性を制御するタンパク質には、活性化因子であるGDP/GTP交換反応促進因子(GEF)、不活性化因子であるGTPase活性促進因子(GAP)、そして不活性化型Rho1pを安定化させるGDP乖離反応抑制因子(GDI)の三種類が知られている。そこでまず活性化因子GEFの関与を検討した。Rho1pのGEFはRom1p、Rom2p、Tus1pの3つが知られている。これらの因子のうち、Tus1pがC末端側にCdc28pによるリン酸化のコンセンサス配列を有することがわかった。そこでG1/S期におけるCln2p/Cdc28p複合体からのRho1p活性化シグナルがTus1pを介して伝達される可能性を検討した。

 tus1株のG1/S期における活性化型Rho1p量をプルダウン法により調べたところ、野生株比べ顕著にピークが低下していた。さらにCLN2過剰発現により対照の細胞では活性化型Rho1pが増加するのに対しtus1株では増加が見られなかったことから、Cln2pによる活性化型Rho1p増加にはTus1pが必要であることが明らかになった。またTus1-GFPはCln2-HA/Cdc28pと共沈したことから、これらは細胞内で物理的に相互作用することがわかった。さらにCdc28pによるリン酸化のコンセンサス配列を含むTus1pのN末端側200アミノ酸残基とGSTとの融合タンパク質(GST-Tus1[N200])を作製して精製し、これを基質としたin vitroのリン酸化実験を行った。その結果、GST-Tus1[N200]はCln2p/Cdc28p複合体によってリン酸化されることが示された。以上より、G1/S期にCln2p/Cdc28p複合体が直接Tus1pをリン酸化することでRho1pが活性化されると考えられる。

2.細胞質分裂期におけるRho1p活性化機構

 細胞質分裂期にRho1pを活性化する因子の探索を行った。これまでにRho1pが細胞質分裂期のアクチンリング形成に重要であることが示されていることから、Rho1p活性化因子の変異株はアクチンリング形成に欠損を示すことが期待された。既知の細胞質分裂期を制御する因子のうち、M期から細胞質分裂期の様々な事象を制御するポロキナーゼをコードするCDC5変異株においてアクチンリング形成に欠損が見られるという報告がなされていたため、CDC5の温度感受性変異株(cdc5-2株)及びコントロールとしてCDC5の温度感受性変異株(cdc15-2株)を用いて活性化型Rho1pの細胞内局在を検討した。これら二つの株はいずれも制限温度下においてM期後期で細胞周期を停止させるが、この時cdc15-2株では活性化型Rho1pの局在が収縮環近傍に見られた細胞が65%であったのに対し、cdc5-2株では8%にまで低下していた。さらにプルダウン法により検討したところ、cdc15-2株に比べcdc5-2株では活性化型Rho1p量が顕著に減少していた。以上の結果より、Cdc5pが細胞質分裂時におけるRho1p活性化を制御することが示唆された。

 さらに、rom1株、rom2株、tus1株でもM期後期におけるアクチンリング形成率を調べたところ、rom2株が重篤な欠損を示した。そこでプルダウン法で解析した結果、rom2株の細胞質分裂時における活性化型Rho1p量は野生株に比べ顕著に減少していることがわかった。また、この時Rom2-GFPは活性化型Rho1pと同様に収縮環近傍に局在した。以上の結果より、細胞質分裂期におけるRho1p活性化はCdc5p及びRom2pにより制御されることが明らかになった。Rom2pがCdc5pとの結合モチーフ及びCdc5pによるリン酸化のコンセンサス配列を有することから、Cdc5pと結合してリン酸化されたRom2pによりRho1pが活性化され、アクチンリング形成を導くことが考えられる。

 本研究では出芽酵母細胞の形態形成に重要な低分子量GTPase Rho1pの細胞周期依存的活性制御機構に着目し、その上流のシグナル伝達経路を明らかにした。Rho1pはG1/S期のサイクリン/CDK複合体であるCln2p/Cdc28pにリン酸化されたTus1pによって活性化され、アクチン細胞骨格の極性形成や細胞壁合成を始めとする様々な事象を制御することで、芽の成長に寄与する。その後Rho1pはM期のサイクリン/CDK複合体であるClb2p/Cdc28p依存的に不活性化された後、細胞質分裂期にポロキナーゼCdc5p及びRom2pにより再び活性化され、アクチンリング形成など細胞質分裂に重要な事象を制御すると考えられる。このようにRho1pは細胞周期の各ステージにおいて特異的な活性制御を受け、細胞形態形成の主要な制御因子として機能することが明らかになった。

 なお、本論文の一部は松永理乃、平田愛子、鈴木元次郎、阿部充弘、大矢禎一との共同研究により行われたが、全て論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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