学位論文要旨



No 120491
著者(漢字) 小金井,悟
著者(英字)
著者(カナ) コガネイ,サトル
標題(和) マウスナチュラルキラー細胞レセプターに関する研究
標題(洋) Studies on mouse natural killer cell receptors
報告番号 120491
報告番号 甲20491
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第111号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 落合,淳志
 東京大学 助教授 久恒,辰博
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

序論

 免疫システムは自然免疫と獲得免疫に大別され、ナチュラルキラー(NK)細胞は自然免疫を司る。NK細胞は、生まれながらにして細胞傷害活性を有し、がん細胞やウィルス感染細胞を傷害する。NK細胞による標的細胞認識は複数のNK細胞上のレセプターを介して行われ、NK細胞は異常細胞を非自己と見做しし攻撃する。これら標的細胞認識に関わるNK細胞上のレセプターは総称してNK細胞レセプターと呼ばれる。NK細胞レセプターは、構造的に、免疫グロブリン(Ig)様レセプターとC型レクチン様レセプターkiller cell lectin-like receptor(KLR)に大別される。また、機能的に、NK細胞を活性化させる活性化レセプターと、活性化を阻止する抑制性レセプターに分類される(図1)。

 KLR遺伝子群はヒトでは12番染色体、マウスでは6番染色体上のあるNK遺伝子複合体と呼ばれる限られた領域に集中して存在する。KLRはN末端を細胞質にもつII型膜貫通蛋白質であり、ジスルフィド結合によるホモダイマーないしヘテロダイマーとしてNK細胞上に発現する。KLRの多くは、主要組織適合性抗原(MHC)クラスIあるいはMHCクラスI様分子をリガンドとしているが、最近になりMHCクラスI以外の分子をリガンドトするKLRも報告されている。また、リガンド未知のKLRが存在している他、未発見のKLRも存在する可能性がある。

 そこで本研究は、KLRファミリーに属するレセプターとリガンド間の関係を明らかにすることを目的とし研究を行った。第1章では、新規マウス(m)NK細胞レセプターであるmKLR subfamily H, member 1 (KLRH1) の同定および機能的解析を行った。第2章では、リガンド未知NK細胞レセプターのリガンド侯補分子として、最近報告されたMHCクラスI様分子であるMHC class I-like located near the LRC (MILL) に着目し、MILL分子の性状解析ならびにNK細胞レセプターのリガンドとしての可能性について検討した。第3章では、mKLRB1C (mNKR-P1C) のリガンド探索の際、マウスで初めて発見されたB細胞リンフォーマB cell lymphoma 1 (BCL1) 細胞がIgMを介して大腸菌を認識することを明らかにした。

1. mKLR subfamily H, member1 (KLRH1) に関する研究

1.1. 新規mKLRH1のクローニング

 KLRは、マウスにおいては現在のところサブファミリーAからG、ならびにJ、Kが報告されている。2002年に報告されたラットKLRH1のアミノ酸配列をもとに、C57BL/6マウスのゲノムデータベースに対し相同性検索を行った。その結果、マウス6番染色体のNK gene complex上にmKlrh1、mKlrh2遺伝子が存在することを発見した。mKlrh1、mKlrh2遺伝子は、Klrc1とLy49q遺伝子の間に位置していた。mKlrh1はエキソン1から7までの7つのエキソンで構成されていた。そのエキソン7に関しては、ロングフオーム(L)とショートフォーム(S)の2つのエキソン7が存在しており、エキソン7Lを用いた225アミノ酸のmKLRH1L (mKLRH1) とエキソン7Sを用いた180アミノ酸のmKLRH1Sが存在することが考えられた(図2)。実際にC57BL/6マウスNK細胞cDNAライブラリーより、mKLRH1Lの全長cDNAのクローニングに成功した。一方、mKLRH1SはExpression seaquence tag (EST)により、そのcDNAの存在が報告されているが、NK細胞cDNAライブラリーからは、PCRにより増幅されなかった。興味深いことに、mKLRH1は細胞内領域にITIM様配列PTYAQLを有しており、NK細胞の活性化を阻止する抑制性レセプターとして機能することが予想された。一方、mKlrh2遺伝子は、エキソン1、5および7が欠失していることから偽遺伝子であることが予想された。

1.2. mKLRH1の発現および機能解析

 mKLRH1の発現解析や機能的解析を進めるため、mKLRH1に対するモノクローナル抗体の作製を行った。mKLRH1発現293T細胞を免疫したラット脾臓細胞をミエローマと細胞融合させ、抗mKLRH1抗体産生ハイブリドーマ細胞をスクリーニングした。その結果、mKLRH1に対する2種のモノクローナル抗体、SK3およびSK4を得た。mKLRH1発現細胞の膜蛋白質をSK3やSK4を用いて免疫沈降した結果、非還元下において100 kDa、還元条件下において50 kDaの位置にバンドが見られた。さらに、大腸菌発現系によるmKLRH1のin vitroにおけるリフォルディングにおいても効率よくホモダイマーが形成された。このことからmKLRH1はラットKLRH1同様、ホモダイマーとして発現することが強く示唆された。

 マウスの脾臓細胞、胸腺細胞、腹腔侵出細胞、末梢血細胞をSK3およびSK4を用いて染色した結果、脾臓や末梢血のNK細胞、およびNKT細胞の約2%の細胞にmKLRH1が発現していることが判明した。この結果は、ラットKLRH1の発現様式と酷似している。ラットではIL-2によるNK細胞の活性化により、KLRH1発現細胞の数が3倍から10倍に増えることが報告されている。そこで、マウスNK細胞上のKLRH1発現に対するIL-2の影響を解析した。C57BL/6マウスの脾臓細胞からNK細胞を分離し、IL-2存在下で培養した。IL-2存在下、培養24時間後、72時間後のNK細胞上のmKLRH1の発現をフローサイトメトリーによって解析した。その結果、驚くべきことにmKLRH1の発現細胞の割合はラットKLRH1のように上昇することなく、IL-2培養72時間後にはmKLRH1発現細胞はほぼ消失していた。また、IL-2存在下、培養0時間、24時間、72時間のNK細胞からRNAを調製し、リアルタイムPCRを用いてmKLRH1のmRNA量を測定した。その結果、mKLRH1のRNA量は、24時間後では1/10、さらに72時間後では1/100に減少していた。この結果は、IL-2によってmKLRH1の転写が抑制された、またはmKLRH1発現細胞が死滅したためだと考えられる。

 mKLRH1はITIMに類似した配列を有するが、KLRH1が機能的に抑制性シグナルを送るか否かは報告されていない。KLRH1が機能的に抑制性シグナルを伝達することができるか否かを明らかにするため、逆抗体依存性細胞傷害 (reverse antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity) 活性試験を行った。mKLRH1をNK細胞株であるKY-2細胞にレトロウィルス発現系により導入したmKLRH1-KY-2細胞、またコントロールベクターを同様に導入したmock-KY-2細胞を作製した。mock-KY-2細胞およびmKLRH1-KY-2細胞はFcR陽性細胞株Daudiを標的細胞としたところ、約30%の傷害活性を示した。そこへSK4抗体を添加し傷害活性を測定した結果、mKLRH1-KY-2では約23%まで傷害が抑制された(図3)。このことから、mKLRH1はin vitro条件では抑制性シグナルを伝達することが示された。

 以上の結果より、mKLRH1はホモダイマーとして発現するNK細胞レセプターであり、NK細胞を負に制御する抑制性レセプターとして機能することが示唆された。

2. MILL分子に関する研究

2.1. MILL分子の性状解析

 (MILL)分子は新規MHCクラスI様分子として2002年にマウスにおいて発見された。ヒトでは見つかっておらず、マウスMILL分子はマウス白血球レセプター複合体領域の近傍にMill1、Mill2遺伝子が存在している。本遺伝子は、ヒト活性化NK細胞レセプターKLRK1 (NKG2D) のリガンドであるMIC遺伝子郡と相同性を有しており、MILL分子がNK細胞レセプターのリガンドである可能性が考えられた。そこで、筆者らはMILL分子に着目し、NK細胞レセプターのリガンドとしての可能性について検討した。

 まずMILL分子の性状解析を行った。一般的にMHCクラスI様分子はβ2ミクログロブリンと会合性と非会合性のものがある。そこで、MILL分子とβ2ミクログロブリンの会合性について解析した。MILL1、MILL2の細胞外領域を大腸菌にて封入体として発現させ、in vitroにてβ2ミクログロブリン存在下、非存在下にてMILL1、MILL2蛋白質をリフォルディングした。その結果、MILL1、MILL2ともにβ2ミクログロブリン非存在下に比べ、存在下において高いリフォルディング効率を示した。さらに、MILL1、MILL2をβ2ミクログロブリン存在下でリフォルディングを行い、2段階のHPLC精製を行った後も、MILL1、MILL2ともβ2ミクログロブリンと会合していることが示された(図4)。以上のことから、MILL分子はβ2ミクログロブリンと会合していることが示唆された。

2.2. MILL分子がNK細胞レセプターリガンドとしての可能性

 MILL分子がリガンド未知のmKLRH1やmNKR-P1Cを含めNK細胞レセプターのリガンドとして機能しているかを解析した。その方法として、蛍光標識可溶型MILL1蛋白質、MILL2蛋白質を作製し、マウスNK細胞に結合するか否かをフローサイトメトリーを用いて解析した。その結果、NK細胞へのMILLI、またはMILL2の結合は見られなかった。さらに、mKLRH1安定発現細胞やmNKR-P1C安定発現細胞とも結合解析を同様に行ったが、結合は見られなかった。以上の結果から、MILL分子はNK細胞レセプターのリガンドである可能性は低いと考えられた。

3. BCL1細胞のIgMの結合特異性に関する研究

 KLRB1 (NKR-P1) はマウスからヒトまで幅広く保存されているNK細胞レセプターであり、マウスでは、メンバーとしてAからEまでが発見されている。その中でもmKLRB1C (mNKR-P1C) は1990年に発見され、また細胞を正に制御する活性化レセプターとしても知られる。しかし、mNKR-P1Cが認識するリガンド分子の実体は未だ不明のままである。そこで、mNKR-P1Cのリガンドの同定を試みた。mNKR-P1Cの細胞外領域を大腸菌発現系にて、可溶型mNKR-PlC蛋白質を作製した。その可溶型mNKR-P1C蛋白質をプローブとして約50種類の細胞株との結合解析を行った結果、BCL1細胞に結合することを見い出した。

 BCL1細胞に関しては、さらに解析を行った結果、可溶型mNKR-P1C蛋白質のみならず多くの大腸菌発現系にて作製した他の組み換え蛋白質も結合することから、BCL1細胞がmNKR-P1Cのリガンドを発現している可能性は低いと考えられ、BCL1細胞が大腸菌の共通分子を認識することが推測された。蛍光標識大腸菌を用いた解析から、BCL1細胞は大腸菌と結合することが判明した。また、BCL1細胞に結合し、mNKR-P1C蛋白質や大腸菌との結合を阻害するモノクローナル抗体SK1を作製した。SK1抗体はBCL1細胞のIgMのイディオタイプエピトープを認識すること、BCL1細胞と大腸菌との結合はポリクローナル抗IgM抗体によって阻害されることから、BCL1細胞は細胞表面上のIgMを介して大腸菌を認識することが示された。さらに、enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) 法により、BCL1細胞が分泌するIgMは直接大腸菌と結合したからも、BCL1細胞IgMは大腸菌を認識することを世界で初めて示した(図5)。BCL1細胞はCD5陽性のB細胞であり、B-1a細胞由来であることと考えられていた。本研究のBCL1細胞IgMが大腸菌を認識するという結果は、BCL1細胞が自然免疫に属すると言われるB-1a細胞由来であることを強く示す結果である。

結論

 本研究により、新たにマウスNK細胞レセプターの同定に成功し、その発現と機能が解明された。またMHCクラスI様分子であるMILLの性状について明らかにした。さらに、BCL1細胞の産生するIgMが大腸菌を認識することから、BCL1細胞は自然免疫に属するとB-1a細胞であること示唆された。こうした知見は、NK細胞による標的細胞認識機構の全容解明、また自然免疫の分子機構解明への一助となるだけでなく、マウスを用いたNK細胞のin vivoにおける役割への解明、またNK細胞が関与すると言われるがんや移植拒絶反応などにおいて、疾患モデルマウスへの利用につながる有益なものである考えられる。

図1 NK細胞レセプター 免疫グロブリン様レセプターはI型膜タンパク質であり、モノマーもしくはダイマーでNK細胞上に発現している。一方、KLRsはII型膜タンパク質であり、ジスルフィド結合によるダイマーとしてNK細胞上に発現している。活性化レセプターは、リガンドと結合後、アダプター分子のimmunoreceptor tyrosin-based activation motif (ITAM) を介して、NK細胞の傷害活性を引き起こす。一方、抑制性レセプターは、細胞内領域のimmunoreceptor tyrosin-based inhibitory motif (ITIM) を介して、NK細胞の活性化を抑えるシグナルを伝達する。

図2 mKLRH1L (accession no. AB121775) 、mKLRH1S (accession no. BB634299) 、およびrKLRH1 (accession no. AF416564) のアミノ酸配列のアライメントITIM様配列、膜貫通領域およびC型レクチン様ドメインは、それぞれ青色、黄色、赤のハイライトで示す。

図3 mKLRH1を介した細胞傷害活性の抑制mock-KY-2およびmKLRH1-KY-2細胞をエフェクター細胞としてFcR+標的細胞Daudiに対しクロムリリースアッセイを行った。エフェクター細胞は標的細胞と混合する前に示した抗体とプレインキュベートした。溶解(%)を示す。

図4 HPLC精製後のMILL1、MILL2のSDS-PAGE MILL1またはMILL2の細胞外領域を大腸菌にて発現させ、β2ミクログロブリンにてリフォルディングを行った。その後、陰イオンカラムクロマトグラフィーおよびゲルろ過カラムクロマトグラフィーにて精製し、MILL1およびMILL2の画分をSDS-PAGE解析した。

図5 細胞ELISA法によるBCL1細胞IgMによる大腸菌の認識3種のBCL1サブクローン (5B1b、B20、CW13.20) が産生する分泌型IgMはK12 starain、B strainなどの大腸菌を直接認識する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章から構成され、第1章では、マウスの新規NK細胞レセプターKLRH1のクローニングと機能解析について、第2章では、最近発見された非古典的MHCクラスI分子Millの性状について、第3章では、マウスBCL1リンホーマの抗原認識について述べられている。

 我々人間をはじめとする脊椎動物の免疫系は、自然免疫と獲得免疫の2つに大別される。獲得免疫は、T細胞、B細胞が主要な役割を果たし、ともに遺伝子再構成により作り出される抗原レセプターをもって、多様な抗原を特異的に認識する。一方、自然免疫は、マクロファージ、好中球といった食細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞、B1細胞等の細胞群、ならびにMBPやCRPのような液性因子が重要な役割を果たしている。獲得免疫は高い抗原特異性を有する一方、初めて生体に侵入した病原体に対処するには1週間程度の時間が必要である。一方、自然免疫は、多様な病原体に対して、そのパターンを認識するレセプター群を用意しており、即座に攻撃をすることができ、自然免疫系は病原体に対する初期防御において必須の役割を果たしている。

 第1章では、マウスの新規NK細胞レセプターKLRH1のクローニングと機能解析について述べられている。小金井氏は、整備が進んだマウスゲノムデータをいち早く利用することにより、レクチン様マウスNK細胞レセプターKLRH1を同定することに成功した。また、マウスKLRH1に対する単クローン抗体を世界で初めて作製し、KLRH1の免疫細胞上の発現分布を明らかにした他、KLRH1が抑制シグナルを伝達することを世界で初めて示した。NK細胞による標的細胞を認識する際には、多数の活性化レセプターならびに抑制レセプターが関与し、それらレセプターからのシグナルのバランスで標的細胞を攻撃するか否かが決定されていると考えられている。小金井氏の以上の発見は、NK細胞による標的細胞認識の理解に大きく貢献すると考えられる。

 第2章では、最近発見された非古典的MHCクラスI分子Mill1, 2の性状解析を行った。MillはNK細胞レセプターNKG2Dが認識するMICとの構造的な類縁性から、NK細胞による認識に関与する可能性が示唆されている。Millは一次構造上の特徴から、MICと同様にβ2-ミクログロブリンと会合しないのではないかと予想されていたが、小金井氏は、組換え体タンパク質を試験管内で巻き戻しさせる手法を用いて、Mill1, 2ともにβ2-ミクログロブリンを構成サブユニットとして持つことを世界に先駆けて明らかにした。また、Mill1, 2分子を認識するレセプターを同定するための実験系を確立することにも成功した。これらの結果は、非古典的MHCクラスI分子Millの機能を明らかにする上で大きく貢献するものと考えられる。

 第3章では、マウス自然発症リンホーマとして初めて樹立されたBCL1リンホーマの抗原認識について記載されている。小金井氏はBCL1リンホーマが大腸菌に結合することを見いだし、この結合がBCL1上の抗原受容体であるIgMを介することを発見した。自然抗体のほとんどを産生し、自然免疫に寄与するB1細胞の一部は大腸菌を含む常在性細菌を認識することが報告されている。小金井氏は以上の発見とBCL1がB1細胞と類似した細胞表面マーカー群を発現することから、BCL1リンホーマがB1細胞由来であると結論している。以上の結果はB1細胞を介した細菌に対する自然免疫の機構を理解する上で大きな貢献であると考えられる。

 なお、本論文の一部は、松本直樹博士、伊藤昌之氏、山本一夫博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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