学位論文要旨



No 120492
著者(漢字) 小島,健司
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ケンジ
標題(和) non-LTRレトロトランスポゾンにおける標的配列特異性とドメイン構造の進化
標題(洋) Evolution of Target Sequence-Specificity and Domain Structure in Non-LTR Retrotransposons
報告番号 120492
報告番号 甲20492
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第112号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 河村,正二
内容要旨 要旨を表示する

 転移因子の一種であり、真核生物の主要な反復配列でもあるnon-LTRレトロトランスポゾンは、標的DNAをエンドヌクレアーゼによって切断し、その位置に逆転写酵素によって自身のRNAを逆転写して挿入する。この転移に必要なエンドヌクレアーゼと逆転写酵素は、レトロトランスポゾン自身がコードしている。non-LTRレトロトランスポゾンはエンドヌクレアーゼの種類によって2つのグループに分類できる。初期分岐群は、制限酵素と活性部位が類似したエンドヌクレアーゼ(restriction-like endonuclease, RLE)をコードし、後期分岐群は、DNA修復系の酵素であるAPエンドヌクレアーゼに似たエンドヌクレアーゼ(AP endonuclease-like endonuclease, APE)をコードしている。この2つのグループは他にも様々な点で異なっている。初期分岐群の多くは蛋白質を1つだけコードするが、後期分岐群の多くは2つの蛋白質をコードしている。また、一般に、初期分岐群はゲノム中の特定の配列にのみ転移するが、後期分岐群は様々な位置に転移する。系統解析の結果からは、RLEを持つ初期分岐群からAPEを持つ後期分岐群が派生したことが示唆されている。

 本研究では、後期分岐群の誕生の過程と、それに伴うレトロトランスポゾンの変化を解明することを目的とした。本論文は全5章から構成されている。第1章から第3章では、初期分岐群と後期分岐群の相違点の一つである配列特異性に着目し、その多様性、起源、進化を明らかにすることを試みた。第4章では、初期分岐群から後期分岐群が派生する中間形態のレトロトランスポゾンDualenを同定し、進化的解析を行なった。第5章では、後期分岐群の特徴である、2つの蛋白質を1つのRNAから合成する機構について、カイコのレトロトランスポゾンSART1を用いて分子生物学的に解析を行なった。

第1章 R1クレードにおける標的配列特異性の進化

 標的配列特異性は、元来"寄生"的な因子であるレトロトランスポゾンが反復配列のみに転移することで、一つしかない必須遺伝子を破壊することなく自身のコピーを増やすことができるという、"共生"的生存戦略として捉えることができる。R1クレードは、後期分岐群に属しながら、数種類の配列特異的なレトロトランスポゾンを含むグループである。R1クレードにおける標的配列はどのように選択されており、どのように配列特異性が進化してきたのかを明らかにするため、各種昆虫のゲノムDNAを用いた分子生物学的手法、及び、マラリアカのゲノム配列情報を用いたバイオインフォマティクス的手法を併用して新規のレトロトランスポゾンを探索した。この結果、マイクロサテライトに転移するWaldoとMino、28S rDNAに挿入されるR6、18S rDNAに挿入されるR7を新規に発見した。系統解析から、マイクロサテライト特異的なWaldoからrDNA特異的なR6、R7、RTが派生し、RTから再びマイクロサテライト特異的なMinoが分岐したことが明らかとなった(図1左)。RTとR7の標的配列は非常によく似ており(図1右)、標的配列の認識がわずかに変化することで18S rDNAと28S rDNAという異なる配列への配列特異性が分化したことを示している。

第2章 新規の配列特異的レトロトランスポゾンのゲノム横断的探索

 第1章と同様の手法により様々な生物のゲノム情報から、初期分岐群と、後期分岐群に属しながら配列特異的なTxグループのレトロトランスポゾンの探索を行なった。初期分岐群ではこれまで節足動物でしか見つかっていなかった28S rDNA特異的なR2を、ユウレイボヤ、カタユウレイボヤ、ゼブラフィッシュで発見した。これまでは配列特異的なレトロトランスポゾンは近縁な生物種間でしか分布が確認されておらず、動物門を超えた広範な分布を示す配列特異的レトロトランスポゾンは初めての発見であった。Txグループでは、TCリピート、TTCリピート、U2 snRNA遺伝子、tRNA遺伝子のタンデム反復配列のスペーサー領域、5S rDNA、にそれぞれ特異的なレトロトランスポゾンを硬骨魚類のゲノムから発見した。R1クレードを含む3つの配列特異的なグループの標的配列を比較すると(表1)、標的配列は全て反復配列であり、どのグループにも共通して、普遍的でコピー数の多いrDNAやマイクロサテライトに挿入されるレトロトランスポゾンの種類が多く、コピー数の少ないsnRNAや種ごとに配列の異なるトランスポゾンなどに挿入されるレトロトランスポゾンの種類は少ない傾向があり、配列特異的なレトロトランスポゾンの標的配列を制限する主な要因は、標的配列の保存性と反復数であることが示唆された。

第3章 左右相称動物における28S rDNA特異的なレトロトランスポゾンR2の長期にわたる垂直伝播

 第2章において、R2が節足動物門と脊索動物門とにまたがって分布することが明らかとなった。そこで、各種の脊索動物や節足動物などのゲノムDNAを用いて、PCRによりR2の分布を解析したところ、棘皮動物トリノアシや、脊索動物の内、メクラウナギ綱ヌタウナギと爬虫綱クサガメでR2を発見した。また、扁形動物門に属するマンソン住血吸虫にもR2が存在することをゲノム配列情報から明らかにした。系統解析とドメイン構造解析から、R2はN末のジンクフィンガーの数の異なる4つの大きな系統(クレード)に分類でき、更に、前口動物と後口動物の分岐以前に10以上の系統(サブクレード)に分かれて垂直伝播によって維持されてきたことが示された。以上のことは、R2の配列特異性が動物の進化の初期に誕生し、現在まで維持されてきたことを示しており、標的配列特異的に転移するという生存戦略が常に有効に働いてきたことを表している。

第4章 2つのエンドヌクレアーゼを持つ特異なレトロトランスポゾンDualen

 第2章の解析の過程でRLEとAPEの両方のエンドヌクレアーゼを持つ新規のレトロトランスポゾンDualenを発見した。Dualenは約3000アミノ酸残基からなる巨大な蛋白質をコードしており、中に2種類のエンドヌクレアーゼと逆転写酵素、プロテアーゼ、RNaseH、及びジンクフィンガーを含んでいる。逆転写酵素ドメインを用いた系統解析では、Dualenは初期分岐群と後期分岐群の中間に位置し、初期分岐群と後期分岐群とをつなぐ"ミッシングリンク"であることが示された(図2)。Dualenの構造から、初期分岐群から後期分岐群への進化は2つの過程からなり、最初の過程でAPEが獲得され、次の過程でRLEが失われたことが明らかとなった。Dualenでは、RLE、APE双方の保存された残基に変異が入っており、弱いエンドヌクレアーゼ活性を互いに補うことで両者のエンドヌクレアーゼを持つ特殊な構造が維持されてきた可能性がある。

第5章  レトロトランスポゾンSART1のバイシストロニックRNA翻訳機構

 後期分岐群に属するSART1のmRNAは2つの蛋白質(ORF1p, ORF2p)をコードするバイシストロニックRNAである。真核生物のmRNAは基本的に1つの蛋白質のみをコードするモノシストロニックRNAであり、2つの蛋白質を1つのRNAから翻訳するには、特別な機構が必要となる。non-LTRレトロトランスポゾンの遠戚のLTRレトロトランスポゾンやレトロウイルスもバイシストロニックRNAをコードしており、リボソームのフレームシフトを誘発することで下流の蛋白質を合成している(図3)。しかし、non-LTRレトロトランスポゾンでは、強制発現系を用いても十分な量の蛋白質が翻訳されず、ORF2pの翻訳機構は全くわかっていない。今回、SART1のバイシストロニックRNAをバキュロウイルスで大量に発現させ、ウエスタンブロッティングによってORF2pの翻訳を解析する系を構築した。SART1のORF2pは、LTRレトロトランスポゾンやレトロウイルスとは異なり、ORF1pとは独立した蛋白質として翻訳されていた。変異を導入して解析したところ、翻訳はORF2の最初のAUGから開始されていた。SART1のORF2の最初のAUGはORF1の終止コドンと重なってUAAUGとなっている。このUAAUGに変異を加えて、ORF2pの翻訳量を調べたところ、ORF2pの翻訳には、AUGがORF1の終止コドンの近傍にある必要があることが明らかとなった。このUAAUGの他に、下流のRNA二次構造も重要であった。原核生物の"translational coupling"と呼ばれる機構においても、終止コドンと開始コドンが重なったUAAUGが重要な働きを担っている事が示されている。translational couplingでは、上流の蛋白質を翻訳したリボソームが翻訳終了後にすぐそばの開始コドンから再び翻訳を開始する。SART1のORF2pもtranslational couplingによって翻訳されている可能性が高い(図3)。これは、真核生物では初めての発見であり、開始コドンと終止コドンが重複した構造が他のnon-LTRレトロトランスポゾンや細胞遺伝子でも見られることから、真核生物の普遍的なバイシストロニックRNA翻訳機構としてのtranslational couplingの存在を示唆するものである。

図1. R1グレードにおける標的配列特異性の進化

矢印は挿入位置、点数の四角は類似する塩基配列を示す。

表1. 3つの配列特異的なグループのレトロトランスポゾンの標的配列

図2. non-LTRレトロトランスポゾンのドメイン構造の進化

APE, AP様エンドヌクレアーゼ; RT, 逆転写酵素; RLE, 制限酵素様エンドヌクレアーゼ

図3. バイシストロニックRNA翻訳機構の比較

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章はR1クレードに属するnon-LTRレトロトランスポゾンの標的配列特異性の進化、第2章はTxサブクレードと初期分岐群のnon-LTRレトロトランスポゾンの標的配列特異性の進化、第3章は、レトロトランスポゾンR2の起源と進化、第4章は、新規のレトロトランスポゾンDualenの発見とそれに基づいたnon-LTRレトロトランスポゾンの進化に関する考察、第5章は、レトロトランスポゾンSART1のORF2蛋白質の翻訳機構について述べられている。

 論文提出者は第1章において、non-LTRレトロトランスポゾンの1グループであるR1クレードにおける標的配列特異性の進化を明らかにするために、PCRとin silicoのクローニング手法を併用することにより、多数の新規のレトロトランスポゾンの配列を得た。この中には、新規の配列特異性を有するレトロトランスポゾンが含まれており、とりわけ、28S rDNAに挿入するRTと18S rDNAに挿入するR7の標的配列に高い類似性が認められた。

 第2章では、第1章と同様の手法を用いることで初期分岐群及びTxサブクレードにおける配列特異性の進化を明らかにした。その結果を基にした比較解析により、配列特異的なレトロトランスポゾンの標的配列は、コピー数の多く、塩基配列の保存性が高い反復配列を標的とする傾向があることを示した。また、第1章と併せて、配列特異的なレトロトランスポゾンを網羅的に探索する手法により多数の新規配列特異的レトロトランスポゾンを発見したことは、今後の分子生物学的、生化学的研究のための基盤情報として有意義である。

 第3章では、28S rDNA特異的なレトロトランスポゾンR2の分布と進化に関して研究を行ない、幅広い生物種からR2を同定した。R2の分布は4つの動物門にまたがっており、その配列特異性の起源を左右相称動物の共通祖先にまで遡ることができることを示した。これほど広範な分布を示すレトロトランスポゾンの発見は初めてであり、宿主の系統進化とレトロトランスポゾンの伝播との関連付けを行なった点は評価に値する。

 第4章では、特殊なドメイン構造を持つレトロトランスポゾンを発見し、Dualenと命名した。Dualenは2種類のエンドヌクレアーゼ、RLEとAPEをコードしており、RLEを持つ初期分岐群とAPEを持つ後期分岐群との中間に位置することを、ドメイン構造の解析と各ドメインの系統解析から示した。この発見は、non-LTRレトロトランスポゾンの進化において重要な意義を持つと同時に、レトロエレメント全体の進化研究に大きな前進をもたらすものであると評価してよい。

 第5章では、真核生物には例外的なバイシストロニックRNAである後期分岐群のレトロトランスポゾンの翻訳機構を解明すべく、SART1のORF2蛋白質の翻訳機構を分子生物学的に解析した。論文提出者は、蛋白質産生系に用いられるバキュロウイルスを利用することで、これまで誰も成功したことのないORF2蛋白質のウエスタンブロッティングでの検出に成功した。SART1のORF2蛋白質は、同様にバイシストロニックRNAを持つLTRレトロトランスポゾンやレトロウイルスとは全く異なり、ORF2の最初のAUGから翻訳されていることを明らかにした。更にその機構が原核生物で見られるtranslational couplingに類似していることから、真核生物におけるtranslational couplingによってSART1のORF2蛋白質が翻訳されていると結論付けた。この研究は、non-LTRレトロトランスポゾンのバイシストロニックRNA翻訳機構の初めての解明という事実に留まらず、真核生物と原核生物共通のバイシストロニックRNA翻訳機構の存在を指し示すものであり、高く評価できる。

 以上の多岐にわたる研究結果は優れたものであるが、結果に基づいた堅実な議論に加えて、より踏み込んだ普遍性を主張することができればより一層研究の価値を増すことができるのではないかという指摘もあった。

 なお、本論文は藤原晴彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であったと判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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