No | 120495 | |
著者(漢字) | 野村,英雄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノムラ,ヒデオ | |
標題(和) | 真正粘菌と出芽酵母を用いたミトコンドリアゲノムの再編成とミトコンドリア融合に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on rearrangements of mitochondrial genome and mitochondrial fusion by using Physarum polycephalum and Saccharomyces cerevisiae | |
報告番号 | 120495 | |
報告番号 | 甲20495 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第115号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ミトコンドリアは細胞内で分裂融合を繰り返す半自律的オルガネラで,核とは別に独自のミトコンドリアゲノムをもつ.それを構成するミトコンドリアDNA(mtDNA)は多くの種で環状分子であり,そのサイズはヒトの約16kbから高等植物の2400kbまで多岐に富む.多くの生物でmtDNAは母性遺伝し,その均一性は保たれる.ミトコンドリアのゲノムサイズが大きな高等植物や菌類では,ミトコンドリアプラスミドをもつものが多数報告されている.それらはほとんどが直鎖状,二重鎖DNAであり,mtDNAと組換えを起こすものも知られている.ミトコンドリアゲノムの再編成にプラスミドの組換えがなんらかの役割を荷っていることが示唆されている. 真正粘菌Physarum polycephalumのmtDNAはバリエーションに富んでいる.P.polycephalumには,ミトコンドリアプラスミドmFがあり,接合期と胞子形成期にミトコンドリアの融合を促進する.mFは母性遺伝の法則に逆らって,mtDNAに存在する相同領域(ID)で組換える(Sakurai et al. 2004).mFをもつ変形体から得た子孫アメーバのmtDNAには通常よりも大きな多型があり,mFのmtDNAへの挿入がmtDNAの多様性を形成すると予想された. 私は,mFが関与するmtDNAの環状DNAの線状化と再環状化の過程と,多型の創出メカニズムについて研究した.ミトコンドリア同士は融合によって内容物を交換し,これによりミトコンドリア間の均一性は保たれていることが知られている.ミトコンドリアの研究が進んでいる出芽酵母では,融合に関わる遺伝子の異常はmtDNAの欠失やそれにともなうミトコンドリア活性の低下を生じることから,ミトコンドリア融合とミトコンドリアゲノムの維持には深い関わりがあることが示唆されている.ミトコンドリア融合を促進するmFにコードされた9個のORFには融合遺伝子があり,ORF640がそれではないかと期待された.構造的ホモロジーを探ったところ,出芽酵母の遺伝子OM45と構造上の相同性があった.今回はこのOM45を用いてミトコンドリアの融合,ミトコンドリアゲノムの維持に関する解析を行った. 結果と考察 1.接合時に母性遺伝を逃れるmFが関与するmtDNAの線状化 真正粘菌Physarum polycephalumの36のアメーバ系統には,mFをもつ株(mF+)が3株(JE8, TU111, NG111)ある.これらの3株とmFを持たない(mF-)株KM88とを接合させ,mtDNAとmFの伝播様式をサザン法により調べた.3組のmF-(母)とmF+(父)の掛け合わせでは,KM88×JE8でのみ完全な母性遺伝が示された.しかし,KM88×TU111とKM88×NG111では,KM88由来のmtDNAが伝わる一方,TU111かNG111由来のmFも変形体へと伝播した.さらに新たな制限酵素断片も生じていたことから,mFとmtDNAの組換えが推測された. PCRを用いてmFとmtDNAの動態を詳しく調べた.両親由来のmtDNAは多型を利用してそれぞれ検出した.TU111,NG111由来のmtDNAは分解されていた一方で,TU111,NG111由来のmFは分解されずにKM88由来のmtDNAと組換えを起こした(図1).最終的にはmtDNA全体の約80%がmFと組換えた.また,3組の掛け合わせから生じた変形体のmtDNAをパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)で環状DNAと線状DNAに分離したところ,mtDNAはmFと組換えることによって環状分子から線状分子へと構造が変化していることが明らかになった(図2). KM88とTU111の接合子では,融合してミトコンドリア核様体を複数もつ,巨大化したミトコンドリアが観察された.mFはミトコンドリアを融合させることにより,父由来のミトコンドリアから母由来のミトコンドリアに乗り換え,母性遺伝の圧力から逃れたと考えられる. 2.胞子形成時に観察されたmFが関与するmtDNAの再環状化と再編成 ミトコンドリアプラスミドが関与するmtDNAの多様性創出過程を明らかにするため,mFを持たない株(KM88×JE8)とmFを持つ3株(KM88×TU111,KM88×NG111とJe90)から91株の子孫アメーバを取った.それらのmtDNAを単離して,RFLP解析,PCRによる特定領域の検出,PFGEによる環状分子と線状分子の分離を行った.RFLP解析とPCRによる特定領域の検出によると,mFを持たないKM88×JE8の子孫ではすべての子孫が親と全く同じパターンを示したのに対し,mFを持つ3株の子孫では親とは異なるパターンを示すアメーバが71株中44株も存在していた(表1).PCRで検出できた断片の種類に従って分類したところ,9タイプのmtDNA再編成パターンが見つかった.再編成はmFの組換え領域を中心に起こっていた.また,変形体で存在していた線状mF-mtDNA組換え体が存在し続けているかPFGEにより確認したところ,再編成したmtDNAをもつものでは,線状分子は存在していなかった.サザン法により組換え体の痕跡が環状分子に存在していることがわかり,線状のmF-mtDNA組換え体が再環状化していることが明らかになった. 再編成が起こった子孫アメーバのタイプ8と分類されるmtDNAの再編成領域の塩基配列を決定したところ,線状mF-mtDNA組換え体の片末端とID配列周辺が再び組換えを起こし,再環状化していたことが明らかになった(図3).再環状化の結果として一部の配列が欠失し,その欠失する領域の違いにより再編成に多様性が存在していることが示された.また,欠失領域が複数あるタイプの存在により,このような組換えが複数回おきたことも示唆された.これらの結果から,ミトコンドリアプラスミドの関与するmtDNAの多様性を生じる過程のひとつが明らかになったと考えられる. 3.ミトコンドリア融合に関わると予想される出芽酵母遺伝子OM45の解析 ミトコンドリアプラスミドmFにコードされるORFのホモロジーサーチでは,ミトコンドリア融合に関わるタンパク質の同定はできなかった.しかし,膜貫通ドメインを持つこと,コイルドコイルドメインを持つことからORF640がミトコンドリア融合に関わっているのではないかと期待された.配列上の相同性はなくとも構造上で似たタンパク質がないか検索したところ,出芽酵母のOM45pが局在,細胞質に出ているC末端の長さ,コイルドコイルドメインの長さで類似していた(図4).そこで,OM45の遺伝子破壊株を作成し,OM45pがミトコンドリアの融合に関わっているか調べた.出芽酵母のデータベースにより,定常期,窒素源枯渇時,非発酵性の炭素源で培養した時にOM45の発現は上昇することが示されていたため,この3つの培養条件を中心にミトコンドリアの挙動を観察した. ミトコンドリアの挙動を生細胞で観察するためにミトコンドリア外膜をGFP[OM70(1-55)-GFP]で,マトリクスをRFP[COX4(1-22)-RFP]でラベルした株を作成した.その上で,OM45の遺伝子を,CandidaのHIS3遺伝子,またはKanMX4カセットで置き換え遺伝子破壊した.遺伝子破壊株(Δom45)と野生型株(WT)の増殖曲線を異なる培地条件で比較した.発酵性炭素源を用いた場合も非発酵性炭素源を用いた場合でも,WT,Δom45ともにほぼ同じ増殖曲線を示した.また,同時にミトコンドリアの形態も比較したが,発酵性炭素源を用いた培養の定常期でΔom45のミトコンドリア形態が若干単純な程度の差であった.しかし,非発酵性炭素源で定常期まで培養した後に新鮮な発酵性炭素源の培地に移したところ,WTとΔom45ではミトコンドリアの形態変化に大きな差が生じた.WTでは最初顆粒状であったミトコンドリアは,60分で25%ほどの細胞で融合し始め,90分の時点では90%以上の細胞で融合してネットワーク状の大きなミトコンドリアになった.一方Δom45は60分では95%以上の細胞が顆粒状のミトコンドリアをもち,90分経っても顆粒状のミトコンドリアを持つものがまだ多く,融合してネットワーク化したミトコンドリアをもつ細胞は50%弱しかいなかった.定常期に断片化したミトコンドリアが融合し,ネットワーク化するのに遅延が生じていた.そこで,ミトコンドリア分裂融合と密接な関係のあるmtDNAが喪失した時の表現型プチの発生率も調べた.若干ではあったが,WTに比べてΔom45はプチの発生率が全ての条件で上昇した.このことからも,定常期から指数増殖期への移行時のミトコンドリア融合に関わっている可能性が示唆された.OM45の破壊はミトコンドリア融合自体を阻害せずに遅延のみを生じたことから,OM45は融合に必須なのではなく,融合させやすくする遺伝子だと推測された. データベースによってOM45の発現が上昇すると示された窒素源枯渇条件は,胞子形成を誘導することが知られている.そこで,胞子形成率と胞子形成期のミトコンドリアの挙動についても比較した.胞子形成率では四分子,三分子,二分子の発生率についても考慮したが,WTとΔom45の間でまったく差はなかった.次に,核の状態ごとにステージを分け,ミトコンドリアの形態を経時的に観察したが,顕著な差異は見られなかった.胞子へ分配されるmtDNAのコピー数もリアルタイムPCRを用いて核のDNAとの相対的な値を出して確認した.胞子に分配されるmtDNAの量には大きな差異はなかったが,胞子外に捨てられるmtDNAの量はWTに比べると50%ほど多かった.胞子形成期ではOM45は,胞子形成率やミトコンドリアとmtDNAの分配にはそれほど重要ではないようだが,破棄されるmtDNAの量が増えることから何らかの役割はあるようだ. 結論 接合時と胞子形成期のmFプラスミドの動態とOM45を解析し,次のことを明らかにした. 1.mFは,ミトコンドリアを融合させることで,母性遺伝から逃れることができる. 2.mFは,環状mtDNAと組換えを起こし,線状のmF-mtDNA組換え体を生じる. 3.線状のmF-mtDNA組換え体は,胞子形成期のmtDNAの再編成により,再環状化する.再環状化部位の違いは結果としてmtDNAに多様性をもたらす. 4.OM45は培養条件が変化したときのミトコンドリア融合に関与している可能性がある. 5.OM45は,胞子形成期のミトコンドリア融合に大きく関わってはいないが,胞子形成期に破棄されるmtDNA量には少なからず影響を与える. 発表論文 1.Sakurai, R., Nomura, H., Moriyama, Y., Kawano, S.(2004) The mitochondrial plasmid of the true slime mold Physarum polycephalum bypasses uniparental inheritance by promoting mitochondrial fusion. Curr. Genet. 46: 103-114. 2.Nomura, H., Moriyama,Y., Kawano, S.(2004) Rearrangements in the Physarum polycephalum mitochondrial genome associated with a transition from linear mF-mtDNA recombinants to circular molecules. Curr. Genet., in press. 図1.両親由来mtDNAとmFをPCRで検出.左に検出対象を,上段にサンプル名を示す.左カラムの2サンプルは接合前,右カラムは接合後のサンプルで,数字は接合からの日数を示す. 図2.mFとmtDNAの組換えの模式図.mFとの組換えにより環状であったmtDNAは線状化する.組換えは相同領域(ID,mFは□,mtDNAは■)で起こる. 表1.PCRの結果に基づいた各タイプの出現数. 上段は各タイプで検出されるフラグメントを表し,下段は,親株ごとに子孫を各タイプに分類した.なお,親株はmF+がタイプ1,mF-がタイプ11.親株のカッコ内のnは子孫のサンプル数. 図3.タイプ8で観察された再編成が生じる2通りのモデル. 線状mF-mtDNA組換え体の片末端とID配列周辺が直接組換えを起こし再環状化するモデル(黒矢印)と,線状mF-mtDNA組換え体の両末端がまず組換え,中間体を介すモデル(白矢印). 図4.mFのORF640(左)と出芽酵母OM45p(右)の構造上の類似性.上段はコイルドコイル予測,下段は膜貫通領域予測.両者ともミトコンドリア外膜上でC末端を細胞質に出して存在する.膜貫通領域からC末端までの長さ,コイルドコイル領域を複数持つなど共通点が多い. | |
審査要旨 | 本論文は3章からなり、第一章では接合時のmFとmtDNAの挙動、第二章では胞子形成時のmtDNAの再編成、第三章では出芽酵母のOM45の解析について述べられている。 第一章では、接合時に母性遺伝を逃れるmFが関与するmtDNAの線状化について解析している。真正粘菌Physarum polycephalumのアメーバのmFをもつ3株(mF+; JE8、TU111、NG111)とmFを持たない株(mF-; KM88)とを接合させ、mtDNAとmFの伝播様式をまずサザン法により調べている。母(mF-)と父(mF+)の掛け合わせでは、KM88×JE8は正常な母性遺伝を示した。一方、KM88×TU111とKM88×NG111では、母方由来のmtDNA が伝わったが、父方由来のmFも変形体へと伝播し、さらに新たな制限酵素断片も生じた。このことから、mFとmtDNAの組換えを推測し、PCRを用いてmFとmtDNAの動態を調べ、父方由来のmtDNAは分解される一方、父方由来のmFは残存して母方由来のmtDNAと組換えを起すことを示した。次に、生じた変形体のmtDNAをパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)により環状DNAと線状DNAに分離し、mtDNAはmFと組換えることによって環状分子から線状分子へと構造が変化することを明らかにしている。さらに、KM88×TU111の接合子で、融合したミトコンドリアを観察している。mFはミトコンドリアを融合させることにより、父由来のミトコンドリアから母由来のミトコンドリアに乗り換え、母性遺伝の圧力から逃れると結論している。 第二章では、胞子形成時に観察されたmFが関与するmtDNAの再環状化と再編成について解析している。mFを持たない変形体 (KM88×JE8)とmFを持つ変形体3株(KM88×TU111、KM88×NG111とJe90)から91株の子孫アメーバを取り、それらのmtDNAを単離して、RFLP解析、PCRによる特定領域の検出、PFGEによる環状分子と線状分子の分離を行っている。RFLP解析とPCRによる特定領域の検出により、mFを持たないKM88×JE8の子孫はすべて親と全く同じパターンを示す一方、mFを持つ3株の子孫では親とは異なるパターンを示すアメーバが71株中44株も存在することを見出した。PCRで検出した断片の種類に従って分類し、9タイプのmtDNA再編成パターンを見つけ、再編成はmFの組換え領域を中心に起きることを示した。また、PFGEにより、再編成したmtDNAをもつものでは、線状mF-mtDNA組換え体分子は存在していないことを示した。サザン法により組換え体の痕跡が環状分子に存在していることを示し、線状のmF-mtDNA組換え体が再環状化していることを明らかにした。その上で、再編成が起こった子孫アメーバのmtDNAの再編成領域の塩基配列を決定し、実際に組換えが起こり再環状化していたことを示した。再環状化の結果として一部の配列が欠失し、その欠失する領域の違いにより再編成に多様性が生じたと結論している。 第三章では、ミトコンドリア融合に関わると予想される出芽酵母遺伝子OM45を解析している。膜貫通ドメインを持つことやコイルドコイルドメインを持つことからORF640がミトコンドリア融合に関わっていると期待し、構造上で似たタンパク質である出芽酵母のOM45pを解析した。OM45の遺伝子破壊株を作成し、OM45pがミトコンドリアの融合に関わっているか、定常期、窒素源枯渇時、非発酵性の炭素源で培養した時を中心にミトコンドリアの挙動を観察した。まず、遺伝子破壊株(Δom45)と野生型株(WT)の増殖曲線を異なる培地条件で比較した。発酵性炭素源を用いた場合も非発酵性炭素源を用いた場合でも、WT、Δom45ともにほぼ同じ増殖曲線を示すが、発酵性炭素源を用いた培養の定常期でΔom45のミトコンドリア形態が単純であることを観察した。非発酵性炭素源で定常期まで培養した後に新鮮な発酵性炭素源の培地に移した時のミトコンドリアの形態変化を比較し、定常期に断片化したミトコンドリアが融合してネットワーク化するのに遅延が生じることを明らかにした。さらに、ミトコンドリア分裂融合と密接な関係のあるmtDNAが喪失した時の表現型プチの発生率も調べ、WTに比べてΔom45はプチの発生率が全ての条件で上昇することを示した。これらのことから、定常期から指数増殖期への移行時のミトコンドリア融合に関わっていることを示唆した。また、OM45の破壊がミトコンドリア融合自体を阻害せずに遅延のみを生じたことから、OM45は融合に必須なのではなく、融合を促進する遺伝子だと結論した。さらに、窒素源枯渇条件は胞子形成を誘導することが知られていることから、胞子形成率と胞子形成期のミトコンドリアの挙動についても比較している。胞子形成率ではWTとΔom45の間で差は見出していない。次に、核の状態ごとにステージを分け、ミトコンドリアの形態を経時的に観察したが、顕著な差異を見出だしていない。胞子形成期のmtDNAのコピー数もリアルタイムPCRを用いて核のDNAとの相対的な値を出し、胞子外に捨てられるmtDNAの量がWTに比べ最大50%上昇することを示した。最終的に、OM45はミトコンドリアの融合を促進する遺伝子だとし、ORF640も融合促進遺伝子だと結論している。 なお、本論文第1章は桜井楽生、森山陽介、河野重行との共同研究であり、第2章は、森山陽介、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |