学位論文要旨



No 120499
著者(漢字) 福田,智行
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,トモユキ
標題(和) 可動性遺伝因子VMA1インテインがゲノム中で伝播する機構に関する研究
標題(洋) Molecular mechanism of VDE-initiated VMA1 intein homing in yeast nuclear genome
報告番号 120499
報告番号 甲20499
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第119号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 助教授 青木,不学
内容要旨 要旨を表示する

序論

 タンパク質のコーディング領域に介在配列として存在する「インテイン」は、翻訳後タンパク質レベルでのスプライシング反応によって切り出されるが、同時に染色体の二重鎖切断を利用した可動性遺伝因子としてゲノム中を動く、「ホーミング」と呼ばれる遺伝現象を引き起こすことが知られている。出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのある系統では、第四番染色体上にあるVMA1遺伝子座に可動性遺伝因子として働くVMA1インテインが挿入されている。このインテインを持つ系統と持たない系統が接合してできたヘテロ二倍体が、栄養枯渇に応答して減数分裂し胞子を形成する際に、インテインにコードされる部位特異的エンドヌクレアーゼVDE(VMA1-derived endonuclease)はインテインを持たない染色体上の配列を認識し、DNAの二重鎖切断を引き起こす。この切断がインテインを持つ染色体を鋳型にして修復される結果、切断された箇所にインテインが挿入されることになる。「ホーミング」と呼ばれるこの現象により、VMA1インテインは酵母集団中に効率良くコピーを増幅してゆくことができる(図1)。VMA1インテインのホーミングに関するこれまでの研究はVDEの切断活性に関する生化学的解析や構造解析が主であった。しかし、ホーミングの全貌を明らかにするためには、出芽酵母内でおきる減数分裂期特異的な染色体切断とそれに続くDNA修復というホーミング過程そのものを研究する必要があり、宿主である出芽酵母側の因子の解析も不可欠であると考えられる。そこで本研究では、ホーミングの各過程における宿主因子の関わりについて明らかにすることを目的とした。

結果と考察

1. VDEによる二重鎖切断を修復する機構の解析

 まず、最初からインテインを持っているドナーの染色体とホーミングによりインテインを獲得した染色体とを区別できるように、制限酵素サイトの多型を導入した株を作成した。この株を同調した減数分裂に誘導し、サザン解析を行うことで、減数分裂誘導後2-3時間でVDEによる二重鎖切断が誘導され、5時間からホーミング産物が蓄積していく様子をモニターすることができた(図2)。この時期は減数分裂期組換えが起きている時期に相当する。減数分裂期組換えはSpo11pが染色体に導入した二重鎖切断が相同染色体を鋳型とした組換えにより修復される反応である。ホーミングの時期とその特徴から、VDEによる二重鎖切断は減数分裂期組換えと同様の経路によって修復されているのではないかと予想した。そこで、相同組換えの鍵となるRecA様タンパク質であるRad51pとそれに相互作用するRad54p及び、減数分裂期のみに発現するRecA様タンパク質であるDmc1pとそれに相互作用するTid1pをコードする遺伝子の破壊株をそれぞれ作成し、サザン解析によりホーミングを観察した。いずれの遺伝子破壊株においてもホーミングは著しく減少しており、VDEによって切断されたDNAが修復されずに残っていた(図2)。また、ホーミングには減数分裂期組換えの特徴であるExo1pやMsh4pに依存した高頻度の交叉が伴っていた。以上の結果から、ホーミングは減数分裂期組換えと同時期に同様の経路で進行していることが明らかになった。

2. VDEを利用した出芽酵母の二重鎖切断修復機構の解明

 VDEは時期特異的に、特定の箇所へ高頻度に二重鎖切断を導入することができる。また、上述のようにその切断は減数分裂期組換えと同様の経路で修復される。そこで、出芽酵母の二重鎖切断修復機構、特に減数分裂期組換え機構の解析にVDEをツールとして用いることができるのではないかと考えた。減数分裂期組換えにはRecA様タンパク質であるRad51p、Dmc1pに加えて、多数の関与する因子が同定されており、これら因子の遺伝子破壊株はSpo11pによる染色体の二重鎖切断の修復に欠損を示す。まず、これら因子の遺伝子破壊株ではVDEによる二重鎖切断の修復にも同様の欠損が見られることをサザン解析により確認した。次に、これら因子が関与する修復過程をより詳細に明らかにするために、クロマチン免疫沈降法を用いてVDEの切断したDNAとRad51p、Dmc1pとの結合をモニターすることにした。Rad51pとDmc1pにMycタグとFlagタグをそれぞれ結合した株を作成し、同調した減数分裂を誘導後取得したサンプルから、抗Myc及び抗Flag抗体を用いてクロマチン免疫沈降を行った。何れの抗体の免疫沈降物からもVDEの認識配列近傍のDNAが濃縮されており、Rad51pとDmc1pは共にVDEによる切断箇所へ結合していることが示された(図3)。次に、ホーミングに欠損を示した遺伝子破壊株において両タンパク質の切断箇所への結合を解析した。その結果、RAD52、RAD55、RAD57遺伝子破壊株ではRad51pの切断箇所への結合に欠損が見られ、SAE3遺伝子破壊株でほDmc1pの結合に欠損が見られた(図3)。これらの解析から、Rad51pはRad52p、Rad55p、Rad57pの働きにより、Dmc1pはSae3pの働きによりそれぞれ独立に二重鎖切断箇所へ運ばれて結合し、その後の修復反応を行うことが明らかになった。以上の解析により、減数分裂期における二重鎖切断修復機構の新たな知見が得られただけではなく、VDEやホーミングの解析ツールとしての有効性が示された。

3. VDEによる二重鎖切断の減数分裂特異性を産み出す機構の解析

VDEによる二重鎖切断が減数分裂期組換えと同様の経路で修復されるのは、その切断が減数分裂期特異的に導入されることに起因すると考えられた。そこで、VDEによる認識配列の二重鎖切断が減数分裂期特異的に起きる機構を明らかにすることを目的として以下の実験を行った。VDEの発現量をウエスタン解析により調べたところ、VDEは減数分裂誘導の前後で変わらず発現していた。更に、VDEのもつエンドヌクレアーゼ活性が減数分裂誘導の前後で変化するかどうかを調べるために、VDEを免疫沈降し、認識配列を含むDNAとインキュベートしたところ、減数分裂誘導の前後で同程度の活性を示した。これらの解析から、VDEによる二重鎖切断の減数分裂期特異性がVDE自身の発現量の変化や、修飾等によるエンドヌクレナーゼ活性の変化によるものである可能性は否定された。次に、宿主である出芽酵母側の因子が関与している可能性を検討するために、減数分裂の進行の各過程を阻害し、それぞれの条件下におけるホーミングをサザン解析によりモニターした(図4)。まず、減数分裂の誘導に必要なIME1、IME2遺伝子破壊株ではVDEによる切断及びホーミングは観察されなかった。また、減数分裂前DNA複製をヒドロキシ尿素の添加または、CLB5、CLB6遺伝子の二重破壊により阻害すると、VDEによる切断及びホーミングに著しく減少、遅延が見られた。一方、減数分裂前DNA複製以降のイベントである核分裂や胞子の形成を阻害したところ、VDEによる切断、ホーミングに欠損は見られなかった。以上の結果から、VDEによる染色体の二重鎖切断は減数分裂前DNA複製の後に活性化していると考えられる。Spo11pによる染色体の切断にも減数分裂前DNA複製が必要であることが知られていることから、ホーミングは修復の過程だけでなく二重鎖切断の過程においても減数分裂期組換えと類似の制御を受けていることが示唆された。

 以上の解析から、ホーミングの減数分裂期特異性にはVDEに切断される染色体の側に要因がある可能性が挙げられた。そこで、VDEの認識配列付近のクロマチン構造を球菌ヌクレアーゼの感受性により解析したところ、認識配列付近のクロマチン構造は減数全裂誘導後に変化していることが明らかになった(図5)。インテインを挿入した染色体ではこのクロマチン構造の変化が見られず、VDEの認識配列をVMA1とは異なる遺伝子座に挿入した株では、挿入した認識配列周辺で減数分裂誘導後にクロマチン構造の変化が見られた。また、減数分裂の誘導に欠損を持っIMAE1またはIME2遺伝子破壊株や一倍体細胞ではクロマチン構造の変化は見られず、減数分裂前DNA複製に欠損をもつCLB5、CLB6遺伝子二重破壊株においても変化は見られなかった。したがって、VDEの認識配列近傍では減数分裂の進行に依存してクロマチン構造に変化が生じ、この変化が契機となってVDEによる染色体の二重鎖切断及びホーミングが誘導される可能性が示された。

結論

 本研究では、種々の遺伝子破壊株を用いてホーミングの過程をモニターすることで、VMA1インテインのホーミングにはVDEに加えて多数の宿主因子が二重鎖切断及び修復の過程に関与していることを明らかにした。また、VDEによる二重鎖切断を利用することで、減数分裂期組換えにはRad51pとDmc1pをそれぞれ切断箇所へ運ぶ過程が存在し、複数の因子がこの過程に関与していることを明らかにすることができた。VMA1インテインは、減数分裂期組換えという、細胞が厳密な制御下でDNAの二重鎖切断と修復を行う現象の諸システムを巧みに利用することで可動性の原動力とし、あたかも減数分裂期組換えの1つであるかのように進行する。その結果、宿主の生存に影響せず、且つ効率よくコピーを増幅することが可能になり、酵母集団中に伝播していったのではないだろうか。

図1 VMA1インテインのホーミング。VMA1インテインを持つ系統と持たない系統とのヘテロ二倍体細胞は、インテインにコードされる部位特異的エンドヌクレアーゼVDEを発現しながら体細胞分裂により増殖する(a)。栄養枯渇に際して減数分裂が誘導されると、VDEはインテインを持たない染色体に存在する認識配列に二重鎖切断を導入する(b)。切断された染色体はインテインを持つ染色体を鋳型に修復されるため、切断箇所にインテインが挿入されることになる(c)。

図2 サザン解析で見たホーミングの進行。同調した減数分裂を誘導後、各時間に採取したサンプルよりゲノムDNAを抽出し、サザン解析を行った。野生株では誘導後5時間でホーミング産物が蓄積し始めるのに比べ、相同組換えに欠損を示す変異株ではホーミングが遅延、減少しており、VDEによって二重鎖切断された染色体が修復されずに残っている。

図3 クロマチン免疫沈降法によるDmc1pとRad51pの二重鎖切断部位への結合解析。Flag-Dmc1p及びMyc-Rad51pを発現させた株に同調した減数分裂を誘導後、各時間に採取したサンプルにおいてDNA-タンパク質間の結合をクロスリンクし、抗Flag又は抗Myc抗体で免疫沈降を行った。免疫沈降物(α-Myc又はα-Flag)と免疫沈降前のサンプル(input)からDNAを精製し、VDEによる切断箇所近傍の配列に対するプライマー(DSB1とDSB2)と、テロメア付近の配列に対するプライマー(TEL)を用いてPCRを行った。野生株では減数分裂誘導後、免疫沈降したサンプルにおいて切断箇所近傍のDNAの濃縮が見られたことから、Dmc1pとRad51pは切断されたDNAに結合していることが分かる。一方、rad52Δ、rad55Δ、rad57Δ変異株では抗Myc抗体での、sae3Δ変異株では抗Flag抗体での免疫沈降物において、切断箇所近傍のDNAの濃縮が見られない。

図4 減数分裂の各過程を阻害した際のホーミングの解析。同調した減数分裂を誘導後、各時間に採取したサンプルよりゲノムDNAを抽出し、サザン解析を行った。ime2Δは減数分裂の誘導を、ヒドロキシ尿素(HU)の添加は減数分裂前DNA複製を、ndt80Δは核分裂をそれぞれ阻害する。VDEによる染色体の切断及びホーミングは減数分裂前DNA複製後に活性化することが示された。

図5 VDEの認識配列周辺のクロマチン構造解析。同調した減数分裂を誘導後、各時間に採取したサンプルからクロマチンを精製し、各濃度(0、5、10、20 U/ml)の球菌ヌクレアーゼ(MNase)で切断した後ゲノムDNAを精製し、サザン解析を行った。減数分裂誘導後のサンプルでは矢頭で示した位置にシャープなバンドが見られるようになり、クロマチン構造に変化が起きていることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、三章からなる。その内容については以下のとおりである。

 DNAの切断は生物にとって危険な損傷である一方で、例えば減数分裂期組換えや抗体遺伝子の再編成のように、細胞は厳密な制御下で積極的に切断を誘導し修復することで遺伝情報の再構築を行う。また、時にDNAの切断は種々の可動性遺伝因子のコピー増幅に利用される。タンパク質のコーディング領域に介在配列として存在する「インテイン」は、翻訳後タンパク質レベルでのスプライシング反応によって切り出されるが、同時に染色体の二重鎖切断を利用した可動性遺伝因子としてゲノム中を動く、「ホーミング」と呼ばれる遺伝現象を引き起こすことが知られている。出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのある系統では、第四番染色体上にあるVMA1遺伝子座に可動性遺伝因子として働くVMA1インテインが挿入されている。このインテインを持つ系統と持たない系統が接合してできたヘテロ二倍体が、栄養枯渇に直面して減数分裂し胞子を形成する際に、インテインにコードされる部位特異的エンドヌクレアーゼVDE(VMA1-derived endonuclease)はインテインを持たない染色体上の配列を認識し、DNAの二重鎖切断を引き起こす。この切断がインテインを持つ染色体を鋳型にして修復される結果、切断された箇所にインテインが挿入されることになる。「ホーミング」と呼ばれるこの現象により、VMA1インテインは酵母集団中に効率良くコピーを増幅してゆくことができる。VMA1インテインのホーミングに関するこれまでの研究はVDEの切断活性に関する生化学的解析や構造解析が主であった。しかし、ホーミングの全貌を明らかにするためには、出芽酵母内でおきる減数分裂期特異的な染色体切断とそれに続くDNA修復というホーミング過程そのものを研究する必要があり、宿主である出芽酵母側の因子の解析も不可欠であると考えられる。そこで本研究では、ホーミングの各過程における宿主因子の関わりについて、主に遺伝子破壊株を用いた解析により明らかにすることを目的とした。

1. VDEによる二重鎖切断を修復する機構の解析

 まず、最初からインテインを持っているドナーの染色体とホーミングによりインテインを獲得した染色体とを区別できるように、制限酵素サイトの多型を導入した株を作成した。この株を同調した減数分裂に誘導し、サザン解析を行うことで、減数分裂誘導後2-3時間でVDEによる二重鎖切断が誘導され、5時間からホーミング産物が蓄積していく様子をモニターすることができた。この時期は減数分裂期組換えが起きている時期に相当する。減数分裂期組換えはほとんどの真核細胞に見られる現象で、Spo11pによって染色体の二重鎖切断が引き起こされ、その切断が相同染色体を鋳型とした相同組換えにより修復される反応である。ホーミングの時期とその特徴から、VDEによる二重鎖切断は減数分裂期組換えと同様の経路によって修復されているのではないかと予想した。そこで、相同組換えの鍵となるRecA様タンパク質であるRad51Pとそれに相互作用するRad54p及び、減数分裂期のみに発現するRecA様タンパク質であるDmc1pとそれに相互作用するTid1pをコードする遺伝子の破壊株をそれぞれ作成し、サザン解析によりホーミングを観察した。いずれの遺伝子破壊株においてもホーミングは著しく減少しており、VDEによって切断されたDNAが修復されずに残っていた。特に、減数分裂期に発現して働くDMC1, TID1遺伝子破壊株ではより顕著な欠損が見られた。また、ホーミングには減数分裂期組換えの特徴であるExo1pやMsh4pに依存した高頻度の交叉が伴っていた。以上の結果からホーミングは減数分裂期組換えと同時期に同様の経路で進行していることが明らかになった。

2. VDEによる二重鎖切断の減数分裂特異性を産み出す機構の解析

 VDEによる二重鎖切断が減数分裂期組換えと同様の経路で修復されるのは、その切断が減数分裂期特異的に導入されることに起因すると考えられた。そこで、VDEによる認識配列の二重鎖切断が減数分裂期特異的に起きる機構を明らかにすることを目的として以下の実験を行った。VDEの発現量をウエスタン解析により調べたところ、VDEは減数分裂誘導の前後で変わらず発現していた。更に、VDEのもつエンドヌクレアーゼ活性が減数分裂誘導の前後で変化するかどうかを調べるために、VDEを免疫沈降し、認識配列を含むDNAとインキュベートしたところ、減数分裂誘導の前後で同程度の活性を示した。これらの解析から、VDEによる二重鎖切断の減数分裂期特異性がVDE自身の発現量の変化や、修飾等によるエンドヌクレアーゼ活性の変化によるものである可能性は否定された。次に、宿主である出芽酵母側の因子が関与している可能性を検討するために、減数分裂の進行の各過程を阻害し、それぞれの条件下におけるホーミングをサザン解析によりモニターした。まず、減数分裂の誘導に必要なIME1、IME2遺伝子破壊株ではVDEによる切断及びホーミングは観察されなかった。また、減数分裂前DNA複製をヒドロキシ尿素の添加または、CLB5、CLB6遺伝子の二重破壊により阻害すると、VDEによる切断及びホーミングに著しく減少、遅延が見られた。一方、減数分裂前DNA複製以降のイベントである核分裂や胞子の形成を阻害したところ、VDEによる切断、ホーミングに欠損は見られなかった。以上の結果から、VDEによる染色体の二重鎖切断は減数分裂前DNA複製の後に活性化していると考えられる。Spo11pによる染色体の切断にも減数分裂前DNA複製が必要であることが知られていることから、ホーミングは修復の過程だけでなく二重鎖切断の過程においても減数分裂期組換えと類似の制御を受けていることが示唆された。

 以上の解析から、ホーミングの減数分裂期特異性にはVDEに切断される染色体の側に要因がある可能性が挙げられた。そこで、VDEの認識配列付近のクロマチン構造を球菌ヌクレアーゼの感受性により解析したところ、認識配列付近のクロマチン構造は減数分裂誘導後に変化していることが明らかになった。インテインを挿入した染色体ではこのクロマチン構造の変化が見られず、VDEの認識配列をVMA1とは異なる遺伝子座に挿入した株では、挿入した認識配列周辺で減数分裂誘導後にクロマチン構造の変化が見られた。また、減数分裂の誘導に欠損を持つIME1またはIME2遺伝子破壊株や一倍体細胞ではクロマチン構造の変化は見られず、減数分裂前DNA複製に欠損をもつCLB5、CLB6遺伝子二重破壊株においても変化は見られなかった。したがって、VDEの認識配列近傍では減数分裂の進行に依存してクロマチン構造に変化が生じ、この変化が契機となってVDEによる染色体の二重鎖切断及びホーミングが誘導される可能性が示された。

3. VDEを利用した出芽酵母の二重鎖切断修復機構の解明

 VDEは時期特異的に、特定の箇所へ高頻度に二重鎖切断を導入することができる。また、上述のようにその切断は減数分裂期組換えと同様の経路で修復される。そこで、出芽酵母の二重鎖切断修復機構、特に減数分裂期組換え機構の解析にVDEをツールとして用いることができるのではないかと考えた。減数分裂期組換えにはRecA様タンパク質であるRad51P、Dmc1pに加えて、多数の関与する因子が同定されており、これら因子の遺伝子破壊株はSpo11pによる染色体の二重鎖切断の修復に欠損を示す。まず、これら因子の遺伝子破壊株ではVDEによる二重鎖切断の修復にも同様の欠損が見られることをサザン解析により確認した。次に、これら因子が関与する修復過程をより詳細に明らかにするために、クロマチン免疫沈降法を用いてVDEの切断したDNAとRad51P、Dmc1Pとの結合をモニターすることにした。Rad51pとDmc1pにMycタグとFlagタグをそれぞれ結合した株を作成し、同調した減数分裂を誘導後取得したサンプルから、抗Myc及び抗Flag抗体を用いてクロマチン免疫沈降を行った。何れの抗体の免疫沈降物からもVDEの認識配列近傍のDNAが濃縮されており、Rad51pとDmc1pは共にVDEによる切断箇所へ結合していることが示された。次に、ホーミングに欠損を示した遺伝子破壊株において両タンパク質の切断箇所への結合を解析した。その結果、RAD52、RAD55、RAD57遺伝子破壊株ではRad51pの切断箇所への結合に欠損が見られ、SAE3遺伝子破壊株ではDmc1pの結合に欠損が見られた。更に、TID1遺伝子破壊株ではDmc1pが切断の起きていない箇所へも結合してしまう可能性を示す結果を得た。これらの解析から、Rad51pはRad52p、Rad55p、Rad57pの働きにより、Dmc1pはSae3pの働きによりそれぞれ独立に二重鎖切断箇所へ運ばれて結合し、その後の修復反応を行うことが明らかになった。以上の解析により、減数分裂期における二重鎖切断修復機構の新たな知見が得られただけでなく、VDEやホーミングの解析ツールとしての有効性が示された。

 本研究では、種々の遺伝子破壊株を用いてホーミングの過程をモニターすることで、VMA1インテインのホーミングにはVDEに加えて多数の宿主因子が二重鎖切断及び修復の過程に関与していることを明らかにした。また、VDEによる二重鎖切断を利用することで、減数分裂期組換えにはRad51pとDmc1pをそれぞれ切断箇所へ運ぶ過程が存在し、複数の因子がこの過程に関与していることを明らかにすることができた。VMA1インテインは、減数分裂期組換えという、細胞が厳密な制御下でDNAの二重鎖切断と修復を行う現象の諸システムを巧みに利用することで可動性の原動力とし、あたかも減数分裂期組換えの1つであるかのように進行する。その結果、宿主の生存に影響せず、且つ効率よくコピーを増幅することが可能になり、酵母集団中に伝播していったのではないだろうか。

 なお、本論文は論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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