学位論文要旨



No 120500
著者(漢字) 山崎,誠和
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,トモカズ
標題(和) 単細胞緑藻Nannochloris bacillarisにおけるrbcSの遺伝子重複とセプチンホモログの局在に関する研究
標題(洋) Studies on duplication of rbcS and localization of a septin homolog in the unicellular green alga Nannochloris bacillaris
報告番号 120500
報告番号 甲20500
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第120号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教接 大矢,禎一
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

 緑色藻類の多様性は,シアノバクテリアとの細胞内共生により葉緑体を獲得した後の植物の進化を写像している.細胞内共生後,葉緑体にコードされていた遺伝子の多くは,細胞核ゲノムに遺伝子移行したと考えられている.核に移行した遺伝子には真核生物型のプロモーターや葉緑体移行シグナルが加わるだけでなく,イントロンの挿入や遺伝子重複も起こったと予測される.ftsZは,細菌の細胞質分裂に関与するだけでなく,近年葉緑体の分裂にも関与していることが明らかになった.rbcSは,光合成の暗反応で炭酸固定に関わるRuBisCOの小サブユニットをコードする遺伝子で,紅色藻類や灰色藻類では葉緑体,緑色藻類と陸上植物では核にコードされている.ftsZは葉緑体獲得直後,rbcSは緑色藻類が紅色藻類から分岐後,遺伝子移行したと考えられる.

 植物は葉緑体獲得後に細胞質分裂の機構を劇的に変化させた.トレボウクシア藻綱と緑藻綱の細胞質分裂では陸上植物とは異なり細胞膜が環状収縮する.分裂溝にはファイコプラストと呼ばれる微小管からなる構造体が出現するが,細胞膜の環状収縮にファイコプラストが関与しているかどうかはわかっていない.菌類や動物の環状収縮にはアクトミオシン収縮環が関与している.出芽酵母では,セプチンは細胞質分裂位置で二重のリングを形成し,分裂位置の細胞膜を周辺領域から区画化する障壁と考えられている.セプチンにより区画化された領域でアクトミオシン収縮環が収縮する.セプチンは,菌類や動物に広く分布しているが,陸上植物では失われてしまっている.

 緑色藻類における葉緑体から核への遺伝子移行と細胞質分裂機構の進化の理解を目指し,単細胞の緑色藻類であるトレボウクシア藻綱ナノクロリス(Nannochloris bacillaris)の葉緑体由来の核遺伝子rbcSと細胞質分裂に関与するセプチンの解析を行なった.今後,トレボウクシア藻での遺伝子機能を解析するためには,ゲノムへの遺伝子導入や遺伝子破壊,GFPなどの蛍光タンパク質を用いたin vivoでの観察が必須になろう.緑色タバコ培養細胞を用いた一過的な形質転換による解析に加え,ナノクロリスを用いたプロモーターアッセイや細胞内局在を観察するための一過的な発現系とGFPを用いたタンパク質の動態を解析するための形質転換系の開発を試みた.

結果と考察

1. rbcSのエクソン-イントロン構造と遺伝子重複

 ナノクロリスのゲノムライブラリーを構築し,スクリーニングした結果,3種類のrbcS(NbrbcS1-1, NbrbcS1-2, NbrbcS2)を同定した.3種類のrbcSを含む約10〜13kbの領域の塩基配列をショットガンシークエンス法で決定した.近傍には3〜4個のORFが存在していたが,各領域間には全く類似性が見られなかった.パルスフィールド電気泳動法で分画したナノクロリスの14本の染色体に対してサザン解析を行なったところ,3種類のrbcSは各々異なる染色体にマッピングされた.分子系統解析の結果,NbrbcS1-1とNbrbcS1-2はNbrbcS2から分岐した後に遺伝子重複したと考えられる.NbrbcS1-1とNbrbcS1-2のエクソン-イントロン構造は全く同一である.rbcSのイントロンの挿入と欠失は系統間と種内で独立に起こっていた.

 RT-PCRを用いて明条件と暗条件での発現を解析したところ,NbrbcS1-1は暗条件下で完全に発現が抑制されていたが,NbrbcS1-2とNbrbcS2はどちらの条件でも恒常的に発現していた.陸上植物と緑藻類ではrbcSの発現は光に応答するので,光応答性のプロモーターは初期段階で獲得されていたと考えられる.クラミドモナスでも2種類あるrbcSの一方は,光応答性を示さない.遺伝子重複が起こると容易に光応答性のプロモーターが活性を失うと考えられる.

2. ナノクロリスにおけるセプチンの局在

1) NbSepはセプチンホモログである

 ナノクロリスのゲノム上にあるセプチンと相同性のあるORFの転写産物をRACE法で決定した.転写産物には523アミノ酸残基からなるタンパク質がコードされており,NbSepと名付けた.NbSepには約300アミノ酸残基からなるセプチンコアドメインが存在していた.NbSepのセプチンコアドメインのC末側とN末側は他の生物種のセプチンと相同性はなかった.NbSepと出芽酵母のCDC10,ショウジョウバエのPunt,ヒトのSept2のセプチンコアドメインを比較したところ,各々と40%以上の類似性があった.全てのセプチンで保存されているセプチンコアドメインを用いて分子系統解析を行なった.その結果,NbSepは分裂酵母のSpn5に最も近縁で菌類型のセプチンに分類された.

2) NbSepはGTPの添加により集合する

 セプチンはセプチンコアドメインを介して重合することが知られている.NbSepのセプチンコアドメインを含むC末側400アミノ酸残基にHSタグを付加したリコンビナントタンパク質HS-NbSepを作製した.GTPとHS-NbSepをインキュベート後,反応物を酢酸ウランでネガティブ染色し,電子顕微鏡観察した.低倍率での観察の結果,約1μmから4μmの巨大な繊維状の構造体が観察された.構造体を高倍率で観察したところ約40nmの球状の構造体が数珠状に連なっているのが観察された.

3) NbSepは分裂する細胞の中央にリング状に局在する

 NbSepのin vivoにおける局在を観察するために抗体を作製した.作製した抗体を用いて間接蛍光抗体染色を行なった.対数増殖期の細胞を染色した結果,NbSepのシグナルが細胞の中央でリング状に観察された.次に,細胞周期を通してNbSepの挙動を観察した.ナノクロリスの細胞は,分裂直後半楕円形で(ステージI),長軸方向に成長していく(ステージIIa).細胞が分裂期に達する前後で細胞核が細胞端から細胞の中央に移動し(ステージIIb,ステージIII),細胞核の分裂後(ステージIVa),隔壁が形成される(ステージIVb).NbSepのシグナルは,ステージIでは細胞端に観察され,ステージIIからIIIで消失,ステージIVで隔壁形成前に細胞の中央に局在し,隔壁形成後は片側の娘細胞に保持されていた.

4) NbSepは時期特異的に細胞質分裂位置に局在する

 DNA合成阻害剤ヒドロキシウレア(HU)を用いて細胞分裂期前後のNbSepの発現と局在を観察した.HUで処理すると,発現はやや抑制され,NbSepは細胞端に局在していた.HU除去後2時間では発現が増大したが,シグナルの局在化は観察されず,HU解除後4時間の分裂期の細胞では細胞中央に局在した.セプチンは,菌類や動物ではアクトミオシン収縮環と協調的に細胞質分裂に機能する.ナノクロリスにおけるF-アクチンの動態をファロイジン染色法により観察した.ステージIからIIでは,F-アクチンは細胞の成長に伴い長軸方向に伸長し,ステージIIIで2つに分岐し,細胞の中央で陥入した.ステージIVではF-アクチンは分裂面を挟む平行な2本のバンドを形成した.対数増殖期の細胞をサイトカラシンBで処理すると増殖阻害が起こり,時間の経過とともにF-アクチンが短小化した.NbSepは,F-アクチンの伸長阻害の影響を受けず分裂位置に局在した.ゴルジ小胞の輸送の阻害剤であるBrefeldin(BFA)で処理すると細胞成長と細胞分裂が阻害された.BFA処理してもF-アクチンは細胞の分裂面に2本のバンドを形成しており,隔壁の形成も見られた.BFA処理した場合,ステージIIIの細胞ではNbSepは局在化せず,ステージIVの細胞では細胞核の分裂位置に局在していた.NbSepはDNA合成期に発現が増大し,細胞核分裂後,時期特異的に自立的に細胞分裂位置に局在すると考えられる.

3. ナノクロリスを用いた形質転換系の開発

1) 緑色タバコ培養細胞を用いたGFP融合タンパク質の一過的発現

 ナノクロリスで同定した2つのFtsZホモログNbFtsZ1とNbFtsZ2,3つのRbcSホモログNbRbcS1-1,NbRbcS1-2,NbRbcS2はN末側に付加配列を持っていた.NbFtsZ1とNbFtsZ2の付加配列は各々90と80アミノ酸残基であり,葉緑体移行シグナルと予測されたが,相互に相同性がなかった.NbFtsZ1とNbFtsZ2の付加配列とGFP融合タンパク質を発現するコンストラクトを作製し,緑色タバコ培養細胞に一過的に形質導入すると,2つのGFP融合タンパク質が葉緑体に移行することが確認できた.NbRbcS1-1,NbRbcS1-2,NbRbcS2のN末側の付加配列は各々41,41,39アミノ酸残基だった.NbRbcS1-1の付加配列はNbRbcS1-2と98%の相同性であったが,NbRbcS2とは42%しかなかった.これら3つの付加配列とGFPを融合したタンパク質を緑色タバコ培養細胞に一過的に形質導入し,局在を確かめた.その結果,全ての配列を付加したGFPが葉緑体に移行することが確認できた.

2) ナノクロリスヘの遺伝子導入と一過的な遺伝子発現

 緑色タバコ細胞で用いたコンストラクトのCaMV35Sプロモーター(以下35S)をNbrbcS2の上流約600bp(以下RBCS2pro)に置換した(pRS2).さらに,RBCS2proの下流にgfpとNbSepを融合した遺伝子を含むコンストラクト(pRS2-GSep)を作製した.プロトプラスト化した細胞にエレクトロポレーション法(EP法)での遺伝子導入を試みた.一過的な遺伝子導入を試みた結果,pRS2-GFPでGFPの蛍光が観察できた.

結論

1. 単細胞緑藻ナノクロリスのrbcSは遺伝子重複が起こっている.遺伝子重複とエクソン-イントロン構造は対応しているが,光に対する遺伝子発現の応答性はrbcSの分岐とは独立に起こっている.

2. ナノクロリスには,菌類と動物で細胞質分裂に関与し,陸上植物で失われたセプチンが保存されている.ナノクロリスのセプチンNbSepは,細胞分裂期特異的に自立的に細胞分裂位置にリング状に局在する.

3. ナノクロリスの細胞分裂位置には,菌類や動物細胞で観察されるアクチンリングではなく,分裂位置で陥入する2本のアクチンバンドが形成される.

4. ナノクロリスを用いた形質転換系の開発を行なった.ナノクロリスの細胞への遺伝子の一過的な導入が可能である.

発表論文

1) Yamazaki T, Yamamoto M, Sakamoto W, Kawano S. Isolation and molecular characterization of rbcS in the unicellular green alga Nannochloris bacillaris (Chlorophyta, Trebouxiophyceae). Phycol. Res. in press

2) Koide T, Yamazaki T, Yamamoto M, Fujishita M, Nomura H, Moriyama Y, Sumiya N, Matsunaga S, Sakamoto W, Kawano S. Molecular divergence and characterization of two chloroplast division genes, FtsZ1 and FtsZ2, in the unicellular green alga Nannochloris bacillaris (Chlorophyta) J. Phycol. 40(3): 546-556(2004)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章はナノクロリスにおける核コード葉緑体由来遺伝子rbcSの重複、第2章はナノクロリスにおける細胞質分裂タンパク質セプチンの局在、第3章はナノクロリスを用いた形質転換系の開発について述べられている。

 細胞内共生後、葉緑体にコードされていた遺伝子の多くは、細胞核ゲノムに遺伝子移行したと考えられている。核に移行した遺伝子には真核生物型のプロモーターや葉緑体移行シグナルが加わるだけでなく、イントロンの挿入や遺伝子重複も起こったと予測される。ftsZは、細菌の細胞質分裂に関与するだけでなく、近年葉緑体の分裂にも関与していることが明らかになった。rbcSは、光合成の暗反応で炭酸固定に関わるRuBisCOの小サブユニットをコードする遺伝子で、紅色藻類や灰色藻類では葉緑体、緑色藻類と陸上植物では核にコードされている。ftsZは葉緑体獲得直後、rbcSは緑色藻類が紅色藻類から分岐後、遺伝子移行したと考えられる。植物は葉緑体獲得後に細胞質分裂の機構を劇的に変化させた。

 トレボウクシア藻綱と緑藻綱の細胞質分裂では陸上植物とは異なり細胞膜が環状収縮する。分裂溝にはファイコプラストと呼ばれる微小管からなる構造体が出現するが、細胞膜の環状収縮にファイコプラストが関与しているかどうかはわかっていない。菌類や動物の環状収縮にはアクトミオシン収縮環が関与している。出芽酵母では、セプチンは細胞質分裂位置で二重のリングを形成し、分裂位置の細胞膜を周辺領域から区画化する障壁と考えられている。セプチンにより区画化された領域でアクトミオシン収縮環が収縮する。セプチンは、菌類や動物に広く分布しているが、陸上植物では失われてしまっている。

 本論文では、緑色藻類における葉緑体から核への遺伝子移行と細胞質分裂機構の進化の理解を目指し、単細胞の緑色藻類であるトレボウクシア藻綱ナノクロリス(Nannochloris bacillaris)の葉緑体由来の核遺伝子rbcSと細胞質分裂に関与するセプチンの解析を行なっている。今後、トレボウクシア藻での遺伝子機能を解析するためには、ゲノムへの遺伝子導入や遺伝子破壊、GFPなどの蛍光タンパク質を用いたin vivoでの観察が必須になろう。そこで、緑色タバコ培養細胞を用いた一過的な形質転換による解析に加え、ナノクロリスを用いたプロモーターアッセイや細胞内局在を観察するための一過的な発現系とGFPを用いたタンパク質の動態を解析するための形質転換系の開発を試みている。

 第1章では、3種類のrbcS(NbrbcS1-1、NbrbcS1-2、NbrbcS2)を同定している。分子系統解析からNbrbcS1-1とNbrbcS1-2はNbrbcS2から分岐した後に遺伝子重複したと考えられる。rbcSのイントロンの挿入と欠失は系統間と種内で独立に起こっていた。NbrbcS1-1は暗条件下で完全に発現が抑制されていたが、NbrbcS1-2とNbrbcS2はどちらの条件でも恒常的に発現していた。陸上植物と緑藻類ではrbcSの発現は光に応答するので、光応答性のプロモーターは初期段階で獲得されていたと考えられる。本章では、遺伝子重複が起こると容易に光応答性のプロモーターが活性を失うことを明らかにしている。

 第2章の内容は以下の通りである。ナノクロリスのゲノム上にあるセプチンと相同性のあるNbSepは、NbSepと出芽酵母のCDC10、ショウジョウバエのPunt、ヒトのSept2のセプチンコアドメインを比較したところ、各々と40%以上の類似性があった。分子系統解析からNbSepは分裂酵母のSpn5に最も近縁で菌類型のセプチンに分類された。NbSepのセプチンコアドメインを含むC末側400アミノ酸残基にHSタグを付加したリコンビナントタンパク質HS-NbSepは、GTPの添加により約1μmから4μmの巨大な繊維状の構造体を形成する。NbSepは、分裂期で細胞核分裂後に細胞の中央でリング状に局在することが明らかとなった。セプチンは、菌類や動物ではアクトミオシン収縮環と協調的に細胞質分裂に機能する。ナノクロリスにおけるF-アクチンの動態をファロイジン染色法により観察したところ、F-アクチンは収縮環様の構造ではなく、分裂面を挟み細胞の中央で陥入する平行な2本のバンドを形成した。本章では,NbSepとアクチンの動態を細胞生物学的手法で明らかにしたと考えられる。

 第3章では、NbrbcS2の上流約600bpをプロモーターとし、GFPとGFP融合タンパク質のナノクロリスでの発現を試みた)。プロトプラスト化した細胞にエレクトロポレーション法(EP法)での遺伝子導入を試みたところ、GFPの蛍光が観察できた。これによりナノクロリスで遺伝子導入法が開発できたことになろう。

 なお、本論文第1章は、山本真紀、坂本亘、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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