学位論文要旨



No 120501
著者(漢字) 米田,新
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,アラタ
標題(和) 高等植物細胞における表層微小管再形成機構の解析 : M/G1境界期におけるチューブリンのリサイクルと表層微小管の起源に関する研究
標題(洋) Mechanism of Cortical Microtubule Reorganization in Higher Plant Cells : Studies on Tubulin Recycle and Origin of Cortical Microtubules at the M/G1 interface
報告番号 120501
報告番号 甲20501
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第121号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 久恒,辰博
内容要旨 要旨を表示する

序論

 高等植物細胞は、周囲を堅い細胞壁で覆われており、容易にその形を変えることが出来ない。細胞壁は主にセルロース微繊維により構成されており、細胞の伸長はセルロース微繊維の方向に対して垂直な方向に限定される。そのセルロース微繊維の配向は、細胞膜直下に存在する表層微小管によって制御されることから、表層微小管は高等植物細胞の形態形成において決定的な役割を果たすと言える。この表層微小管はM期に入ると消失し、M/G1境界期に再形成されて、その後の細胞伸長の方向を決定付ける。そのため、M/G1境界期において表層微小管が再形成される機構を明らかにすることは、高等植物の細胞周期と形態形成の観点から重要である。

 これまでに、高等植物細胞の微小管の構造は、電子顕微鏡や間接蛍光抗体染色法を用いた蛍光顕微鏡による観察から研究されてきた。これらの技術により、高等植物細胞では、間期の表層微小管、G2期終わりの前期前微小管束、M期前期から中期の紡錘体、M期後期から終期のフラグモプラストなどの特徴的な微小管構造が存在することが明らかにされてきた(図1)。しかし、これらの観察は固定した細胞でなされてきたため、それぞれの微小管構造の形成/移行期に短時間で起こる変化の過程を詳細に追跡することが出来なかった。そのため、生細胞内で微小管のダイナミクスをリアルタイムに観察できる実験系の確立が望まれた。

 そこで本研究では、細胞周期の進行に伴う微小管のダイナミクス、特にM/G1境界期における表層微小管の再形成過程を明らかにすることを目的とし、GFP(Green Fluorescent Protein)を用いた生細胞内での微小管構造の可視化と経時観察を行った。

1. GFP-チューブリンを恒常的に発現する形質転換株BY-GT16細胞の確立と微小管の可視化

 微小管を可視化するため、微小管の主要な構成要素の一つであるα-チューブリンとGFPの融合遺伝子を作成し、タバコ培養細胞BY-2にアグロバクテリウム感染法を用いて導入した。その結果、GFP-チューブリン融合タンパク質を恒常的に発現し、微小管構造の観察に適したタバコ培養細胞の形質転換ラインを選抜して確立することに成功し、BY-GT16 (transgenic BY-2 cells stably expressing GFP-tubulin fusion protein clone 16) と名付けた。

 BY-GT16細胞は野生型BY-2細胞と比べて形状や大きさに差異は見られず、増殖率(図2A)や薬剤処理による細胞周期の同調率(図2B)においても遜色が無かった。このことから、GFP-チューブリン融合タンパク質の強制発現は細胞の活性に影響を与えておらず、増殖率が高く細胞周期の同調率も高いなどのBY-2細胞の利点を引き継いでいた。

BY-GT16細胞を共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)下で観察すると、微小管様の構造が生細胞内で観察できた(図2C〜G)。そのGFP蛍光は全ての微小管構造を間違いなく可視化していることが確認された。さらに、BY-GT16細胞を経時観察したところ、M期を通じた微小管の動態を追跡することが出来た。これらのことから、BY-GT16細胞は細胞周期の進行に伴う微小管の挙動を明らかにするのに非常に有用なツールになると考えられた。

2. M/G1境界期における表層微小管再形成過程の観察

 そこで、M/G1境界期における表層微小管再形成過程を明らかにするために、M期終期のフラグモプラストが消失しつつあるBY-GT16細胞について経時的な観察を行った。

 デコンボリューション顕微鏡を用いて、細胞表層から中央までZ軸方向に焦点面を変えながら撮影し、立体画像構築を行なった。その結果、フラグモプラスト崩壊後に、GFP蛍光がフラグモプラストの残渣から娘核の核膜表面に移動して集積した(図3A、8-12分、arrow)。続いて、そのチューブリンの集積地点から最初の微小管が出現し、細胞表層へと伸長した(図3A、16-18分、arrowheads)。これは、フラグモプラスト崩壊後速やかな表層微小管再形成を可能にするため、フラグモプラストを構成していたチューブリンタンパク質が再利用されているものだと考えられる。このようなM期終期からG1期初期におけるチューブリンの移動とリサイクルを提起したのはこの研究が初めてであり、繊維状の微小管構造のみならず遊離のチューブリンタンパク質をもGFP蛍光として観察可能なBY-GT16細胞の利点を活かしたものだと言える。

 次に、BY-GT16細胞の細胞表層をCLSMにより経時観察した。その結果、娘核から伸長した微小管が細胞表層に達した地点で「蛍光輝点」を形成し(図3B、9,15分、arrow)、そこから最初の微小管が形成されることを発見した。(図3B、12-15分、circle)。その微小管は細胞長軸にほぼ平行な方向に伸長し(図3B、18分、arrowheads)、それらの細胞長軸に平行な微小管が細胞の端に届いた頃、細胞長軸と垂直な微小管が分裂面付近から出現し(図3B、21-24分、arrowheads)、その後に平行な微小管が徐々に消失するに伴って、垂直な微小管が細胞表層全体へと広がってG1期型の表層微小管が完成した(図3B、51分)。

 これら一連の観察により、M/G1境界期における表層微小管の再形成過程を明らかにすることが出来た(図3C)。特に、娘核上における微小管形成や、細胞表層における「蛍光輝点」からの表層微小管再形成など、表層微小管の"起源"を明らかにする上でも重要な知見を得ることが出来た。

3. M/G1境界期の表層微小管再形成におけるアクチン繊維の関与の解析

 以上のようなM/G1境界期における表層微小管再形成過程は、何により制御されているのだろうか?私は、他の細胞骨格系であるアクチン繊維に着目し、M/G1境界期におけるアクチン繊維の役割を明らかにするために、以下のような阻害剤実験を行なった。

 BY-GT16細胞をアクチン重合阻害剤であるビステオネライドA(BA)で処理すると、30分以内にアクチン繊維は完全に崩壊する。そこで、M/G1境界期のBY-GT16細胞をBA処理し、その後のチューブリンおよび微小管の動態を経時的に観察した。その結果、無処理のBY-GT16細胞では、フラグモプラスト消失後1時間以内に表層微小管が再形成されるのに対し(図4A,cortex)、BA処理によりアクチン繊維を破壊した細胞では、3時問経過しても表層微小管の形成は全く観察されなかった(図4B,C,cortex)。このことから、アクチン繊維は表層微小管の再形成に必須であることが明らかになった。また、BA処理したBY-GT16細胞の約80%では、フラグモプラスト崩壊後もチューブリンタンパク質が移動せず、分裂面付近に留まったままであった(図4B,midplane)。従って、アクチン繊維は、フラグモプラストから遊離したチューブリンが娘核の表面へ移動して集積する挙動に関与していると考えられる。さらに興味深いことに、BA処理した細胞の約20%では、娘核上から微小管が形成されるが細胞表層へ伸長せず、核膜上で次第に本数を増やして、余剰のララグモプラストが形成された(図4C,midplane,矢印)。このことから、アクチン繊維は、娘核上で形成された微小管が細胞表層へと正常に伸長することに関与していることが示唆された。また、この余剰のフラグモプラストは、正常なフラグモプラスト(図4C,arrowheads)とは独立して形成されており、これは核や紡錘体の位置と無関係にフラグモプラストが形成された初めての観察事例である。以上のことから、フラグモプラスト自体は核・紡錘体やアクチン繊維が存在しなくても形成されうることが示され、アクチン繊維は非特異的にフラグモプラストが形成するのを抑制することにも関与していると推察された。

結論

 細胞周期の進行に伴う微小管のダイナミクスを明らかにするために、GFP-チューブリン融合タンパク質を恒常的に発現するタバコ培養細胞の形質転換株BY-GT16を確立し、生細胞内で微小管の動態を観察することが可能な実験系を確立した。

 このBY-GT16細胞を経時観察することにより、M/G1境界期における表層微小管再形成過程の詳細を以下のように明らかにすることが出来た(図5)。M期終期のフラグモプラストが崩壊すると、それを構成していたチューブリンタンパク質が娘核上へ移動して集積する。そこから最初の微小管が形成され、細胞表層へと伸長する。その微小管が細胞表層に達したところで「蛍光輝点」を形成し、そこから細胞長軸に平行な表層微小管が伸長する。その後、分裂面付近からそれらと垂直な表層微小管が出現し、次第に細胞全体へと広がりG1期型の表層微小管が完成する。

 M/G1境界期においてアクチン繊維をBAによって破壊すると表層微小管の再形成が起きず、チューブリンの移動や微小管の細胞表層への伸長が阻害される。このことから、この一連の表層微小管再形成の過程には、アクチン繊維が必要であることが明らかになった。さらに、アクチン繊維の破壊により、一部の細胞では余剰のフラグモプラストが形成されることを見出した。

 これらの結果から、M/G1境界期における表層微小管の再形成とアクチン繊維の役割についての統合的な理解が可能になった。

図1:高等植物細胞における細胞周期各期の微小管構造の模式図 細胞周期の進行に従い、微小管構造は非常にダイナミックな変化を示す

図2:BY-GT16細胞の特徴 細胞の増殖率(A)、同調率(B)のいずれも野生型BY-2と大きな差は無い。また、前期前微小管束(C)、紡錘体(D)、フラグモプラスト(E)、表層微小管(F)、放射状微小管(G)と、細胞周期における全ての微小管構造がGFP-チューブリンにより可視化されている。スケールバー:10μm

図3:M/G1境界期における表層微小管再形成過程 (A)M期終期のフラグモプラストが崩壊すると、遊離状態になったチューブリンタンパク質が娘核の核膜上に集積し、そこから最初の微小管が出現した。(B)娘核表面から伸長した微小管が細胞表層に達したところで蛍光輝点を形成し、そこから細胞長軸に平行な微小管が伸長し、続いてそれらと垂直な表層微小管が出現して細胞全体へと広がった。(C)これらの結果からM/G1境界期における一連の表層微小管再形成過程が明らかになった。スケールバー:10μm、N:娘核、白線:分裂面

図4:M/G1境界期の表層微小管再形成過程におけるアクチン繊維破壊の影響 Controlの細胞ではフラグモプラスト崩壊後1時問以内に表層微小管が形成されるのに対し(A,cortex)、BA処理によりアクチン繊維を破壊した細胞では3時間経っても表層微小管が再形成されなかった(B,C,cortex)。BA処理した細胞の約80%ではチューブリンが分裂面から移動しないままだったが(B,midplane)、約20%の細胞では余剰のフラグモプラストが形成された(C,45分,midplane,矢印)。スケールバー:10μm

図5:M/G1境界期の表層微小管再形成過程とアクチン繊維の模式図 アクチン繊維は、チューブリンがフラグモプラストから娘核上へ移動して集積し、そこから微小管が細胞表層へ伸長する過程を制御している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章は高等植物の生細胞内における微小管の可視化系の確立、第2章はその系を用いたM/G1境界期における表層微小管再形成過程の観察、第3章はM/G1境界期の表層微小管再形成過程におけるアクチン繊維の関与について述べられている。

 第1章では、GFP-チューブリン融合遺伝子をタバコ培養細胞BY-2に導入した形質転換体BY-GT16株を作出している。このBY-GT16は野生型BY-2と同様の高い増殖率を示し、さらに薬剤処理により高度に細胞周期を同調化することが可能である。さらにこのBY-GT16細胞を観察することで、微小管の構造変化を経時的に追跡することに成功している。これらのことから、本論文で確立されたBY-GT16細胞は細胞周期の進行に伴うチューブリンと微小管の動態を研究する上で非常に有用な材料になった。

 第2章では、第1章で確立したBY-GT16細胞を用いて、M/G1境界期における表層微小管再形成過程の詳細な観察を行っている。細胞全体の観察が容易なデコンボリューション顕微鏡と、繊維状の微小管構造だけでなく遊離のチューブリンタンパク質をも観察可能なBY-GT16細胞を組み合わせて使うことにより、M/G1境界期において崩壊したフラグモプラストから遊離したチューブリンタンパク質が一過的に娘核の表面に集積し、その集積地点から最初の微小管が出現して伸張する様子を観察することに成功している。そしてそれらの観察結果から、M/G1境界期においてチューブリンが娘核上に移動・集積し、その後の微小管再形成時に再利用されているという新たな仮説を提起している。また、娘核上から出現して伸張した微小管が細胞表層に達したところで「蛍光輝点」を形成し、その蛍光輝点から最初に細胞長軸に平行な表層微小管が出現して伸張することを見出している。それらの観察結果から、表層微小管の"起源"についても重要な知見が得られている。その後、細胞長軸に平行な表層微小管が細胞の端に届いたころ、それらと垂直な表層微小管が分裂面付近から出現し、平行な微小管が徐々に消失するのに伴って垂直な微小管が細胞表層全体へと広がり、G1期型の表層微小管が完成する様子を経時的に観察している。以上より、M/G1境界期における表層微小管再形成の全過程を明らかにした。

 第3章では、第2章で見出したM/G1境界期における表層微小管再形成過程がアクチン繊維により制御されていることを明らかにしている。短時間で効果的にアクチン繊維を破壊できるアクチン重合阻害剤ビステオネライドA(BA)を用いてBY-GT16細胞のアクチン繊維を破壊したところ、M/G1境界期において表層微小管が全く再形成されなかった。このことから、M/G1境界期における表層微小管再形成にアクチン繊維が必須であることが分かる。また、BA処理を行った細胞の約80%では、崩壊したフラグモプラストから遊離したチューブリンタンパク質が分裂面近くにとどまったままで、娘核上への移動や集積が観察できなかった。このことから、アクチン繊維はこれらのチューブリンのリクルートメントやリサイクルに関わっていることも示唆された。さらに興味深いことに、アクチン繊維を破壊した約20%の細胞では、オリジナルのフラグモプラストとは独立してフラグモプラスト様の構造が形成されることを発見した。この「余剰のフラグモプラスト」はオリジナルのフラグモプラストの片側一層だけの構造に類似する構造をしていたが、それにも関わらず余剰の細胞板を形成する能力を持っていた。このように、紡錘体・染色体及び核の位置とは無関係にフラグモプラストが形成されるのは初めての観察例であり、また片側一層だけのフラグモプラスト構造としても初めてである。これらのことから、フラグモプラスト関連タンパク質の局在にもアクチン繊維が関わっていることが示唆される。またこの余剰のフラグモプラストは、フラグモプラスト形成のメカニズムを明らかにする上でも有用な系になると考えられる。

 これら本論文における一連の研究により、M/G1境界期における表層微小管再形成機構の統合的理解が可能になったと言える。

 なお、本論文第1、2章は熊谷史、佐野俊夫、冨田太一郎、長田敏行、馳澤盛一郎との、第3章は河野(赤塚)美乃里、熊谷史、馳澤盛一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/123