学位論文要旨



No 120502
著者(漢字) 應,
著者(英字)
著者(カナ) イン,ベイウェン
標題(和) 試験管内遺伝子発現系による蛋白質の機能発現に関する研究
標題(洋) The PURE Approach to Protein Generation, Selection and Maturation : Studies on Protein Function Using a Reconstituted Cell-free System
報告番号 120502
報告番号 甲20502
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第122号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 田口,英樹
内容要旨 要旨を表示する

序論

 膨大なゲノム遺伝情報の解明を目的とするポストゲノム時代において、網羅的な蛋白質機能の解析が主眼となっている。その実現のためには、機能のある蛋白質の調製が重要となる。そのために、遺伝情報から蛋白質の機能解析が可能な蛋白質の探索・創製システムの確立と、蛋白質の誕生から成熟までのプロセスの無細胞再構築系の開発を本研究の目的とした。リボソーム上で合成された新生ペプチドは、複雑なプロセスをへて、機能を持つ多様な形態の成熟型蛋白質となる。翻訳過程に必須な因子のみから再構成された試験管内遺伝子発現系-PURE(Protein synthesis Using Recombinant Elements)システムを用いて、蛋白質成熟プロセスに関与する因子群を翻訳系に共存させ、複合型無細胞システムを構築し、高い機能を有する蛋白質の生産効率を向上すると同時に、蛋白質の誕生、成熟過程のメカニズムの解明を目標とした。また、機能既知の蛋白質の合成以外にも、未知のランダムなライブラリーより期待された機能を持つ蛋白質を創製することが今後の蛋白質研究に新たな展開をもたらすものと期待できる。翻訳制御機構を利用し、遺伝子探索と創製において有用なスクリーニングシステムの確立も目的とした。

研究内容概要

1. RNA-蛋白質相互作用によるスクリーニングシステムの確立

 新規蛋白質を創製するための基盤技術の開発を行った。試験管内遺伝子発現系であるPUREシステムを用いた生体外選択系を確立することを目標として、まず、自らのmRNAに結合能を持つ蛋白質を選択するモデル系を構築した。大腸菌リボソーム蛋白質S15を用いた実験の結果、自らのmRNA(野生型のS15 mRNA)に結合する蛋白質の遺伝子のみが濃縮され、自らの核酸をターゲットとする蛋白質のスクリーニングシステムのモデル系を確立した(Figure 1)。このことにより、特異的なmRNA-蛋白質相互作用をスクリーニングするシステムの構築が可能であることが示された。次に、リボソーム上に合成されたペプチドを提示させたまま、そのペプチドの機能によって、mRNAを単離するスクリーニング法-リボソームディスプレー法を検討し、単鎖抗体の選択への土台作りを行った。

2. 蛋白質誕生から成熟までのピュアアプローチ

 無細胞の蛋白質成熟システムとして翻訳とフォールディングが共役したシステムを再構築し、シャペロンによる抗体蛋白質のフォールディングの促進の有無を検討した。まず、新生ポリペプチドのフォールディングにおけるシャペロンの役割を解析するために、シャペロンを共存させたPUREシステムを構築した(Figure 2)。そして、単鎖抗体(scFv)を用いて、大腸菌の主要なシャペロンシステムによる抗体蛋白質のフォールディング(可溶化率及び抗原結合活性)を検討した。その結果、DnaKシステム(DnaK-J/GrpE)とトリガーファクター(TF)はそれぞれ新生蛋白質の正確な折り畳みに著しく効果的であることがわかった(Figure 3)。それに対して、GroEL/ESは抗体蛋白質の正しい折り畳みに効果が見られなかった。さらに、シャペロンが翻訳途中又は翻訳後に蛋白質凝集体の形成に影響を及ぼすかどうかを調べたところ、TFが蛋白質生合成と共役しなくても新生ポリペプチドの凝集抑制活性を持つことが示唆された。これは、これまで報告されていなかったTFの機能である。その他、ジスルフィド形成に関与するシャペロン-プロテンジスルフィドイソメラーゼ(PDI)や、真核細胞のシャペロン(HSP110)の評価をした。ここで、ピュアアプローチにより、蛋白質翻訳と共役したフォールディングプロセス及び様々なシャペロンの効果を詳細に検討することが可能になった。

3. シャペロンニンによる蛋白質フォールディングメカニズムの解明

 生体内の蛋白質の約30%のフォールディングには、様々なシャペロンが必要と言われている。しかし、シャペロンがどの段階でそれらの役割を果たすのか実験的にまだ明確ではない。前述のように、再構築された複雑系としてのPUREシステムを利用し、まず、シャペロンに依存する基質蛋白質を検索した。大腸菌由来の蛋白質の遺伝子十数種類をゲノムからクローニングし、翻訳-フォールディング共役系を用いて、合成された蛋白質の可溶化率を検討したところ、大腸菌シャペロニン(GroEL/ES)に特異的に依存してフォールディングする基質蛋白質(stringent substrate)を見出した。それらの中から、酵素活性も測定可能な基質蛋白質-S-アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ(MetK)を選んで、GroEL/ESによるフォールディングプロセスの検証を試みた。これまでの定説では、GroELは翻訳後に新生蛋白質と相互作用すると言われているが、GroELは翻訳複合体(新生ポリペプチド-リボソーム-mRNA)と特異的に相互作用していた(Figure 4)。この相互作用はPUREシステムを用いた実験だけでなくin vivoレベルでの実験でも同様な結果であった。以上の結果から、GroELは、post-translationalプロセスでフォールディングをという従来の定説とは異なり、co-translationalにフォールディングを促進するという新たな仮説(Figure 5)を提案した。この仮説を十分検証するために、現在、GroELが蛋白質翻訳反応に及ぼす影響の検討と、GroELの基質についてのゲノムワイドなスクリーニング実験を進めており、新たなシャペロンネットワークの解明を試みている。

結論

 以上、試験管内遺伝子発現系を活用し、機能をもった蛋白質の生合成、成熟、さらにはスクリーニング法などについて、生化学的な基礎及び応用の研究を行った。ポストゲノム時代においては、目的物質に特異的に相互作用する蛋白質を既存のゲノムライブラリーから探索することが重要である。私は、まず、PUREシステムを用いた生体外スクリーニングシステムを確立し、抗原に対する高い結合能力を持つ配列を選択するための基礎を確立した。更に、ランダムなライブラリーより、生体外免疫システムの創製が可能となると期待できる。また、分子から再構築した翻訳系-PUREシステムを用い、いままでの粗抽出液に基づく翻訳系の研究とはちがった、蛋白質の誕生と成熟の分子メカニズムのより厳密な解析が行えるようになった。細胞内では誕生したポリペプチドはさまざまな加工プロセス、輸送プロセスをへて、適切な場所であるべき姿で役割を果たす。この全容を再現すべく、PUREシステムを基盤としたin vitroのアプローチで研究を進めたい。

発表論文原著論文B.W. Ying, H. Taguchi, M. Kondo & T. Ueda (Submitted) Co-translational involvement of the chaperonin GroEL in the folding of newly synthesized polypeptides.B.W. Ying, H. Taguchi, H. Ueda & T. Ueda (2004) Chaperone-assisted folding of a single-chain antibody in a reconstituted translation system. Biochem. Biophy. Res. Com. 320, 1359-1364.B.W. Ying, T. Suzuki, Y. Shimizu & T. Ueda (2003) A novel screening system for self-mRNA targeting proteins. J. Biochem. 133, 485-491.総説B.W. Ying & T. Ueda (2004) 蛋白質合成系の完全再構成-蛋白質誕生から成熟までのピュアアプローチ 蛋白質 核酸 酵素 49 (7) 834-837.

Fig. 1 スクリーニングシステムの模式図

Fig. 2 PUREシステムを用いた複雑合成系の再構築

Fig. 3 シャペロンによるscFv抗体のフォールディング

Fig. 4 Western Blotによる翻訳複合体にGroELの検出(a, mRNAあり;b, mRNAなし)

Fig. 5 GroEL/ESによる基質蛋白質のフォールディングプロセスの仮説模式図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章は遺伝情報から蛋白質の機能解析が可能な蛋白質の探索・創製システムの開発、即ち、生体外選択系の確立;第2章は蛋白質の誕生から成熟までのプロセスの再構築、及び蛋白質成熟に関与する因子群の生化学的な探索;第3章はシャペロニンGroEL/ESによる基質蛋白質のフォールディングプロセスの詳細について述べられている。

 第1章は2部からなり、第1部はセルフバイディング特徴を利用したスクリーニングシステムの確立、第2部は一般的な選択法としてのリボソームディスプレー法の検討について述べられている。大腸菌リボソーム蛋白質S15を用いて、自らのmRNAに結合能を持つ蛋白質を選択するモデル系を構築している。その結果、自らのmRNAに結合する蛋白質の遺伝子のみが濃縮され、自らの核酸をターゲットとする蛋白質のスクリーニングシステムのモデル系を確立した。このことにより、特異的なmRNA-蛋白質相互作用を選択するシステムの構築が可能であることが示されている。また、リボソーム上に合成されたペプチドを提示させたまま、そのペプチドの機能によって、mRNAを単離するスクリーニング法-リボソームディスプレー法を検討し、単鎖抗体の選択法の基盤開発を行った。本章は、新規蛋白質を創製するための基盤技術の開発が記述されており、機能既知の蛋白質の合成以外にも、未知のランダムなライブラリーから期待された機能を持つ蛋白質を創製することが今後の蛋白質研究に新たな展開をもたらすものと期待できる。また、ランダムなライブラリーより、生体外免疫システムの創製が可能となると期待できる。

 第2章は2部からなり、第1部は蛋白質の翻訳とフォールディングを共役した複合型合成系の構築、第2部は大腸菌において主要なシャペロンシステムによる蛋白質フォールディングメカニズムの検証について記載されている。無細胞の蛋白質成熟システムとして翻訳とフォールディングが共役したシステムを再構築し、シャペロンによる抗体蛋白質(scFv)のフォールディングの促進の有無を検討し、新生ポリペプチドのフォールディングにおけるシャペロンの役割を解析している。その結果、DnaKシステム(DnaK-J/GrpE)とトリガーファクター(TF)はそれぞれ新生蛋白質の正確な折り畳みに著しく効果的であること、さらに、これまで報告されていなかったTFの機能-蛋白質生合成と共役しなくても新生ポリペプチドの凝集抑制活性を持つことが示唆されている。その他、ジスルフィド形成に関与するシャペロン-プロテンジスルフィドイソメラーゼ(PDI)や、真核細胞のシャペロン(HSP110)などの評価をしている。本章の内容から、いままでの粗抽出液に基づく翻訳系の研究とはちがった、蛋白質の誕生と成熟の分子メカニズムのより細かな解析が行えるようになっている。

 第3章は大腸菌のシャペロニンシステムGroEL/ESによる基質蛋白質のフォールディングメカニズムに関する研究が詳しく記述されている。生体内の蛋白質の約30%のフォールディングには、様々なシャペロンが必要とされている。しかし、シャペロンがどの段階でそれらの役割を果たすのか実験的に明確にされた例はほとんどない。大腸菌由来の蛋白質の遺伝子十数種類をゲノムからクローニングし、シャペロンに依存する基質蛋白質を検索し、GroEL/ESに特異的に依存してフォールディングする基質蛋白質(stringent substrate)を見出している。それらの中から、酵素活性も測定可能な基質蛋白質-S-アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ(MetK)を対象として、GroEL/ESによるフォールディングプロセスの解析がなされている。これまでの定説では、GroELは翻訳後に新生蛋白質と相互作用すると言われているが、GroELは翻訳複合体(新生ポリペプチド-リボソーム-mRNA)と特異的に相互作用していた結果から、GroELは、post-translationalプロセスでフォールディングを助けるという従来の定説とは異なり、co-translationalにフォールディングを促進するという新たな仮説が提案されている。本章においての解析から、ピュアアプローチという再構築的手法によって、蛋白質翻訳と共役したフォールディングプロセス及び様々なシャペロンの機能を詳細かつ厳密に解析することが可能であることが示されている。

 以上、本論文は、分子から再構築した試験管内遺伝子発現-PUREシステムを基盤としたin vitroでの実験に基づいた研究が進められている。蛋白質の生合成、成熟、及びスクリーニングなどの分野において、生化学的な基礎研究と応用開発を行い、独創的な研究内容と興味深い解析結果を得ており、それらが適切かつ明快にまとめられている。

 なお、本論文第1章前半(第1部)は、鈴木勉、清水義宏、上田卓也との、第2章後半(第2部)は、田口英樹、上田宏、上田卓也との、第3章は、田口英樹、近藤万由美、上田卓也との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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