学位論文要旨



No 120504
著者(漢字) 清水,護
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,マモル
標題(和) ボラノホスフェート型新規アンチセンス核酸の合成
標題(洋)
報告番号 120504
報告番号 甲20504
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第124号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 鈴木,穣
 東京大学 助教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 現在、遺伝子治療の分野で注目されている手法の一つにアンチセンス法がある。アンチセンス法とは、mRNAに相補的な塩基配列を持つアンチセンス分子をDNAから転写されたmRNAと選択的に二重鎖を形成させ、標的とするタンパク質合成のみを制御する方法である。

 ここで、アンチセンス分子が有効に機能するための必要条件として、第一に高い細胞膜透過性を有していること、第二に細胞内でヌクレアーゼにより加水分解されにくいこと、第三に特定のmRNAとのみ選択的に安定な二重鎖を形成できること、などが挙げられる。

 現在、アンチセンス分子として既に実用化されているホスホロチオエートDNAには、細胞毒性や選択性の低さといった問題があり、さらなる改良が求められている。そこで本研究は、新しい骨格を有するアンチセンス分子として、ボラノホスフェートDNA(1)に注目した。この分子の特徴として、1)リン原子にボランが結合しているため、天然型DNAと比較して脂溶性が高く、高い細胞膜透過性が期待できること、2)細胞内においてヌクレアーゼによる加水分解を受けにくいこと、3)標的mRNAに対する選択性が高いことが期待されること、4)ボラノホスフェートDNAとRNAが形成する二重鎖がRNaseHの基質となり、標的mRNAが効果的に分解されること、5)さらに、ホウ素中性子補足療法(BNCT)への応用が望めること、などが挙げられる。

 しかしながら、これまでに報告されてきた合成法では、核酸塩基とボラノ化剤が反応する副反応が問題となっており、比較的副反応を受けにくいオリゴチミジル酸誘導体しか合成されていない。そこで本研究ではこの問題を解決するため、Scheme 1に示すように、予めボラノ化したホスホリル化剤を用いてヌクレオシド3'位の水酸基をボラノホスホリル化する(2→4)ことにより、DNA骨格内にボランを導入するという全く新しい合成手法(ボラノホスホトリエステル法)を考えた。このような合成法を用いることにより、従来の合成法で問題となっていた核酸塩基部位へのボラノ化剤による副反応の問題を解決することができ、また、合成不可能であった4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNAを合成することができると考えた。

【実験・結果】

§液相法

 始めに、液相法によるジヌクレオシドボラノホスフェートの合成を試みた。モノマーユニット前駆体(4)を合成するため、予めボラノ化したホスホリル化剤(3)と縮合剤を用いて、ヌクレオシドの3'位をボラノホスホリル化することを試みた。その結果、これまで合成例のないデオキシアデノシン、デオキシシチジン、デオキシグアノシン誘導体(4a'、c'、g')についても、チミジン誘導体(4t')と同様に目的物を高収率で得ることができた(2→4)。

 次に、2量体の合成を行うため、化合物(4)のリン酸部位の保護基であるR2を適切な条件で除去し(4→5)、上述のボラノホスホリル化と同様の反応を用いて縮合させることにより、高収率で4種類の核酸塩基を含む2量体を得ることができた(5→7)。

 塩基部が完全に保護基された4種類の核酸塩基を含む2量体を得ることができたので、常法に従い、アンモニア水による保護基の除去を試みた。しかしながら、AT、CT、GT、TTいずれの場合にも良好な収率で脱保護された目的物を得ることはできなかった。この原因として、リン酸部位の保護基であるメチル基が選択的に除去されず、ボラノホスフェートエステル結合の分解が起こっていることが、RP-HPLCによる分析から示唆された。そこで2段階での脱保護反応を検討した。すなわち、アンモニア処理の前にPhSH処理を行ない、メチル基を除去することによって2量体の分解が抑制された。さらに、アンモニア水の代わりにアンモニア性メタノールを用いたところ、2量体の分解はさらに抑制され、良好な収率で完全に脱保護された2量体を得ることに成功した(7→8)。

§固相法

 次に、オリゴマーを固相合成するために、液相法で確立したボラノホスホトリエステル法の固相合成への応用を試みた。まず液相法で用いた縮合剤であるBop-Clは、反応系内に不溶の塩酸塩を多量に生成するため、固相法においては反応効率が著しく低下することが懸念される。さらに、Bop-Clは活性が十分ではないため、系内に強塩基と求核触媒として3-nitro-1,2,4-tirazole(NT)を加える必要がある。そこで、これらの問題点を解決するため、塩酸塩を生成せず、反応系内で求核触媒として作用するNTを生成することができる新規縮合剤、PyNTPとMNTPを新たに合成した。液相においてこれらの縮合剤を用いてボラノホスホリル化反応を行なったところ、いずれの縮合剤を用いた場合にも反応はBop-Clの場合と異なり、弱塩性条件下で迅速に進行することがわかった。反応を2,6-lutidineなどの弱塩基の存在下でも進行させることが可能となったので、これまで用いることのできなかった、無水塩基性条件下、迅速且つ選択的に除去可能な2-cyanoethyl(CE)基をメチル基の代わりにリン酸部位の保護基として使えることが示唆された。そこで、縮合剤としてPyNTP、塩基ととして2,6-lutidineを用いてリン酸部位をCE基で保護した4種類の核酸塩基を含むモノマー(5、R1=CE)を合成した。

 固相合成用の新しいモノマーユニットが合成できたので、固相合成を試みた(Scheme 2)。縮合剤、塩基、反応時間、脱保護条件など種々検討した結果、Ad、Cy、Gu、Thいずれの核酸塩基を用いた場合にも94〜96%の収率で縮合反応が進行することがわかった。

 次に、オリゴマーの合成を試みた。Scheme 2に従い、4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNA4量体;d(CPBAPBGPBT)の合成を行なった。その結果、RP-HPLCによる分析から各合成サイクルの平均収率は97%で、4量体を約90%の収率で得ることができた。そこで、IE-HPLCを用いて精製を行なったところ、30%の収率で目的物を単離することができた(Figure 1)。

 これまで4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNAのオリゴマーは合成された例がないため、その物性値を調べるために、12量体;d(CPBAPBGPBT)3及びT(PBT)11の合成を試みた。4量体を合成した際にはIE-HPLCにより分離・分取が可能であったが、12量体の場合、その脂溶性の高さからIE-HPLCによる精製は不可能であった。そこで、ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)による精製を試みた。その結果、MALDI TOF-MSによる分析からd(CPBAPBGPBT)3、T(PBT)11いずれも目的物が合成できていることを確認した。現在、得られた12量体を用いて、Tm値等、物性値の測定を行なっている。

§核酸類縁体の新規合成法の開発

 ボラノホスフェートDNAの合成において、5'位水酸基の保護基であるDMTr基の除去条件について種々検討していた際、ボラノホスフェートジエステル誘導体の場合、速やかに脱ボラノ化が起こり、対応するH-ホスホネートに変換されるという、新反応を見出した(Scheme 3)。これは、ボラノホスフェートDNAを合成していく上では不都合な副反応であるが、見方を変えればボランがH-ホスホネートの保護基として機能していると考えることもできる。H-ホスホネートDNAは化学的に不安定であるため、長鎖のオリゴマーを合成することは困難である。しかし、ボランをH-ホスホネートの保護基として用いることができれば、化学的に極めて安定な長鎖ボラノホスフェートDNAをH-ホスホネートDNAの前駆体として合成し、これを経由して容易に長鎖H-ホスホネートDNAを合成することが可能である。このH-ホスホネートDNAはホスホロチオエートDNA等、様々なアンチセンス核酸の合成中間体として利用されていることから、極めて利用価値が高く、その合成法が確立されれば、修飾核酸合成のスタンダートとして利用されていくことも考えられる。そこでこの変換反応について検討を行なったところ、液相で、ジヌクレオシドボラノホスフェートから対応するH-ホスホネートに定量的に変換できる条件を見出すことに成功した。

【総括】

 本研究で新たに開発したボラノホスホトリエステル法により、これまで合成が困難であったAd、Cy、Guの核酸塩基を含むボラノホスフェートDNAの合成が可能となった。また、ボラノホスフェートをH-ホスホネートの前駆体として用いることにより、これまで合成が困難であった種々の核酸類縁体の合成につながるものと期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ヌクレオシドの新規ボラノホスホリル化反応の開発と、これを用いたボラノホスフェートDNAの合成に関する研究について述べたものであり、6章より構成されている。

 第1章は序論であり、アンチセンス分子として遺伝子治療への応用が期待されているボラノホスフェートDNAについて、現在までに報告されている酵素的合成法及び化学的合成法、さらに生化学的性質について述べるとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、液相におけるヌクレオシドのボラノホスホリル化反応の開発について検討した結果について述べている。まず、チミンイミド部位及びグアニンラクタム部位に保護基を導入せずにヌクレオシドのボラノホスホリル化反応を試み、それぞれの核酸塩基に副反応が起ることを明らかにした。そこで、この副反応を抑制するために、核酸塩基部位を完全に保護したモノマーユニットを合成し、これらを用いて、4種類の核酸塩基を含む2量体を初めて高収率で合成することに成功している。次に、得られた2量体の脱保護条件の検討について述べている。まず、5'位のDMTr基の除去条件について検討を行なった結果、DMTrカチオンの捕捉剤としてEt3SiHが効果的であることを明らかにしている。リン酸部位の保護基であるメチル基をPhSHで除去した後、メタノール性アンモニアを用いて脱保護することで、2量体を分解させることなく脱保護することに成功している。

 第3章では、第2章で開発したボラノホスホトリエステル法を固相法へ応用した結果について述べている。固相法へ応用するにあたり、2種類の新規縮合剤の開発を行ない、さらにリン酸部位の保護基についても検討を加えている。反応条件、固相担体、キャップ化条件などを検討した結果、Ad、Cy、Gu、Thいずれの核酸塩基を用いた場合にも高収率で反応を進行させることに成功している。さらに、この条件を用いて4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNA 4量体及び12量体の合成を行なっている。

 第4章では、合成したボラノホスフェートDNA 12量体の物性値を解析した結果について述べている。まず、核酸塩基としてチミンのみを含むボラノホスフェートDNA 12量体と相補的なdA12が形成する二重鎖のTmは過去の報告同様に低い値であったのに対し、これまで報告のない4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNA 12量体と相補的な天然型DNA 12量体が形成する二重鎖のTmはかなり高くなり、4種類の核酸塩基が存在することによって二重鎖の安定性が飛躍的に向上することを明らかにしている。さらに、ボラノホスフェートDNAのラベル化反応についても述べているが、32Pのβ崩壊に伴い発生する放射線によりホウ素が放射化を受けて放射壊変を起こし、ボラノホスフェートDNAが分解する可能性を指摘している。

 第5章では、ボラノホスフェートDNA合成の研究から派生した成果として、ヌクレオシドボラノホスフェートTPBTを定量的に対応するH-ホスホネートに変換する条件を見出すことに成功している。さらにこの条件下、TPBTをH-ホスホネートを経由して安定な天然型TPOTに変換し、>99%の収率で単離精製することに成功しており、ボラノホスフェートDNAがH-ホスホネートDNAの前駆体となり得ることを示し、ボラノホスフェートDNAのさらなる有用性について示している。

 第6章は本論文の総括であり、開発したボラノホスホトリエステル法の特徴と有用性を述べるとともに、ボラノホスフェートDNAのアンチセンス核酸としての展望、さらにH-ホスホネートDNA合成への展開などの将来展望を述べている。

 以上のように、ボラノホスホトリエステル法を利用し、これまで合成が困難とされていた4種類の核酸塩基を含むボラノホスフェートDNAの化学的合成法を確立し、この合成法が液相法及び固相法によるジヌクレオシドボラノホスフェート、ボラノホスフェートDNAオリゴマーの合成に応用できることを明らかにしている。これらの成果は、有機合成化学、核酸化学、医化学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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