学位論文要旨



No 120505
著者(漢字) 永池,崇
著者(英字)
著者(カナ) ナガイケ,タカシ
標題(和) ミトコンドリアタンパク質合成系の分子機構 : ミトコンドリアRNAヌクレオチジルトランスフェラーゼの同定及び機能解析
標題(洋)
報告番号 120505
報告番号 甲20505
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第125号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 助教授 鈴木,穣
内容要旨 要旨を表示する

序論

 ミトコンドリアは我々が活動するためのエネルギーの約90%を供給する細胞内小器官である。ミトコンドリアには核とは独立したタンパク質合成系が存在し、電子伝達系サブユニットの内、13種類のタンパク質を合成している。1981年のヒトミトコンドリア (mt) DNAの配列決定以来、動物mt翻訳系の顕著な特徴が明らかとなった。それらは、異常な二次構造を持ったtRNA、poly(A)配列の付加に伴う終止コドンの出現、先導配列のないmRNAなどである。ところが、これら異常なRNA分子がどのように翻訳に参加しているのかについては、多くが未解明のままである。細胞質ではmRNAやtRNAの3'末端の成熟化が翻訳に不可欠であるが、これはミトコンドリアでも同様であると予想される。本研究ではこれまで報告のなかったmt RNAの3'末端成熟化を行うRNAヌクレオチジルトランスフェラーゼの同定を試みることにした。本研究により、謎の多いmt 翻訳系の分子機構解明に大きく貢献できるのではないかと考えている。

1. mt CCA付加酵素の精製及び同定

 CCA付加酵素はtRNAの3'末端にCCAという全生物に共通の配列を付加する酵素である。CCAはtRNAにおけるアミノ酸の受容位置であり、またリボソーム上でrRNAとの間にワトソン-クリック塩基対を形成してペプチド転移反応を促進すると考えられている。さらに、tRNAのヌクレアーゼに対する耐性を与える役割も持つ。mt tRNAの遺伝子にはCCAがコードされていないため、CCA付加酵素による付加がmt 翻訳系において必要不可欠である。

 我々はmt CCA付加酵素を同定するため、ウシミトコンドリアから精製することにした。4段階のカラムクロマトグラフィーで部分精製した後、質量分析法により、遺伝子の同定に成功した(Fig.1)。アミノ酸配列の解析の結果、mt CCA付加酵素はバクテリアのCCA付加酵素と相同性が高いことが分かった。ミトコンドリアの祖先はバクテリアであり、mt タンパク質によく見られる特徴である。

2. mt CCA付加酵素の基質認識

 CCA付加酵素は他のRNA/DNAポリメラーゼと異なり、核酸性鋳型を必要とせずに、酵素単独でCCAという定まった配列をtRNAのみを基質として付加する大変ユニークな酵素である。本酵素はtRNAのTループ内の保存配列を認識することが示唆されている。ところが、動物mt tRNAの多くは、異常な構造を持っており、Tループの保存配列を有していない。これら異常なtRNAがmt CCA付加酵素によってどのように認識されるのかを調べるため、ヒトmt 酵素の組み換え体を用いてCCAの付加効率を大腸菌CCA付加酵素と比較した。その結果、mt CCA付加酵素はmt tRNAを効率よく修復するのに対して大腸菌CCA付加酵素では付加効率が著しく低かった(Fig.2)。このことから、mt CCA付加酵素は大腸菌と異なり、Tループの保存配列を厳密に認識していないことが明らかとなった。しかしながら、Tループ全体が欠けたtRNAに対しては付加効率が顕著に下がるため、Tループの存在そのものは、mt CCA付加酵素の認識に必要であることが示唆された。

3. ミトコンドリア病病因性変異を持つmt tRNAにおけるCCA付加効率の低下

 mt DNAの変異が様々なミトコンドリア病の病因になっていることは良く知られており、病因性変異のうちの58%はtRNA遺伝子中に存在している。よってそのような変異を持つmt tRNAの機能解析はミトコンドリア病の病因を探る上で不可欠である。CCA付加は前述のように、mt tRNAが機能するために必須のプロセスである。もし、変異により、CCA付加が阻害されるとすれば、mt タンパク質合成過程に重大な影響を与えることになり、病因の一つとなることが予想される。そこで、本研究では二つの変異に注目することにした。一つは、幼児突然致死性症候群の病因であるmt tRNAGly遺伝子のA10044G変異、もう一つは乳児致死性心筋症の病因であるmt tRNAIle遺伝子のA4317G変異である。これらの変異はともに、CCA付加酵素の認識部位であるtRNAのTループ上に存在しており、CCA配列付加過程での効率の低下が発症の原因になっている可能性があると考え、CCA付加酵素による反応効率を調べた。その結果、これらの変異型では野生型tRNAに比べてCCA付加効率が著しく低下していた。これら変異tRNAの構造そのものが変化していたため、このことが分子レベルでミトコンドリア病の発症に関与している可能性が強く示唆された。

4. mt poly(A) polymeraseの同定

 poly(A) polymerase (PAP)によるmRNA3'末端へのpoly(A)配列付加の過程は、真核生物の場合mRNAの核から細胞質への輸送、安定化、翻訳開始を促進し、原核生物では、mRNAの分解のシグナルとなる。mt mRNAにもpoly(A)配列が存在し、前述のようにpoly(A)配列が一部のmt mRNAの終止コドンの出現に必要であることが示唆されているが、mt mRNAの安定化や翻訳に関与していることを直接示した報告はない。mt PAPを同定できれば、poly(A)配列の機能解析が可能になり、更にmt翻訳系の制御機構に関する重要な知見が得られると考えられる。

 我々は、mt PAPの同定のためにmt CCA付加酵素と同様、まずウシミトコンドリアからの精製を試みた。ところが、CCA付加酵素と異なり、活性が弱くカラムクロマトグラフィーでは精製できなかった。そこでデータベースサーチでPAPホモログの検索を行った。CCA付加酵素と同様、バクテリア型のPAPホモログがあると予想したが、そのような配列は存在しなかった。一般的にPAPホモログを持たないバクテリアでは、Polynucleotide Phosphorylase (PNPase、エキソヌクレアーゼの一種で、逆反応のポリヌクレオチド合成反応も触媒する)がpoly(A)付加を行っていることが知られている。ヒトにもPNPaseのホモログ(hPNPase)が存在し、ミトコンドリアに局在することから、hPNPaseがミトコンドリアでpoly(A)付加を行っている可能性が考えられた。ところが、最近見つかった新規の細胞質PAPファミリーの中にmt 移行シグナルが付いたPAPホモログを発見した(hmtPAPと命名)。そこで、GFPとの融合タンパク質をヒトの培養細胞で発現させ、hmtPAPがミトコンドリアに局在することを確認した。次にRNAiでhmtPAPをノックダウンしたところ、mt mRNAのpoly(A)の長さが顕著に短くなるため、hmtPAPがmt PAPであることが判明した(Fig.4 レーン3)。一方、hPNPaseをノックダウンすると、mt mRNAのpoly(A)は短くなるどころが逆に長くなった(Fig.4 レーン4)。このことから、細胞内ではhPNPaseは主にエキソヌクレアーゼとして機能していることが示唆された。

5. mt mRNAの安定性とpoly(A)配列の関係

 mt mRNAの安定性にpoly(A)配列がどのように関わっているのかを解析するために、ノーザンブロッティングを行った。その結果hmtPAPをノックダウンした細胞では、顕著にmt mRNAの定常量が減少していることが分かった(Fig.5)。このことから、ヒトミトコンドリアでは、細胞質と同様、poly(A)がmt mRNAの安定化に必要であることが示唆された。バクテリアや植物のミトコンドリアではpoly(A)がmRNAの分解を促進することを考えると、この結果は意外であった。

6. mt PAPのmt タンパク質合成における役割

 次いでmt PAPのノックダウンのmt タンパク質合成への影響をウェスタンブロッティングにより調べた。その結果、mt DNAにコードされているタンパク質が顕著に減少していた(Fig.6)。核DNAにコードされているmt タンパク質の量には変化がなかった。このことから、hmtPAPもしくはpoly(A)配列がミトコンドリアにおけるタンパク質合成に必要であることが示唆された。さらに、mt 活性への影響を調べたところ、mt 膜電位と酸素消費量が著しく低下しており(Fig.7)、mt タンパク質の減少と矛盾しない結果となった。

結論

 mt RNA3'末端成熟化に関わるmt CCA付加酵素とmt PAPの同定に成功した。mt CCA付加酵素は異常な構造を持つmt tRNAでも認識できることが分かったが、これはミトコンドリアと共進化したことによる結果であると思われる。一方、hmtPAPによるpoly(A)付加は終止コドンを作り出すだけでなく、mRNAの安定化に必要であることも分かった。したがってhmtPAPはmt タンパク質合成系において要となる因子に違いない。poly(A)付加がmRNAの安定化に関わるという結果は、動物mt 翻訳系がバクテリアのみならず細胞質の翻訳系に似た一面も兼ね備えていることを示している。動物ミトコンドリアでは、進化の過程でDNAゲノムが非常に縮小した結果、先祖であるバクテリアとは全く違ったユニークなタンパク質合成系を獲得するに至ったのだろう。

Fig.1 mt CCA付加酵素の同定

Fig.2 mt CCA付加酵素の基質認識

Fig.3 ミトコンドリア病病因性変異による、CCA付加効率の低下

Fig.4 mt mRNAのpoly(A)の長さの解析

Fig.5 poly(A)とmt mRNAの安定性

Fig.6 mt タンパク質合成系への影響

Fig.7 mt 活性(酸素消費量)への影響

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「ミトコンドリアCCA付加酵素の同定及び機能解析」、「ミトコンドリア病病因性変異を持つ変異型tRNAにおけるCCA付加効率の低下」及び「ヒトミトコンドリアpoly(A) Polymeraseの同定及び機能解析」について述べられている。

 ミトコンドリアには核とは独立したタンパク質合成系が存在する。ミトコンドリア(mt)ゲノムは非常に簡素な構成であるが、転写から翻訳までの発現機構については未解明な部分が多い。論文提出者は、これまで報告のなかったmt RNAの3'末端成熟化を行うRNAヌクレオチジルトランスフェラーゼの同定及び機能解析により、mt 翻訳系の分子機構に関する新たな知見を発表している。

 「ミトコンドリアCCA付加酵素の同定及び機能解析」で論文提出者は、ウシ肝臓ミトコンドリアを材料としmt CCA付加酵素を部分精製した後、質量分析法により、遺伝子の同定に成功した。CCA付加酵素は基質となるtRNAのTループ内の保存配列を厳密に認識するという報告があるが、動物mt tRNAの多くは、Tループの保存配列を有していない。mt CCA付加酵素の基質認識について解析するため、論文提出者はヒトmt CCA付加酵素のmt tRNAに対するCCA付加反応の効率を大腸菌CCA付加酵素と比較した。その結果、mt CCA付加酵素は効率よく反応するのに対して大腸菌CCA付加酵素では反応効率が著しく低いことを明らかにした。このことから、mt CCA付加酵素は大腸菌CCA付加酵素と異なり、Tループの保存配列を厳密に認識していないことを示した。ところが、Tループ全体が欠けたtRNAに対しては反応効率が顕著に下がるため、Tループの存在そのものは、mt CCA付加酵素の認識に必要であると示唆している。

 mt DNAの変異が様々なミトコンドリア病の病因になっていることは良く知られており、病因性変異のうちの58%はtRNA遺伝子中に存在している。よってそのような変異を持つmt tRNAの機能解析はミトコンドリア病の病因を探る上で不可欠である。CCA付加反応はmt tRNAが機能するために必須のプロセスであるため、もし変異によりCCA付加が阻害されるとすれば、mt タンパク質合成過程に重大な影響を与えることになり、病因の一つとなることが予想される。「ミトコンドリア病病因性変異を持つ変異型tRNAにおけるCCA付加効率の低下」で、論文提出者は二つの変異に関して解析を行っている。一つは、幼児突然致死性症候群の病因であるmt tRNAGly遺伝子内の変異、もう一つは乳児致死性心筋症の病因であるmt tRNAIle遺伝子内の変異である。これらの変異はともに、CCA付加酵素の認識部位であるtRNAのTループ上に存在しており、CCA配列付加過程での効率の低下が発症の原因になっている可能性があることから、CCA付加酵素による反応効率を調べた。その結果、これらの変異型では野生型tRNAに比べてCCA付加効率が著しく低下していることを示した。論文提出者は、これら変異tRNAの構造そのものが変化していることから、このことが分子レベルでミトコンドリア病の発症に関与している可能性を示唆している。

「ヒトミトコンドリアpoly(A) Polymeraseの同定及び機能解析」で論文提出者はデータベースサーチにより、ミトコンドリア移行シグナルが付いたPAPホモログ(hmtPAP)を発見した。hmtPAPのミトコンドリア局在はGFP融合タンパク質をヒトの培養細胞で発現させることで確認した。論文提出者はRNA干渉法でhmtPAPをノックダウンすると、mt mRNAのpoly(A)の長さが顕著に短くなることから、hmtPAPがmt PAPであることを示した。さらに、hmtPAPをノックダウンした場合、mt mRNAの定常量が顕著に減少していることを示した。このことから、ヒトミトコンドリアでは、poly(A)付加がmt mRNAの安定化に必要であるということを初めて明らかにした。mt PAPをノックダウンすると、mt DNAにコードされているタンパク質が顕著に減少し、mt 膜電位と酸素消費量も著しく低下することも示している。

 なお、「ミトコンドリアCCA付加酵素の同定及び機能解析」の章は、鈴木勉博士、泊幸秀博士、竹本千重博士、根ヶ山文子氏、渡辺公綱博士、上田卓也教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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