学位論文要旨



No 120507
著者(漢字) 加藤,勝美
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,カツミ
標題(和) 硝酸エステルの自然発火に関する研究
標題(洋)
報告番号 120507
報告番号 甲20507
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第127号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 助教授 阿久津,好明
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 硝酸エステル類は、発射薬等に利用される非常に有用な物質であるが、火薬類の中で最も自然発火しやすいという性質を有している。ひとたび管理、貯蔵法を誤れば自然発火し大きな事故につながり、周辺で人的・物的被害が出るばかりか、広い範囲に有害物質が漏洩し、重大な環境汚染を引き起こすこともある。

 この硝酸エステル類、特にニトロセルロース(NC; Fig.1.1)の自然発火に関する研究は古くからなされており、いくつかの反応機構が提案されている。最も一般的に知られている自然発火機構は、NC由来のNO2による自然発火1)である。この機構では、O-NO2結合の熱分解或いは加水分解により生成するNO2がNCと反応しNO2はNOに還元される。このNOは、大気中のO2によりNO2に酸化され、再びNCを攻撃する。この一連の反応による反応熱が蓄積され自然発火に至る。これに対し、近年、NCの貯蔵中に不安定な物質が生成し、その物質の分解熱により自然発火するという説も提案されている2)。

 硝酸エステル系発射薬に添加されている安定剤に関しても、NO2を捕捉することを目的とした安定剤が利用されてきたが1)、最近の研究3)では、これらの安定剤の安定化効果は低いという報告もあり、安定剤の効果及び安定化機構に関しても十分に理解されているとは言い難い。また、近年でも硝酸エステル類の自然発火に起因した事故が起こり続けていることから、今後、安全に管理、貯蔵するためにも硝酸エステル類の自然発火機構の見直しが迫られている。

 そこで本研究では、硝酸エステル類の自然発火機構を解明することを目的とした。自然発火機構を解明することで科学的根拠に基づいた硝酸エステルの安定化方法及び安定度の評価方法に関する有益な知見が得られるものと考えられる。

2. 研究方針

NCの自然発火挙動を現象論的に観測し、結果に基づいて反応機構の概要を推定する(3)。速度論的検討を行い、推定した機構の妥当性を検討する(4)。各種安定剤の安定化効果を観測する(5)。硝酸エステル類一般の自然発火機構の概要を推定する(6)。

3. ニトロセルロースの自然発火挙動解析

3.1 目的

 NCの自然発火に及ぼすO2、NO、及びNO2影響を把握し、自然発火機構の概要を推定することを目的とした。各種の雰囲気で貯蔵実験を行い、NCの熱的挙動を観測、解析した。

3.2 実験

 NC(Aldrich Co.)をNO2、NO、N2、乾燥空気、O2雰囲気中で貯蔵し、熱流束型反応熱量計C-80(SETARAM Co.)により等温貯蔵中及び昇温下での熱的挙動を、FT-IR(Shimadzu Co. FT-IR8100)により等温貯蔵後の構造の変化を観測した。貯蔵温度は、60℃及び120℃とした。

3.3 結果及び考察

3.3.1 O2の影響

 結果をTable3.1にまとめた。C-80により各種の雰囲気中、昇温下での熱的挙動を観測した。N2中と比較して、O2雰囲気中での分解開始温度は約10K低くなった。60℃等温貯蔵を行い、貯蔵後のFT-IRスペクトルを観測した。その結果、N2中では、少なくとも60日までは、構造の変化が見られなかったのに対し、O2中および乾燥空気中では60日までの間にFT-IRスペクトルが変化した。120℃等温貯蔵中の熱的挙動を観測したところ、N2中では、熱的変化が観測されなかったのに対し、O2中および乾燥空気中では、発熱ピークが観測された。以上の結果から、O2とNCの反応が自然発火に関係することが示唆された。

3.3.2 NO2の影響

 結果をTable3.1にまとめた。4.5 vol.% NO2/ N2雰囲気中、60℃で等温貯蔵を行ったところ、少なくとも60日間はFT-IRスペクトルの変化は観測されなかった。120℃等温貯蔵中の熱的挙動は、23時間以上熱的変化が観測されなかった。このことから、NO2分圧が低く、かつO2が存在しない場合、自然発火への寄与は小さいものと考えられる。これに対して、 4.7 vol.%NO2/空気雰囲気中では、120℃等温貯蔵を行った結果、約2時間後から発熱が開始され、約4時間で発熱ピークに達した。乾燥空気中では、発熱ピークに達するまでの時間が、7-10時間程度であることから、4.7%NO2/空気雰囲気中では、分解が促進されたと考えられる。このことから、NO2は、O2による発熱反応を促進する効果があることが推測される。

3.3.4 反応機構の推定

 以上の結果から、反応機構を推定した。R.1-4は、O-NO2基の熱分解、加水分解とNO2による水素引き抜き反応である。5,6式は、自動酸化反応と呼ばれる反応でありR・とO2との反応により発熱する。5,6式の反応が発熱に関して支配的であるなら、O2が存在しない系では発熱しないことと、NO2が発熱を促進させることの二つ実験事実が説明できる。

Reaction scheme

Initiation

RO-NO2

+

H2O

→→

NO2

+

NO etc.

R.1

RO-NO2

RO・

+

NO2

Ri

R.2

R-H

+

NO2

R・

+

HNO2

R.3

R-H

+

RO・

R・

+

ROH

R.4

Propagation

R・

+

O2

ROO・

k

R.5

ROO・

+

R-H

ROOH

+

R・

kp

R.6

Termination

2ROO・

ROOR

+

O2

kt1

R.7

R・

+

ROO・

ROOR

kt2

R.8

2R・

R-R

kt3

R.9

4. ニトロセルロースの自然発火機構解析

4.1 目的

 推定したO2及びNO2の作用機構を解明することを目的とした。NCの熱転化率及び酸素転化率から速度論的検討を行った。

4.2 実験

 NC(50mg)を乾燥空気及び4.7vol.%NO2/空気雰囲気中、C-80により等温貯蔵し120℃貯蔵中の熱的挙動及び圧力挙動を観測した。NCを恒温槽内に120℃で貯蔵し、貯蔵後の雰囲気ガスをGC(島津製作所社製,検出器:TCD)により分析した。酸素分圧は、窒素分圧との比較から定量した。

4.3 結果及び考察

4.3.1 速度式の検討

 3で推定した反応機構に対する速度式を検討した。Initiationの速度をRiとおき、ROO・及びR・に対して定常状態近似を適用すると、O2の減少速度(-d[O2]/dt)は、

Eq.1

が得られ、自動酸化速度 -d[O2]/dtは、[O2]に対して1次式で表すことができる。

4.3.2 O2の作用機構に関する考察

4.3.2.1 O2減少挙動

 NC貯蔵中の全圧の変化をC-80により観測した。その結果、Fig.4.1に示すような圧力の減少が観測された。同様の条件下でNCを恒温槽内に貯蔵し、貯蔵後のO2分圧を測定したところ圧力減少はO2の減少であることが確認された。

4.3.2.2 速度論的検討

 貯蔵時間に対する-ln(1-酸素転化率)をプロットしたところ、Fig.4.2□に示すような直線が得られた。O2減少速度は[O2]に対して1次であることが確認された。

 C-80でNCを乾燥空気雰囲気中120℃で等温貯蔵した際の熱的挙動を観測し、-ln(1-熱転化率)vs.時間をプロットしたところFig.4.2実線に示すようによい直線関係が得られ、発熱速度も先ほどのO2減少速度と同様、[O2]に対して1次であることが確認された。また両者の傾き(K)及び誘導期もほぼ一致した。自動酸化の理論式(Eq.1)も[O2]に対して1次であるため自動酸化反応であることを支持すると考えられる。

4.3.3 NO2の作用機構に関する考察

 4.7vol. %NO2/空気雰囲気中、C-80を用いてNCを等温貯蔵し、熱的挙動を観測した。その結果、発熱量は乾燥空気中の場合とほぼ同一であることが分かった。また、速度論的解析から4.7%NO2/空気雰囲気においても発熱速度も1次反応式で表すことができることがわかった(Fig4.3)。以上の結果から、NO2が存在している場合でも発熱反応の機構は変化せず、同様の自動酸化反応で発熱しているものと考えられる。

 一方で、乾燥空気雰囲気中の場合と比較して、4.7vol.%/空気雰囲気中では誘導期は短く、Kは大きくなる傾向が見られた。このことからNO2は、反応式中のInitiationに関与し、その結果、Riが増大することにより、見掛けの速度定数は、増大したものと考えられる。

4.4 まとめ

 NCの等温貯蔵中の熱的挙動及びO2減少量から速度論的検討を行い、NCの自然発火機構を検討した。

 O2減少速度及び発熱速度は、何れも1次反応で表すことができることが確認された。またKは、O2減少速度及び発熱速度でほぼ同様の値が得られ、自動酸化反応によって発熱することを示唆する結果が得られた。

 4.7vol.% NO2/空気雰囲気中でも熱転化率は、1次反応で表すことができ、かつ発熱量は乾燥空気中とほぼ同一の値が得られた。一方で4.7vol.% NO2/空気雰囲気中では乾燥空気中と比較して、K は大きくなり、誘導期は短くなった。このことより NO2は、発熱の前段階に寄与することが考えられる。

5. 安定剤による安定化効果の解析

5.1 目的

 ジフェニルアミン(DPA:Fig.5.1)及びフェノール系酸化防止剤(AO80:Fig.5.1)による安定化の効果を確認することを目的とした。DPAは従来用いられている安定剤である。AO80は自動酸化反応を抑止する物質であり、NCの発熱は自動酸化反応と考えられるため、新規安定剤として期待される。

5.2 実験

NC/安定剤(NC: 50mg)をステンレス製の容器に導入し減圧後、容器内に室温でO2或いは乾燥空気を導入した。この試料をC-80により120℃等温貯蔵し、熱的挙動を観測した。

5.3 結果

5.3.1 DPAによる安定化

 空気雰囲気中、C-80によりNC貯蔵中の熱的挙動を観測した場合、約8時間後に発熱ピークが観測されるのに対して、NC /DPA(1wt.%)の系では、20時間後に微小な発熱が観測された。また、加速条件であるO2雰囲気中、NC/DPA(1wt.%)では20時間後、NC /DPA(2wt.%)では35時間後発熱が観測された。DPAの添加により、NCが安定し、DPAはNCの自然発火に対する安定化効果を持つことがわかった。

5.3.2 AO80による安定化

 空気雰囲気中、C-80により120℃等温貯蔵中の熱的挙動を観測した際、NC/AO80では、NC単独と比較して、発熱が抑制された。また、O2雰囲気中では、NC/AO80(1wt.%)では、11時間後、NC/AO80(2wt.%)では13時間後、NC/AO80(3wt.%)では14時間後、発熱が観測された。以上の結果より、AO80はNCを安定化することが確認された。

5.4 考察

 乾燥空気及びO2雰囲気中、C-80により得られたNC/DPA及びNC/AO-80の発熱曲線を解析し、添加量vs.誘導期及び発熱量を比較した(Fig.5.2)。

 その結果、空気、O2雰囲気中、NC/DPA及びNC/AO80のいずれの系でも、NCの発熱量が減少し、誘導期が長くなる傾向が観測された。また、NC/DPAでは、添加量の増加に伴い、誘導期が長くなったのに対して、AO80含有NCの系では誘導期を伸ばす効果が弱いことがわかった。一方でO2中、DPAと比較してAO80は発熱量をより減少させる効果を持つことがわかった。

 DPAはNO2を捕捉する能力が高いため4)、NCの分解の初期段階でNO2を捕捉することによりNCを安定化させるものと考えられる。一方、AO80は、Fig.5.3に示すようにROO・を捕捉し、自動酸化反応を抑止することによりNCを安定化しているものと考えられる。発熱挙動の相違はこのような安定化機構の違いにより説明できるものと考えられる。

5.5 まとめ

 DPA及びAO80によるNCの安定化効果を確認することを目的とし、NC/DPA、NC/AO80の熱的挙動を追跡した。

 NC/DPA及びNC/AO80のいずれの系でも、NCの発熱量が減少し、誘導期が長くなる傾向が確認された。DPAと比較してAO-80は誘導期を伸ばす効果が小さいことが確認された。一方でO2中、DPAと比較してAO80は発熱量をより減少させる効果を持つことがわかった。このことから、DPAはNCの分解の初期段階でNO2を捕捉することによりNCを安定化させるのに対して、AO80は自動酸化反応を抑止しているものと考えられる。

6. 硝酸エステル類の自然発火挙動解析

6.1 目的

 硝酸エステル系発射薬を模擬した試料を用いて自然発火機構を解析する。

6.2 実験

 日本油脂(株)から提供された試料(Table6.1)をそのまま使用した。この試料をNO2、乾燥N2、乾燥空気、O2雰囲気中で貯蔵し、C-80により等温貯蔵中の熱的挙動を観測した。貯蔵温度は120℃とした。

6.3 結果及び考察

6.3.1 シングルベース

 O2中、シングルベース(SB)の等温貯蔵したところ約20時間後発熱が観測された。4.7vol.%NO2/空気中では微小な発熱が観測された。一方、窒素雰囲気中及び4.5vol.%NO2/N2では少なくとも80時間、熱的変化は観測されなかった。また、圧力の減少が観測された。この結果は、ほぼNCの挙動と一致しているため、NCと同様、自動酸化反応により発熱していることが示唆される。

6.3.2ダブルベース

 N2及び4.5vol.%NO2/N2雰囲気中、ダブルベース(DB)を等温貯蔵したところ、少なくとも25時間以上熱的変化が観測されなかった。これに対して、乾燥空気及びO2雰囲気中の貯蔵では発熱が観測された。乾燥空気中では1390mJ・g-1、酸素雰囲気では1580mJ・g-1の発熱量が観測された。従って、発熱量は酸素分圧に依存しているものと考えられる。

 NO2 とO2の共存下で発熱に達するまでの誘導期が短くなる傾向が見られた。4.7vol.%NO2/空気中での誘導期は3時間、乾燥空気雰囲気では約7時間であった。一方で発熱量は双方の雰囲気で同程度であった(乾燥空気 1390mJ・g-1; 4.7vol.%NO2/air: 1310 mJ・g-1)。

 以上の結果からNO2はほとんど発熱反応に寄与していないことが示唆され、DBの発熱もNC及びSBと同様に自動酸化反応であることが示唆される。

6.3.3 トリプルベース

 N2雰囲気中、トリプルベース(TB)を等温貯蔵したところ、少なくとも25時間以上熱的変化が観測されなかった。一方で乾燥空気及びO2雰囲気中の貯蔵では発熱が観測された。乾燥空気中では2790mJ・g-1、酸素雰囲気では2770mJ・g-1の発熱量が観測された。また、4.5vol.%NO2/N2雰囲気においても2700mJ・g-1の発熱が観測された。この挙動は、これまで観測したNC、SB、DBと異なる傾向であった。反応機構がNC等と異なる可能性があるものと考えられる。

6.4 まとめ

 種々の雰囲気における等温貯蔵中の熱的挙動を観測することによりSB、DB、及びTBの自然発火機構を解析した。

 SB及びDBはO2非存在下において発熱は抑制された。一方で4.7vol.%NO2/空気中では、乾燥空気雰囲気と比較して発熱は促進した。また、貯蔵中、圧力が減少することが確認された。この結果から、発熱に自動酸化反応が寄与していることが推測される。

 TBでは、O2が存在しない4.5vol.%NO2/N2においても発熱することが確認された。従ってTBは反応機構がSB及びTB等と異なる可能性があるものと考えられる。

7. 総括

i. ニトロセルロースの自然発火挙動解析

 種々雰囲気においてNCを貯蔵し、熱的変化及び構造の変化を観測した。O2非存在下では、NO2が存在しても発熱しないことを明らかにし、NCの発熱には、大気O2による自動酸化反応の寄与が大きいことを推測した。

ii. ニトロセルロースの自然発火機構解析

 推定した反応機構について熱転化率及び酸素転化率から速度論的検討を行った。NC貯蔵中の酸素転化率及び熱転化率は何れも1次式で表され、Kは一致した。推定した反応を支持する結果が得られた。

iii. 安定剤による安定化効果の解析

 DPA及びAO80による安定化効果を確認した。何れかの安定剤を添加されたNCは安定化することが確認された。また、NC/DPA、NC/AO80では熱的挙動が異なり、DPAは主としてInitiationをAO80は主として自動酸化反応を抑止していることが推測された。

iv. 硝酸エステル類の自然発火挙動解析

 硝酸エステル系発射薬を模擬した試料を用いて自然発火機構を解析した。SB及びDBに関しては、NCと同様の挙動を示したことから、自動酸化反応が寄与していることが推定された。TBはNCと異なった挙動を示し、TBに特異な反応機構が存在する可能性が示された。

 以上の結果から硝酸エステル類はNO2を遊離する性質から自動酸化反応を非常に受けやすいことが明らかになった。従って安定剤として従来のDPA等に加え、フェノール系酸化防止剤も有効であり新規安定剤としての可能性が考えられる。また安定度の評価方法としても従来のABEL試験に加え、熱測定及び圧力測定によっても評価する必要がある。

参考[1] Japan Explosives Society., “IPPAN KAYAKUGAKU”(1998)[2] Kimura J., ”NITROCELLULOSE" CRC Press (1996)[3] 防衛庁技術資料[4] L. Reich, S. S. Stivala, “Autoxidation of Hydrocarbons and Polyolefin. Kinetics and mechanisms”, Dekker, New York (1986)報文1. K. Katoh, Lu. le, M. Arai, M. Tamura “Study on the spontaneous ignition of cellulose nitrate  the effect of the type of the storage atmosphere(I)” Science and Technology of Energetic Materials,64,p236 (2003)2. K. Katoh, Lu. le, M. Arai, M. Tamura “Study on the spontaneous ignition of cellulose nitrate  the effect of the type of the storage atmosphere(II)” Science and Technology of Energetic Materials 65,p77 (2004)3. 加藤, 陸楽, 新井, 田村“ニトロセルロースの自然発火に関する研究 モデル化合物1-O-methyl-β-d-glucopyranoside- 2,3,4,6-tetranitrate)の合成と危険性評価”Science and Technology of Energetic Materials,64,p254 (2003).4. K. Katoh, Lu. le, M. Kumasaki, Y. Wada, M. Arai, M. Tamura “Study on the spontaneous ignition mechanism of nitric esters(I)”Thermochimica acta(投稿中)5. K. Katoh, Lu. le, M. Kumasaki, Y. Wada, M. Arai, M. Tamura “Study on the spontaneous ignition mechanism of nitric esters(II)”Thermochimica acta(投稿中)6. K. Katoh, Lu. le, M. Kumasaki, Y. Wada, M. Arai, M. Tamura “Study on the spontaneous ignition mechanism of nitric esters(III)”Thermochimica acta(投稿中)

Fig.1.1 Chemical structure of NC

Table 3.1 The behavior of NC in various atmospheres

Fig.4.1 Overall pressure change

Fig.4.2 -ln(1-x) vs. storage

Table1 O2 decrease behavior and heat release behavior

Fig.4.3 -ln(1-x) vs. storage

Fig5.1 Structure of stabilizer

Fig.5.2 Heat release behavior for stabilizer content

□DPA, ○AO80

A:Induction period for stabilizer content in dry air

B:Amount of reaction heat for stabilizer content in dry air

C:Induction period for stabilizer content in O2

D:Amount of reaction heat for stabilizer content in O2

Fig5.3 Stabilization mechanism of AO80

Table 6.1 The type of the sample

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「硝酸エステルの自然発火に関する研究」と題し、硝酸エステルの自然発火による災害一掃のために、その発熱・発火機構解明を目的として行った研究の成果をまとめたもので6章からなる。

 第1章は序論であり、硝酸エステルの自然発火について背景および既往の研究を紹介し、現状の問題点を提起するとともに、本論文の目的と研究方針について述べている。

 第2章では、ニトロセルロース(NC)の自然発火におよぼす酸素および二酸化窒素の影響を検討している。各種雰囲気中でのC-80熱量計による120℃等温貯蔵実験の結果から、NCの発熱は窒素雰囲気中および4.5vol.%二酸化窒素/窒素雰囲気中では抑制され、酸素を含む雰囲気中では、酸素分圧が高くなるほど発熱量が大きくなる傾向を、また、4.7vol.%二酸化窒素/空気雰囲気中では、乾燥空気雰囲気中と比較して発熱分解が促進されることを見いだした。さらに、昇温下における貯蔵実験においても、酸素および乾燥空気雰囲気中におけるNCの分解開始温度が、窒素雰囲気中と比較して低下する傾向を見いだしている。これらの実験結果から、NCの自然発火には、主として自動酸化反応が関係し、二酸化窒素は連鎖反応前の段階に寄与するものと推定している。

 第3章では、NCの自然発火機構をより明解にするために、NCの等温貯蔵中の熱的挙動および酸素減少量から速度論的検討を行い、NCの自然発火機構を解析している。実験的に得られた酸素減少率および熱転化率が、ともに酸素分圧に対して1次となり、かっ、双方の速度定数がほぼ一致すること、および、推定した反応機構から誘導される酸素減少速度も同様に酸素分圧の1次式として表されることから、NCの発熱および自然発火には自動酸化反応が大きく寄与していることを改めて示した。また、従来、自然発火への寄与が大きいとされていた二酸化窒素の作用に関しては、4.7vol.%二酸化窒素/空気雰囲気中での等温貯蔵実験による熱転化率が、酸素分圧の1次反応で表され、かつ発熱量が乾燥空気雰囲気中とほぼ同一の値であることから、発熱への寄与の可能性が極めて低いことを示すとともに、一方で、4.7vol.%二酸化窒素/空気雰囲気中では乾燥空気雰囲気中と比較して、速度定数の増加と、発熱までの誘導期の短縮が見られることから、二酸化窒素が、発熱の前段階である開始反応に寄与することを示唆している。

 第4章では、ジフェニルアミン(DPA)およびフェノール系酸化防止剤(AO80)によるNCの安定化効果について述べている。DPA含有NCおよびAO80含有NCのいずれの系でも、NCの発熱量減少と誘導期延長が確認されたことから、DPAおよびAO80両者ともNC安定化効果を有することを示している。

 同時に、酸素雰囲気中では、NCの発熱量減少についてはAO80含有NC、誘導期延長についてはDPA含有NCの方が、それぞれ効果が大きいことを確認し、その傾向は、DPAが開始反応において二酸化窒素を捕捉し、AO80が、自動酸化反応においてペルオキシラジカルを捕捉するという、DPA、AO80本来の化学的性質から説明できる可能性を示した。一方、乾燥空気雰囲気中では、DPAは発熱量減少および誘導期延長ともにAO80よりも高効果を示すことを見いだし、これについては、酸素分圧が低くかつDPA添加により二酸化窒素分圧も低くなった系では、開殆反応で生成したアルキルラジカルが自動酸化反応に移行する前にそのほとんどが失活するためであると説明している。

 第5章では、実用的な硝酸エステル系無煙火薬であるシングルベース(SB)、ダブルベース(DB)、およびトリプルベース(TB)につき、種々の雰囲気中における等温貯蔵中の熱的挙動を観測することにより、それらの自然発火機構を検討している。SBおよびDBは酸素非存在下においては発熱が抑制される一方、4.7vo1.%二酸化窒素/空気中では、乾燥空気雰囲気中と比較して発熱が促進され、同時に圧力の減少が確認されるという、NCと極めて似た挙動を示すことから、自然発火機構もNCと同様としている。一方、TBでは、無酸素である4.5vol.%二酸化窒素/窒素雰囲気中においても発熱が確認されたことから、SBおよびDB、即ちNCと異なる反応機構である可能性を示すとともに、その原因をTBに50wt.%程度含まれるニトログアニジンの影響と推定している。

 第6章は総括であり、本論文の成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、NCに代表される硝酸エステルの熱的挙動を明らかにし、さらに速度論的解析を加えることで、その自然発火機構を明らかにしており、エネルギー物質化学ならびに環境システム学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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