学位論文要旨



No 120511
著者(漢字) 坂東,茂
著者(英字)
著者(カナ) バンドウ,シゲル
標題(和) 高圧下における水溶液への二酸化炭素の溶解過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 120511
報告番号 甲20511
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第131号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 大宮,司啓文
 東京大学 助教授 白樫,了
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 液体中を上昇する気泡や液滴の溶解過程については長年研究が行なわれており,気液界面に吸着する不純物が気泡の上昇速度や溶解過程に非常に大きな影響を与えることが長年の研究から明らかにされてきた.[1]Figure 1は30℃大気圧下における純水中を上昇する二酸化炭素気泡が不純物の影響を受けると抵抗が約3倍増加することを示した図である.本研究では,大気圧下ではなく,高圧下における液体や超臨界状態の液滴が水などの液体中を上昇する場合の溶解過程において,界面に付着する不純物の影響を明らかにすることを目的とした.液滴には,超臨界状態を比較的容易に得られる二酸化炭素(以下CO2)を選んだ.高圧下のCO2液滴の溶解過程は,CO2の中深層海洋処理などでも見られ,環境に対する負荷を見積もる上でも重要な知見になると考えられる.

 気泡や液滴の溶解過程は,上昇速度と溶解速度で議論され,[1],[2],[3]など 新たな液滴の実験を行なう前に詳細な熱物性値が必要である.考えられる物性としては,水やNaCl水溶液に対するCO2の溶解度,CO2が溶解した水溶液の密度,粘性係数,CO2の水に対する拡散係数,単体CO2の粘性係数,密度,単体H20の粘性係数,密度,NaC1水溶液の粘性係数,密度が考えられる.本研究では,CO2の溶解度とCO2溶液の粘性係数を測定した.実験条件は圧力10MPa〜20MPa,温度30℃〜60℃,NaCl重量分率0〜0.03で行なった.

 続いて,高圧下における水溶液を上昇するCO2液滴の溶解過程について,まず溶解速度を表すSherwood数(Sh)と,上昇速度を表す抵抗係数(CD)を測定する実験を行なった.その後,上昇液滴の溶解過程の数値解析により得られたSh,CDの結果と実験結果とを比較し,液滴の界面に吸着している不純物の挙動についての考察を行なった.

2. 高圧下の水溶液に対する二酸化炭素の溶解度測定について

 CO2の溶解度測定では,実験条件においてCO2を飽和させたNaCl水溶液を高圧容器内で作成し,氷水に浸けた体積既知の小さなシリンダーにサンプルを1気圧程度で採取し,その重さ,圧力,温度から,低圧で用いられるヘンリー則と塩析の影響を用いて成分を分析し,CO2のNaCl水溶液に対する溶解度を計算した.CO2の溶解度は温度が上がるにつれて下がり,圧力が上がるにつれて上がるという結果を得た.また,NaCl重量分率が上がるほど溶解度は下がり,本実験の圧力・温度条件においても塩析が起きていることが分かった.その結果をヘンリー数でまとめ,温度,圧力,NaCl重量分率をパラメータとした相関式を作成した.

3. 高圧下の二酸化炭素溶液の粘性測定について

 次に,CO2の溶解した水溶液の粘性係数を測定した.粘性係数の測定方法としては落球法を用いた.これは,直径0.5mmの球が落下する速度を測定し,抵抗係数とRe数との相関式と,球に働く力のバランスを示した式の2式を計算することで抵抗係数と粘性係数を算出した.本実験においてはRe数が100程度であり,球に働く力としては重力,浮力,抵抗力を考えれば良い.また,抵抗係数とRe数との相関式は多数存在するが,あらかじめ純水,NaCl水溶液に対して実験を行ない,最も精度良く表す相関式を選び出した.高圧下においてCO2の溶解した溶液の粘性を計測した結果,粘性係数は温度が上がるにつれて下がり,圧力にはあまり影響せず,NaCl重量分率が上がると粘性係数も上昇するという傾向を示した.CO2が飽和している溶液の粘性係数は,同圧力・同温度条件でCO2が溶解していない溶液の粘性係数とを比較すると,温度が上がるにつれて粘性係数に差が出なくなり,その粘性係数の相対比は温度の一次式で表されることが分かった.さらに,同じ温度の条件下には粘性係数はCO2濃度に比例することも分かった.これら2つの性質を考慮して,粘性係数の相関式を求めた.

4. 高圧下の水溶液中を上昇する二酸化炭素液滴の溶解過程について

 以上の2つの熱物性値測定を経た後,上昇するCO2液滴の実験を行なった.従来の大気圧下における気泡の振る舞いの研究について触れておく.

 超純水中を気泡が上昇する場合は,不純物がほとんど存在しないために,界面に何も吸着せず,界面が周囲の流体にひきずられて動くため,気泡の上昇に対する抵抗力が小さくなり,さらに周囲流体がスムーズに更新されて気体が溶解していないきれいな水が常に供給され続けるため,上昇速度も溶解速度も速い.(Fluid Sphere)[4]

 それに対して汚れのある水中における気泡の場合は,界面に不純物がどんどん吸着し,球一面が不純物に覆われると界面が移動できない固体球として振る舞うようになる.[1]続いてその遷移過程が盛んに研究されるようになり,Stagnant Cap Modelが提案され多くの解析が行なわれている.[5]など このモデルでは,界面に付着した不純物は気泡の後部へと次々に輸送され,界面の動かない部分が後部から増えていく.この動かない部分は最終的には気泡の全表面を覆い,気泡はその後固体球として振る舞う.(Figure 2)竹村らは,気泡の上昇速度と溶解速度の実験的な測定結果とStagnant Cap Modelに基づいた数値解析結果が良好に一致することを示し,気泡に対する"Stagnant Cap Model"の有効性を定量的に示した.[2]また,液滴に対する"Stagnant Cap Model"の有効性についてはOguzらの数値解析によって示された.[6]

 本研究においてもStagnant Cap Modelについて数値計算を行ない,パラメータとしてRe数とStagnant Cap Angleを与え,その時の抵抗係数とSh数を計算した.

 本研究では高圧下の水中にCO2液滴を発生させ,Z軸ステージに取り付けたCCDカメラでその液滴の上昇過程を撮影した.液滴は溶解しながら上昇するため,その上昇速度と半径は刻々と変化するが,その2つのパラメータから界面の流れが解析できる.実験条件は20℃〜40℃,圧力は7.7MPaから12MPaとした.

 Figure 4は,20℃10MPaにおけるNaCl水溶液中をCO2液滴が上昇した時の挙動を,抵抗係数とRe数で表したものである.図中の小さな菱形の点はRe数とStagnant Cap Angleをパラメータとして与えた場合のStagnant Cap Modelに基づいた数値計算結果を表しており,点線はStagnant Cap Angleが一定であることを表している.よって,Stagnant Cap Angleが180°である一番上の点線は固体球の挙動を表し,0°である一番下の点線はFluid Sphereの挙動を表す.凡例にある"ex-1"から"ex-5"は,実験においてCO2液滴を5回打ち上げ,それぞれの結果を示している。この実験条件においては,どのCO2液滴も固体球として振る舞っていることを示している.他の条件の実験結果をまとめると,圧力条件が10MPaで温度条件が20℃,30℃の場合の液滴は固体球として振る舞うことが分かった.

 しかし,CO2が超臨界,特に擬臨界となるような点近傍(7.7MPa,33℃)では,上昇を始める前に固体球となった液滴は,不純物が吸着して動かない部分が上昇によって徐々に減少し,Fluid Sphereに近づく現象を確認できた.(Figure 5)この時の不純物は液滴の中に溶解したか,あるいは外に再度溶解したと考えられるが,上昇した当初は液滴界面に吸着していたことを考えると,水に再度溶解することは考えにくい.

 さらにデカン酸を用いて,CO2が超臨界になる圧力・温度条件や,その周辺の条件において実験を行なった.デカン酸は濃度が0.01mol/m3以上で大気圧下の上昇気泡の場合は固体球になることが報告されている極性の低い物質である[7].二酸化炭素が気体の場合は,デカン酸は界面とバルクにおいてのみ存在し,気泡内部に溶解することは考えられない.

 しかし,主に二酸化炭素が超臨界となる温度・圧力条件においてはデカン酸を入れない時と同じようにFluid Sphereに近づく挙動が見られることが本実験により分かった.界面に吸着していたデカン酸が,極性の非常に高い水に再度溶解するとは考えにくく,超臨界液滴の場合は界面に付着していたデカン酸が液滴内部に溶解したと考えられる.これにより,今回のような短いプロセスの間でも,超臨界物質の液滴の場合には界面に吸着した物質が液滴内部へ溶解,拡散する場合が存在することが分かった.Figure 5に今回の実験により明らかになった液滴の溶解過程の概略図を示す.

結論

・ 圧力10〜20MPa,温度30〜60℃,NaCl重量分率0〜0.03の範囲における水溶液へのCO2の溶解度を測定した.その結果から圧力,温度.NaCl重量分率をパラメータとしてヘンリー数の相関式を作成した.

・ 上と同じ実験条件値おいて,CO2が溶解した水溶液の粘性を計測した.その結果から,温度,CO2濃度をパラメータとした粘性係数の相関式を作成した.

・ 高圧下のCO2液滴では,バルクに不純物が多い状態でも固体球の振る舞いにはならないことがある.

・ この現象は,CO2が超臨界状態の場合に起きることが多く,密度との関連が強いと考えられる.

Figure 1 Drag coefficient of a bubble in water at 30℃ and 0.1MPa as a function of Re

Figure 2 Schematic of various conditions of a bubble

Figure 3 The transient regime from a fluid sphere to a solid particle

Figure 4 Drag coefficient vs. Reynolds number at 20℃ and 10MPa

Figure 5 Drag coefficient vs. Reynolds number at 33℃ and 7.7MPa

Figure 6 Schematic of the phenomena at this research

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,5章からなり,第1章では序論,第2章では水や塩化ナトリウム水溶液に対する二酸化炭素の溶解度の測定,第3章では二酸化炭素の溶解した水溶液の粘性係数の測定,第4章では高圧環境下で水中を上昇する二酸化炭素液泡の溶解プロセスの実験と解析,第5章では結論が述べられている。

 第2章では,水や塩化ナトリウム水溶液に対する二酸化炭素の溶解度を圧力10〜20MPa,温度30〜60℃,塩化ナトリウム重量分率0〜0.03の範囲で測定している。高圧容器内で作成した飽和溶液から,氷水に浸けた体積既知の小さなシリンダーに1気圧程度のサンプルを採取し,その重さ,圧力,温度から,低圧で用いられるヘンリー則と塩析の影響を用いて成分を分析し,溶解度を計算している。溶解度は温度が上がるにつれて下がり,圧力が上がるにつれて上がるという結果を得ている。また,塩化ナトリウム重量分率が上がるほど溶解度は下がり,塩析を裏付けた結果となった。その結果をヘンリー数でまとめ,温度,圧力,塩化ナトリウム重量分率をパラメータとした相関式を作成している。

 第3章では,二酸化炭素の溶解した水溶液の粘性係数を測定している。粘性係数の測定方法として落球法を用いている。これは,直径0.5mmの球が落下する速度を測定し,抵抗係数とRe数との相関式と,球に働く力のバランスを示した式の2式を計算することで抵抗係数と粘性係数を算出する方法である。本実験においてはRe数が100程度であり,球に働く力としては重力,浮力,抵抗力を考えれば良い。また,抵抗係数とRe数との相関式は多数存在するが,あらかじめ純水,塩化ナトリウム水溶液に対して実験を行ない,最も,精度良く表す相関式を選び出している。高圧下において二酸化炭素の溶解した溶液の粘性を計測した結果,粘性係数は温度が上がるにつれて下がり,圧力にはあまり影響せず,塩化ナトリウム重量分率が上がると粘性係数も上昇するという傾向を示している。二酸化炭素が飽和している溶液の粘性係数は,同圧力・同温度条件で二酸化炭素が溶解していない溶液の粘性係数と比較すると,温度が上がるにつれて粘性係数に差が出なくなり,その粘性係数の相対比は温度の一次式で表されることを示した。さらに,同じ温度の条件下には粘性係数は二酸化炭素濃度に比例することも明らかにし,これら2つの性質を考慮して,粘性係数の相関式を求めている。

 第4章では,上昇する二酸化炭素液滴の溶解過程を明らかにするために,高圧環境において二酸化炭素液滴を放してCCDカメラを用いてその動きを解析する実験を行なっている。一般に水中を上昇する気泡の挙動は,超純水中を気泡が上昇する場合は,界面には何も吸着せず,気泡の上昇に対する抵抗力が小さくなり,上昇速度も溶解速度も速い。液体球という。それに対して汚れのある水中における気泡の場合は,界面に付着する不純物が界面の移動を妨げ,固体球のように振舞い,上昇速度は小さくなることが知られている。本実験結果にStagnant Cap Modelを適用し,多くの場合は固体球として振舞うが,条件によっては固体球から液体球への遷移する場合があることを示している。二酸化炭素が超臨界,特に擬臨界となるような点の近傍(7.7MPa,33℃)では,上昇を始める前に固体球となった液滴は,不純物が吸着して動かない部分が上昇によって徐々に減少し,液体球に近づく現象を確認している。この現象は従来の研究では見られなかった新たな現象である。

 さらに,界面活性剤として用いられる微量のデカン酸を添加することによって吸着物質を特定し,さらに実験を行なっている。その結果,デカン酸を用いた実験においても液体球に近づく挙動を見せる時があることを示している。二酸化炭素の密度が500kg/m3前後の時に,液体球への遷移の度合いが強いことも確認された。

 本研究の第2章,第3章は飛原英治,竹村文男,赤井誠,西尾匡弘との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上のように,水や塩化ナトリウム水溶液に対する二酸化炭素の溶解度の測定および二酸化炭素の溶解した水溶液の粘性係数の測定によって,精度のよい相関式を導き,高圧下における液体や超臨界状態の液滴が水などの液体中を上昇する場合の溶解過程を実験と解析により明らかにしており,博士(環境学)の学位を授与できると判定する。

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