学位論文要旨



No 120513
著者(漢字) 板谷,和也
著者(英字)
著者(カナ) イタヤ,カズヤ
標題(和) 実効性を考慮した都市圏総合交通計画に関する研究 : フランスPDUを題材として
標題(洋) Urban Comprehensive Transportation Planning with Effectiveness : "Plans de Deplacements Urbains" in France
報告番号 120513
報告番号 甲20513
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第133号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 わが国の公共交通は大きな問題を抱えている。大都市圏で未だ解決されない混雑問題と、地方部での利用客の減少に伴うサービス低下である。その根本的な原因として考えられるのは、交通企業が採算性を重視した経営を行っていることと、行政側による交通コントロールが必ずしも有効に機能しておらず、そもそも総合的な交通計画を行政が持っていないということである。その結果として特に、社会的に必要であるとされる軌道系交通等の整備がほとんど進んでいないことが問題である。そのため必然的に自動車を中心とした交通体系が形成されることになってしまっている。

 地球環境問題やエネルギー問題が世界的に主要な政策テーマとなっている現代において、各都市の政策・計画は、環境を重視しないものにはなりえない。特に、これまでの先進国の経済成長は自動車の利便性を向上させることによって支えられてきたという側面があるが、自動車交通にはエネルギーの有限性という問題に加えて、大気汚染や騒音などの公害を発生させ、さらには駐車車両が限られた都市空間を占拠してしまうなど、都市の生活環境を悪化させるという大問題があるため、自動車交通だけに頼った都市計画や交通計画は望ましいとはいえない。

 そういった面も含めて欧米諸国では軌道系交通を見直す動きが広まっており、既に多数の整備事例がある。軌道系交通は、整備費は比較的高価だが、大気環境に与える影響が少なく、安全性が高く、誰でも利用可能な上に、土地利用計画等の他の計画との連携によって商業活性化が可能であるという特長があり、その評価は安定したものになりつつある。

 わが国でも今後は軌道系交通を含めて、社会的に必要な交通整備を進めるために必要な、行政側による交通コントロールを行っていく必要性は極めて高く、そのために先進事例から学ぶことが必要である。本研究では先進事例としてフランスを選定した。

 フランスが他の先進諸国と大きく違うのは、わが国と同様にいったん軌道系交通を廃止した経緯を持ちながら、制度改訂を経て行政主導の総合的な交通計画を策定して、その計画目標と整合的な計画事業案としての軌道系交通の整備が実際に行われており、しかもそれが比較的短時間で実現しているように実効性が極めて高い点である。

 以上より本研究は、環境を考慮した都市政策に必要な、行政側による総合的な都市圏交通計画の導入を可能にし、その計画が実効性を持つための要因をフランスの事例を用いて検討し、わが国での都市圏交通計画の改善に対する知見を得ることを目的としている。ここで計画の実効性とは、計画目標に整合した計画事業案が実際に実施され、計画目標自体も各事業案の実現によって実現するという2段階の意味合いを含んだものである。本研究によって得られた結論は以下の通りである。

 まず第2章では、フランス及びわが国における、フランス都市圏交通計画関連研究のレビューを行い、フランスの都市圏交通計画とその周辺の制度について、歴史的な視点を重視しつつその概要を把握する方法による研究が必要であることを示した。

 第3章では国内交通基本法を中心としたフランス都市圏交通の計画・組織的枠組みについて考察し、以下の結論を得た。

 国内交通基本法が存在することによって、都市圏内における交通政策・交通計画に関して地方政府は、PDUを作る際の交通と都市に関する目標設定に関する義務を守ることで、自分たちの都市圏に独自の状況に適合した計画・政策を自由に策定・実施する権利を得ている。このような計画枠組みが実現した背景には、それまで中央集権のシステムのもとで進められていた交通政策が、国内交通基本法の制定とともに地方に権限委譲された際に、既に財源制度が確立していたことが挙げられる。

 つまりフランスでは、計画の実現に際して、国内交通基本法が政策理念を規定し、計画策定・事業実施主体の権限を規定し、その主体が自由に使途を決定できる財源が存在するという計画枠組みを政策的な失敗の後に制度として確立したことが、計画の実効性を高めるのに大きな役割を果たしたのである。

 第4章ではフランスにおける都市圏交通計画制度と財源制度との関係について考察し、以下の結論を得た。

 国内交通基本法は都市圏交通に関わる財源制度に関わる具体的な規定に欠けているが、これは国内交通基本法の制定前に交通負担金制度が存在していたためである。この交通負担金制度は、都市圏交通機構にとっての直接的かつ確実かつ自由に使途を決定できる財源として有効に使われているが、見方を変えるとこれも国の計画枠組みの一つであり、制限税率の規定を用いて国の意向を各都市圏の政策に反映させるための方法として利用されている。

 国が定めた計画枠組み・財源スキームのもとで、各地方都市圏はそれぞれの計画に見合った税率あるいは各財源制度を活用することが可能であるため、計画の実施に際して財源上の根拠が明確であり、このことが計画の実効性を高くしている。加えて、

交通負担金収入は都市圏交通機構以外が用いることが許されないが、都市圏交通機構は目的限定的なPDUに則った政策しか行うことができない。

 交通負担金制度は、制定時には使途が極めて限定されたものだったが、国内交通基本法の制定及びLAURE法の制定を契機に都市圏交通全般に関わる使い方が可能になった。これにより、政策実施主体の計画目標がPDU制度で明示されたこともあって、財源制度と計画制度とが連携した形になり、計画の実効性が財源面からも著しく高まっている。その際、国の政策枠組みの中で地方が政策決定を行うという役割分担だけでなく、都市圏交通機構が計画と財源を一括して掌握していることも、国の大きな方針に合致した交通政策の実現に際して大きな影響を与えているといえる。

 第5章では、フランスの合意形成手法と意思決定過程に関する枠組みとその特徴について考察し、以下の結論を得た。

 フランスの合意形成過程は議会を中心にした意思決定システムの中で住民等に対する情報公開及び意見収集の役割を持っており、法的に義務づけられたプロセスであることがその効果を高めている。そこでは計画策定側と住民側の役割がはっきりと分かれており、計画策定側は望ましい計画を策定することとそのために必要な情報を公開すること、住民側は提示された情報を理解して生活者の立場から計画策定に有用な意見を述べることが求められている。特に計画策定において情報公開と意見収集のために必要なプロセスとして事前協議が制度化されている。

 計画案の承認に当たっては唯一の意思決定機関としての議会の持つ権限がかなり大きいため、議会による判断が正確であることが求められ、そのために必要なプロセスとして公開事前調査が制度化されている。また、民意を問うための手法として制度化されていた諮問的住民投票に加えて、議会の意思決定を補完する手法として近年決定的住民投票も制度化されたが、議会の意思決定機関としての重要性は変わっていない。議会制度の持つ限界はそのままこの意思決定システムにも当てはまるが、現状では計画策定・実施に関して効果の大きいシステムであるということがいえよう。

 また特にPDUの合意形成過程では、限定的な事前協議が行われ関連する各主体による意見表明の後に公開事前調査が行われることになることが明らかになったが、このことはPDUがそれぞれの具体的な事業計画案の上位計画として位置づけられていることを示していると考えられる。PDUという中長期計画の策定にあたって各主体の意見を考慮し住民意見も取り入れることで、交通政策に対する全体的な意識が高まることを意図しており、望ましい形でPDUが策定されるために必要な過程であるといえる。実効性の高い計画案を策定するためにこのようなプロセスも重要である。

 第6章では、フランスの具体的な都市圏における事例を通して、前章までで検討してきたフランスの交通計画制度の特質が実際にどのように適用されているかについて、オルレアン都市圏における事例を通じて詳細を明らかにするとともに、フランスの都市圏交通計画制度の持つ高い実効性の要因と考えられることを挙げ、わが国の都市圏交通計画制度の改善に当たっての知見を得た。

 まずフランスの都市圏交通計画制度が持つ高い実効性の要因について検討したが、それによると都市圏の政策・計画事例も踏まえて以下の要因が影響しているといえる。

1) 計画策定組織が行政内で確立していること

2) 計画策定・政策実施に関して行政の自由度が大きいこと

3) 計画の目標に関して一定の制限があること

4) 計画の策定方法に関して情報公開・意見聴取義務があること

5) 独自に使途を決められる財源があること

6) 以上の点に関して法的に規定されていること

 これらの要因がフランスで実現してきた経緯からわが国における現状を改善するための方策として、都市圏交通関係政策を担当する組織を確立させることの重要性を挙げ、行政内の交通関連部門が主体的に交通政策に関わるよう、組織的及び財源的制度措置を施すこと、及び交通計画制度を他の行政政策と関連づけた形で位置づけることの重要性を指摘した。

 最後に第7章では本研究によって得られた結論と今後の課題を示している。

 全体として、これまで必ずしも明らかでなかったフランスの都市圏交通計画制度に関して、多角的な視点から捉え、その全体像を各制度の枠組みから明らかにしており、またその中で歴史的経緯を考慮したことで、わが国における制度改善の方向性に関する知見を得るとともに、制度比較研究及びフランスの制度研究に関して大きな発展可能性を持っており、その意味でも有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 フランスは、わが国と同様にいったん軌道系交通を廃止した経緯を持ちながら、最近になって再び、都市再生の道具として軌道系交通の整備を続けており、それを支える仕組みとして、行政主導で策定する総合的な都市圏交通計画と、その実効性を担保する合意形成制度と財源制度が大きな役割を果たしていると言われている。しかし、フランスの都市圏交通計画の実効性を高めている計画制度とその運用実態については、断片的な紹介に留まっており、現行の計画制度の相互関係と歴史的な成立経緯、ならびに事例分析による運用実態の詳細把握は行われておらず、制度的理由の本質を明確に把握するに至っていない。

 本論文は、このような問題意識のもとに、フランスにおける都市圏交通計画を対象として、国の政策目標に貢献する計画の立案と実施を支える計画制度の特徴、経年変化、運用実態を明らかにしたものであり、その成果は、わが国の都市圏交通計画の改善に貴重な知見を与えている。

 第1章では、このような研究の背景と目的を示し、フランスの都市圏交通計画を対象とする理由を述べている。

 第2章は、フランス及びわが国における、フランス都市圏交通計画関連研究のレビューを行い、フランスの都市圏交通計画とその周辺の制度について、それらの経年変化と理由の把握、ならびに事例研究を通した運用実態把握が必要であることを示している。

 第3章では、自動車依存からの脱却を目指し、交通権を定義し、社会的便益評価を導入した、1982年の国内交通基本法の制定以降、都市圏交通計画(PDU)の概念整理、パイロット事業、普及失敗を経て、1996年のLAURE法に対応した計画目標、計画内容、実施機関の明確化と策定義務付けによる計画制度の整備が、PDU普及の重要な契機となったことを明らかにしている。LAURE法は、大気の質の改善とエネルギー効率の改善を主眼とするものであり、交通の利用者のみではなく、市民全体に関わる政策目標との連携により、計画内容の明確化や義務化が可能になったものと指摘している。

 第4章では、フランスにおける都市圏交通計画の財源制度を検討し、1974年に経済活動を支える目的から通勤交通を対象に設立された交通負担金制度について、1982年の国内基本法の制定以降は、PDUを立案し実施する都市圏交通機構にとっての直接的かつ確実かつ自由に使途を決定できる財源として有効に使われるように変容したことを指摘している。この結果、現在の交通負担金制度は、国の計画枠組みの一つとして、制限税率の規定を用いて国の意向を各都市圏の政策に反映させるための方法として有効に機能していると指摘している。

 第5章では、フランスの合意形成手法と意思決定過程に関する枠組みを整理し、議会を中心にした意思決定システムの中で住民等に対する情報公開及び意見収集を実施するための仕組みとして、公開協議、事前協議、公開事前調査、住民投票の四種類の現行手法の特徴を整理している。特に、事前協議と公開事前調査について、その具体的内容を把握し、PDU策定の計画段階と事業実施段階の相違点を明らかにし、議会を中心とした意思決定過程の中で計画段階と実施段階の二段階にわたる合意形成システムとなっていることが、円滑な合意形成に際して有効であると指摘している。

 第6章では、オルレアン都市圏の事例を通して、PDUの計画内容、構想計画策定プロセス、交通関係財源の内訳、策定組織の相互関係など、フランスの交通計画制度が実際にどのように適用されているかの詳細を明らかにしている。

 最後に、第7章では、本研究によって得られた知見に基づき、フランスの都市圏交通計画制度が持つ高い実効性の要因について、以下の要因が影響していると整理している。

1) 計画策定組織が行政内で確立している

2) 計画策定・政策実施に関して行政の自由度が大きい

3) 計画の目標に関して一定の制限がある

4) 計画策定に関して情報公開・意見聴取義務がある

5) 独自に使途を決められる財源がある

6) 以上の点に関して法的に規定されている

 これらの要因がフランスで実現してきた経緯から、全てを一度に実現させるのは難しいため、わが国における現状を改善するための方策として、まず、国内交通基本法に相当する交通政策の基本目標の明確化を行い、次に、都市圏交通計画の目的、内容、実施機関を明確にし、その計画提案の実効性を担保するための自主財源確保の方法を検討していくことが必要であると指摘している。

 なお、本論文第3章、第5章、第6章は、原田昇との共同研究をベースに加筆・修正したものであるが、論文提出者が主体となって分析したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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