学位論文要旨



No 120517
著者(漢字)
著者(英字) Michaelis,Federico Lopez-Casero
著者(カナ) ミハエーリス,フェデリッコ ロペス カセーロ
標題(和) 持続的な森林管理のための政策 : 日本とスイスにおける革新的な政策過程の比較分析
標題(洋) Public Policies for Sustainable Forest Management : A Comparative Analysis of Innovative Policy Processes in Japan and Switzerland
報告番号 120517
報告番号 甲20517
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第137号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 高木,保興
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 助教授 春山,成子
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本とスイスの両国における持続的な森林管理の促進を目的とした政策過程を比較検討するものである。特に、利害関係者を森林管理へ再び関与させるために、柔軟性と効率性の向上が期待できる政策手段や新たな戦略がどのようなものであるかを探ろうというものである。本論文では、森林の重要な公益的機能を維持促進するという共通目的のもと、両国における革新的な森林政策の形成、手段の選択、および実施過程を分析する。

 森林は世界中至るところで社会的に重要な機能を果たしている。日本もスイスも山林が国土面積の多くを占めているが、山地に住む人々にとって、山林は自然災害に見舞われやすいにもかかわらず生活に欠かせない重要なものでる。地滑り、土石流、雪崩といった災害によって、日本の山岳地帯・急傾斜地帯およびスイス アルプス地方で多くの命が失われ、また多大なインフラストラクチャの破壊が引き起こされてきた。そのため、これらの地域において継続的利便性を確保しつつ、増加する森林伐採による災害を防止するための最初の規制が実施されたのは当然である。しかしながら、近代林業か誕生し普及する反面、森林の様々な公益的機能は忘れられたり、当たり前のものとされ、長い間注目されることがなかった。

 今日の木材産業と林業分野においては両国共、不況の様相を呈しており、造林活動の二次的効果として公益的機能の充足は期待できないことが明らかになってきた。多くの森林所有者が自らの森林管理を放棄する一方で、森林の供する様々な利点や貴重な自然資源を保全する必要性について多くの人々が徐々に自覚するようになってきている。結果として、林業における政策の決定機関および行政機関にとって、持続的な森林管理を目指し、新たな森林政策の策定と実施は最重要事項となった。主要な利害関係者、主に森林所有者と地域住民を森林管理に巻き込む戦略は、日本でもスイスでも計画され試行されている。

 本論文における調査および論述が示すように、日本およびスイスは森林および林業に関して類似する問題を抱えている。最初に、木材価格がここ数十年において下落しているため、木材生産機能の維持が両国の主だった課題となっている点が挙げられる。木材売上げによる収益より整備・伐採費用の方が確実に大きくなっている。高い労働賃金に加えて、木材価格の低迷は林業からの収入を大きく減少させた。このため、両国の小規模森林所有者は、これ以上森林管理を行う利点がないと判断した。さらに、地形的にも森林の維持管理が困難であるという事情もあった。結果として、日本とスイスにおいては、多くの小規模森林所有者が自己の所有する森林の管理を放棄し、整備・伐採といった作業を怠るか、全く止めてしまうという事態を招いた。とりわけ日本では不在所有者の多さが、悪化する森林管理状況を示す指標ともなっている。その上、日本における木材の自給率の低さが、林業分野の危機的状況を表している。今日、日本で消費される木材のうち、国産材はわすか18パーセントに過ぎず、輸入材が木材市場において国産材を凌駕している。他方、スイスにおいては自給率は64パーセントと比較的高いが、輸入材との競争の激化が林業分野における構造改革の必要性をもたらしている。

 森林および林業が直面している問題に対して、日本とスイスの両国における森林政策は、持続可能な森林管理を目的とした新しいアプローチを求めている。このように、制度改革の芽生えは、両国の各地方レベルで顕著であり、既存の枠組みが見直され、新たに形成された政策や管理方法に再編成されている。新たな政策過程や利害関係者の関与に焦点を当てた場合、本論文の主要な目的は以下の5点である:

1. 日本とスイスにおける政治的かつ法律的フレームワーク、森林政策の一般的な傾向、および主だった利害関係者の明確化

2. 森林政策への恒常的かつ活発な利害関係者の関与を目的とした、革新的な考えを作り出し認識する今日の政策過程の分析

3. 両国の地域政策と国家政策の分析・比較による結論の導出

4. 森林所有者の参画と地域住民の参加の双方に対して、魅力的かつ効率的なインセンティブを与えるような政策過程が、持続可能な森林管理アプローチの大前提であるという仮説の検証

5. 必要であれば、他地域において成功している、革新的な政策の応用可能性と、両国の政策上の互換性の検証

 本論文では、国際的な比較の手法を用いる。即ち、日本とスイスの両国における森林政策と森林管理方法を対比させ、生産的な政策過程の比較分析を行う。実験的なアプローチが有効でない領域では、比較という方法は、二つ以上の状況における類似点および相違点を明らかにする理論的アプローチとして効果的である。両国の比較によって、それぞれの国における事例の特異性を際立たせることができる。また、両国の類似性を明らかにすることで、問題の因果関係を明らかにし、小さな相違点に気付くことを容易にする。

 日本とスイスにおける調査は、それぞれの地域および国家レベルにおいてなされた資料精査と聞き取り調査による。日本においては諸条件を考慮して長野県、高知県、愛媛県、広島県に、スイスにおいては日本との比較が可能なSchwyz、Luzern、Bern Cantonsに焦点をあてた。このような実験的ベースをより補強するために、個人の森林所有者を対象に3回のアンケート調査を行い、彼らの森林管理への関わりや意見について調査した。日本における調査地域として、広島県太田川と長野県戸隠村および鬼無里村を選んだ。対象者それぞれに1000セット、866セットおよび839セットの質問票を配布し、回収率はそれぞれ46.4%、74.4%、および62.6%であった。その調査結果を、スイス連邦工科大学(以下ETH)によってなされたスイス国内を対象とした調査結果と比較した。この調査結果は正式には公表されていないが、ETHは学術上の使用を目的に限定して調査結果の一部を提供協力してくれた。

 積年の努力にもかかわらず多くの問題を残しているが、それは私有林管理に関しての従来的な政策形成に限られるものではない。日本とスイスの事例によって明らかになったのは、林家への従来型の補助金制度が、林業に従事する森林所有者に必要なインセンティブを与えられない、ということである。つまり、林業はそのような補助金を受けても、不利な地理的条件と小規模所有形態からくるビジネスとしての不採算性を克服することはできないと考えられる。この二つの障害は、両国において共通の典型的な森林所有形態の特徴である。近年、悪化の傾向にある林業に対する両国の為政者の反応は時期的にも類似していることも興味深いところである。以上の観点から10事例の森林管理政策を分析した。

 私有林管理について行政は3つの基本方針をもってあたることができる。すなわち第一に、これまで自分で、または共同で森林管理を行ってきた所有者のための新しい政策を立てる。第二に、行政・公的組織が直接森林管理を行う。第三に、能力と意欲のある森林管理団体・組合・業者・ボランティアグループに管理を任せるためのあっせんをする。以上の3つの基本方針は、日本とスイスによってその力点の置かれ方が異なるため、政策過程においてもそれぞれ差異が見受けられる。

 第一点については、従来の政策は補助金を通して産業としての林業の確立を目指してきたが、補助金は管理問題の解決策の決定打とはいえず、あくまで補助的手段に留まる、と考えられる。たとえば、従来の補助金制度は、日本において森林所有者が年々その所持森林を放棄し、遠隔の都市部へ移住している状況を解決できなかった。他方、スイスにおいては、森林所有者の活動意欲が依然として強く、林業は補助制度の対象であり、1990年代にはその額が倍増して莫大な額に達した。そこで、補助金の支払いに関して従来一律に支払われていたものを試験的に改め、作業項目に支払われる額と作業の出来、不出来による報償制度の二本立てとした(試験期間:1998〜2003)。

 第二点に関し、日本の場合は高知県の環境税による混交林化や愛媛県の放置森林管理システム等が行政の直接管理措置として挙げられる。

 第三点に関しては、森林所有者は森林を適切に管理する責務を負い、長野県ではやむなく森林管理を放棄する場合は何らかの形で管理を委託することが望ましいとした。たとえば、森林ボランティアも含め意欲のある人々へ森林管理の門戸を開く政策を採った。

 以上から、森林政策が、従来型の政策アプローチから、国・地方政府で形成される持続可能な森林管理のための革新的な戦略アプローチへ移っていることが確認された。このような地方政府や市町村コミュニティーが認識する地域の特徴に配慮したマクロレベルの政策は、経済的にも環境的にもうまくゆくことが証明されている。

 しかしながら、包括的な方針の形成と実施は地方レベルの政治および行政団体にとって重い負荷を意味し、限られた林業分野の予算を考慮すると、その負担はより大きなものとなる。そこで求められるのは、政府機関が、特に日本において、地方分権化を推進し、それによってある程度の予算と人員を確保できることを前提として、地方政府に新しい森林政策アプローチを試みさせることである。加えて、中央行政機関は、包括的かつ一貫したガイドラインを作成し、森林所有者やボランティアグループの関与を確保し政策に反映させるべきである。これは、望ましい持続的な森林管理に向けた重要な一歩となると考えられる。従って、適切な森林政策の実施によって、森林管理の根本的な改善を導き出すことが可能であり、その政策とは、森林所有者や地域住民といった重要な利害関係者にとって効率的かつ効果的なインセンティブを付与するものである、ということである。

 本論文においては政策の成功・不成功については時期的な意味からも評価を加えなかった。しかし、政策の固定化・制度化についての予測を試みた。過半数の政策は固定化の確立が高い。但し、ある条件の達成(関係者の組織強化や広報活動等による)によって、それ以上の成果も期待できる。更に、大きいのは人的資源の開発で、これを手にいれるなら、成果の大きさは、飛躍的に増すであろう。

 展望を次のようにまとめることができる。政策の互換性については政策そのものを移行することよりは、小さくても具体的なアイディアをコピーし合う方が容易である。特に国際間では国の組織の違いから適合し難いのは当然である。しかし、硬直した現状を打破するためには機構の違いを時には無視してでも、又は機構自体を変えてでも取り組む勇気が必要な時もあるのではないだろうか。この意味で、スイスと日本は互いの経験を生かして利益を共有できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本とスイスの両国における、持続的な山林管理の促進を目的とした政策過程を比較検討したものである。

 本論文では、山林の重要な公益的機能を維持促進するという目的のもと、両国における革新的な山林政策の形成、手段の選択、および実施過程を分析しており、以下の5点の解明を具体的な目的としている。(1)日本とスイスにおける山林政策のフレームワーク、一般的な傾向および関係者の明確化、(2)革新的な山林政策を作り出している今日の政策過程の分析、(3)両国の地域レベル、国家レベルでの政策の分析・比較、(4)山林所有者の参画と地域住民の参加に対して、魅力的かつ効率的な政策過程のあり方、(5)他地域や他国における革新的な政策への適用可能性の検討。この目的を達成するために、文献調査、資料収集、現地におけるヒアリングやアンケート調査などを実施することとしており、以上が第1章および第2章で述べられている。

 第3章では、山林および林業が直面している問題に対して、日本とスイスの両国における山林政策は、持続可能な山林管理を目的とした新しいアプローチを求め実行されていること、このような改革政策は、両国の各地方レベルで芽生えていることを、示している。

 第4章では、日本とスイス両国の山林政策を比較検討している。両国の歴史的背景、行政機構、補助金政策について述べている。

 第5章では、山林管理に関わるアクターについて述べている。私有林については両国とも個人および個人で形成される組合が管理主体であり、公有林についてはそれぞれの所有団体が管理の義務を負っているが、国有林の多い日本と自治体所有および共同体所有の多いスイスでは、アクターの性格は大きく異なっている。また近年では、持続的山林管理が志向され、一般市民等のアクターもその地位を大きくしていることが述べられている。

 第6章では、革新的な山林政策の実施地域を抽出し調査を行っている。日本においては長野県、高知県、愛媛県、広島県を、スイスにおいてはシュヴィーツ、ルツェルン、ベルンの各カントン(州)を選定している。それぞれの地域において、行政担当者に面接調査を行い、日本では個人の山林所有者を対象に3地区でアンケート調査を行い、彼らの山林管理への関わりや意見について調査を行っている。その調査結果を、スイス連邦工科大学によってなされたスイス国内を対象とした調査結果と比較している。

 革新的な山林政策の実施によって、山林管理の根本的な改善を導き出すことが可能であり、そのためには山林所有者や地域住民といった重要な利害関係者にとって効率的かつ効果的なインセンティブを付与すべきである、ということを明らかにしている。本論文ではまた、林業への従来型の補助金制度が、林業に従事する山林所有者に必要なインセンティブを与えられていないことも明らかにしている。つまり、林業はそのような補助金を受けても、不利な地理的条件と小規模所有形態からくるビジネスとしての不採算性を克服することはできないのである。この二つの障害は、両国において共通の典型的な山林所有の特徴である、としている。

 それを踏まえて、第7章・第8章では分析と提言を行っている。

 5つの目的のうち枠組みの明確化や比較はかなりの程度成功している。そのうえで、私有林管理にかかる政策を3つ提示している。第一に、これまで自分でまたは共同で山林管理を行ってきた所有者のための新しい政策を立てること。第二に、行政・公的組織が直接山林管理を行うこと。第三に、能力と意欲のある山林管理団体・組合・業者・ボランティアグループに管理を任せるための斡旋をすること。

 このように、革新的な山林政策は、従来型の政策アプローチから、地方政府や市町村レベルで形成される持続可能な山林管理のための革新的な戦略アプローチへ移っていることを、本論文では確認している。

 以上のように、本論文は現場で得たデータにより日本とスイスの相互比較分析を行っており、この点において大きなオリジナリティを持っていると評価できる。

 しかしながら、提示された政策については、地方レベルの行政団体にとって重い負荷を意味し、限られた林業分野の予算を考慮すると、その負担はより大きなものとなる。本論文においては、特に日本において地方分権化を推進し、それによってある程度の予算と人員を確保できることを前提として、地方政府に新しい山林政策アプローチを試みさせる、と提言してはいるが、地方自治体の財源確保については、見通しが明るいとは言えず、この提言の有効性に疑問を投げかけている。これらを含め、提言についてはより一層の具体化が求められる。

 以上より、本論文は多面的な機能を持ちながら荒廃化の危機にある山林維持管理政策の問題点を明らかにし、解決の方向を示したものであり、その学術的価値は極めて高い。また本課題は山林を持つ全ての国に適用可能であり、その先駆的研究と位置づけられる。したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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