学位論文要旨



No 120521
著者(漢字) 工藤,俊亮
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,シュンスケ
標題(和) 人型モデルのための全身動作を用いたバランス保持動作の生成)
標題(洋) BALANCE MAINTENANCE FOR HUMAN-LIKE MODELS WITH WHOLE BODY MOTION
報告番号 120521
報告番号 甲20521
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第34号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 五十嵐,健夫
 東京大学 助教授 須田,礼仁
 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 講師 山根,克
内容要旨 要旨を表示する

近年、力学的に正しい人型モデルの動作を生成することに対する需要が高まってきている。コンピュータ・グラフィクスの分野ではリアルな三次元アニメーションへの需要の高まりから、正しい人間の動作を簡単に生成する手法の開発への取り組みがなされている。ロボティクスの分野では、ヒューマノイド・ロボットを動作させるために、厳密に力学的整合性のとれた動きを生成することは必要不可欠なものとなっている。我々は、人間動作の観察・分析に基づいてできるだけ簡単なモデルで人のような動きを生成できるメカニズムの研究を行う。

人型モデルの動作生成に関する研究の中で、バランスの保持に関する研究はもっとも重要なトピックの内の1つである。2本足で体を支える人型モデルは、支持面の面積が小さく重心が高いためにバランスを崩しやすく、適切な制御手法なしでは安定的に動作することは不可能だからである。そのためロボティクスやコンピュータ・グラフィクスの分野などを中心に、バランスのとれた動きを生成する手法に関する研究が数多くなされてきた。

中でも外力の作用などによる外乱に対してのバランス保持は、人型モデルの動作生成にとって避けることのできない課題といえる。なぜなら、外部環境とのインタラクションを上手く取り扱うことができないとしたら、生成可能な動作の幅が著しく狭められることになるからである。本論文では、比較的簡単な制御メカニズムと簡単なモデルでもって、人型モデルの外乱に対するバランス保持動作、それも突発的で大きな外乱に対するバランス保持動作が生成できることを示す。

突発的な外乱に対して最も柔軟かつ有効なバランス保持を実現しているのは、他ならぬ人間自身であると言える。実際、人間は突発的な外乱に対して、腰を大きく屈める、腕をぐるぐる回す、足を踏み出すなどの大きな全身動作を自発的に用いて、きわめて質の高いバランス保持動作を実現している。ところが人型モデルのバランス保持に関する研究において、これらの「人間らしい」バランス制御の手法はほとんど取り上げられてこなかった。ここでは、上に挙げたような人間のバランス保持動作を観察、基本的なパラメータを抽出し、これを用いて比較的単純なモデルを構築することで、様々な大きさの外乱に対して適切な全身動作を用いてバランスを保持する動作を生成する。

まず外乱が加えられたときの人間のバランス保持動作を、モーションキャプチャやフォースプレートを用いて複数の被験者に対して計測した。その結果を重心、ゼロモーメント・ポイント(ZMP)などのマクロな物理量に注目して解析・抽象化し、それに基づいてバランス保持モデルを構築した。また、踏み出した脚をばねに見立てた時のばね定数など個人差のあるパラメータも同時に抽出した。これらのモデルとパラメータを用いて最適化計算を行うことにより、人間が行うような全身動作によるバランス保持動作が生成される。この際、脚を踏み出さないで踏ん張るモデルと、より大きな外乱に対処するため脚を踏み出すモデルの2つのモードを構築した。

このようにして生成された動作を人間の動作と比較した結果、人間のバランス保持動作に見られる特徴がよく再現されていることが分かった。また手法の定量的な評価として、足を踏み出すことなくバランスを保持できる外乱の大きさに関して、提案手法と実際の人間に外乱を加えた結果とで定量的な比較を行った。その結果、本手法が単に人間の動きの特徴を再現しているだけでなく、定量的な側面からも人間のバランス保持動作を再現していることが示された。特に、どの程度までの外乱なら脚を踏み出さないモードをとるかなどの閾値に関して、制御モデルと人間の行動に一致が見られた。

以上これを要するに、人間から得た各種の基本的なパラメータ量と比較的単純なモデルと最適化計算のみよって、人間が行う複雑な全身動作を伴うバランス保持の2つのモードについて特徴を再現できるということを示すことができ、これらのモードを分けるパラメータもこのモデルで表現できることが分かり、これを用いて各種の人間らしい人型モデルの動きが生成できたという点に本論文の寄与があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、人間のバランス保持動作についてのモデル化を行った研究についてまとめたものである。具体的には、直立している人間が外部から押されたりひっぱられたりといった外乱を受けたときの動作の様子をモーションキャプチャシステムと床圧力センサーで計測し、その動作を2次計画法による計算によって再現できるようなモデル化を行った。本論文は、人間のバランス保持動作を比較的簡単なモデルで表現できることを示した点に主たる貢献があると認められる。以下、各章について説明する。

第1章においては、関連する研究分野としてコンピュータグラフィクス、ロボティクス、バイオメカにクスを取り上げ、それぞれ分野における先行研究について述べ、本研究の位置づけを明らかにしている。特に、コンピュータグラフィクスの分野では最終的にそれらしく見えるような動きを得ることが重要視され、ロボティクスの分野では最終的にロボットを正しく動作させることが重要視されているため、本研究で追求するような人間の動きのモデル化は行われていないことを示している。バイオメカにクスにおいては本研究と同様に人間の動きのモデル化を目指しているが、本研究のように計算によって動きを合成する枠組みまで提案しているものはないことを示している。

第2章においては、人間のバランス保持について、基本的な事項をまとめ、提案手法全体の概要を説明している。具体的には、利用している人体モデル、重要濠概念であるゼロモーメントポイント(ZMP)、および大きな外乱を受けない状態でのPD制御について説明している。

第3章においては、モデル化をするために行った人間動作の計測についてまとめている。具体的には、モーションキャプチャシステムから得られたデータをどのように処理してモデル化に必要なパラメータを得たのかについて説明を行っている。

第4章では地面から足を動かさないようなバランス保持動作のモデル化について説明している。具体的には、人間の動作生成を与えられたパラメータに基づく2次計画問題として定式化している。この2次計画問題では、各関節各速度の自乗和を目的関数とし、ZMPが支持面内にあること、加速度と位置の関係が線形であることなどを制約として与えている。このような2次計画問題を解くことによって、後ろから押された場合に腕を回したり、腰を曲げたりするといった自然な人間の動作が再現された。

第5章では、地面から足を踏み出してバランスを取る動作についてのモデル化について説明している。足を踏み出すタイミングとしては、上記の2次計画問題の解が得られなかった場合に足を踏み出すとし、片足で立っている間は倒立振子として、足が着いた後は踏み出した足をバネとみたてるようなモデル化を行っている。このモデルによって重心の位置を計算した後、インバースキネマティクスによって足先の位置を計算し、最後に最適化計算によって全身の姿勢を決定する。実験の結果、足を踏み出すか踏み出さないかの境目となる外乱の大きさが、計算結果と実際の人間の動作との間でよく一致していることが示された。

以上、本研究は、人間の動作を観察から得られたデータに基づいてモデル化し、その比較的単純なモデルによって実際の人間の動作に近い動作を生成できることを示しており、本論文にはその内容が適切にまとめられている。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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