学位論文要旨



No 120523
著者(漢字) 宮崎,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ダイスケ
標題(和) 偏光解析による透明物体の形状計測
標題(洋) Shape Estimation of Transparent Objects by using Polarization Analyses
報告番号 120523
報告番号 甲20523
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第36号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 講師 五十嵐,健夫
 東京大学 助教授 須田,礼仁
 東京大学 助教授 苗村,健
 東京大学 教授 相澤,清晴
内容要旨 要旨を表示する

コンピュータグラフィクスやバーチャルリアリティの技術が様々な場面で応用されるにしたがって,現実物体の3次元形状を計測する手法の重要性が高まってきた.しかしながら,ガラスやアクリルといった透明な物体の3次元形状を計測する手法はわずかしか提案されておらず,一般に普及されるには至っていない.本論文では,偏光解析をもとに透明物体の表面形状を計測する三つの手法を提案する.

反射光を一つの方向から観測して得られた偏光データから透明物体の表面形状をもとめようとすると曖昧性があるために形状が一意に決定できないという問題がある.一つ目の手法では,熱力学の知識をもちいて曖昧性を除去し,透明物体の表面形状を一意に決定した.可視領域における反射光の偏光解析では曖昧性が残り,表面法線として2つの候補が出てきてしまうが,赤外領域における熱放射光の偏光解析により,正しい表面法線を選ぶことができる.

二つ目の手法では微分幾何学の知識をもちいて曖昧性を除去し,透明物体の表面形状を一意に決定した.これは,透明物体の反射光を可視領域において2つの方向から観測し,物体表面上の幾何学的不変量における偏光度の変化を解析することにより,曖昧性を除去する手法である.この際,物体形状が分からなくとも,偏光データから幾何学的不変量がもとまることを数学的に証明し,アルゴリズムの妥当性を示した.

三つ目の手法は,透明物体の表面形状として,ある初期値が与えられたときに,反復計算により,真の表面形状を決定する手法である.偏光を考慮したレイトレーシング法を偏光レイトレーシング法と呼ぶ.入力となる偏光データと偏光レイトレーシング法でレンダリングした偏光データとの差を小さくするように形状を更新することにより真の形状をもとめる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり,1章で研究の背景,2章で偏光の理論,3〜5章で本論文の主題である,偏光解析による透明物体の形状計測について論じて,6章で実験による評価,7章でまとめを論じている.

 不透明物体の形状計測に比べ,透明物体の形状計測の研究はまだ発展途上の段階にある.半透明物体や表面の粗い透明物体は既存の不透明物体を対象とした形状計測手法で計測できうるが,完全に表面が滑らかで透明な物体はそれらの手法では計測できない.電子顕微鏡や光触針法による形状計測手法が提案されているものの,装置が大きく高価で計測に時間がかかり,適用できる物体の形状に制限が存在する.触覚センサによる形状計測手法では,装置が大きく,計測に時間がかかり,柔軟物の計測ができないという問題点がある.透明物体を塗料で不透明物体にして計測するアプローチは工業製品の計測や水面の計測には向かない.本論文ではこれらの問題に配慮し,新たに3つの手法を提案している.

 3つの手法は全て,物体表面を反射もしくは透過した光の偏光状態を解析することにより形状計測を行う.物体表面を反射した光の偏光状態を解析することにより,透明物体の形状を計測できうることは以前にも示されていた.しかし,従来の方法では形状を一意に決定することができず,解の候補が複数得られるのみであった.一つ目の手法は,物体表面を反射した光だけではなく,物体を熱したときに発生する熱放射光の偏光解析も行うことにより,透明物体の形状を一意に決定する.二つ目の手法は,物体表面を反射した光を2つの異なる方向から観測することにより,透明物体の形状を一意に決定する.この2つの手法は物体表面を反射した光しか解析していないが,三つ目の手法は物体表面を透過した光も解析し,高精度の形状を計測する.

 一つ目の手法では,反射光の偏光解析だけでなく,熱放射光の偏光解析も行う.透明物体表面を反射した光の偏光状態を解析することにより,物体の幾何形状の候補を求める.さらに,透明物体を温めることにより発生する熱放射光の偏光状態も解析することにより,物体の3次元形状を一意に決定する.この手法では,可視光のカメラと比べてやや高価な赤外線カメラが必要であるという問題や,熱で溶けやすい物体は計測できないという問題があるが,計算方法が複雑ではないため,複雑な形状をした物体でも計測可能であるという利点がある.また,計算時間が少なく,初期値も不要で,非接触で物体を計測できるという利点も持つ.

 二つ目の手法では,物体を2つの方向から観測し,物体の偏光特性と幾何学的性質の関係を論じている.透明物体表面を反射した光を2つの方向から観測して得られる2つの偏光データを物体表面上の同一点で比較する.物体表面の微分幾何学的特性を解析することにより,偏光データから物体表面上の同一点を探索できることを示した.この手法は,計測対象物体の表面が幾何学的に滑らかでなければならないという問題や,2つの方向から物体を観測しなければならないという問題があるが,高価な赤外線カメラが不要であるという利点がある.計測装置は,ランプ,偏光板,カメラ,そしてそれを制御するコンピュータから構成されているが,それらの中で最も高価なものがコンピュータであるといった具合に,計測装置は全体的に安価である.また,計算時間が少なく,初期値も不要で,非接触で物体を計測できるという利点も持つ.

 三つ目の手法では,偏光を考慮した光線追跡法を用いて,反復計算により物体の幾何形状を求める.光線の追跡には光線追跡法を使用し,偏光状態の計算にはミュラー計算法を用いることにより,透明物体の偏光データを計算することができる.初期形状を与え,計算された偏光データと計測された偏光データの差を繰り返し計算により最小化することにより,最終的に精度の高い幾何形状を得ることができる.上記2つの手法と異なり,初期値が必要である点や計算に時間がかかるという問題があるが,この手法は透明物体表面の反射のみならず透過も計算しているため,より高い精度で幾何形状を推定することができる.赤外線カメラは不要で,計測装置は安価であり,非接触で物体を計測できる.また,物体やカメラは固定で,一つの方向から物体を観測するだけで良い.

 本論文では,これらの手法の提案と実物体を用いた実験による有効性の評価を行っている.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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