学位論文要旨



No 120531
著者(漢字) 渡邊,淳司
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ジュンジ
標題(和) 視覚情報提示のための時空間統合知覚特性の研究
標題(洋)
報告番号 120531
報告番号 甲20531
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第44号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 助教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 川上,直樹
内容要旨 要旨を表示する

人間の感覚情報のなかで視覚情報は大きな割合を占めるものであり,これまで様々な視覚情報提示手法が提案されている.そして視覚情報提示において,2次元情報提示はその基礎をなすものである.本論文では,人間の視覚における時空間統合特性を利用することによって,2次元光源とスクリーンを利用したこれまでの提示手法とは異なる,新たな視覚情報提示手法の可能性を探り,その設計に必要な人間の視知覚特性を調べた.一般に2次元の視覚情報を提示するためには2次元光源が必要となる.しかし,1列の光源がなんらかの運動を行う,もしくは脳内の物体運動情報と結びつくことによって,1次元光源でも2次元情報を提示することが可能となる.例えば,1次元光源があるパターンで点滅しながら高速運動すると,人間は各瞬間瞬間に光っている1次元パターンがあたかも同時に提示されたように知覚し,2次元パターンとして認識する.この情報提示手法は,異なる時間,異なる網膜位置に提示された光刺激をひとつのまとまった像として知覚する,視知覚の時空間統合特性を利用した情報提示手法であり,少ない光源,少ないエネルギーで2次元情報を提示可能にしている.このように,人間の知覚特性を,ディスプレイを設計する際の制限条件と考えるだけでなく,その知覚特性を積極的に利用することによって,これまでにない特徴を持った情報提示が実現可能であると考えられる.本論文では,人間の知覚とより密接に結びついた視覚情報提示手法(サッカードと呼ばれる高速眼球運動を利用した手法,スリット視を利用した手法)に着目し,それらを実現する上で必要となる視知覚の特性について調べた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「視覚情報提示のための時空間統合知覚特性の研究」と題し、6章からなる。人間に視覚情報を提示する際に、視覚情報を時分割で提示する提示手法は種々提案され、多くのディスプレイで採用されている。しかし、網膜上の時間・空間座標をもとに、その上で光源情報の移動を考えるという従来のモデルは、人間自身の眼球運動や運動知覚が生じているときには、知覚像を正しく説明できない問題があった。本論文は、眼球運動時・運動知覚時の時空間統合知覚特性がどのように変化するのかを調べ、新しいモデルを提案することで、時分割視覚情報提示ディスプレイの設計指針を示すことを目的としたものである。

 第1章は序論で、研究の背景を述べ、時間・空間を直交する軸として考え、その上で光源情報の移動を考えるという従来の手法は、人間自身の眼球運動や運動知覚が生じているときには,知覚像を正しく説明できないという問題点を指摘し、人間自身の眼球運動や運動知覚が生じているときには,根本的な時空間の構成原理から考え直す必要があり、その際の時空間統合知覚特性がどのように変化するのかを調べて、視覚情報提示ディスプレイの設計のための新たな原理を見出す必要があるという本研究の目的と立場と意義とを明らかにしている。

 第2章は「眼球運動を利用した情報提示:サッカード残像の空間特性」と題し、サッカード時に生じる残像の知覚される位置、形態について、心理物理実験で調べている。その結果は、サッカード時に時間幅を持って提示された光点刺激の定位は、光点刺激を単純なフラッシュの重ね合わせと考えて予測できるものではなく、はじめに刺激間の形態表象(一点や点列)が網膜像に基づいて形成され、その形態表象をまとめて定位しているというメカニズムを示唆するものであったとしている。また、その定位にあたっては、光点刺激の点灯もしくは消灯位置を手がかりとしていることが示唆されている。知覚される形態の大きさに関して、光源位置による違いを調べ、光源がサッカードターゲットより先にある場合には、7割程度の大きさに知覚されること、また、像の垂直方向に関しても1〜2割程の収縮が観察されるという知見を得ている。

 第3章は、「眼球運動を利用した情報提示:サッカード残像の時間特性」と題し、サッカード時に知覚される残像の時間特性について調べている。これまで、固視時に物体自体が運動して生じる残像の持続時間については、多くの研究がなされているが、サッカード時に生じる残像がどの程度の時間、保持されるかについては調べられていなかった。そこで、サッカード時の残像の持続時間を、これまで調べられてきた固視時の持続時間の計測手法に倣って計測し、固視時と比較する実験、及びその保持のメカニズムを調べる実験を行って、サッカード時の残像は固視時と同等の時間保持されていることを明らかにしている(本実験条件では両者とも約120ms程度)。この実験結果は、サッカードによって生じる残像に関して、その時間特性は変化しないことを示唆するものであり、サッカード時の時空間は、空間的には歪んでいるものの、時間に関しては物理的な時間と同様に扱えると考えられるという知見を得ている。

 第4章は「眼球運動を利用した情報提示:特徴、設計指針、応用例」と題し、サッカードを利用した情報提示の特徴、設計指針、及びその応用例を示している。サッカードを利用した情報提示手法は、1次元の光源と観察者の眼球運動によって生じる残像を利用しているので、空中など投影面の無い空間に情報提示を行うことが可能であり、眼球運動を起こした人のみ情報を知覚可能で、眼球運動の有無による情報知覚の選択性がある。光源の点滅周期を一定としたときの、提示可能画素数を最大化する点滅周期を特定し、サッカードの振幅・速度履歴と光源の大きさを仮定した場合、提示可能な最大画素数は光源の点滅周期に依存し、画素数を最大化する最適な点滅周期が存在することを明らかにしている。また、本手法は眼球運動を利用しているので、遠隔から眼球運動を計測可能であれば、確実に情報提示が可能となることから、網膜再帰反射を利用したサッカード検出手法を提案している。網膜再帰反射によって得られる瞳孔位置を、水平方向に高速スキャン可能なカメラで撮影し、高い時間精度で水平方向サッカードを検出するものであり、本手法を実現する上で必要な網膜の再帰反射特性について調べた結果、カメラ光軸上の赤外光源とカメラ光軸を外れた赤外光源は3deg程度離すと効果的に差分画像を取得可能であり、サッカードのような移動量の大きい眼球運動が起きても、瞳孔位置を検出可能であることがわかったとしている。

 第5章は「運動知覚を利用した情報提示:運動知覚と属性情報の時空間統合」と題し、運動知覚時の物体属性情報(特に色情報)の統合メカニズムを調べ、その3次元情報提示手法への応用を示している。人間はスリットを通して運動物体を観察するとき、各瞬間瞬間には物体の一部分しか見えないにも関わらず、物体の形態を認識することができることが知られている。本研究では、運動情報が物体の属性である形態を修飾するように、運動情報が物体の色情報の知覚にも影響していることから、網膜上では異なる位置であるが、同じ物体の運動軌道上に存在する2つの色が統合され、混色して知覚されることを見出している。従来、色の統合は網膜上の色配置を基本とし、網膜上非常に近い位置に異なる色を配置して空間的に統合させる手法(例えば、LCDディスプレイ)、もしくは、網膜上同じ場所に短い時間間隔で異なる色を提示して時間的に統合させる手法(例えば、DLP プロジェクタ)が知られていたが、運動軌道上の色統合は、これまでにない知見であり、網膜上ではなく脳内の知覚機構における色統合処理の存在を示すものである。また近年、スリット視によって得られる形態情報によって、立体情報が提示可能であることが示唆されている。スリット状の光源を使用し、左右眼に時間差をつけて視覚情報を提示すると、その時間差は物体の奥行きとして知覚される。この知覚現象を利用すると、2次元スリット状の少ない光源によって3次元情報を提示する簡便なディスプレイが実現可能である。

 第6章は「結論」で本研究の結果を考察し、まとめている。

 以上これを要するに、サッカード眼球運動時と運動知覚時の時空間知覚特性の変化について調べ、そのメカニズムについて考察し、時分割視覚情報提示に於けるインタフェース設計のための指針を示したものであって、システム情報学、認知情報学およびバーチャルリアリティ学に資するところ大である。

 よって本論文は、博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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