学位論文要旨



No 120534
著者(漢字) 牛田,啓太
著者(英字)
著者(カナ) ウシダ,ケイタ
標題(和) 直感的なインタフェースを備えたインタラクティブ情報環境システムの研究
標題(洋)
報告番号 120534
報告番号 甲20534
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第47号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 教授 坂井,修一
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 情報がわたしたちの生活と切っても切れないものになり,情報・メディアとわたしたちのかかわりのあり方はますます重要性を増している。そしてユビキタスコンピューティングの潮流が,わたしたちを情報化時代の次の段階,すなわちサイバースペースと日常生活環境が並走する時代へと誘おうとしている。本研究では,こうして日常生活空間に染み出してくる情報メディア・情報環境を背景にして,そこにおける人とコンピュータの付き合い方,コンピュータを介した人と人との付き合い方を提案していくことが目的である。

 わたしたちは,コンピュータと境界面,すなわちコンピュータヒューマンインタフェースを介して付き合ってきた。それは確かに扱いやすいものとなり,GUIを備えたパーソナルコンピュータは当たり前のものとなって久しい。しかしそれでも,日常生活環境への情報メディアの展開に関しては,「よりわかりやすく,より直感的に」を目指して,次代への研究が進められている。実世界指向インタフェースなどはそういった研究例のひとつである。

 本研究では,新しいコンピュータヒューマンインタラクションのかたち,メディアとのかかわり合いのあり方を提案・検討するために,インタフェースに重点を置いて 2 つのシステムを開発した。i-ball 2(interactive/information ball 2)および i-mirror(intelligent/informative mirror)である。

 i-ball 2 は,占いの水晶球を模した透明な球体の中に映像が浮かび上がるディスプレイを備えた,インタラクションのためのハードウェアである。映像提示はレンズを用いた実像提示によっており,筐体内に内蔵された LCD の映像を透明球内の位置に結像させて映像がその中に浮かんでいるように見せている。i-ball 2 はこの機構を 2 組備え,装置に向かい合って座った 2 人の利用者に異なる映像を提示することができる。i-ball 2 は映像が提示される透明球をトラックボールのように回転させられるという特徴的なインタフェースを備えている。これは,映像に対する直感的な操作を可能にする。また,視線一致の状態で利用者を撮影することができ,映像をのぞき込む利用者のようすを自然に撮影したりコミュニケーション(ビデオ対話など)に利用したりできる。そのほか,光スイッチによる非接触入力も備えている。i-ball 2 のアプリケーションとして

3 次元 CG 物体閲覧アプリケーション 3 次元 CG 物体を球内に表示させ,球を回転させることで物体をさまざまな方向から「手にとるように」閲覧するアプリケーション。2 人で同時利用でき,このときは透明球内に 1 つの物体があるように観察できる。

全周多眼画像閲覧アプリケーション 写真でディジタルアーカイブされた文化財などを透明球の回転で手にとるように閲覧できる(2 人同時利用可能)。

イメージベースレンダリング(IBR)画像閲覧アプリケーション カメラアレイで撮影された実写画像群から,透明球で視点を動かしながら画像を合成・表示するアプリケーション。

i-ball 2 によるゲームのコントロール 透明球内にゲーム画面を表示し,i-ball 2 のインタフェースでゲームを新鮮な操作感で楽しむアプリケーション。

ロボットとのインタラクション CG のロボットが透明球内に登場し,透明球を介して働きかける,または,身振りする,または,実時間表情分析で利用者の表情を分析して,ロボットが楽しいリアクションをする。

にらめっこ 実時間表情分析を用いて,透明球内に現れる CG 合成された人物に笑いかけたりすると,その人物の表情がくるくると変わるアプリケーション。

ビデオ対話 視線一致撮影できることを利用して,透明球ディスプレイ i-ball,裸眼立体視没入型ディスプレイ TWISTER III,TWISTER IV とビデオ対話実験を行った。視線一致が成り立っているので違和感のない通信ができ,また,通信相手は,i-ball 2 の透明球内の不思議な雰囲気で浮かび上がる。

というアプリケーションを実装した。実演などの利用者の反応は好評であり,透明球内に浮かび上がる映像に驚いたり,操作の直感性・わかりやすさを評価したりという声が多く聞かれた。インタフェース設計の一定の有用性が確認され,今後の開発への指針を得ることができた。

 i-mirror は,インタラクション/情報環境として日常生活環境に導入することに重点を置いて開発した。コンセプトは,鏡の持つ性質・機能を拡張して再びあるべき場所に配し,自然なインタフェースと環境への調和を目指すというものである。鏡を拡張するにあたって,鏡を模倣する必要がある。そのために,鏡の性質のひとつである「視線一致可能性」を実現する i-mirror システムを 2 種開発し,鏡を模倣し,拡張機能を提供するようにした。システムのうちひとつはハーフミラーを利用して,もうひとつはホログラムスクリーンと呼ばれる特殊スクリーンで鏡を模倣した。i-mirror システムには,次の 4 つのアプリケーションを実装した。

光を増幅する鏡 鏡が光線を「そのまま」反射する性質を拡張し,暗所でも明るく見える鏡。

若返る鏡・老ける鏡 鏡に前の人の姿を「そのまま」映すという点を拡張し,映った人物像が若返ったり老けたりして見える鏡。

記憶を持つ鏡 鏡が光景を「直ちに」映し出すことを拡張し,鏡の中の時間にリモコンで干渉し,過去の任意の時点を映し出す鏡。

時間軸探索機能を持つインテリジェント待合室の鏡 「記憶を持つ鏡」のインタフェースを多くの人が持っている携帯電話に変え,「部屋のようすを記憶する鏡」の記憶を呼び出す。

i-mirror も実演を通じて利用者の反応を観察したところ,利用者は i-mirror に自然に接しているようであり,「ものの性質の基づいてそれを拡張して情報環境とすること」の有効性を確認した。また,視線一致が自然で直感的なインタラクションプラットフォームの有用な性質となることが見出された。

 以上の知見を踏まえて,筆者のグループでは,「情報街具」の概念を提案する。情報街具は,日常生活空間にある,ベンチ,ごみ箱,植え込み,街路灯といった生活をサポートし演出するものを拡張し,「いつでも・どこでも」情報を得られるようになった今,情報技術によって「ある場所に付加価値を与えるもの」である。それによって,「人と場所をつなぐ情報環境」「場所を介して人と時を結ぶ情報環境」「場所を介して人と人を結ぶ情報環境」を考えることができる。たとえば,街が「自分だけの街」にカスタマイズされていくとか,情報技術によるまさにその場所での思い出の再現,街におけるコミュニケーションの活性化などがその具現化としてあげられよう。しかし,そういったサービスがわたしたちの生活をサポートするものであり,決してそれが主役となってはならないことに注意しなければならない。情報街具は環境の一部なのである。

 本研究が,これからの人とコンピュータがもっと仲良くなることを,そして情報環境がわたしたちの生活をより実り多いものにしてくれることを,「情報街具」という言葉にも込めて望む。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「直感的なインタフェースを備えたインタラクティブ情報環境システムの研究」と題し、身近な存在となったコンピュータと人との間をつなぐこれからのコンピュータヒューマンインタフェースに関して、より直感的な操作を可能にするインタラクティブな情報環境システムを提案して実装した結果を報告したものであって、全体で7章からなっている。

 第1章「序論」では、まず本論文の目的と位置づけについて述べている。すなわち、コンピュータを中心とする情報技術が遍く普及するようになった現代社会において、ディジタルディバイド、コンピュータリテラシーなどの問題が深刻化しつつあることを指摘して、その解決へ向けて、「コンピュータの扱いやすさ」、すなわちコンピュータと人のインタフェースの改善が急務であることを述べ、これを本論文の中心的な課題として設定したことを述べている。

 第2章は「生活に浸透するコンピュータ・日常と並走する情報空間」と題し、本論文の背景となる「日常生活空間に浸透する情報技術」について、ここ数年の動向を多方面から論じている。その中で、特に情報技術の急速な進歩に対して、現代人のライフスタイルが十分に適応できていないことに由来する問題点を指摘して、直感的なインタフェースの開発を目指す本論文の位置づけをより明確にしている。

 第3章は「コンピュータヒューマンインタフェースとその動向」と題し、第1章と第2章で示された問題意識のもとで、本論文が直接対象とするコンピュータヒューマンインタフェースの研究動向について概説している。近年の研究動向は、初心者も含むより一般(コンシューマ)向けのインタフェース技術であり、その中でも、従来のモニタ画面中心のGUIデスクトップよりも直感的な操作を目指そうとする「実世界指向インタフェース」について、その動向を詳しく紹介している。

 第4章は「透明球ディスプレイを備えたインタラクションプラットフォームi-ball 2」と題して、直感的なインタフェースを備えた情報環境システムの一つの例として、インタラクティブな映像提示システム「i-ball 2」を提案して実装した結果についてまとめている。「i-ball 2」システムでは、映像を装置に備えられた透明球内に提示して、その透明球を直接トラックボールのように回転させるという独自のインタフェース機構を備えることによって、映像メディアとの間の直感的なインタラクションを可能にしている。また、コンピュータが生成した映像との間のインタラクションだけでなく、テレビ電話のような双方向ヒューマンコミュニケーションを目指したアプリケーションも開発して検討を加えている。

 第5章は「鏡メタファ情報環境i-mirror」と題し、鏡の機能を拡張したインタフェースシステム「i-mirror」を提案して、実装した結果について述べている。「i-mirror」の基本コンセプトは、日常生活空間に普通に存在する情報装置の機能を模倣・拡張することによって直感的なインタフェースを実現することであって、ここではその設計指針を述べるとともに、記録再生機能などを備えたアプリケーションを実装することによって、その有効性を評価している。

 第6章は「誰もが扱える情報環境の姿を目指して」と題して、本論文で提案した「i-ball 2」と「i-mirror」の実装経験に基づいて、これからの直感的なコンピュータヒューマンインタフェースのありかた、さらにはより広く日常空間における情報環境システムのありかたについて論じている。特に、モバイル・ユビキタス時代を迎えて、人が行動する街空間における新しい情報環境としての「情報街具」に注目して、その基本コンセプトおよびデザインの指針を明らかにしている。

 第7章は「結論」であり、本論文の主たる成果をまとめ、今後の展望を示している。

 以上これを要するに、本論文は、より親しみやすいコンピュータヒューマンインタフェースの実現を目指して、直感的なインタラクションを可能にする情報システムとして、映像への直接的な操作を実現した「i-ball 2」、日常生活に存在する鏡の機能を拡張した「i-mirror」などを具体的に提案・実装して、コンピュータ情報環境の将来の方向性を論じたものであって、電子情報学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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