学位論文要旨



No 120540
著者(漢字) チャン ハ グエン
著者(英字) TRAN HA NGUEN
著者(カナ) チャン ハ グエン
標題(和) インターネットにおけるストリーミング配信システムの分散型レート制御手法に関する研究
標題(洋) Distributed Rate Control Schemes for Streaming Delivery Systems over the Internet
報告番号 120540
報告番号 甲20540
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第53号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 江崎,浩
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

近年ブロードバンネットワークインフラの普及やエンコーディング・デコーディング技術やネットワーキング技術の発展とともにリアルタイムマルチメディアアプリケーションが普及するようになった.従来のダウンロードしてから再生を始まるマルチメディアアプリケーションと異なって,ストリーミングではメディアコンテンツをダウンロードしながら再生ができる技術である.しかしストリーミングアプリケーションではリアルタイム性が要求され,また大量かつ高速なデータを取り扱うのでサービス品質はネットワーク状態変動に敏感する.例えば,送信レートの削減あるいはネットワーク輻輳によってデータがロスした場合,再生品質に大きな影響を及ぼす.また,インターネットはベスト・エフォットネットワークであり,サービス品質を保証する機能は整っていない.そのため,インターネットにおいてストリーミング配信を行うにはサービス品質を考慮する必要ある.

我々の研究目的はレート制御手法を通じてインターネットにおけるストリーミング配信システムのサービス品質を向上する.一般にインターネットアプリケーションのサービス品質を提供する手段としてCDN,QoSルーティング,IntServ,DiffServなどが研究されている.しかし我々はストリーミングアプリケーションにQoSを提供するのにレート制御を行うのはもっとも効果なアプローチだと考えている.その理由は,これらの制御メカニズムは様々なネットワーク環境に適用できる,それにレート制御はエンド・エンドで行うので現在のインターネットアーキテクチャと親和性を保つ.また,我々が大規模なストリーミング配信システムを想定するので,受信者の観測やフィードバックによって行われる受信者駆動型,あるいは分散型と言ったレート制御手法に着目する.これらの大規模なシステムにおいて,送信者がすべての状態を管理し集中的なレート制御を行うのはスケーラブルではないと考えられる.

我々の研究は大きく分けて二つの部分が含まれる.第一部分はBBStreamといった受信者バッファの再生可能な時間を考慮したユニキャスト型ストリーミングレート制御手法である.ここで我々は,現在のストリーミングアプリケーションでは受信者にバッファを設けてネットワーク状況の変動を吸収して再生品質を維持するのに,レート制御はそのバッファを考慮せずに行うため,受信者の再生品質が劣化となることを示す.そのサービス品質の劣化を防ぐために,ストリーミング配信システムは受信バッファを考慮したレート制御手法を適用する必要あることを示す.我々はBBStreamレート制御手法の詳細を説明し,シミュレーションによって性能評価を行って,オープンソースストリーミング開発プラットホームを用いて実装した.

第二部分はRPLMといったスパースモードルーティングプロトコルを適用したIPマルチキャストネットワークにおける階層型ストリーミング配信システムのレート制御手法である.ここで我々は,IPマルチキャストネットワークにおいて階層型マルチメディアを配信するのは適切なストリーミング配信システムなのに,スパースモードルーティングを適用した特定なネットワークトポロジーにおいてストリーミング配信を行うと受信品質が劣化してしまうことを示す.そのサービス品質の劣化を防ぐために,レート制御手法はサーバからのトラヒックを観測するだけでなく,すべてのRendezvous Pointを経由したトラヒックを観測するとともに,従来と異なる受信階層のドロップ仕方も考慮する必要あることを示す.我々はRPLMレート制御手法の詳細を説明し,シミュレーションによる性能評価を示す.

キーワード:ストリーミング,サービス品質,レート制御,受信バッファ,階層型マルチキャスト,スパースモードルーティング

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Distributed Rate Control Schemes for Streaming Delivery Systems over the Internet(インターネットにおけるストリーミング配信システムの分散型レート制御手法に関する研究)」と題し,普及しつつあるインターネット上のストリーミングアプリケーションを対象としたサービス品質向上のための新しいレート制御手法として,BBStream と RPLM を提案し論じる.BBStream は,既存の殆どのストリーミングアプリケーションにおけるバッファリング方法において受信バッファを考慮しないためにサービス品質の劣化を招く可能性があるという問題に対し,各受信者が自身の受信バッファ量に基づいて適応的に受信レートを変えることで,よりネットワーク状況の変動にロバストとなるようなレート制御手法である.RPLM は,既存の階層型ストリーミングにおいて,階層別ルーティング現象を考慮しないためサービス品質の劣化を招く可能性があるという問題に対して,各受信者が経路別のデータトラヒックに基づいて受信階層を変えることで,より迅速に輻輳解消ができるレート制御手法である.本論文は 5 章からなり,ストリーミング配信システムの品質サポート,BBStream と RPLM のデザイン,シミュレーション,実装評価などについて論じる.

 第1章は序論であり,インターネットにおけるストリーミングアプリケーションの普及と要求されるサービス品質(QoS)およびその実現における課題などについて解説し,本研究の背景と各章の目的について述べる.

 第2章では既存のストリーミング配信技術とサービス品質サポート技術について論じる.本章ではまず,ストリーミング配信のトランスポート技術,制御プロトコルについて説明する.次に,ストリーミングアプリケーションの QoS サポートの方法,例えばQoS フレームワーク(IntServ, DiffServ),コンテンツ符号化(階層化),コンテンツ配信ネットワーク(CDN)などについて述べ,さらにストリーミングアプリケーションの QoS サポート手段としてレート制御はもっとも有効なアプローチであることを示す.次いで既存ストリーミング配信システムのレート制御手法の問題を示す.第一は,殆どのストリーミングアプリケーションでネットワークの状況変動を吸収するためにバッファリング方法を用いていることに関し,既存のレート制御手法では受信バッファを考慮しないため受信品質の劣化が起こる可能性があるという問題である.第二は,階層型ストリーミングでは各階層が異なるルートを経由して受信される,いわゆる階層別ルーティングというスキームに対し,既存レート制御手法ではこれを意識しないため下位層のルートで輻輳が発生する場合では迅速に対応できず受信品質の劣化を招くという問題である.最後にこれらの品質劣化問題を解決できるレート制御手法が必要となることを示す.

 第3章では受信バッファを考慮したスケーラブルなストリーミング配信レート制御 BBStream を提案する.本手法では,各受信者が自身の受信バッファに基づいて輻輳発生時におけるサーバへのフィードバックメッセージの送信タイミングを判断する.具体的には,受信者は自身の受信バッファを再生可能な時間に変換し,その再生可能時間が短いものから優先的にレートが減少しないようにフィードバックタイマーを生成する.その結果,輻輳の解消と同時に,バッファの少ない受信者の再生品質劣化を防ぐ.本章では BBStream レート制御手法の詳細メカニズムを示す.また,シミュレーションを用いて手法の有効性を示す.さらに,Helix DNA というオープンソースプラットホームの上で実装して行った性能評価について述べ,その有効性を実証している.

 第4章では階層別ルーティング構成を考慮したストリーミング配信レート制御 RPLM を提案する.本章ではまず,スパースモードルーティングプロトコル(PIM-SM, CBT)を適用したマルチキャストネットワークにおいて階層型ストリーミングを行う場合,各階層が異なるRP(Rendezvous Point)へマッピングされる(different-RP mapping)という階層別ルーティング現象が高い確率で発生することを示す.次に,different-RP mapping の環境において下位階層のルートで輻輳が発生する場合,輻輳が検出できない,あるいは検出できるが解消するまで時間がかかることを示す.本章で提案するRPLMレート制御手法は,各受信者が受信する全データトラヒック及びRP 毎に経由したデータトラヒックを観測してレート制御を行う.具体的には,輻輳が発生する時,各受信者が受信する全データ及びRP毎のデータのパケットロス率から輻輳経路を特定し,それに基づいて同時に受信しているひとつあるいは複数の上位階層の受信停止を決める.その結果,輻輳が迅速に解消され,かつ受信品質が安定的に保たれる.本章では RPLM レート制御手法の詳細メカニズムを示す.その後,シミュレーションを用いて手法の有効性を示す.

 第5章は結論である.本章では本論文の成果をまとめるとともに,BBStream レート制御手法とRPLM レート制御手法の残された課題および今後の研究の方向性について述べる.

 以上,これを要するに,本論文は,インターネットにおけるストリーミング配信システムにおける従来の受信品質劣化問題を解決するために受信バッファとストリームデータ経路のそれぞれを考慮した新しいレート制御手法を提案し,さらにシミュレーションおよび実装などを介してその有効性を実証したものであり,電子情報学上寄与するところ少なくない.

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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