No | 120543 | |
著者(漢字) | 中井,亮仁 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカイ,アキヒト | |
標題(和) | 両面マイクロミラーの振動を用いた透過型多眼立体視ディスプレイに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120543 | |
報告番号 | 甲20543 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第56号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | 知能機械情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 序論 本研究の目的は,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を用いてマイクロミラーアレイを製作し,裸眼でどこから見ても高解像度な立体画像を観察できる立体視ディスプレイを実現することである.従来の立体画像表示装置は解像度と空間分解能がトレードオフの関係になっており,この問題が実用化への最大のネックとなっていた.これに対し,本研究で試作する立体画像表示装置の一番の特徴は,画像表示装置から出力される光情報を時系列のデータとして扱い,マイクロミラーを動的に制御することでその反射光を空間上に走査する点にある.これにより,観察者の見る画像の解像度を落とすことなく空間分解能を上げることが可能となる.DMDのような反射型のミラーアレイを用いた立体視ディスプレイの研究は既に行なわれているが[1],反射型の場合光源とミラーアレイを向かい合わせに配置する必要があり,複雑な光学系及び一定以上の光路を確保する観点からシステムが大規模になる傾向がある.一方本研究では,画素と同サイズのマイクロミラーの両面を用いて反射させることで,ミラーアレイの直下に配置した光源からの光を透過させる構造となっている.これによりシステム全体をシンプルに,かつ薄型にすることが可能である. 2. 理論・設計 次に,マイクロミラーの振動により高解像度多眼立体視ディスプレイが実現されるその原理について説明する.Fig.1(a)に示したように,45度の角度で平行に並べられたマイクロミラーアレイを考えると,その両面が鏡面であれば図のように反射が生じ,下に配置された画像表示装置がそのまま見られることになる.ここで,一つおきに固定ミラーと可動ミラーを配置し,可動ミラーを45度からα度だけ上方に傾けた場合を考える(Fig.1(b)参照).この場合には,赤色画素(R2, R4, …)から出た光は固定ミラーで反射された後可動ミラーで反射されるため,ディスプレイ面と垂直な方向から右方に2α度だけ光軸が傾くことになる.同様にして,青色画素(L3, L5, …)から出た光は可動ミラー・固定ミラーの順で反射するため,左方に2α度だけ傾くことになる.これを上方から見た場合,顔を適切な位置に置くことで左眼は青色画素のみを,右眼は赤色画素のみを見ることができる.これはそのまま立体視ディスプレイとして用いることが可能な構造である.これをさらに発展させて,可動ミラーを45±α度の範囲で振動させることを考えると(Fig.1(b)と(c)),各眼に入射する画像はTVのインタレースと同様に切り替わることになり,画面のちらつき防止に役立つと思われる.また,この状態において左右の眼に入ってくる個々の画像の解像度は,マイクロミラーの下に配置された画像表示装置の解像度と等しく,さらに振動の一周期の間に複数の画像を時系列で切り替えれば,空間分解能を上げることも可能となる. 本研究では,基板と45度をなす角度までマイクロミラーを傾ける疎動を磁性体材料と外部磁場を用いて,45±α度の範囲で振動させる微動についてはローレンツ力を用いて実現することにした.設計したミラーはSi,SiO2及びNiから構成される(Fig.2参照).Niは磁性体材料であるとともに導体でもあることから,これを用いることでプロセスが簡単化される.反射部のサイズは450μm×520μm,Niでできたヒンジ部の長さ,幅,厚さはそれぞれ50μm,20μm,150 nmである.粗動及び微動の変位を理論的に計算するため,Fig.3に示すような弾性ヒンジを持つ片持ち梁構造をモデルとして用いた.外部磁場による粗動は,磁場内に置かれた磁性体にかかる磁気異方性トルクTfieldとヒンジの機械的な復元力に起因するトルクTmechとの釣り合いから求められる.ミラー面の磁性体材料の体積をVmag,磁性体材料の飽和磁化をI,外部磁界の強さをHext,ヒンジ部に用いる材料のヤング率をEh,ヒンジの断面二次モーメントをJh,ヒンジ部の曲率半径をρとすると,TfieldとTmechはそれぞれ以下のように書き表される. Tfield=VmagIHextsin(ψ-θ) 同様にして,ローレンツ力に起因するトルクTLorentzは,配線に流す電流i,ミラー面の長さLm,ミラー面の幅Wm,磁束密度Bを用いて TLorentz=iBWmcos(ψ-θ)Lm と書き表されるから,釣り合いの式 Tmech=Tfield+TLorentz をθについて解くことで微動の変位を得ることが可能である.Mathematicaで数値計算により求めた磁束密度とミラーの起き上がり角の関係をFig.4(a)に,配線に流す電流iを変化させたときのローレンツ力によるミラーの変位をFig.4(b)に示す. 3. 製作 マイクロミラーの製作プロセスをFig.5に示す.ウェハは各層の厚さが20,1,500μmのSOI(Silicon On Insulator)を用いた.まず最初に,1100度で180分熱酸化することにより150 nm程度のSiO2層を成長させた(a).このSiO2層はSi基板とNi配線とを絶縁する目的と,後のSiの等方性エッチングの際に他にSiが露出している部分をなくすために用いている.熱酸化後,厚さ150 nm程度のNi層をスパッタにより成膜した(b).次に,リン酸,硝酸,酢酸の混合エッチャントを用いてNiをエッチングし,ミラー部,ヒンジ部,及び配線を形成した(c).Niのエッチングにより露出した熱酸化SiO2層を,BHF(Buffered HF,HFとNH4Fの1:6混合緩衝液)を用いて等方性エッチングのマスク形状にエッチングした(d).その後,SOI裏面のSiをDRIEを用いてエッチングした(e).SOIの表面にOFPR800 100CPを二重にスピンコートし,露光・現像により表面Siの等方性エッチング時のマスクを形成した.このときのレジストの厚さ及びポストベークの時間を変化させることで,プラズマ耐性,即ちエッチング時間を調整することが可能である.その後,O2+CF4雰囲気下での等方性エッチングにより,表面Si及びヒンジ下のSiを除去した(f).この時のヒンジ部を裏面から撮影した写真をFig.6に示す.最後にHFの蒸気エッチングによってヒンジ部下及びミラー部裏面のSiO2層を除去した(g).製作したミラーの写真をFig.7に示す. 4. 実験 製作したマイクロミラーの特性を調べるために,外部磁場による駆動,ローレンツ力による駆動,共振周波数の測定三つの実験を行なった.基板に垂直な方向に外部磁場をかけたときの,外部磁場の強さとミラーの起き上がり角の関係をFig.8に示す.外部磁場の強さは,予備実験の段階でコイルに流す電流を変化させガウスメーターで測定したものを用いた.またミラーの起き上がり角はマイクロスコープで撮影した画像から計算した.測定値は理論曲線に沿って変化しており,粗動として必要な45度を含む十分な可動範囲が確保されていることがわかる.Fig.9に配線に流す電流iとミラーの起き上がり角の関係を示す.実験は,外部磁場とウェハ表面のなす角が72度,外部磁場の強さが11.6 mT,0.3 Hzの交流駆動の条件で行なった.電流iは配線と直列に接続した抵抗の電圧降下から計算した.またミラーにレーザー光を当て,反射後のスポット光の移動をスクリーン上に記録することで,ミラーの起き上がり角を計算した.測定値はほぼ直線上に並んでいることがわかる.共振周波数の測定は,反射後のスポット光の位置に4分割フォトダイオードを置き,水平方向に配置された二つのフォトダイオードの出力の差分を増幅した後,FFTアナライザを用いて周波数解析を行なった.ミラーを固定している軸,及び系全体を加振したときの結果をFig.10(a)(b)にそれぞれ示す.この結果より製作したマイクロミラーの共振周波数は1045 Hz程度であることがわかった. 次に隣り合う一対のミラーを用いて,レーザー光を基板の表から裏へと透過させ,かつその光軸を振動させる実験を行なった.実験のセットアップをFig.11に示す(このときの外部磁場は14 mT程度).Fig.11右上スクリーン部の拡大写真から,スポット光が二つあることが見てわかる.外部磁場が12 mT以下のときスポット光は一つしか存在しないため,一つはミラーの外周部を透過して直接スクリーンに達したもの,もう一つはミラーで2回反射された結果到達したものであることがわかる.基板に垂直な方向に14 mTの外部磁場をかけた状態で,配線に流す電流iを変化させたときの光軸の角度変化をFig.12に示す.条件は若干異なるものの,Fig.9のグラフのほぼ倍の角度変化が得られていることがわかる. 5. 結論 既存の立体視ディスプレイが持つ解像度と空間分解能のトレードオフを解決するため,両面マイクロミラーの振動を用いた透過型多眼立体視ディスプレイという新手法を提案した.この手法の一番重要な構成要素である両面マイクロミラーに関して,外部磁場とローレンツ力の両方で駆動可能な,画素と同サイズのマイクロミラーを設計・試作した.試作したマイクロミラーに関して,外部磁場及びローレンツ力による起き上がり角を測定し,上記手法で用いるのに十分な可動範囲を持っていることを確認した.また,隣り合う一対のミラーで一回ずつ反射させることで,基板を透過して光軸を振動させることが可能であることを確認した. Fig. 1. 両面マイクロミラーの振動を用いた透過型多眼立体視ディスプレイの原理.(a): 全てのミラーが45度で固定されている場合,(b): 可動ミラーだけが上方にα度だけ傾いている場合,(c): 可動ミラーだけが下方にα度だけ傾いている場合 Fig. 2. 設計したマイクロミラーの概略図.ミラーはSi, SiO2及びNiから構成され,ミラー面のサイズは450μm×520μm,ヒンジ部の長さ,幅,厚さはそれぞれ50μm,20μm,150μmである. Fig. 3. 弾性ヒンジを持つ片持ち梁構造のモデル Fig. 4. Mathematicaで数値計算により求めた理論線.(a): 磁束密度とミラーの起き上がり角の関係,(b): 配線に流す電流とミラーの起き上がり角の関係 Fig. 5. マイクロミラーの製作プロセス. Fig. 6. 等方性エッチング後のヒンジ部の様子(裏面から撮影). Fig. 7. 製作したマイクロミラー.(a): 全体図,(b): 拡大図 Fig. 8. 外部磁場の強さとミラーの起き上がり角の関係. Fig. 9. 配線に流す電流とミラーの起き上がり角の関係. Fig. 10. 共振周波数測定の実験結果.(a): ミラーを固定している軸を加振した場合,(b): 系全体を加振した場合 Fig. 11. 隣り合う一対のミラーを用いた2回反射の実験.二つあるスポット光のうち,一つはミラーの外周部を透過して直接スクリーンに達したもの,もう一つはミラーで2回反射された結果到達したものである. Fig. 12. 配線に流す電流と光軸の角度変化の関係.ミラーの角度変化のほぼ倍の値が得られている. Fig. 13. 製作した立体視ディスプレイのプロトタイプ. | |
審査要旨 | 本論文は「両面マイクロミラーの振動を用いた透過型多眼立体視ディスプレイに関する研究」と題し,5章からなっている.近年の計算機の高性能化,及び画像表示装置の大画面化,高精細化,フラット化という流れに伴い,既存の画像表示装置と比較して表現力・臨場感に秀でている立体画像表示装置は,さまざまな情報を提示するためのデバイスとして多くの分野から期待されている.本論文では,眼鏡等の特別な器具を必要としない透過型の多眼立体視ディスプレイの実現を目標とし,MEMS技術を用いて試作したマイクロミラーアレイの特性評価,および試作したミラーを用いた透過型多眼立体視ディスプレイのプロトタイプの性能評価を目的とする. 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,論文の構成について述べている. 第2章「理論」では,まず人が立体感を得る原理について説明し,それを元に立体視ディスプレイに要求される機能について説明を加えている.次に既存の立体視ディスプレイにおける問題点を述べ,それらを解決する手法として両面マイクロミラーの振動を用いた透過型の多眼立体視ディスプレイを提案している.提案した手法で用いるためのミラーとして,ミラー面のサイズが400 μm×500 μm,150 nmの厚さの弾性ヒンジを持つマイクロミラーの設計を行ない,駆動力の選定,及びそれに対する変位の理論値計算を行なっている. 第3章は「製作」である.はじめに外部磁場により駆動される粗動マイクロミラーの製作プロセスについて,次にローレンツ力によっても駆動される配線付きマイクロミラーの製作プロセスについて説明している.また,透過型多眼立体視ディスプレイのプロトタイプを構成する他の要素,即ちマイクロレンズアレイや駆動回路などについても説明を加えている. 第4章「実験」では,まず第3章で試作したマイクロミラーの特性評価を行なっている.外部磁場により駆動されるマイクロミラーの可動範囲は最大80度,ローレンツ力による可動範囲は外部磁場14 mT,周波数1 Hzの交流電流12 mAp-pの条件で2.2度が得られた.他にもマイクロミラーの共振周波数,振幅の周波数依存性,ミラー面の平坦度などについて評価している.次に隣り合う一対のミラーでレーザー光を一回ずつ反射させることで,基板を透過して光軸を振動させられることを確認している.また,マイクロミラーの駆動方法によって光軸の動きに特徴を持たせられることも確認している.最後に,試作したマイクロミラーアレイを用いた透過型多眼立体視ディスプレイのプロトタイプについて,ディスプレイから出射される光強度の角度依存性を測定し,ディスプレイを見る方向により異なる光情報が提示できていることを示している. 第5章「結論」では,本研究によって得られた成果とその結論を述べ,考察を加えている. 以上のように,本論文では外部磁場とローレンツ力の両方で駆動されるマイクロミラーを試作し,マイクロレンズアレイ・LEDマトリックスと組み合わせることで透過型の多眼立体視ディスプレイを実現している.試作したプロトタイプは提示する画像の解像度を落とすことなく多眼化を実現しており,また同時にミラーの両面を用いて2回反射させることで薄型・透過型の構成となっていることから,本論文で提案した手法の有効性が示されている.本論文で提案した手法は,既存の立体視ディスプレイの問題点を解決し,実用化の観点からも優れた特徴を兼ね備えていると言える.それと同時に,オプティクス・メカトロニクスを始めとする数多くの分野にまたがる研究であり,非常に意義深いものであると考えられ,知能機械情報学の発展に貢献できることが予想される. よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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