学位論文要旨



No 120545
著者(漢字) 金,大永
著者(英字)
著者(カナ) キム,デヨン
標題(和) Er:YAGレーザを用いた整形外科用精密骨切り装置の開発
標題(洋) Er:YAG laser Bone Cutting Device for Application of Precise Osteotomy
報告番号 120545
報告番号 甲20545
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第58号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 波多,伸彦
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 医療分野におけるレーザ応用は、生体組織の切除・凝固・発熱などの作業が可能で、角膜切除、結石の破壊、肥大前立腺の治療などにも応用され成功している。レーザの臨床応用のための研究で特に注目を浴びているのは骨切りへの応用である。レーザ骨切りは精度良く、複雑な切り方が可能で、その骨表面での反力が小さいながら滑りがないという優れた点を持っている。しかしながらレーザ骨切りはその低い切削能力と切削時の熱による炭化作用などによって再生が困難になり、整形外科での臨床応用は試されていない。本研究では、最も水への吸収率の高いEr:YAGレーザ(波長2.94μm、パルス波、1-20Hz、パルス幅200μsec)を用いて整形外科のためのマニピュレータを製作し、評価する。特に、熱による損傷を無くすために水による冷却を用いてその影響を測定し、熱損傷なしでの骨切り効率を最大化する。また、その条件を用いて低い切削効率を活かした適応とレーザ骨切りに相応しい機構を用いた整形外科用マニピュレータを提案する。

2.予備実験

 予備実験では、冷却水の影響、レーザビームの移動速度による影響、および周波数の影響を測定し、熱損傷を伴わない骨切りの最も効率の高いパラメータを求めた。Er:YAGレーザは、骨に含まれる水分を蒸発させ、その力でマイクロ爆発を起こしながら(ablation)骨切りを行なう。しかし、熱損傷防止のための用いる水は、Er:YAGレーザエネルギの吸収率が高く、そのエネルギ吸収のレベルを測定する必要がある。本研究では0.75mmから2.0mmまで、水の高さを持つガラス張りの実験装置を製作し、ガラスだけを通した際のエネルギと中に水を通したときのエネルギの差を測定した。その結果、1.0mmの水層で約200W/cm^2のパワー密度のレーザは60%程透過する事を確認した。手術の現場では血液などによる影響があるため、血液による影響も測定した。血液での透過率は同じパワー密度で水での透過率を上回る80%ほどであることを確認した。

 レーザビームの移動を製作した4自由度の実験用マニピュレータにより行い、切削用の材料はブタの肩甲骨(測定密度1.73g/cm^3)を用いて、1.0mm/secから3mm/secまで変更させながら移動速度の最適化を図った。同じパワー密度を維持するためにはレーザ照射部のファイバー先端と骨表面との距離を一定に保つ必要がある。本研究では手術現場の厳しい環境を考慮し、外乱に強い接触式センサを用いた。レーザビームの移動速度はレーザに照射される部分がどれほど重複しているかを表現し、その数が9のとき、その切除効率は0.52cm^2/secであった。周波数による影響を測定した結果、10Hz以上では切除効率は殆ど変化がなかった。しかし、移動させながら骨を切ることを考えると同じエネルギなら20Hzの方が単位時間あたりにより多くの骨が切除可能と思われた。

3.Er:YAGレーザを用いた寛骨臼回転骨切り術マニピュレータの開発

 寛骨臼回転骨切り術(Rotational Acetabular Osteotomy:RAO)は、変形性股関節症の治療法として股関節機能を温存したまま生体力学的に安定な形態に関節を修復する。人工股関節を用いるのとは異なり、唯一解剖学的にも力学的にも正常に近い関節を形成できるため大変優れている。しかし、その切り方も精度が要求されるため、熟練した技術が要求され、多数の切開口から切削道具を挿入して行うため、大きい切開により侵襲もかなり大きくなる。十分な精度と低侵襲的な手術を目的に、本研究では水への吸収率が高いEr:YAGレーザでの骨切りを採用した。レーザを用いる骨切りは、切除時の反動が少なく、任意の部位を的確に切離することができ、複雑な形でも精度良く切ることができる。また、進入部が小さく、低侵襲で患者への負担が少ない。しかし、股関節の周りには筋肉や靭帯などがあるため、骨との間に作業空間を安全に確保する必要がある。また、精度を良くするためには骨とレーザ照射部との間隙を保ち、レーザ照射部と骨の表面までの距離も維持する必要がある。そこで本研究では、より高い精度を持つ骨切りとして、Er:YAGレーザを用いた寛骨臼回転骨切り術用マニピュレータの開発を行なう。切削時の反力が少ないことからマニピュレータは腸骨にマウントし、応力が集中する腸骨の端部分を約90度の円弧を書きながら硬い皮質骨だけ切除することを目的とした。製作したマニピュレータの評価としては、円弧状に切る切除部の曲率半径、切除効率、温度の上昇を測定する。

 製作したマニピュレータは、剥離部とレーザ照射部から構成される。マニピュレータは、パッシブホールダに固定され、骨にマウントした状態で駆動される。剥離部は骨とマニピュレータの位置を固定するためのマウント機構と剥離機構から構成され、レーザ照射部は円く切るための円弧状切除機構、および照射部と骨との距離を保つ間隔維持機構から構成される。

剥離部:マウント機構は上下振動防止の4本のピンと、滑り止めの4本のピンで行なう。剥離機構はマウント機構の上に固定される。リンク機構により剥離用のブレードが前進し、ストッパによって上下運動を始め、筋肉などを骨から剥離し、レーザ照射のための作業空間を確保する。

レーザ照射部:円弧状切除機構は、4節リンクにより一定の曲率(曲率半径30mm)で切除することが容易である。間隔維持機構は、骨切りの際、血液や骨の欠片等の劣悪な環境下でも動作可能な接触式である。プローブ先端部にかかる力を力センサに伝達し、その値によりプローブを上下させて間隔を維持する。先端の高さは8mmまで可能である。

評価実験:評価用には平らな表面を持つブタの肩甲骨を用いた。密度は1.73 g/cm3 (測定値)、表面を曲率半径30mmでレーザ照射部の速度を調節しながらマニピュレータを駆動した。骨の炭化作用を防ぐために使用した冷却水は17℃、流量3 - 5 ml/minとし、照射の際、サーモグラフィで骨の温度上昇をリアルタイムで測定した。

実験結果:曲率半径は30.0±0.3mmであった。ある一点に対して重複照射される回数をパラメータとして、深さ、幅の切除量を計測した。幅は1.5mmで深さ1.75mmの溝が約15分で作成可能なことを確認した。サーモグラフィによる温度測定の結果、レーザ照射口直下の水面温度は最高41.7℃で、5秒以下であった。また、高温の範囲はレーザ照射口直下から半径約5mmであった。

4.考察

 冷却水を使用しても、レーザは水を蒸発させて出来た空間を通してエネルギの殆どを透過させた。レーザパルスの一部分の32μsecはその蒸発に使い、その残りのエネルギは透過されることになる。計算により200W/cm^2のパワー密度で作られる空間は約1.3mmの高さを持つことによって、骨表面とレーザ照射の先端部との間隔が計算可能である。移動させながら骨切りを行なった際に208μmg/Jの切除効率は、冷却水なしでの切除率と比べ、ほぼ同じでありながら熱による損傷は認められなかった。熱による損傷は目視可能な炭化作用で確認すると同時に、その温度の変化でも再確認した。文献により作成した公式により、例え骨表面の温度が冷却水なしで76℃が続いても5秒以内の露出時間では骨に対してその悪影響がないと推測される。

 レーザによる正確な骨切りを十分生かすために、マニピュレータによるレーザ骨切りを試した。その応用例として、従来の方法では侵襲的で複雑な寛骨臼回転骨切り術を目標とした。狭い作業空間での骨切りが可能で、更に骨にマニピュレータをマウントすることによってレーザ骨切りの可能性を確認した。応用の方法と対象によっては、レーザでの整形外科における応用の可能性が極めて高い。

5.結論

 レーザ骨切りはその精度は良いものの、切除の後、熱による組織への損傷が残る。その切除効率が悪く臨床応用には切除時間が長いなどの問題があった。しかし本研究では冷却水を用いて熱による損傷を無くしながら、マニピュレータによりレーザビームの移動速度や骨との間隔を一定に維持することにより、冷却水なしでの条件とほぼ同じ切除効率を実現した。

 その応用として、寛骨臼回転骨切り術に適用可能なマニピュレータを製作した。腸骨にマニピュレータを固定して筋肉などを骨から剥離し、切削精度の必要な部分のみをレーザで切除することにより、レーザ骨切りの臨床応用への可能性を示した。剥離機構で作業空間を確保すれば、±0.3mmとより精度の良い骨切りが可能であった。骨に損傷を与えるほどの温度の上昇は見られず、骨の炭化も認められず、熱損傷に対する安全性を確認した。今後はより低侵襲の手術が可能になるように、更なる小型化が必要であり、レーザ照射部が曲がる機構の研究や、効果的な冷却方法も研究すべきである。

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目「Er: YAG laser Bone Cutting Device for Application of Precise Osteotomy」(Er:YAG レーザを用いた整形外科用精密骨切り装置の開発)の学位論文は、水冷却でEr:YAGレーザを移動させながら骨切りを行い、その結果を整形外科手術支援ロボットに応用した研究論文である。

 本論文は6章からなり、第1章ではレーザ骨切りの必要性を述べ、第2章では本研究の目的として、熱侵襲を伴わない水冷却レーザ骨切りの最適化を行い、その結果に基づく整形外科用マニピュレータへの応用を述べている。第3章では熱侵襲を避けるために、水冷却によるレーザ骨切りの効率と水の影響について述べ、第4章ではその応用として、寛骨臼回転骨切り術用に製作したレーザ骨切りマニピュレータについて述べている。第5章では本研究の工学的および医学的な効果とその意義について考察している。そして、最後に第6章で結論を述べている。

 本研究では硬い皮質骨をEr:YAGレーザにより効率良く、かつ熱侵襲なしで切ることを目的としている。その実現のために水冷却でレーザを移動させながら、その効率を最大化し、その効果を証明している。レーザ骨切りにおけるパラメータとして、周波数、移動速度、水へのエネルギ吸収を設定し、骨切りの効率を208μg/Jで最大化した。

 寛骨臼回転骨切り術への応用を実現するために開発したマニピュレータは、3自由度を有し、作業空間確保のための筋肉剥離機構にはリンク機構を、正確な骨切りには仮想球運動方式を、骨表面との間隔を維持するには簡単な接触式センサを用い、2次元平面上での安全で効率の良い動作が実現できる構造となっている。開発したマニピュレータの性能を評価するために2種類の実験を行っている。まず、マニピュレータの非生体実験では、1.28mm/secで移動させながら、6回の照射で半径30mm、深さ0.75mmの溝を、0.3mm精度で切ることが可能であった。ブタを用いた動物実験では筋肉などの剥離に十分な力を示し、1回のレーザ照射で深さ4mmまでの骨切り効率を達成している。方法と評価実験の結果から、レーザ骨切りの有効性が検証され、臨床的に精密な骨切りの新たな手段としての可能性を持つと判断できる。

 本論文の結論として、開発したレーザ骨切り装置は、整形外科における有効な支援装置への発展可能性を十分有していると述べている。次の研究課題として皮質だけではなく、海綿骨まで3次元で骨を切ることで、さらに活用度が高い装置への発展が予想される。

 以上のように本論文では熱侵襲を伴わないレーザ骨切りを整形外科に応用するマニピュレータを開発した。開発したEr:YAGレーザ骨切りマニピュレータは近年多く行われている低侵襲手術を支援する新たな装置として発展することが期待される。

 なお、本論文は、東京大学の土肥健純 教授、波多伸彦 助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク