学位論文要旨



No 120553
著者(漢字) 金子,いづみ
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,イヅミ
標題(和) 集落営農の組織形態に関する研究 : 労働力構成を中心として
標題(洋)
報告番号 120553
報告番号 甲20553
学位授与日 2005.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2919号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

水田農業の担い手として「集落営農」が各方面から注目を浴びている。その背景として、水田農業における担い手の脆弱化と、米価の低落傾向がそれに拍車をかけていることが挙げられる。しかしながら貿易自由化の動きが高まる中、食料の安定的な確保のためには国内生産の維持と担い手の確保が必要不可欠である。

研究史上では「集落営農」は、1980年代後半以降の農家労働力の脆弱化という新たな労働力状況を前提として、従来とは異なった労働力を基軸とした分析が行われてきている。そこでは、地域の農家労働力の残存状況に応じた「集落営農」の多様性が指摘されているが、地域農業構造と「集落営農」の特徴との関連は統計的に明らかにされてはいない。また、それに伴って「集落営農」の組織形態とそれに対応した目的、組織の継続性についても体系的に論じられていない。これまでの研究は「集落営農」の統計が整備されていないことに伴い、その分析にも制約があったが、「集落営農」の推進県においては独自の統計調査が行われ、統計データも徐々に蓄積されている。そこで、これらの新たな統計を用いた、「集落営農」の多様性の解明が求められている。

本研究ではそれらの統計データを用いて、第1に「集落営農」の組織形態とその多様性を明らかにすること、第2に地域農業の多様性、とりわけ集落残存労働力との結びつきによって「集落営農」の組織形態の地域的多様性を明らかにすること、それと合わせて第3に現在の「集落営農」の組織形態に対応した活動目的と仕組み、地域の土地利用に与えている影響を明らかにすることを課題とする。なお、ここでいう「集落営農」の組織形態とは、「集落営農」組織における労働力の構成や活用方法である。その組織形態が地域に存在する農家労働力を前提にして決定されるという考え方に基づいて分析を行うことにしたい。

分析に用いる「集落営農」は全組織数の7割を占める、米が主要作物である組織とし、さらに農業機械を共同利用するものとする。また、「集落営農」は脆弱化した農家労働力を集落の範囲で補完するために設立されていると考える。そこで、第一に組織が設立されている地域を農家の労働力が脆弱化し、かつそれを「集落営農」という形で集落によって補完している地域であるとする。その上で第二に、「集落営農」の設立地域において指摘されている兼業化や高齢化の強弱という労働力の脆弱化の多様な形態差が、組織形態に及ぼす影響を明らかにする。

そこで農家労働力が脆弱化し、かつ集落により補完される地域である(1)「集落営農」の設立地域を確認し、その地域での(2)集落の残存農家労働力の差異を確認するため、1集落あたりの「農家壮年人口(30~64歳)」を、集落の残存労働力を表す指標として用いた。壮年人口はひとつの指標で集落の抱える組織化の中心的な労働力の大きさを表すとともに、高齢化の影響も加味できる。

水稲・陸稲が主の「集落営農」は北陸、中国・四国に集中し、どの地域においても6割以上の組織は1集落を範囲としている。さらに、北陸と中国・四国の1集落あたりの農家壮年人口は大きく異なり、「壮年残存地域」の北陸と、「壮年欠落地域」の中国・四国というコントラストを描いている。従って、両地域の「集落営農」はサンプル数も多く、労働力の残存状況に差異が見られ、労働力量に応じた組織形態と、その地域的多様性を析出するのに適している。本論ではこのうち、労働力が不足している「壮年欠落地域」に焦点を当てる。そこでの「集落営農」の分析を通じて、少ない労働力の活用による「集落営農」設立の実態を明らかにしたい。必要に応じて「壮年残存地域」の分析結果を示すことによって、「壮年欠落地域」の特徴をより明確化できるものと考える。

具体的分析は「壮年欠落地域」のデータとして中国地方の島根県、対比させる「壮年残存地域」のデータとして北陸地方の富山県のデータを用いた。

以上の分析によって得られた結果は次のようになる。第2章では統計分析、第3章では事例分析によって「壮年欠落地域」の組織形態の形成要因を明らかにした。その際に「壮年残存地域」のデータも比較分析した。第2、3章では集落の壮年人口規模が、「集落営農」の農業機械のオペレーター数を規定しており、壮年人口の減少に伴い組織のオペレーターの固定化(少数化)することを述べた。また、「壮年欠落地域」では、「壮年残存地域」よりも義務的平等出役が少なく、オペレーター出役も貴重な収入源とされている。「壮年残存地域」の富山県と「壮年欠落地域」の島根県では農外の労働市場の展開度合いが異なるため、オペレーター労働の評価にも差異が存在すると考えられる。

さらに第3章では事例の経済分析によって、平均的な「集落営農」が専従者を確保できる収益規模にないこと、平均的な組織経営体と比べて労賃よりも地代を重視する組織であること、地域平均的な個別農家経営よりも効率的な生産を実現していることを述べた。それと同時に「壮年欠落地域」において「壮年残存地域」よりも付加価値の地代配分割合が高いことが確認でき、それは地域定住の維持を目的とする「壮年欠落地域」の「集落営農」に合理的な配分であることに言及した。

そして、第4章の集落悉皆調査分析によって「壮年欠落地域」では、「集落営農」を通じて壮年のいない家の農業生産の後退と、少数の壮年への作業の集中が確認できた。作業の種類別には、機械作業の壮年への作業集積がみられ、「集落営農」のオペレーターの固定化の要因になっている。一方、壮年のいない農家では作業数も作業量も少ないが、「集落営農」が基本的には受託しない、あぜ草刈りや水管理などの実施割合はそれほど低くはない。しかしながら、労働力不足のために全く作業できない家も存在している。

そこから、壮年確保が必要であれば複数集落化によって確保するという方向性が考えられる。そこで補論において、4集落によって組織化した「集落営農」の事例を紹介したが、事例においては壮年確保による多数のオペレーター出役と米・大豆という土地利用型農業の省力化と同時に、転作田において個人の集約部門の施設園芸の伸びが顕著に見られた。しかし、一方で組織設立から5年間で、高齢化の進行に伴う構成農家の減少が見受けられた。

このように集落壮年人口の多少による「集落営農」の差異が確認できたが、「壮年欠落地域」の島根県の中でも壮年人口は集落によって大きな格差が存在しており、豊富な労働力を生かした事例も存在している。同地域の集落であっても壮年人口格差が存在することによって、「集落営農」は多様なものになっている。

さらに、事例分析からはそのような差異に加えて、組織独自の選択に応じた特徴も見られた。オペレーターの人選の仕方、専従者の有無等は個々の組織によって選択され、決定されることによって「集落営農」はさらに多様なものになっている。しかしながら、このように多様な組織形態―労働力の構成や活用の仕方―が、全て「集落営農」の構成員の「意思決定」によって規定されているのではなく、組織化に必要な労働力を立地地域内で調達するという「集落営農」の前提によって生じる規定性があり、それを本論では検討した。それは、組織形態を選択するバリエーションを地域の壮年人口が決定しているということであり、そうした観点からは「壮年欠落地域」では「壮年残存地域」と比べて労働力量が乏しいために、組織形態の多様性の幅が小さいといえる。

本論で検討した、地域の壮年人口(労働力の量と質)によって規定された多様性の上に、その労働力をどのように組織化するのかという組織運営上の意思決定による多様性があるのであって、その両方を加味することによって「集落営農」はさらに多様なものになっている。

こうしたことから次の点が政策に対して示唆される。「集落営農」の多様性を考慮すれば、政策面でも画一的な方向性を多様な「集落営農」に求めることはできない。とくに、集落内部における階層分解、農家の異質化を促進する構造政策は地域農業の衰退につながる恐れもある。とりわけ「壮年欠落地域」の「集落営農」は既に階層分解が進行している中で、集落全戸ができる作業に関わり、米生産と水田農業を支えている実態がある。高齢農家の作業からの後退によって階層分解が進行すれば、米生産と水田維持の継続は、より一層困難になる。中核的担い手への作業集中を目指すのであれば、これら「集落営農」の目指す方向とは全く合致せず、「集落全員参加で、体力に応じて農地を維持するしくみ」が瓦解してしまう。また、3章の組織のコスト分析にて確認したように、面積規模が小さくても「集落営農」は個別経営の地域平均よりも効率的な米生産を行っている。組織が崩壊して個別農家単位での米生産に戻れば、生産効率は悪化する。そして実際には、個別農家単位では米生産を継続できない農家が多数存在しているのであり(第4章)、国民経済的な視点から効率的な米生産を考えるのであっても「集落営農」を生かす方策を考えるべきである。多様な「集落営農」を画一的な方向へ誘導することによって、形成されている仕組みを崩壊させ、地域農業の衰退へ帰結しないよう十分な配慮が必要である。

さらに小規模であっても現実に「集落営農」が設立できるのは、活力のある集落である。たとえば1995年において島根県の全3973農業集落のうち、働き盛りの農家壮年人口が10人未満の集落は19%である。しかし、活動集落範囲の壮年人口が10人未満で設立できた「集落営農」の割合は全体の僅か1%にすぎない。つまり壮年人口の少ない集落では組織の設立自体が困難であり、担い手の選別は求められる方策ではない。

審査要旨 要旨を表示する

日本農業は一方での食料自給率の低下と、他方での担い手の脆弱化にともなう耕作放棄地の増大という困難を抱え、その持続的な発展に赤信号がともりつつある。こうした隘路から脱出すべく、現在、2000年に制定された食料・農業・農村基本計画の見直しを通じて、とくに水田農業の構造再編を強力に推進する方途が提起されている。

そこではこれまでの認定農業者(家族経営や法人経営)に加えて、集落営農が新たな担い手として位置づけられ、その組織化と法人化に構造再編の牽引車としての役割が期待されている。

本論文は農政によって水田農業の新たな担い手に位置づけられた集落営農について、初めて本格的な統計分析を試み、これと詳細な実態調査を組み合わせることによって、その組織形態および活動目的の多様性を「労働力構成」の視点から明らかにしたものである。

第1章では、まず文献サーベイによって、これまでに集落営農が注目された二つの時期として1970年代までと1985年以降が明らかにされた。前者では生産組織に代表される集落営農はコストダウンを主目的としており、組織形態における地域的差違が少なかったのに対し、後者では家族経営の労働力不足を集落で補完する集落営農が前面に出てくるとともに、集落の壮年人口(30-64歳)のあり方に鋭く規定された組織形態の地域的差違が大きいところに特徴があると指摘された。そして、以後の検討の対象として集落営農の設立数が最も多く、かつ壮年人口が少ない中国四国(壮年欠落地域)と多い北陸(壮年残存地域)を取り上げる意義が明らかにされた。

第2章ではこうした新たな集落営農を積極的に推進している島根県と富山県をとりあげ、そこで独自に実施された統計調査結果を分析した。壮年人口が少ない島根では集落営農のオペレーター数が少なく固定的となる傾向が強いため(相対的にオペレーター労賃が高い)、組織は作業受託型の割合が高いのに対し、壮年人口の多い富山では集落営農のオペレーター数が多く義務的出役の性格が強いこと(相対的にオペレーター労賃は低い)、したがって組織は協業経営型の割合が高いという地域的差違が検出された。そして、こうした差違を深部で規定している要因として労働市場の展開度の差違が示唆された。

第3章では島根・富山の事例分析を通じて、集落営農の組織形態の形成論理が検討され、(1)平均的な集落営農は専従者を確保できる収益規模にない、(2)集落営農は平均的な組織経営体と比べて、労賃よりも地代に傾斜配分する組織である、(3)壮年欠落地域では壮年残存地域よりも付加価値配分における地代割合が高く、前者の地域における地域定住条件の確保という集落営農の設立目的にかなった配分方法が選択されていることなど、集落営農のあり方に関わる豊富な政策的インプリケーションが導き出される実態が明らかにされた。

さらに第4章では、主として島根の集落悉皆調査に基づいて、集落営農が地域で果たしている機能が論じられている。壮年欠落地域では少数の壮年者に機械作業が集中し、オペレーターが固定化する傾向とともに壮年者を欠く農家における農作業からの離脱傾向がみられ、集落営農の変容の方向が示唆される一方、集落の枠内で十分なオペレーターが確保できない場合には複数集落での組織化が試みられるなど、集落営農の組織範囲に関わる変容の動きがみられ、そのいずれもが壮年人口のあり方に関わっていることが示された。

第5章は以上の分析を総括し、(1)壮年を確保できる集落営農の規模、(2)集落営農間の提携、(3)集落営農活動の地域活動全体への影響などの残された課題を明確化した。

以上の要約以外においても、(1)集落営農は面積規模が小さくとも個別家族経営の地域平均よりも効率的な米生産が実現されている、(2)集落営農は多様な組織形態を有しているがゆえに、画一的な形態・方向への政策的誘導は地域農業の衰退に帰結する危険性がある、(3)島根では壮年人口10人未満の集落割合は19%に達する反面、そこで組織された集落営農の割合は1%に過ぎず、壮年人口の確保が集落営農の設立にとっての前提条件であることを考慮すれば、担い手の選別は求められる政策ではない、などといった有益な政策的インプリケーションが随所にみられることを付記しておくべきであろう。

以上のように、本論文は現在の日本農政において焦点の一つに浮上した集落営農に関して、初めて統計的な実態を明らかにするとともに、具体的な存立構造を豊富な事例を通じて提示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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