学位論文要旨



No 120558
著者(漢字) 早川,泰之
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,ヤスユキ
標題(和) 哺乳動物単一中枢神経細胞のミトコンドリアによる速いCa2+依存性酸素消費
標題(洋) Rapid Ca2+-dependent increase in oxygen consumption by mitochondria in single mammalian central neurons
報告番号 120558
報告番号 甲20558
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2555号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 講師 小西,清貴
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

要旨

神経細胞における活動依存的酸素消費は、内因性光学信号の測定やfMRIで検出されるinitial dipの現象から活動開始後1秒以内に増大すると考えられる。しかし、この迅速な酸素消費の細胞レベルのメカニズムはまだ明らかにされていない。そこで、我々は二光子励起イメージング法を用いて、単一神経細胞における活動依存的なミトコンドリアの応答を解析した。まず、我々はマウス小脳培養プルキンエ細胞に、親和性の異なる二種類のCa2+蛍光指示薬fura-2、もしくはfura-2FF、及びミトコンドリア膜電位を反映する蛍光指示薬TMRMを同時に負荷することにより、細胞内Ca2+濃度分布とミトコンドリア膜電位の変化を同時に可視化解析することを可能とした。その結果、神経細胞への脱分極刺激により生じた細胞内Ca2+濃度上昇が15uMを越えると、ミトコンドリア膜電位の脱分極が引き起こされることが判った。このとき、NAD(P)H由来の自家蛍光イメージングから、脱分極刺激によりミトコンドリア呼吸鎖のNAD(P)Hの酸化が促進されることが明らかとなった。これらの結果から、NAD(P)Hの酸化はミトコンドリアの膜に存在するカルシウムユニポーターを介したCa2+依存的なミトコドリアの脱分極によって促進することを示唆している。さらに、微小酸素電極を用いて、培養プルキンエ細胞の細胞体近傍における酸素分圧を計測したところ、脱分極後0.2秒以内に酸素消費が急激に増大することが明らかになった。この速い酸素消費の増大は細胞内Ca2+濃度上昇を必要としていた。このように、我々は、哺乳動物中枢神経細胞において、ミトコンドリア脱分極を介してCa2+依存的に酸素消費が増大することの実証に成功した。この過程は細胞内ATP濃度の恒常的維持のための迅速なフィードフォワード機構として機能しているものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、哺乳動物中枢神経細胞ミトコンドリアによる速い酸素消費の機構を解明する目的で、マウス小脳の培養神経細胞を用いて、二光子励起顕微鏡法、パッチクランプと微小酸素電極を組み合わせた電気生理学的手法によって解析を行い、下記の結果を得ている。

要旨

神経細胞における活動依存的酸素消費は、脳機能イメージングで観察されるinitial dipの現象から活動開始後1秒以内に増大するとされている。しかし、細胞レベルにおけるこの迅速な酸素消費のメカニズムはまだ明らかにされていない。そこで、我々は二光子励起イメージング法により、単一神経細胞の活動依存的なミトコンドリア応答の解析を行なった。

ミトコンドリア膜電位蛍光色素TMRMにより染色した培養小脳プルキンエ細胞を用いて、二光子励起顕微鏡によるイメージングを行った。形質膜脱分極刺激に対して、30nMTMRMでは減少、1OOnMTMRMでは増加し、TMRM濃度依存的に応答が異なった。これらはミトコンドリア膜電位の脱共役剤FCCPと同じ方向変化であった。またカルシウムを除いた外液では蛍光変化がないため、形質膜脱分極刺激に対するミトコンドリア膜電位の脱分極はカルシウム依存性であることが示唆された。100nMTMRMは、刺激直後の応答性が30nMTMRMやRh123と比べて応答性が速く、かつ大きいことから、解析を進めていく上での最適な染色条件は1OOnM TMRMであることを見出した。

細胞内カルシウム濃度蛍光指示薬としてカルシウムイオン高親和性fura-2、または低親和性fura-2FFとTMRMの同時イメージングを行い、細胞内カルシウム濃度とミトコンドリア膜電位変化の相関を解析した結果、カルシウム濃度が15uMを越えるとミトコンドリア膜電位が脱分極することを明らかにした。

単一培養神経細胞の酸素消費を微小酸素電極、パッチクランプを用いて解析した結果、形質膜脱分極刺激により0.2秒以内に酸素消費の増大が観察された。またミトコンドリア膜電位の脱共役剤FCCPにおいても酸素消費が増大した。一方、細胞内に導入したカルシウムキレート剤BAPTAでは酸素消費の変化が起こらなかった。このことから、この酸素消費の増大は、細胞内カルシウムイオンに依存的であることが示された。これは、カルシウム取り込みによるミトコンドリア膜電位の脱分極によって起こることが示唆された。

神経細胞から得られる自家蛍光成分はミトコンドリア由来のNAD(P)Hと考えられているため、 TMRM蛍光像との同時画像取得を行い、空間的局在パターンが同じであることを確認した。これをふまえ、形質膜脱分極刺激によるミトコンドリア呼吸鎖におけるNAD(P)Hを解析した結果、FCCPによるNAD(P)Hの速やかな減少は、ミトコンドリア膜電位の脱分極によるNAD(P)Hの消費が促進されることを示し、また呼吸鎖複合体I阻害剤アンチマイチンAによる増加は呼吸鎖の機能停止によるNAD(P)Hの蓄積を反映すると考えられた。そのため、形質膜脱分極刺激による初期の減少相はミトコンドリアのカルシウム取り込みによる迅速なミトコンドリア膜電位の脱分極により起こると考えられ、その後の増加相はクエン酸回路のカルシウム依存性酵素の活性化などによるカルシウム依存的な機構の賦活化によるものと考えられた。

以上の結果から、二光子励起法は、励起波長の異なる蛍光物質の同時励起を可能にできることから、神経生物学分野において非常に有用な方法であると考えられる。また、哺乳動物中枢神経細胞において初めて、ミトコンドリアにおける速い酸素消費の増大は、細胞内カルシウムイオン依存的なミトコンドリア膜電位の脱分極によるものであることを明らかにした。これらの結果は、神経活動時におけるATPのフィードフォワード的な恒常性維持機構の理解に対して重要な知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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