学位論文要旨



No 120560
著者(漢字) 永井,立夫
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,タツオ
標題(和) 抗リボソームP抗体がヒト末梢血単球の機能におよぼす影響についての検討
標題(洋)
報告番号 120560
報告番号 甲20560
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2557号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 土屋,尚之
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 講師 竹内,二士夫
内容要旨 要旨を表示する

〔研究背景〕

全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus,SLE)は,多臓器を侵す自己免疫疾患で多種類の自己抗体の出現が大きな特徴である。

1985年,SLEの自己抗原として,リボソームP蛋白が同定された。リボソームP蛋白とは,真核細胞のリボソームの60Sサブユニットに存在する3種類のリン酸化蛋白の総称で,分子量の大きい順にPO(38kDa),P1(19kDa),P2(17kDa)と命名されている。これらのリボソームP蛋白はC末端の22個のアミノ酸からなる共通の抗原決定基を有している。抗リボソームP抗体(anti-ribosomal P protein antibody,anti-P)とは,これら3種のリボソームP蛋白を同時に認識する自己抗体である。抗リボソームP抗体はSLEに特異性が高く,SLE患者の12〜16%で陽性であった。

抗リボソームP抗体は,SLEのさまざまな病態のなかで,神経精神症状(neuropsychiatric syndromes of systemic lupus erythematosus,NPSLE)や腎症および肝機能障害と関連することが報告されている。しかしながら,SLEにおける抗リボソームP抗体の病因的役割は不明のままである。

これまで,神経芽細胞腫の培養細胞や肝細胞由来株および血管内皮細胞の細胞膜上に,抗リボソームP抗体の認識するエピトープ(リボソームP抗原)が存在することが示されてきた。免疫担当細胞においては,リボソームP抗原は活性化したあるいはトランスフォームされたT細胞表面上にのみ存在し,B細胞表面上には存在しないことが明らかにされている。

〔研究目的〕

これまで明らかにされていなかった,ヒト末梢血単球表面上のリボソームP抗原の発現の有無を解析し,抗リボソームP抗体の末梢血単球の機能におよぼす影響を検討するために,本研究を行った。特に,単球の重要な役割である炎症性サイトカインの発現に注目した。

〔材料と方法〕

アメリカリウマチ協会の1982年のSLE分類のための改定基準を満たし,同意を得たSLE患者8例を用いた。これらのSLE患者血清よりIgGを精製し,さらにこのIgGからアフィニティー精製により,抗リボソームP抗体を得た。抗リボソームP抗体のF(ab')2フラグメントは,ペプシン処理後にゲルろ過して得られた患者IgGのF(ab')2フラグメントからアフィニティー精製することにより得られた。

同意を得た健常成人の末梢静脈血から比重遠心法により末梢血単核球を分離し,磁気細胞分離カラムを用いて,ネガティブセレクションにより単球を分離した。

健常人末梢血より分離したばかりの単球および48時間平底プレート上で培養した単球と抗リボソームP抗体の結合をフローサイトメトリーにて検討した。細胞を抗リボソームP抗体あるいは健常人IgGで染色し,さらに,fluorescein isothiocyanate(FITC)標識F(ab')2ヤギ抗ヒトIgGで染色した。死細胞を除外し抗リボソームP抗体と単球表面との結合をみるために,propidium iodide(PI)を添加した。

分離した単球(1xlO6/ml)を,5μg/mlの抗リボソームP抗体,抗リボソームP抗体を除いた同じ患者IgG分画あるいは健常人IgGと共に,平底プレート上で120時間培養し,培養上清を回収した。一部の実験では,3μg/mlの抗リボソームP抗体,抗リボソームp抗体を除いた同じ患者IgG分画,健常人IgGおよび同じ患者の抗リボソームP抗体のF(ab')2フラグメントを用いた。培養上清中のTNFαは,ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法により測定した。培養上清中のIL-6は,MH60.BSF2細胞を用いたバイオアッセイにより測定した。

分離した単球(1xlO6/ml)を,5μg/mlの抗リボソームP抗体,抗リボソームP抗体を除いた同じ患者IgG分画あるいは健常人IgGと共に,平底プレート上で48時間培養し,細胞を回収した。回収した単球より総RNAを精製し,リアルタイムPCR(polymerase chain reaction)法により,TNFαおよびIL-6のmRNAを定量した。内部標準として,ベータアクチンを用いた。

〔結果〕

図1は,フローサイトメトリーによる末梢血単球表面と抗リボソームP抗体(図でAnti-Pと記載)あるいは健常人IgG(図でControl lgGと記載)との結合パターンの代表的な1例を示した。これは,PI陰性のゲートを用いている。図の横軸にFITCの蛍光強度,縦軸に細胞数を示した。抗リボソームP抗体に対して陽性に染色された細胞の割合(%)および平均蛍光強度(mean fluorescence intensity;MFI)の差を図に示した。精製したばかり(Day O)の末棺血単球表面には,抗リボソームP抗体は健常人IgGとほぼ同等の結合を示した。しかし,プレートへの接着刺激後2日目(Day 2)の単球表面には,抗リボソームP抗体は健常人IgGより有意に強い結合を示した。annexinV陰性のゲートを用いた場合にも,同様な結果が得られた(データは示さず)。

図2の上段には,7名の健常人から分離した単球をある特定の患者の抗リボソームP抗体(図でAnti-Pと記載),同じ患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画(図でIgG devoid of anti-Pと記載)あるいはある特定の健常人IgG(図でControlと記載)とともに培養した上清中のTNFαおよびIL-6の濃度を示した。同一の健常人単球に由来するデータを線で結んでいる。抗リボソームP抗体を除いたIgG分画あるいは健常人IgGに比し,抗リボソームP抗体とともに培養した上清中のTNFαおよびIL-6の濃度は、統計学的に有為に上昇していた。さらに,抗リボソームP抗体のF(ab')2フラグメントとともに培養した上清中のTNFαおよびIL-6の濃度は,同一の患者のIgG型の抗リボソームP抗体とともに培養した上清中のそれらと同程度であった(データは示さず)。

図2の下段には,ある1名の健常人から分離した単球の培養上清中のTNFαおよびIL-6の濃度を示した。この実験では,8名の患者の抗リボソームP抗体(図でAnti-Pと記載)および対応する患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画(図でIgG devoid of anti-Pと記載)を用いた。同一の患者に由来するデータを線で結んでいる。対応する患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画に比し,抗リボソームP抗体とともに培養した上清中のTNFαおよびIL-6の濃度は,統計学的に有意に上昇していた。

さらに,6名の健常人から分離した単球におけるTNFαおよびIL-6のmRNAを定量した。特定の患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画あるいは特定の健常人IgGに比し,同じ患者の抗リボソームP抗体とともに培養した単球のTNFαおよびIL-6のmRNAの発現量は統計学的に有意に上昇していた。同様に,ある1名の健常人から分離した単球を7名の抗リボソームP抗体および対応する患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画とともに培養し,それらのTNFαおよびIL-6のmRNAを定量した。対応する患者の抗リボソームP抗体を除いたIgG分画に比し,抗リボソームP抗体とともに培養した単球のTNFαおよびIL-6のmRNAの発現量は,統計学的に有意に上昇していた(データは示さず)。

〔考察〕

健常成人由来の末梢循環血液中の単球表面には,リボソームP抗原の発現は認められなかったが,プレート接着により単球を活性化すると,その表面にリボソームP抗原の発現が認められた。このリボソームP抗原の発現は,アポトーシスに伴った細胞内リボソームP蛋白の局在変化によるものではないことが示された。抗リボソームP抗体は単球表面と結合することにより,単球のTNFαおよびIL-6の発現を誘導することが明らかとなった。この機序には,Fcγ受容体の架橋を要さないことが示唆された。抗リボソームP抗体は,活性化した単球から炎症性サイトカインを誘導することにより,SLEのさまざまな病態に関与している可能性がある。

〔まとめ〕

本研究は,日常の臨床において診断の補助や疾患活動`性の指標として使用される自己抗体が,実際に細胞の機能を変え得るということを示した点で意義深い。本研究は,自己抗体の病因的意義を解明するための手がかりとなるであろう。

図1末梢血単球表面上のリボソームP抗原の発現

図2ある特定の患者から精製した抗リボソームP抗体が,複数(n=7)の健常人末梢血単球からのTNFαおよびIL-6の放出におよぼす影響(上段)および複数(n=8)の患者から精製した抗リボソームP抗体が,ある特定の健常人末梢血単球からのTNFαおよびIL-6の放出におよぼす影響(下段)

審査要旨 要旨を表示する

抗リボソームP抗体は全身性エリテマトーデス(SLE)に非常に特異性の高い自己抗体で、SLEのいくつかの臨床症状との関連が報告されている。本研究は、抗リボソームP抗体が認識するエピトープのヒト末梢血単球表面上での発現の有無を詳細に解析し、さらに抗リボソームP抗体がヒト末梢血単球の機能におよぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

フローサイトメトリーによる解析の結果、SLE患者血清から精製した抗リボソームP抗体は、健常人末梢血より精製したばかりの単球と結合しなかったが、IFN-y(1000units/ml)の存在あるいは非存在下で平底プレート上で48時間培養した単球の表面と有意の結合を示した。この結合は、染色時に22残基の合成リボソームPペプチド(800μg/ml)を添加することによりほぼ完全に阻止された。少数のannexin V陽性の単球表面上にリボソームP抗原の発現が認められた。一方、annexin V陰性の単球表面上には、休止期ではリボソームP抗原の発現が認められないが、培養により活性化するとリボソームP抗原の発現が認められた。以上より、抗リボソームP抗体が認識するエピトープは単球の活性化に伴いその表面に出現し、これはアポトーシスに伴った細胞内リボソームP蛋白の局在変化とは異なり、ヒト末梢血単球の活性化に伴った現象であることが示された。

120時間培養後の上清について検討したところ、抗リボソームP抗体は対照IgGに比し、IFN-γ(1000 units/ml)の存在あるいは非存在下で、用量依存性に末梢血単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進した。次に、7名の健常成人より分離した単球について検討したところ、ある特定のSLE患者から精製した抗リボソームP抗体(5μg/ml)は対照IgGおよび同じ患者の抗リボソームP抗体を含まないIgG分画に比し、IFN-γの存在あるいは非存在下で、統計学的に有意に単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進した。さらに、特定の健常成人より分離した単球に対して、8名のSLE患者から精製した抗リボソームP抗体について検討したところ、抗リボソームP抗体は対応する患者の抗リボソームP抗体を含まないIgG分画に比し、IFN-γの存在あるいは非存在下で、統計学的に有意に単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進した。以上より、抗リボソームP抗体は、活性化したヒト末梢血単球と結合することにより単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進することが示された。

リアルタイムPCR法により48時間培養後の単球のmRNAを定量したところ、同様に抗リボソームP抗体(5μg/ml)は対照IgGに比し、IFN-γ(1000 units/ml)の存在あるいは非存在下で、統計学的に有意に単球のTNFαおよびIL-6のmRNAの発現を促進した。以上より、抗リボソームP抗体は活性化したヒト末梢血単球のTNFαおよびIL-6の発現を誘導することが示された。

患者IgGをペプシン処理後、Sephadex G100カラムを用いたゲルろ過により得られた患者IgGのF(ab')2フラグメントからアフィニティー精製した抗リボソームP抗体のF(ab')2フラグメント(3μg/ml)は、IFN-γの非存在下で、抗リボソームP抗体(3μg/ml)と同程度に単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進した。以上より、抗リボソームP抗体が活性化したヒト末梢血単球からのTNFαおよびIL-6の放出を促進するメカニズムにはFcγ受容体の架橋を要さないことが示唆された。

本論文はこれまで未知であったヒト末梢血単球表面上のリボソームP抗原の存在を明らかにし、さらに抗リボソームP抗体が活性化した単球の炎症性サイトカインの発現を誘導することを明らかにした。日常の臨床において診断の補助や疾患活動性の指標として使用される自己抗体のなかで、実際に細胞の機能を変化させることが報告されているものは非常に少ない。本研究は自己抗体の自己免疫疾患における病因的意義を解明することに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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