学位論文要旨



No 120561
著者(漢字) 前川,寛充
著者(英字)
著者(カナ) マエカワ,ヒロミツ
標題(和) エフリン-B2はPI3-キナーゼを介して血管内皮の移動を誘導し、成体においても血管新生を惹起する。
標題(洋) Ephrin-B2 induces migition of endothelial cells through the PI3-Kinase Pathway and promotes angiogenesis in adult vasculature
報告番号 120561
報告番号 甲20561
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2558号
研究科 医学系研究科
専攻 循環器内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学   平田,恭信
 東京大学 助教授 菱川,慶一
内容要旨 要旨を表示する

背景:Ephレセプターチロシンキナーゼは14種類のファミリーからなり、そのリガンドであるエフリンは8種類からなる。エフリンは、他の多くのレセプターチロシンキナーゼに対する可溶型のリガンドと異なり、膜結合型のリガンドである。エフリン、Ephともに神経系に多く発現が認められたため、当初は神経系における解析が進められ、神経細胞の移動やアクソンガイダンスに重要な働きをすることが明らかにされてきた。近年になって、エフリン、Ephともに胎生期の血管発生において重要な役割を果たすことが示されている。エフリン-B2のノックアウトマウスでは、血管の形成は原始血管叢の段階で停止しており、血管のリモデリングが観察されず、10.5日目に死亡する。エフリン-B2のレセプターであるEphB4のノックアウトマウスの表現形はエフリン-B2と同様であり、これら二つの分子が互いに関与しあいながら血管の発生に重要な働きをしていると考えられている。このような発生時期のエフリン、Ephの解析に比べ、成体におけるこれらの分子の働きは十分に解析されていない。成体においては、腫瘍や生殖器官での血管新生部分でエフリン-B2の発現が強いことは報告されているが、その作用は明らかでない。さらには、血管においてEphレセプターの下流で、どのような分子機構がその作用を媒介しているか明らかでない。そこで、この研究においてエフリン-B2のin vivo, invitroにおける血管新生作用と、そのシグナル伝達機構を解析した。

方法、結果:ephrin-B2は膜結合型の蛋白であり、単量体はアンタゴニストとして働くため、ephrin-B2の細胞外ドメインをIgGのFc部分に結合させた可溶性キメラ蛋白ephrin-B2/Fcを用いた。ephrin-B2/Fcは二量体を形成する。

血管新生を構成する重要な要素として血管内皮のマイグレーションがあり、ephrin-B2/Fcが走化性因子として働くかどうかを、トランスウェルメンブレンを用いたマイグレーションアッセイで評価した。ephrin-B2/Fc は濃度依存的にヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)のマイグレーションを促進し、走化成因子であると考えられる。

血管内皮の移動を媒介する分子としてはPI3-キナーゼが報告されている。ephrin-B2/Fcによる刺激後にHUVECsの蛋白を溶出し、チロシンリン酸化抗体で免疫沈降を行い、その免疫沈降物のPI3-キナーゼ活性がどうなるかを調べた。ephrin-B2/Fcによる刺激により、HUVECにおけるPI3-キナーゼ活性は4倍に増加した。さらにPI3-キナーゼの特異的な阻害薬LY294002を加えると、ephrin-B2/Fcによる血管内皮のマイグレーション促進作用は抑制されることから、PI3-キナーゼがその作用を媒介していると考えられる。PI3-キナーゼ以外に、Srcの阻害薬PP2、Rasの阻害薬FT-IIIも加えて検討したが、これらの阻害薬はマイグレーションに影響が無く、Src、Rasはehirin-B2/Fcによる血管内皮マイグレーション促進作用のシグナル伝達系に関与していないことが示唆された。

PI3-キナーゼはAktを活性化することが知られており、ehirin-B2/FcがAktを活性化するかどうかを調べた。Aktはセリン473がリン酸化を受けて活性化することが知られており、セリン473がリン酸化を受けたAktを特異的に認識する抗体を用いて活性化の状態を評価した。HUVECを18時間血清や増殖因子を除いた培地で培養した後にehirin-B2/Fcを作用させ、細胞を溶解し、ウェスタンプロット法で評価すると、15分後をピークにAktのリン酸化を認めた。さらに、HUVECにehirin-B2/Fcを作用させる前に、PI3-キナーゼの特異的な阻害薬LY294002 を加えて処理をすると、Aktのリン酸化は認めなくなり、ehirin-B2/FcはPI3-キナーゼを介してAktをリン酸化していると考えられる。さらにAktの下流でephrin-B2の血管新生作用のシグナル伝達をしている物質として、NOを調べた。NOは、VEGFやAngiopoietinl といったレセブタータイロシンキナーゼのリガンドの血管新生作用のシグナル伝達に関与していることがこれまでに示されている。血管内皮NO合成酵素(endothelial nitric oxide synthase:eNOS)はそのセリン1177がAktによって直接リン酸化を受けることにより活性化することが知られており、同様にセリン1177がリン酸化したeNOSを特異的に認識する抗体を用いてeNOSの活性化を評価した。HUVECにephrin-B2を作用させて、15分後に蛋白を回収してeNOSを調べると、リン酸化が促進しており、eNOSが活性化していることが判明した。実際にephrin-B2/Fcが血管内皮細胞のNO産生を促進するかどうかを、マウスの脳血管内皮細胞株であるb-End3細胞にephrin-B2/Fcを作用させて調べた。NOは水溶液中では硝酸と亜硝酸として存在するため、まず硝酸を還元酵素により亜硝酸に変えた後に、亜硝酸の総量をGriess法によって測定した。b-End3細胞を24時間無血清状態で培養した後、ephrin-B2/Fcを添加した培地で48時間培養してその上澄を調べると、NOの産生は添加しないものに比べて有意に増加していた。さらに、そのNO産生促進作用はPI3-キナーゼ阻害薬で抑制されており、ephrin-B2/FcはPI3-キナーゼ/Akt/eNOSのシグナル伝達系を介して血管内皮細胞のNO産生を促進していることが示唆された。

ephrin-B2/Fcによって産生されたNOが、実際に内皮細胞のマイグレーションに関与しているかどうかをNOSの阻害薬であるNG-nitro-L-arginine methyl ester(L-NAME)を加えて検討した。L-NAMEでHUVECを処理した後にマイグレーションアッセイを行うと、ephrin-B2/Fcによる血管内皮細胞のマイグレーション促進作用は減弱していた。したがって、そのマイグレーション促進作用はPI3-キナーゼ/Akt/eNOSのシグナル伝達系を介していることが示唆される。In vitroの血管新生作用のもう一つの指標として、HUVECの増殖作用をBrd-Uの取り込みを指標として評価した。ポジティブ・コントロールとして用いたVGEFをHUVECに作用させると、Brd-U の取り込みは促進したが、ephrin-B2/Fcを、濃度を変えて添加してもBrd-Uの取り込みに変化は見られなかった。したがってephrin-B2/Fcには血管内皮の増殖作用は無いことが示唆された。

さらには、Aktが活性化することにより血管内皮のアポトーシスが抑制されることが報告されている。ephrin-B2/Fc添加が、血清と増殖因子を除くことによって誘導したHUVECのアポトーシスに影響を与えるかどうかを評価した。血清と増殖因子が除かれた環境下でHUVECに種々の濃度のephrin-B2/Fcを加え、24時間培養した後に細胞をはがし、annexin V-FITCでラベルを行い、フローサイトメトリーで解析を行った。ポジティブ・コントロールとして用いたVEGFがHUVECのアポトーシスを抑制する一方で、ephrin-B2/Fcはアポトーシスに影響を与えなかった。

In vivoでのephrin-B2/Fcによる血管新生作用を見るために、マウスの角膜血管新生の系を用いて評価した。徐放性のペレットにephrin-B2/Fc 2μgを加えて、辺縁から1mmの部分の角膜に植え込んだ。6日後に角膜血管新生を評価すると、ephrin-B2/Fcを加えた群ではペレットに向かう新生血管を認めた。ネガティブ・コントロールとしてCD4/Fc を加えたペレットを植え込んだが、この群ではほとんど新生血管を認めなかった。このことからin vivoでもephrin-B2/Fcは血管新生を促進することが示唆された。さらに、in vivoの血管新生作用を、マウスの皮下にマトリゲルを打ち込んで評価した。マトリゲルにephrin-B2/Fcを添加し、マウスの皮下に植え込むと、PBSだけを添加した群に比べて血管内皮細胞の浸入が有意に増加しており、マトリゲルに含まれるヘモグロビンの濃度も増加していた。マトリゲルに、ephrin-B2/Fcに加えてPI3-キナーゼ阻害薬のLY294002を添加すると、ephrin-B2/Fcによる血管内皮細胞の浸入やヘモグロビンの濃度の増加が抑制されていた。このことから、ephrin-B2/Fcはin vivoでも血管新生を促進し、その作用はPI3-キナーゼが媒介していることが示唆された。

結論:ephrin-B2/Fcは血管内皮細胞のマイグレーションを促進し、PI3-キナーゼ/Akt/eNOSのシグナル伝達系がその作用を媒介している。一方でephrin-B2/Fcは血管内皮細胞の増殖作用、抗アポトーシス作用はともに認めなかった。In vivoでもephrin-B2/Fcは血管新生を促進し、その作用はPI3-キナーゼが媒介している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、血管の発生で重要な働きをしている分子であるephrin-B2が、その受容体であるEphB受容体を介して血管新生を惹起するかどうかをin vitro,in vivoで検討した。さらにそのシグナル伝達の分子メカニズムの解明を試みたものであり以下の結果を得ている。

ephrin-B2は膜結合型の蛋白であるため、ephrin-B2の細胞外ドメインをIgGのFc部分に結合させたephrin-B2/Fcを用い、HUVECに対する遊走能の検討を行ったところ、ephrin-B2/FcがHUVECのmigrationを促進することが示された。

ephrin-B2/FcによるHUVECの刺激後にimmune complex PI3-kinase asssayを行ったところ、PI3-kinaseの活性が促進していた。PI3-kinaseの特異的阻害薬LY294002により、ephrin-B2/FcによるHUVECのmigration促進が抑制された。したがって、ephrin-B2はPI3-kinaseを介してHUVECのmigration促進していることが示唆された。

ephrin-B2/Fcのシグナル伝達経路を解析し、Akt、eNOSのリン酸化を認め、AktとeNOSの活性化を確認した。ephrin-B2/Fcの刺激によりbEND3血管内皮細胞からのNO産生増加が観察され、NOSの阻害薬であるL-NAMEを加えるとephrin-B2/FcによるHUVECのmigration促進が抑制されることから、NOがシグナルを媒介していることが考えられた。

マウスの皮下にephrin-B2/Fcを含むマトリゲルを植え込み、またはephrin-B2/Fcを含むペレットをマウス角膜に植え込み、血管新生の促進が観察され、それがLY294002により抑制された。In vivoでもephrin-B2/Fcは血管新生を促進し、PI3-kinaseを介するものと考えられた。

以上、本論文はephrin-B2による血管新生作用の分子機構を新たに解析し、in vivoにおいても血管新生作用があることを証明した。血管新生の分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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