学位論文要旨



No 120565
著者(漢字) 中山,洋
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,ヒロシ
標題(和) 癌のリンパ節転移に関わる諸因子の検討 : 癌細胞のリンパ節着床機構と局所での免疫応答の特殊性について
標題(洋)
報告番号 120565
報告番号 甲20565
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2562号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 武内,巧
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

<研究の目的>癌のリンパ節転移は臨床的に重要な現象であるにもかかわらず、そのメカニズムについての基礎的研究はほとんど行なわれていない。リンパ節転移が生じるためには、癌細胞が原発巣でリンパ管内に浸潤し、遊離してリンパ節へ着床し、さらに浸潤し、かつリンパ節内での免疫機構を回避して増殖するという、複数のステップが必要と考えられる。本研究では、癌細胞のリンパ節への着床機構の解明、及び、免疫寛容のうちリンパ節でのヘルパーT(Th)細胞の比率の変化をテーマとし、癌のリンパ節転移のメカニズムの解明の一助とすることを目的とした。

I.リンパ管内皮に対する胃癌細胞BV9の動的条件下における接着とそのメカニズム

<目的>癌のリンパ節転移は、その初期にはリンパ節の辺縁洞に小さな細胞集塊を作って見られる場合が多い。しかしその癌細胞の、辺縁洞への接着機構については明らかにされていない。本研究では、癌細胞がリンパ系の内皮に特異的に接着しうるか、また、その場合には、如何なる分子機構が働いているのかを明らかにすることを目的とした。

<方法>リンパ管内皮細胞はラットの胸管から分離・培養し、癌「細胞はラット由来の胃癌細胞株であるBV9を使用した。BV9の細胞懸濁液をフローチャンバーシステムを使用して、リンパ流を模した動的条件下でリンパ管内皮上に灌流し、内皮とBV9の接着が生じるかを観察した。また、内皮細胞へのサイトカイン刺激により接着に変化が生じるかを観察すると共に、フロー液の組成や癌細胞の抗体処理等によって接着が抑制されるかについても調べた。

<結果>胸管を切除・切開し、内腔側を下にしてディッシュに貼り付け、ディッシュに移行した細胞の培養を行なった。この細胞はacetylated low density lipoproteinの取り込みが陽性であり、リンパ管内皮であると判断された。フローの条件下でBV9の接着を観察したところ、465.85±29.28個/mm2と、多数の細胞の接着が観察され、比較としてラット下大静脈から採取した血管内皮細胞の約8倍の接着数であった。この接着はリンパ管内皮細胞をIL1-β 10ng/mlもしくはTNF-α 500ng/mlで24時間刺激することによって有意に増加したが、IFN-γ 150u/ml及びIL4500ng/mlの刺激では増加は見られなかった。フロー液からCa2+、Mg2+を除き、EDTAを加えたところ、刺激していない内皮への接着は変化しなかったが、IL1-βで刺激した内皮への接着は減少し、刺激していない内皮への接着とほぼ同じになった。このため、IL1-βによる接着の増強機構にインテグリンの関与を疑い、BV9を抗インテグリンα2抗体で処理したところ、IL1-βで刺激した内皮への接着は減少し、非刺激内皮への接着とほぼ同等になった。一方、非刺激内皮についてはBV9懸濁液中にヒアルロン酸を加えたところ、有意な接着の低下が観察された。

<考察>BV9は胸管由来のリンパ管内皮細胞に多数接着し、癌細胞のリンパ管内皮への選択的接着という現象が存在することが明らかになった。これは、リンパ節転移が生じる際に、リンパ管内皮への癌細胞の接着というステップの存在を示唆するものである。リンパ管内皮をIL1-βやTNF-αで刺激することで、接着細胞数が増加することから、炎症」性サイトカインの存在がリンパ節転移に促進的に作用する可能性が示唆された。この接着の増加はCa2+,Mg2+依存性であり、また、抗インテグリンα2抗体によるブロッキングで抑制されたことから、インテグリンα2を介していると考えられた。一方、刺激していないリンパ管内皮への接着はCa2+、Mg2+非依存」性であり、少なくとも一部にはヒアルロン酸を認識する分子が関与しているものと考えられた。

II.腫瘍所属リンパ節におけるThl細胞の減少

<目的>癌患者ではTypelのサイトカインが減少して、Type2のサイトカイン優位になっていると言われている。しかし、それがTh細胞自体の機能の変化により生じているのか、Th細胞の数のバランスに変化が生じているのかは明らかでない。このため、細胞内サイトカインをCD4と共に2重染色してフローサイトメトリーで解析し、Th細胞の中でThl及びTh2の割合に変化が生じているかを調べた。

<方法>胃癌及び大腸癌の進行癌患者16名、及び健常人ボランティア10名を対象とした。患者群は末梢血及び切除標本のリンパ節からリンパ球を分離した。健常群では末梢血からリンパ球を分離した。PMAとionomycinを使用してリンパ球を刺激すると同時にBrefeldinAを加えてサイトカインの輸送を阻害した。細胞膜の透過を行なった後、FITCでラベルした抗CD4抗体及びPEでラベルした抗サイトカイン(IL2、IFN-γ、IL4)抗体で2重染色を行ない、CD4陽性細胞中のサイトカイン陽性細胞の割合をフローサイトメーターで解析した。

<結果>癌患者の末梢血においては、IL2を産生するTh細胞の比率が健常人の末梢血に比して有意に低下していた。また、リンパ節においては、IL2・IFN-γの両者で産生Th細胞の比率が有意に低下していた。一方でIL4を産生するTh細胞の比率は癌患者の末梢血でもリンパ節でも有意な変化は見られなかった。しかしながら、リンパ節を転移の有無で2群に分けた場合、IL2・IFN-γを産生するTh細胞の比率には有意差がなかったが、IL4を産生するTh細胞の比率は転移陽性群で有意に低下していた。

<考察>癌患者では末梢血でも腫瘍所属リンパ節でもThl細胞の比率が低下していた。一方で、Th2の比率に変化は見られなかった。従って、癌患者で見られるType2サイトカインの優位、性はThl細胞の比率の低下がその一因となっていると考えられた。また、腫瘍所属リンパ節においては、Thl細胞が減少しているためにI型サイトカインの供給が充分に出来ず、腫瘍細胞を拒絶するための細胞性免疫を惹1起できない可能性が考えられた。

<まとめ>本研究により、以下の結論が得られた。1.リンパ管内皮に癌細胞の接着は生じうる。2.この接着はIL1-β・TNF-αにより増強される。3.IL1-βで増強される接着にはインテグリンα2が関与している。4.刺激されていないリンパ管内皮とBV9の接着はCa2+・Mg2+非依存性であり、ヒアルロン酸を認識する分子を介している可能性がある。5.癌患者においては末梢血・腫瘍所属リンパ節共にThl細胞は減少しており、リンパ節では殊に顕著である。6.一方、Th2細胞の増加は生じておらず、転移があるリンパ節ではむしろ減少している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌のリンパ節転移のメカニズムを解明するため、癌細胞のリンパ節着床機構、及び癌細胞に対する免疫寛容としてリンパ節でのヘルパーT(Th)細胞の比率の変化をテーマとし、前者においてはラットの胸管由来のリンパ管内皮細胞と癌細胞との動的条件下での接着実験を行ない、また、後者においてはヒトの腫瘍所属リンパ節リンパ球のサイトカイン産生能をフローサイトメトリーで解析し、下記の結果を得ている。

ラットの胸管内腔からディッシュに移行した細胞の培養を行なった。この細胞はacetylated low density lipoproteinの取り込みが陽性であり、リンパ管内皮であると判断された。フローの条件下でラット胃癌細胞BV9の接着を観察したところ、多数の細胞の接着が観察され、これはラット下大静脈から採取した血管内皮細胞の約8倍の接着数であった。従ってリンパ管内皮細胞への癌細胞の接着現象が存在することが明らかとなり、癌細胞のリンパ節転移メカニズムにおいて、癌細胞のリンパ管内皮細胞への接着が一つのステップとして存在しうることが示された。

リンパ管内皮細胞をIL1-β 10ng/ml、TNF-α 500ng/ml、IFN-γ150u/mlもしくはIL4500ng/mlで24時間刺激したところ、前2者では接着は有意に増加した。このことから、一部の炎症性サイトカインの存在がリンパ節転移に促進的に作用する可能性が示された。

フロー液からCa2+、Mg2+を除き、EDTAを加えたところ、刺激していない内皮への接着は変化しなかったが、IL1-βで刺激した内皮への接着は減少し、刺激していない内皮への接着とほぼ同じになった。また、BV9を抗インテグリンα2抗体で処理したところ、IL1-βで刺激した内皮への接着は減少し、非刺激内皮への接着とほぼ同等になった。従って、この接着の増加はCa2+、Mg2+依存性であり、インテグリンα2を介していることが示された。

一方、非刺激内皮について、BV9懸濁液中にヒアルロン酸を加えたところ、有意な接着の低下がみられた。従って、この接着はCa2+、Mg2+非依存性であり、一部にヒアルロン酸を認識する分子が関与していることが示唆された。

胃癌及び大腸癌の進行癌患者16名、及び健常人ボランティア10名を対象とし、患者群は末梢血及び切除標本のリンパ節から、健常群では末梢血からリンパ球を分離した。PMAとionomycinでリンパ球を刺激した後、細胞膜の透過を行ない、FITCでラベルした抗CD4抗体及びPEでラベルした抗サイトカイン(IL2,IFN-γ、IL4)抗体で2重染色を行ない、CD4陽性細胞中のサイトカイン陽性細胞の割合をフローサイトメーターで解析した。その結果、癌患者の末梢血においては、IL2を産生するTh細胞の比率が健常人の末梢血に比して有意に低下していた。また、リンパ節においては、IL2・IFN-γの両者で産生Th細胞の比率が有意に低下していた。一方でIL4を産生するTh細胞の比率は癌患者の末梢血でもリンパ節でも有意な変化は見られず、転移のあるリンパ節ではむしろ低下していた。従って、癌患者で見られるType 2サイトカインの優位性はTh1細胞の比率の低下がその一因となっており、また、腫瘍所属リンパ節においては、Thl細胞が減少しているためにI型サイトカインの供給が充分に出来ず、腫瘍細胞を拒絶するための細胞性免疫を惹起できない可能性が示唆された。

以上、本論文はラット胸管由来のリンパ管内皮と胃癌細胞BV9の動的条件下での接着実験系において、癌細胞とリンパ管内皮の接着現象を初めて明らかにし、その分子機構の一部を明らかにした。また、癌患者の免疫応答においてTh1細胞の減少が、Th2優位の一因となっていることを明らかにした。本研究は、未知の部分の多い癌のリンパ節転移機構の解明において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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