学位論文要旨



No 120566
著者(漢字) 大梶,祐頼
著者(英字)
著者(カナ) オオカジ,ユライ
標題(和) 腫瘍血管新生を標的とした新たな癌治療法の開発
標題(洋)
報告番号 120566
報告番号 甲20566
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2563号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 大橋,健一
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

切除不能あるいは全身転移の悪性腫瘍症例の治療は、今日なお極めて困難であり、既存の治療法では未だ十分な成績が得られていない現状である。このような悪性腫瘍症例に対する有効な新しい治療法を開発し、臨床応用することを目的として本研究を進めてきた。すなわち、抗血管新生療法に着目し、腫瘍血管内皮細胞を標的とする免疫療法の開発に関する研究を行なった。まず、内皮細胞ワクチンを作製して、マウス大腸癌の血行性転移モデルにおける有用`性について検討した。さらに、臨床応用を実現するには、自己の内皮細胞ワクチンを使用することが理想的であると考え、腫瘍組織中の内皮細胞をより選択的に分離する方法について検討した。

背景および目的

悪性腫瘍の発育、進展には血管新生が必要不可欠な条件である。正常組織においてほとんど認められない血管新生が盛んであることが、腫瘍組織の大きな特徴である。また、腫瘍組織中の内皮細胞と正常組織中の内皮細胞は、形態学的にも、機能的にも大きな差異が認められる。腫瘍細胞をサポートしている腫瘍血管の内皮細胞を標的とする「抗血管新生療法」に近年関心が集まっている。既に治療薬を用いる抗血管新生療法は、動物実験および臨床試験において抗腫瘍効果を発揮することが判明している。しかし、従来の治療薬の多くは、生物学的半減期が短いために、臨床応用の可能性が必ずしも十分ではないという重大な問題がある。

本研究では、従来の抗血管新生治療薬による上記の本質的な問題を克服するために、内皮細胞を用いたワクチンの有用性について検討した。第一に、同種の内皮細胞ワクチンの抗腫瘍効果の有無、また、関与する免疫学的機序について検討した。臨床応用を考慮した場合、癌患者自身の内皮細胞、すなわち腫瘍血管内皮細胞を自己内皮細胞ワクチンとして使用する方法が最適と考えられたが、腫瘍組織より内皮細胞を選択的に分離することは非常に困難である。すなわち、回収率、選択性が高く、しかも汎用し得る簡便な分離法は、未だ確立していない現状である。そこで、第二の研究テーマとして、自己内皮細胞ワクチンを可能とする、腫瘍組織より内皮細胞を選択的に分離し得る方法について検討した。

方法および結果

内皮細胞ワクチンの抗腫瘍効果について検討するために、BALB/cマウスの大腸癌Colon-26の肺転移モデルを作成し、同種のマウス肝類洞内皮細胞(HSEs)ワクチン、異種のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)ワクチン、マウス線維芽細胞(Balb/3T3)ワクチン(対象ワクチン)を投与した。予防プロトコールおよび治療プロトコールに従って投与した上記ワクチンの抗腫瘍効果の有無については、マウス肺組織の肉眼的および組織学的な解析にて検討した。また、ワクチンに対する免疫反応をELISA法、FACS法、CDC法、51Cr-release法などにより検討した。

同種の内皮細胞ワクチンおよび異種の内皮細胞ワクチンが大腸癌肺転移の発育を有意に抑制することを、予防および治療プロトコールの両検討により確認した。また、同種内皮細胞ワクチンの効果は、異種ワクチンの効果を上回ることが明らかとなった。内皮細胞ワクチンを投与したマウスでは、内皮細胞特異免疫が誘導された。すなわち、マウス血清中に、内皮細胞と強い反応性を示し、腫瘍細胞とは反応しない特異抗体が出現した。また、誘導されたCTL細胞は、内皮細胞を特異的に傷害した。

次に、腫瘍組織中の内皮細胞の選択的分離法を検討するために、BALB/cマウスにColon-26を移植し、増殖形成した腫瘍結節を摘出し、物理的な破砕および酵素処理により得られた細胞の選択的分離について検討した。同様、マウスの正常な腸管および牌臓より細胞を分離し、対照として実験に用いた。マウス組織より得られた細胞をDil標識Ac-LDLおよびFITC標識抗CD16抗体にてラベリングし、内皮細胞およびマクロファージをセルソーターにて分離した。それぞれの分離細胞の特徴について、ゼラチンおよびマトリゲル上での細胞の形態および機能について調べ、また免疫染色法によりMECA32およびCD68の発現について検討した。さらに、マウス組織中の内皮細胞およびマクロファージが全体に占める割合を調べた。Ac-LDL(+)CD16(-)細胞は、細長い紡錘状の形態を有し、ゼラチン上に全て付着し、内皮細胞の特徴であるマトリゲル上での管腔形成を示したため、腫瘍血管内皮細胞であると考えられた。同細胞は、マウス内皮細胞特異抗原であるMECA32を発現し、マクロファージ特異抗原であるCD68を発現しなかった。一方、Ac-LDL(+)CD16(+)細胞は、円形状の形態を有し、一部の細胞のみがゼラチン上に付着し、マトリゲル上でクラスターを形成したが管腔形成を示さず、腫瘍内マクロファージであると考えられた。同細胞は、CD68を発現し、MECA32を発現しなかった。腫瘍血管内皮細胞および腫瘍内マクロファージの割合は、腫瘍重量の増加に伴い増加しており、両者が腫瘍の発育に関与していることが推定された。

考察

本研究では、内皮細胞ワクチンが、新生血管の内皮細胞を標的とする免疫反応を誘導する機序により大腸癌肺転移を抑制することを確認した。異種の内皮細胞ワクチンと同種の内皮細胞ワクチンを比較すると、同種の方がより効果的であった。同種抗原を用いたワクチン、例えばFGF-2のリポゾームワクチン、flk-1の樹状細胞ワクチン、flk-1のDNAワクチンなどが有効であるという報告がある一方、異種のワクチンの方がより効果的であると言う報告も存在する。本研究の最も重要な知見は、同種の内皮細胞ワクチンが、新生血管の内皮細胞を標的とする免疫を、異種の内皮細胞ワクチンより強く誘導することと、従来の抗血管新生治療薬に比べて、抗腫瘍効果の長期持続が期待できることである。以上より、従来の治療法で対応困難な悪性腫瘍症例に対する新しい治療法として、同種の内皮細胞ワクチンは、臨床応用し得る可能性が高いと考えられた。

内皮細胞ワクチンとして、患者自身(自己)の内皮細胞が最適であると考え、腫瘍組織中の内皮細胞の分離を試みた。現在最も使用されている内皮細胞の分離法であるDil標識Ac-LDLによるラベリング法は、内皮細胞以外にもマクロファージがAc-LDLを取り込むことから、単独では、内皮細胞の選択的分離に不十分であると考えられた。本研究では、CD16分子に着目し、Dil標識Ac-LDLおよびFITC標識抗CD16抗体を用いる分離法について検討した。本法により、内皮細胞とマクロファージを明確に区別して、分離し得ることが判明した。腫瘍組織より内皮細胞の選択的分離法は、特異性、抗腫瘍効果が優れた抗血管新生療法を確立するために重要な意味を有すると考えられる。すなわち、腫瘍血管内皮細胞の特徴の解析、新たな特異抗原の同定など、関連した研究への応用が可能である。一方、腫瘍組織における機能や役割について、不明な点が多い腫瘍内マクロファージは、癌治療の新たな標的あるいはエフェクターとなる可能`性が十分考えられるが、今後、さらなる検討を進める必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、腫瘍血管新生を標的とした新たな癌治療法の開発を目的とし、BALB/c マウスモデルを用いて内皮細胞ワクチンが癌転移の発育に及ぼす影響についての検討、また、腫瘍血管内皮細胞の分離法の確立を試みたものであり、下記の結果を得ている。

BALB/cマウス肝類洞内皮細胞HSEs (hepatic sinusoidal endothelial cells)を同種内皮細胞ワクチンとし、ヒト臍帯静脈内皮細胞 HUVECs(human umbilical vein endothelial cells)を異種内皮細胞ワクチンとし、その抗腫蕩効果についてBALB/cマウス大腸癌肺転移モデルにて検討した。その結果、いずれの上記内皮細胞ワクチンも大腸癌肺転移の発育を抑制するものの、同種の方が有意により強い抑制効果を示すことを確認した。

内皮細胞ワクチンの投与による免疫反応の詳細について検討した結果、新生血管の内皮細胞を標的とする、液性免疫および細胞性免疫の誘導を認めた。すなわち、マウス血清中に内皮細胞と特異的に反応する抗体が出現し、また、牌臓組織中に内皮細胞に対するCTLが存在することを確認した。内皮細胞ワクチンによる液性免疫および細胞`性免疫に関するin vitroの検討では、腫瘍細胞には影響を及ぼすことなく、内皮細胞のみを傷害したことから、in vivoにおける抗腫瘍効果は、新生血管に対する特異的な免疫反応の誘導によるものであると考えられた。

上記結果より、臨床応用を考慮した場合、癌患者自身の内皮細胞、すなわち腫瘍血管内皮細胞を自己内皮細胞ワクチンとして使用する方法が最適と考えられた。しかし、腫瘍組織より内皮細胞を選択的に分離し得る簡便な方法が未だ確立していない現状であることから、より選択的な分離法について検討した。すなわち、マウス大腸癌組織より得られた細胞をDil標識Ac-LDLおよびFITC標識抗CD16抗体にてラベリングし、フローサイトメトリーにて解析した。その結果、マウス大腸癌組織には、内皮細胞と考えられるAc-LDL (+) CD16 (-) 細胞分画、そしてマクロファージと考えられるAc-LDL (+) CD16 (+) 細胞分画の存在が認められた。

セルソーターにて分離したAc-LDL (+) CD16 (-)は、細長い紡錘状の形態を有し、ゼラチン上に全て付着し、内皮細胞の特徴であるマトリゲル上での管腔形成を示したことから腫瘍血管内皮細胞であると考えられた。同細胞は、マウス内皮細胞特異抗原であるMECA32を発現し、マクロファージ特異抗原であるCD68を発現しなかった。一方、Ac-LDL (+) CD16 (+)細胞は、円形状の形態を有し、一部の細胞のみがゼラチン上に付着し、マトリゲル上でクラスターを形成したが管腔形成を示さず、腫瘍内マクロファージであると考えられた。同細胞は、CD68を発現し、MECA32を発現しなかった。腫瘍血管内皮細胞および腫瘍内マクロファージの割合は、腫瘍重量の増加に伴い増加しており、両者が腫瘍の発育に関与していることが推定された。以上、本論文はBalb/cマウス腫瘍モデルにおいて同種内皮細胞ワクチンに よる抗腫瘍効果を明らかにした。また、従来法に比べ、より選択的な腫瘍血管内皮細胞の分離法を確立した。すなわち、本研究は、腫瘍血管新生を標的とした癌治療法の可能性を拡大し、癌治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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