学位論文要旨



No 120567
著者(漢字) 遠藤,晶子
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,アキコ
標題(和) 虚血性心疾患男性患者と妻における生活習慣・冠危険因子の類似性と妻に対する患者入院中の健康教育の効果
標題(洋)
報告番号 120567
報告番号 甲20567
学位授与日 2005.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2564号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

高脂血症・肥満患者、あるいは地域住民などを対象とした先行研究では、生活習慣と冠危険因子が夫婦間で類似することが示され、患者のみならず配偶者に対しても健康教育を行う必要があると指摘されている。また、配偶者を含む健康教育は、患者個人を対象とした健康教育と比較し、生活習慣・冠危険因子の改善効果が高いと報告されている。しかし、虚血性心疾患患者を対象とし、夫婦間の生活習慣と冠危険因子の類似性を検討した報告はほとんどなく、配偶者の健康教育に関する報告も皆無に等しい。そのため、虚血性心疾患患者の配偶者に対する健康教育の必要性・有効性は明らかにされていない。

そこで本研究では、虚血性心疾患患者の配偶者に対する健康教育の必要性と有効性を明らかにするため、以下の2つの検討を行うことを目的とした。1.虚血性心疾患男性患者と妻の生活習慣と冠危険因子が類似しているのか検討する。2.虚血性心疾患患者の妻に対する患者入院中の健康教育について無作為化比較試験を実施し、その効果を検討する。

第一部虚血性心疾患男性患者と妻における生活習慣と冠危険因子の類似性に関する検討

[方法]

本研究の実施に先立ち、施設内倫理委員会の承認を受けた。2003年2月〜2004年3月の期間に、虚血性心疾患の検査・加療を主目的に都内病院の循環器内科・外科病棟に入院し、重篤な既往・合併症がないなどの条件を満たした74歳以下の男性患者と妻を対象と習慣、冠危険因子、及び心理社会的因子に関する調査を行った。

分析では以下の検討を行い、患者と妻を対応させた組み合わせである「真のペア」と、患者と妻を対応させないように本対象をもとに男女を無作為に組み合わせた「ランダムペア」を比較した。1.患者と妻の冠危険因子・生活習慣・心理社会的因子の各指標について、「真のペア」と「ランダムペア」それぞれに相関係数(ピアソン積率相関・スピアマン順位相関)を求めた。2.患者と妻の冠危険因子保有と喫煙の有無に関して、「真のペア」と「ランダムペア」それぞれに、妻の冠危険因子保有を暴露要因、患者の冠危険因子保有を結果指標とした場合の相対危険度と95%信頼区間を算出した。

[結果]

研究参加者88組176名(平均年齢患者61.8歳、妻58.2歳)について分析した結果、「真のペア」では、BMI(Body-Mass Index)(r=0.35)、総エネルギー摂取量(r=0.43)、炭水化物エネルギー比(r=0.24)、蛋白質エネルギー比(r=0.32)、PS比(多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比)(r=0.36)、塩分摂取量(r=0.32)の他、食品摂取頻度、運動量(rs=0.29)に有意な正相関が認められた。それに対し、「ランダムペア」ではどの指標にも有意な正相関は認められなかった。

各冠危険因子の保有について、妻を暴露要因、患者を結果指標とした場合の相対危険度を求めた結果、「真のペア」では、患者の妻が肥満である場合には、妻が肥満でない者に比べ、患者が肥満である相対危険度は2.23(95%信頼区間 1.13-4.38)と有意に高かった。また妻が喫煙している患者の場合には、妻が喫煙していない場合に比べ、患者が喫煙している相対危険度が2.23(95%信頼区間1.19-4.16)と有意に高かった。しかし、「ランダムペア」の相対危険度はいずれの指標においても有意ではなかった。

[考察]

本研究は虚血性心疾患患者夫婦間の類似性について、生活習慣と冠危険因子、さらには心理社会的因子を含む幅広い検討を行ったが、「真のペア」、即ち患者夫婦においても地域住民を対象とした先行研究同様、肥満、食事・運動・喫煙習慣の類似性が認められた。このような類似性が見られる理由として、assortative matingとcohabitational effcctによる影響が考えられているが、今回は、コーヒー・紅茶に砂糖を入れる、食事でしょうゆ・ソースを使うなど嗜好に関する項目にも相関が認められたことから、嗜好の類似性の関与も考えられた。

一方「ランダムペア」は、「真のペア」をもとに無作為に男女を組み合わせたため属性が「真のペア」と同様であったにも関わらず、これらの関連が見られなかった。これより、虚血性心疾患男`性患者と妻は夫婦であるがゆえに肥満度と生活習慣が類似すると考えられた。

以上より、患者のみならず妻をも含み共に指導と支援を行う必要があると考えられた。

第二部虚血性心疾患男性患者の妻に対する入院中健康教育の効果に関する検討

[方法]

第二部では、虚血性心疾患男性患者の妻に対する患者入院中の健康教育の効果を検討するために、第一部と同じ者を対象に無作為化比較試験を実施し、二つの研究仮説を検証した。1.虚血性心疾患男性患者の妻に対する患者入院中の健康教育は、患者への個別健康教育を主体とした通常ケアと比較して、妻の生活習慣をより改善させる。2.虚血性心疾患男性患者の妻に対する患者入院中の健康教育は、患者への個別健康教育を主体とした通常ケアと比較して、患者の生活習慣をより改善させる。

倫理的配慮は第一部と同様に行った。研究方法については、第一部で実施した調査をベースラインとし3ヶ月間の追跡後にベースラインと同様の調査を行った。割付には、虚血性心疾患による患者の入院歴と、患者の疾患・治療内容を層化要因とし、ブロックサイズを4例とする層化ブロック無作為割付法を用いた。介入方法は、妻の生活習慣変容を目的とした看護師による20〜30分間の個別健康教育とし、退院直近の時期に1回実施した。介入効果の評価には食習慣、運動習慣、喫煙習慣、心理社会的因子に関する指標を用いた。分析では群内での介入前後の変化を検討し(対応のあるt検定・McNemer検定)、群間比較として、対応のないt検定・x2検定、さらにベースライン値と影響因子を調整した分散・共分散分析を行った。また、介入群の妻に配布した、教材の感想等に関する自記式調査票の回答を集計した。

[結果]

研究参加者88組176名を対象とし無作為割付けを行った結果、介入群に43組86名、対照群に45組90名が割り付けられた。追跡不能者と追跡中に入院した者などを除外し、介入群38組76名、対照群41組82名、計79組158名を分析対象とした。

介入群では、介入前後で患者の総エネルギー摂取量と総脂質摂取量、妻の食物繊維摂取量と自宅での受動喫煙割合が有意に改善したが、対照群では有意な変化が認められなかった。これらの指標における前後差の群間比較では、影響因子の調整の有無に関わらず有意な群間差は認められなかった。

SF-36については、介入群では患者のGeneral healthとVitality以外の全ての下位尺度と妻のBodilypainの得点が有意に改善したが、対照群では有意な改善はみられなかった。群間比較では、介入群では対照群よりも患者のSocial functioningとMental healthの得点改善が有意に大きかったが、影響因子の調整後、有意ではなくなった。STAI、社会的支援においては両群に有意な群間差は認められなかった。

介入群の妻に家族への健康教育があった方が良いか尋ねた結果、「あった方が良い」と回答した者は73.7%であった。また対象とした方が良いと思う家族について複数回答を求めたところ、配偶者92.9%、子供39.3%の順となっていた。

[考察]

本研究では、虚血性心疾患男性患者の妻に対する健康教育が、妻の生活習慣変容を促すと同時に患者の生活習慣変容を助け、虚血性心疾患の一次・二次予防を同時に図る新たな患者教育手法となりうると考え、無作為化比較試験によりその効果を初めて検証した。その結果、介入群のみが患者のエネルギー摂取量と脂質摂取量、妻の食物繊維摂取量と自宅での受動喫煙割合が有意に改善していたものの、有意な群間差は認められなかった。又、介入群は対照群と比較しSF-36における患者のSocial functioningとMental healthの得点改善が有意に大きかったが、影響因子の調整後、群間差は有意ではなくなった。従って、本研究では明白な介入効果が示されず、二つの研究仮説は支持されなかった。この理由として、サンプルサイズが小さかったため統計学的検出力が低下した可能性があることと、短時間の介入を一度行ったのみであることが考えられた。

一方、本研究では、妻が自分自身と子供の健康教育を望んでいたことから、虚血性心疾患患者の家族に対する健康教育の必要性が示された。先行研究で家族の健康教育の重要性が指摘されていることからも、虚血性心疾患患者の妻に対する健康教育の有効性に関しては、今後、更に検討を行う必要があると考えられた。

[総括]

本研究では、虚血性心疾患男性患者とその妻を対象とし、妻に対する健康教育の必要性と有効性を検証した。その結果、患者と妻における肥満・肥満度と生活習慣の類似性が認められたこと、妻が自分自身の健康教育を希望していたことから、その必要性が示された。無作為化比較試験では、虚血性心疾患患者の妻に対する健康教育が、患者の個別健康教育を主体とした通常ケアの効果を高め、患者と妻双方の生活習慣と健康関連QOLを改善させるかどうか検討を行ったが、明確な介入効果は認められなかった。虚血性心疾患患者の妻に対する健康教育効果の有効性については、今後、更なる検討が必要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、虚血性心疾患患者の配偶者に対する健康教育の必要性と有効性を明らかにする目的で、1.虚血性心疾患男性患者と妻の生活習慣と冠危険因子の類似性、2.虚血性心疾患患者の妻に対する患者入院中の健康教育の効果を検討し、以下の結果を得ている。

虚血性心疾患男性患者とその妻の生活習慣と冠危険因子の類似性については、

夫婦間にBMI、食習慣全般、運動習慣の相関が認められた。

妻が肥満である場合に患者も肥満である相対危険度は、妻が肥満でない場合と比較し、2.23倍(95%信頼区間1.13-4.38)と有意に高かった。

妻が喫煙者である場合に患者も喫煙者である相対危険度は、妻が喫煙していない場合と比較し、2.23倍(95%信頼区間1.19-4.16)と有意に高かった。

これらの知見は本対象の男女を無作為に組み合わせた「ランダムペア」では認められず、真のペア、即ち夫婦にのみ認められた。これより、本研究においては、夫婦であるがゆえに肥満・肥満度と生活習慣が類似していることが示された。

虚血性心疾患男性患者の妻に対する患者入院中の健康教育の効果については、

生活習慣に関して、介入群では患者の総エネルギー摂取量と脂質摂取量、妻の食物繊維摂取量と過去一ヶ月間の受動喫煙者割合の有意な改善が認められたのに対し、患者の個別健康教育を主体とした対照群ではこれらの指標に有意な変化が見られなかった。しかし、これらの評価指標における介入前後の前後差について両群を比較したところ有意差は認められなかった。

心理社会的因子に関して、介入群では、SF-36におけるGeneral healthとVitality以外の全ての下位尺度が有意に改善した。さらに、介入群は対照群と比較し、患者のSocial functioning、Mental healthにおける得点の改善が有意に大きかったが、ベースライン値と影響因子の調整後有意ではなくなった。また妻の場合には、介入群のBodilypainに有意な改善が認められたが、有意な群間差は認められなかった。

介入群の妻の73.7%が家族に対する健康教育があった方が良いと回答し、その対象者として92.9%の者が患者の配偶者を、39.3%が子供を挙げていた。

従って、本研究においては、患者の妻に対する健康教育について、その実施を望む者が多かったが、明らかな介入効果は認められなかった。

以上より、本論文は、虚血性心疾患患者に対する効果的・効率的な健康教育手法の開発に向け、患者のみならず、妻を教育対象として捉え評価した点で独創的である。さらに、臨床現場での実用性を考慮した研究設計と、妻に対する健康教育の必要性を示した結果は、臨床現場での健康教育の改善に貢献するものである。これより、学位の授与に値するものであると考えられる。

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