学位論文要旨



No 120571
著者(漢字) 矢部,慎一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤベ,シンイチロウ
標題(和) アフリカツメガエル胚の神経誘導におけるEGF-CFC関連遺伝子FRL-1の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of FRL-1, a member of the EGF-CFC family, in Xenopus neural induction
報告番号 120571
報告番号 甲20571
学位授与日 2005.04.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2565号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖/発達/加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 水口,雅
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

EGF-CFC関連遺伝子群は脊椎動物の発生に重要な役割をはたすことが知られている。特に最近の知見により中胚葉誘導活性を有するnodal関連遺伝子の共役因子と考えられている。今回私は、カエルの相同遺伝子FRL-1の機能阻害実験を通してFRL-1の腔内での機能の解析を試みた。FRL-1がnodalの共役因子であるとするとFRL-1は中腰葉誘導に関与しそれに引き続き神経分化を誘導すると考えられるが、実際にはFRL-1は中腰葉誘導を介すことなく直接神経誘導に関与することを明らかにした。また、そのシグナル伝達はFRL-1によるMAPKシグナルの活性化がBMPシグナルを阻害することによって伝達されることを明らかにした。以上により、FRL-1はnodalシグナルと独立した伝達経路で直接神経分化を誘導できることが明らかになった。

アフリカツメガエル胚は受精後、卵割を繰り返し、約7時間で胞腔期(外、中、内胚葉形成期)に入り10時間で原腸陥入期を経て神経形成が始まる。そして4日で幼生になり約60日で成体となる。この発生過程で細胞間相互因子により誘導され分化していくもっとも重要な現象として、中腰葉誘導と神経誘導の2つが挙げられる。中胚葉誘導は胞胚後期に内腔葉(卵植物極側)よりの中胚葉誘導因子が卵赤道領域に分泌され、その誘導により中胚葉が形成される。これに引き続き中胚葉背側に神経誘導因子が誘導されこれが、外胚葉(卵動物極)に分泌され、その作用をうけ神経が誘導される。これらの作用を担う因子は最近の分子生物学的考察により序々に明らかになってきた。中腰葉誘導活性を有する因子としてTGF-β superfamilyが注目されてきたが、現在ではその中の1つnodalが、主因子であり中腰葉誘導に関与すると考えられている。一方外腔葉にはTGF-β superfamilyの1つBone Morphogenetic Protein(BMP-4)が存在しており、この因子の存在下では外腔葉は表皮に分化する。しかし、ここに中胚葉背側からの神経誘導因子Chordin,Noggin,Follistatinが作用するとその部位のみ神経に分化する。このように中胚葉誘導と神経誘導は密接に関連していると考えられる。

EGF-CFC遺伝子はEGF like motifとCFC motifという特有の配列をもつ因子の総称であり、現在まで脊椎動物にのみ相同遺伝子が確認されている。形態形成においてゼブラフィシュEGF-CFC遺伝子oep変異体の解析より胚葉形成、前後軸形成、左右軸形成に関与することが報告され、中胚葉誘導活性を有するnodalの共役因子である可能性が示唆されている。しかし一方でマウス相同因子Criptoの解析では、nodalと関係のないシグナル伝達経路の存在も示唆されている。アフリカツメガエルにおけるEGF-CFC相同遺伝子FRL-1はfibroblast growth factor(FGF)レセプターのリガンドとして単離され、過剰発現により後期神経マーカーの誘導能と共に高濃度において中胚葉マーカーの誘導能があることがわかっていた。しかし機能阻害実験は現在まで行われていない。本研究ではモルフォリノ・アンチセンス・オリゴヌクレオチドによる機能欠損実験を用い、FRL-1が中腰葉誘導/神経誘導とどのように関与しているかを明らかにすることにより中腰葉/神経誘導のシクナルカスケードの一端を解明することを目的とした。

まず、私は機能阻害実験に先立ち、現在まで明らかにされた神経/中胚葉誘導能の再試を試みた。FRL-1をアフリカツメガエル後期胞胚の未分化細胞アニマルキャップにマイクロインジェクション後培養、RNA抽出後RT-PCR法で発現解析したところ、後期神経遺伝子マーカーN-CAM, otx2の発現は認めたものの、中腰葉遺伝子マーカーms-actin,collagen type2は発現しなかった。これはFRL-1による神経誘導が中腰葉誘導を経由しないことを示している。このため次に、神経誘導のどの時期より関与するのかについて同様に調べた。すると初期神経遺伝子マーカーzic3,soxDの誘導能が確認された。この際、中胚葉遺伝子マーカーXbraの発現は認めなかった。またFRL-1による神経誘導能は、BMPシグナルの阻害によるものかを調べた。この結果は、BMP下流遺伝子のXvent-1,Xmsx-1の発現がFRL-1の過剰発現により阻害され逆にBMP-4による神経誘導因子zic3,soxDの阻害はFRL-1の過剰発現により回復した。これにより過剰発現において、FRL-1は中胚葉誘導を経由せず、直接神経誘導の初期に関与することが示唆された。

続いて機能阻害実験によりFRL-1の胚内での機能を調べた。まず、FRL-1に対するモルフォリノ・アンチセンス・オリゴヌクレオチド(FRL-1MO)を作製しWestern blotting法によりFRL-1に対する特異的阻害性を確認した。そしてFRL-1MOをツメガエル胚8細胞期にマイクロインジェクションすることによりFRL-1欠損胚を作製しフェノタイプ解析を行った。FRL-1がnodalの共役因子として働くとすると、中腰葉性組織の欠損が予想されるが、しかしFRL-1欠損胚では薄切標本において脊索、前腎管などの中腔葉性組織には欠損は見られず、神経組織に欠損が認められた。そしてその神経欠損は、神経マーカーNeu1抗体を用いたWhole-mount in situ immunohistology法および脊髄マーカーBOXB9を用いたRT-PCR法により、前方神経にとどまった。また初期神経遺伝子マーカーzic3,soxD,Xngnr-1.BFJをプローブにしてWhole-mount in situ hybridyzation法により発現解析したところFRL-1欠損胚ではこれらの発現が阻害されていた。このことより過剰発現の知見と同様にFRL-1の神経誘導能は中腔葉誘導を伴わない直接的なものであり、かつ前方神経分化の早期に関与していることが明らかになった。その一方で、FRL-1がHOXB9の発現をin vitroで誘導できることから、FRL-1による後方神経の誘導能も示唆された。

神経分化阻害を担うBMPシグナルは細胞外蛋白であるBMP-4がレセプターに結合することから始まる。そしてレセプターの活性化は、細胞内蛋白Smad-1をリン酸化し核内に移行し転写因子Xvent-1,Xmsx-1を活性化することにより神経誘導を阻害する。一方FRL-1は本知見によりXvent-1、 Xmsx-1より上流でBMPシグナル伝達経路を阻害することが確認されたので、より早い時期、特に細胞内での関与を想定し、FRL-1がFGFレセプターのリガンドであることに着目して、FGFシグナルを担うphospholipase C-γ (PCγ)シグナル及びmitogen-activated protein kinase(MAPK)シグナルと神経誘導との関連を解析することにした。まず、アニマルキャップにおけるFRL-1の過剰発現による神経誘導が、PCγシグナルを担うinositol triphosphate(IP3)阻害物質LY294002により阻害されず、MAPKシグナルの阻害物質PD98059により阻害されることをRT-PCR法により確認した。これによりFRL-1はMAPKシグナルの活性化により神経分化に関与していることが示唆された。そこで次に実際にFRL-1がMAPKシグナルを活性化しているかどうかをWestern blotting法にて確認した。すると、アニマルキャップにおいてFRL-1の過剰発現、及びFRL-1MOによる機能阻害によりMAPKの活性化の上昇及び消失が認められた。さらに胚内でもFRL-1の神経誘導能がMAPKシグナルを介することを示すために、FRL-1欠損胚がMAPKの活性化により代償されるかを調べた。その結果は、FRL-1MOによるFRL-1欠損胚の頭部神経欠損の表現型はCA-MAPKK(MAKの常活性化体)の形質導入で回復した。これにより、FRL-1はMAPKシグナルを活性化することにより神経誘導を関与することが明らかになった。

では、このFRL-1によるMAPKシグナルの活性化は実際にBMPシグナルを阻害できるのであろうか?この疑問を解くために、FRL-1によるBMPシグナルの阻害がMAPKシグナルの阻害によって回復するかをRT-PCR法により解析した。そしてアニマルキャップにおけるFRL-1の過剰発現によるBMP下流遺伝子マーカーXveni-1、 Xmsx-1の発現阻害が、MAPKシグナルの阻害物質PD98059により回復することがわかった。したがって、FRL-1はMAPKシグナルを活性化することによりBMPシグナルを阻害することができその結果神経誘導に関与することが明らかになった。

最後にFRL-1はBMPレセプター直下の細胞内蛋白Smad1のリン酸化を阻害することでBMPシグナルを阻害することをWestern blotting法にて明らかにした。これにより、FRL-1は、BMPシグナルのもっとも早期での阻害、すなわち、表皮/神経への分化の運命を決定する時期に神経誘導因子として作用することが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脊椎動物初期発生において重要な役割を演じ、特に中腰葉誘導に関与するnodalの共益因子と考えられているEGF-CFC遺伝子の作用期序を明らかにするため、FRL-1の過剰発現系での誘導能、およびFRL-1の機能欠損実験にて、中胚葉およびそれに引き続く神経誘導のシクナルカスケードの解析を試み、下記の結果を得ている。

FRL-1 mRNAを用いアニマルキャップアッセイを行ったところ、過去の知見に反しFRL-1による神経誘導が中胚葉誘導を経由しないこと、さらにそれがBMPシグナルの阻害によるものであることをRT-PCR法により示した。

モルフォリノ・オリゴ・ヌクレオチドを用いてFRL-1欠損胚を作成した。FRL-1欠損胚では薄切標本において脊索、前腎管などの中胚葉性組織には欠損は見られず、神経組織に欠損が認められた。またWhole-mount in situimmunohistology法、RT-PCR法を用いたフェノタイプ解析では、神経組織欠損は前方神経のみで後方神経の阻害は認めなかった。その一方で、FRL-1がアニマルキャップアッセイにて後方神経の誘導能を有することを示した。後方神経欠損を呈するゼブラフィッシュEGF-CFC欠損胚をFRL-1が代償できる知見を考慮すると、FRL-1の神経誘導能は中胚葉誘導を伴わない直接的なものであり、かつ前方神経分化および後方神経分化両方に関与すると考えられた。

FRL-1の細胞内シグナルカスケードをアニマルキャップアッセイ、FRL-1欠損肺を用いて解析した。まず、アニマルキャップにおけるFRL-1の過剰発現による神経誘導がMAPKシグナルの阻害物質により阻害されることをRT-PCR法により示した。同様にWestern blotting法にてもFRL-1の過剰発現、及びFRL-1MOによる機能阻害によりMAPKの活性化の上昇及び消失が認められた。次にFRL-1MOによるFRL-1欠損胚の頭部神経欠損の表現型がMAPKの常活性化体の形質導入で回復することを示した。さらにアニマルキャップにおけるFRL-1の過剰発現によるBMP下流遺伝子マーカーの発現阻害が、MAPKシグナルの阻害物質により回復することがわかった。したがって、FRL-1によるMAPKシグナルの活性化がBMPシグナルの阻害を引き起こすことにより神経分化が誘導されることが示された。

アニマルキャップアッセイにおいて、FRL-1がBMPレセプター直下の細胞内蛋白Smadlのリン酸化を阻害することをWesternblotting法で示した。これにより、神経誘導因子としてFRL-1は、BMPシグナルカスケードのもっとも早期での阻害に関与すると考えられた。

以上、本論文は、FRL-1のin vitroでの誘導能、およびFRL-1欠損胚の解析により、FRL-1による、nodalシグナルと独立した伝達経路での神経分化誘導能の存在を明らかにした。本研究は、これまで明らかにされていない中胚葉を経由しない神経誘導のシグナルカスケードの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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