学位論文要旨



No 120572
著者(漢字) 株木,重人
著者(英字)
著者(カナ) カブキ,シゲト
標題(和) CANGAROO-III 解像型大気チェレンコフ望遠鏡による活動電波銀河Centaurus Aからのガンマ線の観測
標題(洋) Observation of Tev Gamma-ray from the Active Radio Galaxy Centaurus A with CANGAROO-III Imaging Atomospheric Cherenkov Telescope
報告番号 120572
報告番号 甲20572
学位授与日 2005.05.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4731号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 瀧田,正人
 東京大学 助教授 徳宿,克夫
 東京大学 教授 梶田,隆章
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
内容要旨 要旨を表示する

活動銀河Centaurus A(Cen A)(NGC5128)は過去に2つの銀河が衝突して形成された天体と考えられており、非常に電波での放射が強いことが観測から示されている。またこの天体はジェットの存在が電波及び、X線で観測されている。ジェットとカウンタージェットの観測より、中心部を見込む角度は50度から75度程と考えられており、ファナロフ・ライリ1型の天体と分類される。この天体は我々の銀河から非常に近いおよそ3.5Mpcの距離に位置にあり、電波銀河の中では最も近い位置にある。このため全波長に渡って詳細な観測結果があるのが特徴である。更に南半球でのみ観測できる天体でCANGAROOグループでの観測が可能であることも特徴の1つである。

Cen Aは1975年にTeV領域で非常に大きなバーストを起こしNarrabri Observatory (Grindray et al)によりTeVガンマ線が観測されている。この報告が世界で初めての活動銀河からの高エネルギーガンマ線の検出となった。またJANZOSや、Buckland Parkでもバースト時のガンマ線検出に成功している。しかしその後、TeV領域でのガンマ線の検出報告はされなくなり、CANGAROOグループでも過去に、CANGAROO3.8m望遠鏡で1995年3月から4月の期間に観測を行ったが、ガンマ線の検出は出来なかった。

我々は新しく建設されたCANGAROO−III望遠鏡を用いてCen Aを2004年3月から4月にかけて観測を行った。この解析結果を博士論文としてまとめた。

高エネルギーガンマ線は天体で加速、放射され飛来し、大気と相互作用し多数の2次粒子を発生させる。さらにその粒子中の電子、陽電子がチェレンコフ光と呼ばれる微かな放射する。CANGAROO−III望遠鏡では10m口径を用い、ガンマ線シャワーからのチェレンコフ光を捉えることにより天体からの高エネルギーガンマ線の検出し、宇宙線起源、加速物理などの解明を目的としている。さらに4台でのステレオ観測を2004年3月から開始した。今回、報告するCen Aの観測では、この内3台での望遠鏡を用い、2台ずつでのステレオ観測を行った。これはCANGAROOのステレオ観測の初の結果となる。従来の1台のみでの観測に比べ、2台以上での観測を行うため、シャワーの空間情報の取得が増え、到来方向が0.15度までの精度決まり、エネルギー分解能も2TeVで25%になった。

上記のCANGAROO−III望遠鏡での特性を活かしCen Aは以下のような物理を考える。

ジェットが観測されていることより、この銀河はHigh frequency BL lac(HBL)とLow frequency BL lac(LBL)の大きく2つのモデルに分類できる可能性がある。信号が検出された場合、GeV領域にまで電子のsynchrotron放射が伸び、 TeV領域ではICの放射が検出されたHBLと考えられる。これはCANGAROO−IIIでの感度領域に一致する。LBLでの場合、synchrotron 放射がMeVまでしか伸びず、ICの放射は〜10GeVの所にカットオフがくる。このためCANGAROO−IIIでは観測できない。

また一般にMrk421等ではそのバースト時と安定時ではおよそ10倍のフラックスの違いがある。一般的にどの活動銀河でおよそ10倍の違いがあるが、安定時で10倍以下での上限値をつけることはバースト時での上限値になると考えられる。Cen Aに関してバースト時のモデルがあるが、このモデルに対し制限が与えられる。

さらにCold Dark Matter(CDM)の質量密度に上限値をつけることが可能である。Cen Aの特徴として、3.5Mpcと非常に近い位置にあり、さらに質量も4×1011MSUNあり比較的重い銀河であることを考慮すると有意な上限値を与えることができる可能性がある。さらにCen AではCDMに対する上限値は未だにつけられていないため重要であると考えられる。

以上を踏まえ観測、解析をおこなった。

Cen Aでは前述のように2004年3月、4月に渡って観測を行い、観測時間は2019分になった。また観測方法はWobbleモードを呼ばれる方法を採用した。この方法では観測天体から天頂方向に20分おきに視野の中心から±0.5度ずらして観測を行うモードである。このモードの特徴は解析時に0.5度ずれた円周上に狙う天体(ON)とそのバックグラウンド(OFF)を同時にとることができ、観測時間や、シャワーレートがONとOFFでよく一致するという利点がある。さらにOFFを円周上に複数点取ることにより、OFFの統計をあげることが可能である。Cen Aでは6点のバックグラウンドをとった。

解像型チェレンコフ望遠鏡ではイメージパラメータと呼ばれる量を用いて解析を行う。これはシャワーの視野上のイメージを楕円に見立て、この長軸方向の長さ(length)、短軸方向の長さ(width)とし、各望遠鏡のイメージの長軸が交わる位置(Intersection Point)とする。天体の位置の距離と交点の位置が統計的有意に一致すれば天体からのガンマ線を捉えたことになる。そこで天体と交点の距離の2乗(q2)を考える。ここにそのq2分布を図1に示す。縦軸がイベント数で、横軸がq2である。今回のCen Aの観測、解析結果では、この分布から有意にガンマ線を得られなかったことがわかる。この時の2σ上限値はCrabのフラックスの7%を与えた。過去の観測と比べてみると、過去の観測のどの値よりもきつい上限値を与えることができた(図2)。同様にCrabの解析では840min.での5.7σのexcessが得られフラックスも予想される冪−2.5に沿った結果が得られた。系統誤差も調べて約30%以内の範囲に収まった。

Cen Aでは過去の観測に対し1/10以下のフラックスが得られ、最も良い結果が得られた。さらにHBLである場合、磁場B>210μG(R/12kpc)-1のlower limitを与えることができた。今回、TeV領域での検出が出来なかったことは、Cen Aという銀河の活動性から考えると、我々の銀河、他のHBL天体と比べても非常にガンマ線が弱いことになる。このことからCenAはAGN統一モデルでまとめられない天体の可能性があることがわかった。さらにバースト時の理論モデルのフラックスとくらべ1/10以下に上限値を与え、このモデルが困難であることを示した。さらにCDM密度に関しては10倍以上の上限値を与えた。この値は宇宙論的には有意ではないが、Cen Aに関して初めての上限値を与えた。

図1、q2分布。赤い線は(q)2カット<(0.2)2を示す。有意な信号は見えない。

図2、2σフラックス上限値。赤い矢印が今回の結果。7%Crabフラックスを与えた。これは他の結果より1/10も低い制限である。(J1〜J3はJANZOSの結果。J1, J2, Durhram, CANGAROO-Iは上限値の結果、 J2, Buckland park, Narrabriは検出結果。

審査要旨 要旨を表示する

地球から約3.5Mpc離れた位置にある巨大電波銀河Centaurus Aは過去に2つの銀河が衝突して形成されたもので中心に活動銀河核が存在すると考えられている。多波長において活動的銀河として知られているCentaurus Aは、電波による観測でジェットの存在が示されており、地球とそのジェット軸のなす角度は約60度程度である。活動銀河核の理論によると、そのような大角度方向へのTeVエネルギー領域のガンマ線放射が予言されており、その検証は積年の謎である宇宙線の起源、加速機構及びその伝播に関わる重要な研究課題である。

本論文は、オーストラリアのウーメラに設置された解像型大気チェレンコフ望遠鏡アレイ(CANGAROO-III実験)を用いて2004年3月から2004年4月(莱観測時間は約20時間)にかけて実施されたCANGAROOIII実験における初めてのステレオ観測によるCentaurus AからのTbV領域ガンマ線探索に関する研究である。

本論文は14章からなり、第1章は導入部、第2章は活動銀河核とCentaurus Aに関するレビュー、第3章は宇宙線の加速機構に関する説明、第4章は天体からのガンマ線放射過程に関する説明、第5章は空気シャワーが発生する大気チェレンコフ光と解像型大気チェレンコフ望遠鏡による大気チェレンコフ光の検出原理、第6章はCANGAROO-III望遠鏡アレイに関わる観測装置の詳細、第7章はTeVガンマ線観測の標準光源であるカニ星雲及びCentaurus Aの観測期間に関するまとめ、第8章はCANGAROO-III望遠鏡アレイの校正についての詳細、第9章はモンテカルロシミュレーションの詳細、第10章は解析手法に関する詳細とカニ星雲からのガンマ線観測結果について、第11章はCentaurus AからのTeVガンマ線探索結果について、第12章は観測の系統誤差についての詳細、第13章は本論文のCentaurus Aの観測結果に関する物理的議論および世界の他の観測結果との比較、第14章は結論について述べている。

約100メートル間隔で菱形状に設置された4台の直径10メートルの解像型大気チェレンコフ望遠鏡を用いたCANGAROO-III大気望遠鏡アレイは2004年に完成し、フル稼動を開始した。本論文では、望遠鏡2号機と3号機および3号機と4号機を用いたカンガルーグループによる初めてのステレオ観測結果が報告されている。天体から放射されるTeV領域のガンマ線が大気上空で引き起こす空気シャワー中の電子・陽電子が発する微弱な大気チェレンコフ光を大口径解像型チェレンコフ望遠鏡で検出する。検出したチェレンコフ光を約500チャンネルのカメラで撮像し、事例を再構成することにより、ガンマ線の方向及びエネルギーを測定し、同時に圧倒的なバックグラウンドである一次宇宙線陽子と信号であるガンマ線の識別をすることができる。ガンマ線の飛来方向に関する角度分解能はおよそ0.15度、エネルギー分解能は2TeVで25%程度である。ステレオ観測することにより、今まで(CANGAROO-I及びCANGAROO-II)の単一望遠鏡観測では不可能であった、事例毎にガンマ線の飛来方向を測定することができるようになった。また、エネルギー分解能をモンテカルロシミュレーションに頼らず評価することができるようになった。さらに、単一望遠鏡観測では視野が狭かったために信号とバックグラウンドを取る時期が異なり、天候等の変化による実験条件の補正が必要であったが、ステレオ観測になって信号とバックグラウンドを同時に測定することができるようになった。以上のようにステレオ観測は単一望遠鏡観測と比較して、格段の信頼度が得られるようになった。

CANGAROOIII望遠鏡ステレオ観測の性能を評価するためにCANGAROOIII大気チェレンコフ望遠鏡のステレオ観測により、TbV領域ガンマ線標準光源であるカニ星雲からのTeV領域ガンマ線観測を2003年12月(実観測時間約15時間)に実施した。2.3TeV以上の積分フラックスで5.7σの超過信号がカニ星雲方向から得られ、HEGRA実験やWhipple実験で得られた標準エネルギースペクトルを良く再現した。カニ星雲は大天頂角観測なので、エネルギー閾値が2.3TeVと高いが、天頂から飛来するガンマ線に関してはおよそ500GeVのエネルギー閾値までさがっており、現在デザイン値の250GeVに下げる努力をしている。

引き続いて、2004年3月から2004年4月(実観測時間は約20時間)にかけて本論文のテーマであるCentaurus AからのTeV領域ガンマ線探索を実施したが、統計的に有意な超過信号は観測されなかった。

530GeV以上のガンマ線積分フラックスに換算すると、統計及び系統誤差を考慮して3.2xlO-12cm-2sec-1)という2σ相等のフラックス上限値を得た。この上限値はカニ星雲からのガンマ線強度の約7%に相等し、過去の有限値の報告結果に対しておよそ一桁低い、世界最高の上限値である。南半球でCANGAROO-III実験とライバル関係にあるHESS実験(アフリカのナミビア)に先んじて出した本論文の成果に対して高い評価を与えられる。また、一日ごとのバースト現象に関しても探索したが、有意な信号は観測されなかった。これも過去の有限値を観測したと主張したするグループの約一桁下の上限値に相等する。また、これらの観測結果から活動銀河核からのガンマ線放射の標準的なモデルを仮定して推定されるCentaurus Aの磁場の下限値は21μG程度となり、Centaurus Aは通常のHBL天体とは異なる可能性が強いとの結論に達した。これは、活動銀河核の統一記述モデルに修正をせまる観測結果である。また、最近話題になっているCold Dark Matterについても0.3GeV/ccという予想値の約10倍の上限値を得た。これはCentaurus AにおけるCold Dark Matterの世界で初めての探索結果であり、予想値まであと一桁に迫る実験結果である。

以上のように、本論文は2004年に完成したCANGAROO-III大気チェレンコフ望遠鏡アレイを用いて、巨大電波銀河Centaurus AからのTeV領域ガンマ線をCANGAROO実験初のステレオ観測により世界最高精度で探索した結果に関する研究であり、宇宙線物理学および宇宙物理学に大きく貢献するものである。したがって、審査員一同は本論文が博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。なお、本論文の実験はCANGAROO実験という大きなグループ実験であるが、論文提出者が主体となってデータ取得及び解析を行い、さらにハードウェアの貢献として実験で重要な役割を果たすカメラ部および高電圧供給システムの開発、ソフトウェアの貢献として観測装置の校正プログラムの作成を行った。従って、論文提出者のCANGAROO実験及び論文に関する寄与が十分であると判断した。また、共同実験者全員から論文内容の結果を学位論文として提出することについて了承を得ているものであることを確認した。

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