No | 120575 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Johansson,Jorgen | |
著者(カナ) | ヨハンソン,ヨルゲン | |
標題(和) | 地震断層直上の堆積地盤内部の変形累積とその社会基盤施設への影響 | |
標題(洋) | Seismic Fault Induced Permanent Ground Deformation and Possible Implications for Civil Infrastructure. | |
報告番号 | 120575 | |
報告番号 | 甲20575 | |
学位授与日 | 2005.05.19 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6075号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地震断層近傍のダム,橋梁,パイプラインなどの社会基盤施設や建築物は,単に断層直近の強震動で壊されるのみならず,地震断層破壊面のずれ,あるいはそれにともなう地盤そのものの永久的変形でも破壊する.そしてそれらはダム堤体の亀裂や崩壊,橋桁の落下,パイプラインの座屈など構造物本体の直接的な被害に留まらず,下流域の洪水,交通やライフラインシステムの遮断など,連鎖的に地域社会に重大な影響を与えかねない. 1999年の台湾集集地震は伏在地震断層直上に大きく広がった巨大都市の安全性に大きな警鐘を鳴らすものとなった. 一方で,現在の耐震基準類で断層変位に対する対応を明示的に示したものは,原子力発電所などの限定された重要施設を除いて見当たらない.その理由として,一つには断層変位に伴う被害が従来さほど頻発しなかった幸運があり,また複雑多様な地盤の破壊状況を信頼できるレベルで推定することが極めて困難な工学的課題であったことが挙げられる. さほど稠密な都市域でなければ,確認された断層帯を挟む地域で開発規制をかけることは有効で,事実,カリフォルニア州では1972年に断層周辺の開発規制法が制定されている.しかし既存の構造物に対しての対応はやはり困難である.直下で断層の存在が明らかになり,明確な対応策が打ち出せない場合には,該当する施設は使用中止か,移設せざるを得ないのである.そして断層法は規制を定めるものではあっても,必要な対応を講じる上での情報を与えるものではない.日本や台湾のような人口過密な国や地域に,この法律をそのまま持ち込む場合には,より大きな困難が予想され,それだけに工学的知見に基づいた合理的な断層対策の指針を制定していく必要性が高いのである.そしてそのような指針が示されれば,それは既に開発規制を実施している,アメリカやニュージーランドにとっても経済的な面から有用であることは言うまでもない. 日本では全断層帯の2/3以上(90群)が逆断層であることにも留意しなければならない.逆断層の場合,地形的に認知される断層線からはずれて複数の地震断層が現れることがあり,稠密な都市域が広がる中でより幅広い規制域を考えなければならないからである. わが国では地盤は湿潤で,多くの場合地下水面はかなり浅い.本研究は過去に十分な検討がなされてこなかった間隙水圧の発生,消散過程が断層近傍の未固結地盤変形に与える影響に焦点を絞り,ライフラインのように断層を避けられない構造物への対処法を策定していく上での科学的な根拠を提示するものである.対象とする地盤は,表面近い未固結層(沖積層)である.地震学で問題とされる数kmから数十kmという深さでなく,数十mから高々数百mまでが対象になる.このため解析モデルでは,浅い部分で特に著しい土の非線形挙動を的確に記述することが求められる.以下,各章ごとに検討内容と得られた成果の概要を述べる. 第1章では,研究の背景と目的を述べている.第2章では,1999年の台湾集集地震など国内外の地震断層による社会基盤システムの被害の実態をまとめて事例のアーカイブスを構築している.この中で例えば台湾では断層面を大きく離れた第三紀泥岩の内部にもかなりのひずみが累積し,ダムや地中の構造物に亀裂を生じさせている事実や,表層の未固結地盤内部にもかなりの幅に渡って変形が及んでいる事実を示し,既往の断層法と比較して逆断層周辺での規制を考える上での課題を提示している.そして第3章では,既往の研究について触れている. 第4章は実験編である.既述のように,断層に関わる従来の模型実験は,そのほとんどが乾燥した砂か粘土を対象にしたものであった.その主たる理由の一つに,水密性を保ちながら地盤模型をせん断することの困難さがあった.ここでは水密性が確実な円筒ピストンそのものを土槽底面に据付け,断層による基盤のせり上がりを1g重力場で表現する装置を製作し,実験を行った.この中で,複数のせん断層(断層破壊面)に吸収される変位とその他の地盤全体に吸収される変位の比率が,ピストンの変位を層厚で除した地盤の平均ひずみと地盤の破壊ひずみの比と強い関係があることなどが明らかになった.これは,地盤の動きに従わざるを得ない地下構造物の設計に有用な情報である. 第5章,第6章は解析編である.本研究では流れに乗らない固定された座標系でその流れを記述するオイラー式記述で断層変位にともなう未固結地盤の変形を解析している.そして構成関係が複雑な土塊を追跡するため,地盤物質を多数の粒子(Lagrangian Points)で表現し,これらの粒子の運ぶ情報を時々刻々格子上にマッピングしていくMPM (Material Point Method,付章1)を,その解析スキームに選んでいる.まず第5章では,MPMのスキーム上で,水で飽和した地盤の挙動を記述する手法(u-w陽解法,付章2)の定式化を行い,その中で地盤の構成関係を記述するために,ひずみ増分を与えるだけで地盤変形の統一的な記述が可能になるHypoplasticity(付章3),さらにひずみの局所化の影響を表現するためにsmearing法(付章4)を導入している.そして,第4章の実験結果を用いて,構築されたモデルの妥当性を検証している.第6章では,実規模の断層を想定し,提案したモデルを用いてパラメトリックスタディを行っている.検討されたケースは,伏角45°の逆断層と正断層で地盤種別は全て共通とし,地下水のある場合,ない場合を比較検討している.逆断層と正断層では表層の未固結地盤が全体としてそれぞれ圧縮場、引っ張り場に置かれる点で大きく異なり,また一方で基盤の断層変位を受ける部分は共通して引張り場におかれるため間隙水の影響が複雑で大きいものと予想されたからである.そしてこの地盤種別について解析した結果,(1)逆断層の場合には影響を受ける未固結地盤の領域が湿潤の場合に,乾燥した場合に比べて3倍ほどになりえること,(2) 正断層に比べて逆断層の影響域は乾燥した場合30%,湿潤の場合50%ほど広がること,(3)間隙水にキャビテーションが生じ,このキャビテーションが解析結果に大きく関わること,(4)湿潤の場合は体積変化が抑制されるため,未固結地盤の厚さの変化は乾燥した場合より小さくなりがちであること,などが示された.一般に間隙水の影響を取り入れた場合,不連続な断層変位は乾燥した場合より小さくなるが,その分より広範な範囲にひずみが分散し,断層面から離れた場所に地下施設などを建設する場合に,地盤内部にある程度のひずみが発生することを想定しなければならない.そしてその影響域の現れ方は断層伏角の影響を受けて大きく変化するのである. 第7章では,第6章までの検討結果を踏まえ,またせん断層の厚さと粒子径の関係などを基に,基盤面に加えられたずれ変位が断層破壊面として進展する距離について簡単な仮説を構築している.そして従来のさまざまな模型実験結果への解釈を試みている.この仮説を裏付けるためには,今後様々な試験が必要であるが,断層を避けて通れない社会基盤施設に対する影響の評価と可能な対応策を明快な論理で構築することに繋がるものと考えられ,今後発展すべき研究課題として位置づけている. 第8章は本論文の結論をまとめている. | |
審査要旨 | 1999年8月17日のトルココジャエリ地震、そして9月21日の台湾集集地震と立て続けに発生した巨大地震は、その希有な規模の断層変位と断層上に位置した構造物被害の甚大さという点から、多くの深刻な問題を投げかけるものとなった。これらの問題は伏在断層を含め多数の活断層が存在し、また人口が過密で社会・経済的な環境変化の著しいアジア・太平洋地域の国々で、特に重要な意味を持つ。 わが国には2000を越える活断層の存在が確認されている。一方で,現在の耐震基準類で断層変位に対する対応を明示的に示したものは,原子力発電所などの限定された重要施設を除いて見当たらない.その理由として,一つには断層変位に伴う被害が従来さほど頻発しなかった幸運があり,また複雑多様な地盤の破壊状況を信頼できるレベルで推定することが極めて困難な工学的課題であったことが挙げられる. さほど稠密な都市域でなければ,確認された断層帯を挟む地域で開発規制をかけることは有効で,事実,カリフォルニア州では1972年に断層周辺の開発規制法が制定されている.しかし既存の構造物に対しての対応はやはり困難であり、また断層を避けての建設が不可避的な交通機関などのライフラインでは、その対応は著しく困難になり、これらの断層法でもその記述がない.断層法は規制を定めるものではあっても,必要な対応を講じる上での情報を与えるものではない.日本や台湾のような人口過密な国や地域に,この法律をそのまま持ち込む場合には,より大きな困難が予想され,それだけに工学的知見に基づいた合理的な断層対策の指針を制定していく必要性が高いのである.そしてそのような指針が示されれば,それは既に開発規制を実施しているアメリカやニュージーランドにとっても経済的な面から有用であることは言うまでもない. 日本では全断層帯の2/3以上(90群)が逆断層であることにも留意しなければならない.逆断層の場合,地形的に認知される断層線からはずれて複数の地震断層が現れることがあり,稠密な都市域が広がる中でより幅広い規制域を考えなければならないからである. わが国では地盤は湿潤で,多くの場合地下水面はかなり浅い.本論文は過去に十分な検討がなされてこなかった間隙水圧の発生,消散過程が断層近傍の未固結地盤変形に与える影響に焦点を絞り,ライフラインのように断層を避けられない構造物への対処法を策定していく上での科学的な根拠を提示するものである.対象とする地盤は,表面近い未固結層(沖積層)である.地震学で問題とされる数kmから数十kmという深さでなく,数十mから高々数百mまでが対象になる.このため解析モデルでは,浅い部分で特に著しい土の非線形挙動を的確に記述することが求められる.提出された論文はこの点に焦点を絞っている。 第1章では,研究の背景と目的を述べている.第2章では,1999年の台湾集集地震を初め国内外の地震断層による社会基盤システムの被害の事例を10ケース抽出し、その詳細を記述している.このうちの4つの事例調査には論文提出者も関わっている.この中で例えば台湾では断層面を大きく離れた第三紀泥岩の内部にもかなりのひずみが累積し,ダムや地中の構造物に亀裂を生じさせている事実や,表層の未固結地盤内部にもかなりの幅に渡って変形が及んでいる事実を示し,既往の断層法と比較して逆断層周辺での規制を考える上での課題を提示している.そして第3章では,既往の研究について触れている. 第4章は実験編である.既述のように,断層に関わる従来の模型実験は,そのほとんどが乾燥した砂か粘土を対象にしたものであった.その主たる理由の一つに,水密性を保ちながら地盤模型をせん断することの困難さがあった.ここでは水密性が確実な円筒ピストンそのものを土槽底面に据付け,断層による基盤のせり上がりを1g重力場で表現する装置を製作し,実験を行っている.この中で,複数のせん断層(断層破壊面)に吸収される変位とその他の地盤全体に吸収される変位の比率が,ピストンの変位を層厚で除した地盤の平均ひずみと地盤の破壊ひずみの比と強い関係があることなどが明らかになった.これは,地盤の動きに従わざるを得ない地下構造物の設計に有用な情報である. 第5章,第6章は解析編である.本研究では流れに乗らない固定された座標系でその流れを記述するオイラー式記述で断層変位にともなう未固結地盤の変形を解析している.そして構成関係が複雑な土塊を追跡するため,地盤物質を多数の粒子(Lagrangian Points)で表現し,これらの粒子の運ぶ情報を時々刻々格子上にマッピングしていくMPM (Material Point Method,付章1)を,その解析スキームに選んでいる.まず第5章では,MPMのスキーム上で,水で飽和した地盤の挙動を記述する手法(u-w陽解法,付章2)の定式化を行い,その中で地盤の構成関係を記述するために,ひずみ増分を与えるだけで地盤変形の統一的な記述が可能になるHypoplasticity(付章3),さらにひずみの局所化の影響を表現するためにsmearing法(付章4)を導入している.そして,第4章の実験結果を用いて,構築されたモデルの妥当性を検証している.第6章では,実規模の断層を想定し,提案したモデルを用いてパラメトリックスタディを行っている.検討されたケースは,伏角45°の逆断層と正断層で,地盤種別は全て共通とし,地下水のある場合,ない場合を比較検討している.逆断層と正断層では表層の未固結地盤が全体としてそれぞれ圧縮場、引っ張り場に置かれる点で大きく異なり,また一方で基盤の断層変位を受ける部分は共通して引張り場におかれるため間隙水の影響が複雑で大きいことを予想したケース設定である.そしてこの地盤種別について解析した結果,(1)逆断層の場合には影響を受ける未固結地盤の領域が湿潤の場合に,乾燥した場合に比べて3倍ほどになりえること,(2) 正断層に比べて逆断層の影響域は乾燥した場合30%,湿潤の場合50%ほど広がること,(3)間隙水にキャビテーションが生じ,このキャビテーションが解析結果に大きく関わること,(4)湿潤の場合は体積変化が抑制されるため,未固結地盤の厚さの変化は乾燥した場合より小さくなりがちであること,などを示している.一般に間隙水の影響を取り入れた場合,不連続な断層変位は乾燥した場合より小さくなるが,その分より広範な範囲にひずみが分散し,断層面から離れた場所に地下施設などを建設する場合に,地盤内部にある程度のひずみが発生することを想定しなければならない.そしてその影響域の現れ方は断層伏角の影響を受けて大きく変化することを示したものとして評価できる. 第7章では,第6章までの検討結果を踏まえ,またせん断層の厚さと粒子径の関係などを基に,基盤面に加えられたずれ変位が断層破壊面として進展する距離について簡単な仮説を構築している.そして従来のさまざまな模型実験結果への解釈を試みている.この仮説を裏付けるためには,今後様々な試験が必要であるが,断層を避けて通れない社会基盤施設に対する影響の評価と可能な対応策を明快な論理で構築することに繋がるものと考えられ,今後発展すべき研究課題として位置づけている. 第8章は本論文の結論をまとめている. 以上、本研究は、地震断層近傍で過去に起こった被害事例を踏まえ、地震断層近傍に設置せざるを得ないライフラインの設計を検討する上で必要な周辺地盤の変形パターンを統一的に解釈・記述するためのツールと提案を行うなど、重要な指摘を含む研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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